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「人形とは常に完璧であるべきものだ。朝寝坊で乱れた姿を曝すなど、僕からしたら自殺ものだな」
露藤の隣で未だ夢の世界にいる茶色の弟を足先で突きながら、烏羽はそう言い放った。ため息交じりのその言葉はさきほど起きたばかりの露藤にも僅かに刺さる。
寝相のせいで乱れた布団を直してから、露藤は言葉を返した。
「ここを出ればきっと変わります。皆様しっかりなさってますから」
「…………どうだろうな」
露藤の言葉に烏羽は苦い顔をしてみせると、音もなく今までいた寝台から降りた。
小さく「早く着替えろ」という言葉が聞こえてくる。
声を潜めるあたり、彼の僅かな甘さが感じられるというものだ。その程度の音量で他の兄妹たちが起きるはずもないというのに。
「ええ、すぐに。もうお待ちかねですか」
「癪だが……習慣はどうにもならん」
すたすたと小さい歩幅で早足で立ち去るその黒い背中を見ながら、露藤はさて、と身支度を始めた。今出て行った兄と違い、露藤が纏うべき布は多少厄介な構造をしている。シャツ、スラックス、それだけならまだマシなのだが、コルセットにアームカバー。慣れてしまえばどうと言うことはないのだが、やはり寝間着などの軽装に比べてしまえば手間はかかる。
十分ほどで全ての支度を調えると、ようやく露藤も寝室からそっと廊下へと出た。扉の脇には先に出ていた兄の僅かに不機嫌そうな顔があり、これには苦笑いをするしかない。
連れ立って階下へ向かうと、そこには何か動くものの気配を感じる。
食堂にはすっかり準備された朝食が並んでいて、作った張本人たちであろう二つの影がまだまだ忙しなく動いていた。
その影の色は緑と桃。織部、撫子。それぞれそう呼ばれている人形たちである。
「あら、おはよう露藤」
「今日も変わらずお早いこと」
「おはようございます、緑姉様、桃姉様」
二人の姉と挨拶を交わしながらも、露藤は用意された自らの席に座ろうとはしなかった。
食堂の奥は勿論のことながらキッチンスペースへと続いている。そこを目指して奥へ奥へと進みながら、その場に香る家庭的な香りを感じている。
温かい味噌汁の香ばしさ、炊きたての米の甘やかさ、鮭や漬け物の昔ながらの朝の香り。
食欲をかき立て、唾液を分泌させる香り。
だがしかし露藤が毎朝それに抱くのは僅かばかりの罪悪感であった。
彼が今から作るものはその保たれた調和を一瞬で台無しにしてしまう。
黒々としたその身、濃厚で苦みを含んだその香り。
使い込んだ器具でそれらを粉砕し、粉状になったものを別に器具に移してから湯を注ぐ。
湯気とともに立ち上ってくる香りは豆だった時よりも大分存在感を増した。その香りのなんといいこと。濃厚さはそのままに苦い香りはどこか華やかさを増して、さらにまろみを帯びて鼻腔に満ちる。
透明だった湯は粉を通すことで黒く染まり、香りを十分に纏ってサーバーへと落ちていった。
フィルターの上でふんわり膨らんだ粉が落ち着いてくるのを見ながら、露藤は満足げに一つ頷いてみせるのである。

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