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「御茶をお持ちしました」
青年は私の脳内の葛藤などとは無縁に、流れるような所作で私と彼の前に湯呑を置いた。その動作の最中、首の後ろで一つにくくられた、まるでしっぽのような長髪がさらりと揺れる。その度に私は色の残り香に触れてくらりときてしまっていた。
「気になるようですね」
目の前の彼が小首を傾げて問いかけた。
自分の事が、だと悟ったのだろう。露藤と呼ばれていたその青年は少し目を見開いて、空にしたばかりの盆を抱え込む。その頬にはわずかに朱が差していた。
図星を刺された私はと言えば、何もできずにただただ黙り込む。愚かだ。これでは堂々と「Yes」と言っているものだというのに。
「恥ずかしがることはありません。これを見ると、皆様同じようになります」
お気づきになりましたか?
ふと気が付くと、彼は心底楽しそうな顔で私を凝視していた。
それは好奇。大人に悪戯を仕掛け、そのネタばらしをしようとする子供のような眼であった。
とんとん、と着物で隠れて見えない肘を彼が指さす。ついで、私に見せつけるようにあからさまに、視線を私から露藤へと移して見せた。
私が露藤へ視線を向けると、何か、先ほどは感じなかった違和感を感じる。いや、感じていなかったのではない。先ほどは違和感がまだ鳴りを潜めていたと言うだけだ。
整った顔、凝りきった衣装、完璧すぎるその身体。
そしてふと視界の中に入ってくる、物体。露藤の肘の部分、布からわずかにはみ出して見える、埋め込まれた球体。
私はこれを知っている。実物を見たことはない、だが微かに輝く憧れと共に脳内の知識の海の底に沈んでいたもの。それがゆらりと浮上する。
「球体関節……?」
「御名答」
ぱちぱちと彼が手を叩く。
露藤は、私たちに配慮してのことだろう、音もなく彼の背後へと移動した。私の視線もつられて動く。
答えを出せた今でも、信じられずにいる。
「信じられないとは思いますが、彼は人間ではありません」
手の音が止むと同時に聞こえてきた言葉は、言う通り信じられるものではなかった。出された解答を突っ返したい気分であった。
「彼は……いやこれは、ただの人形です」
人間ではない、露藤が。目の前で動き、言葉を話し、表情を変えるこの男が、人でない。
「嘘だ」
「お気持ちはわかります。でも、残念ながら」
馬鹿馬鹿しいことだ、こんな嘘では子供すら騙せない。そう笑って流せればずっと楽であるのに、露藤自身が彼の言葉を肯定する。言葉もなく、ただ持ち合わせたその身体だけで、私から否定の言葉を奪っていく。
彼の悪戯は大成功だ。私は言葉を失って、ただ茫然と目の前にある現実を飲み下そうと足掻いている。喉奥が絞まって、それは酷く難しいけれど。
「ええ、そう。私たち人でない、ただの人形」
「でも信じて。熱はないけど心は持ってる、感情は持ってる」
「ぼくらはかげ、ほんらいはくがいされるべきもの、あってはいけないもの」
「人の手に渡るべきではないもの」
「でもその方は……、蘇芳はここで影を売ってらっしゃいます」
「……それを、心の底から望む人へ」
「求める心に従って、己のエゴに忠実に」
「望む者が望んだ所に、この場所は現れる」
「私たちを引き連れて……」
そうしてそこにはいつしか新たに9人が加わった。いや、9つと言った方がそれらからしたら都合がいいのかもしれない。
それらはどれも皆背丈が小さく、一番大きくとも私が片腕で抱え上げられるサイズであった。そして更に共通しているのが、輝かしいほどの見た目、特に言うなれば、その目はまさに宝石だ。露藤と同じ。9種類の宝石、18の目がじっと私を見ている。ここはさながら宝石箱で、私は価値を持たぬただの異物であった。
「兄様、姉様」
露藤が声をあげてそれらに近づく。その歩みは引きずるようでどこか歪であったが、私にとってそれは些細なことですっかり霞んでしまっていた。
屈託のない笑みを向けた彼に対し、彼の声に合わせて、それらのうちのいくつかが反応を見せる。微笑んだり投げキッスをしたり手を振ったり……その反応は様々であったが、どれもこれもが温かい。彼らに温度はない、そう本人が言ったはずであるのに、そこには温度がある。
露藤はどこか幸せそうに、夢心地と言った風に笑うと、ハッとして彼の後ろへ戻っていった。もう少し戻るのが遅れていたら彼から叱責が飛んでいたかもしれない。仕事とプライベートの線引きを忘れるな、ということなのだろう。
「御客人」
そして彼の声が私を引き戻す。
頬杖をついてこちらを見る彼は今までの雰囲気とは何かが違っていた。先ほどまでこちらを気遣い、尽くしてくれた彼ではない。
彼は「主人」だった。
「商品」を目の前に並べ、その商品に舌を出す客を眺める。全てを手の上で転がして嘲っている。
意地の悪い、だがそれを当然と受け入れさせるそんな風格。
それが彼を見違えるほどに変えてしまった。
蘇芳、それが彼の名なのだろう。先ほどまでの彼と、今目の前にいる彼。その二つを結んでしまう同一の記号。
蘇芳は芝居がかった仕草で、人形たちを指し示す。
「あれが、私の可愛い商品です」
その声に合わせて九つの小さい影が礼をした。
「露藤を含めた全10体、「キャンヴァス」と呼ばれるシリーズです。全員がオーダーメイド、加えてシリアルナンバーの刻印あり。他に一般的なドールと大した差はありません。生きていることを除けば、ですが……」
蘇芳が言葉を終えると影が歩みを進める。どれもこれもが身なりの整った姿をしているものだから、しっかりと磨かれた靴の光沢が眩しかった。だがしかし私はそこしか見ることが出来なかった。それらを真正面から見ることに、どこか恐ろしさを感じていたからである。

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