page.1

「やぁ、寝坊助。悪いが起きてもらおうか」
頬を撫でる小さな手、耳に伝わる低い声。
その二つをもってその青と紫の瞳はじわりじわりと姿を見せ始めた。
白い天井、シャンデリア。二つの濃い寒色の中にその景色の断片がじわりと映り込む。
眠る前と同じその景色の中、起きたばかりのその視界に、声の主はするりと入り込んで不敵に笑った。
その笑顔は、誰しもが寝物語に聞かされるだろう不思議の国の猫のようで、寝起きの彼……露藤は思わず呆気にとられる。
たっぷり三秒、彼の顔を見つめてから、ようやく露藤はかけられた言葉に返事をするために口を開いた。
「おはようございます、黒兄様」
「ああ、おはよう。俺の可愛い愚弟」
そこにいたのは鋭く尖った小さいオニキスであった。黒い髪、黒い目はきらきらと僅かに差し込む朝日を反射して輝き、身に纏うベストやショートパンツなどの正装は彼の細い身体を締め付け整える。悪戯を覚えたような無邪気な顔はその奥にまだ一つ二つの暗いものを隠し、その存在がまた彼という存在をその名にふさわしくする。
【烏羽】
そう名付けられた彼は兄弟の中で誰よりもその名、その色にふさわしかった。
彼自身がそうあれと突き詰めてきた結果である。
「早く起きるといい。尻と言わず、体中から根が生えるぞ」
烏羽が視界から消え去ってしまうと、露藤は胸がすっと軽くなるのを感じた。詰まるはずもない息が解放されたようにも感じる。
その感覚を確かめるように胸をさすりながら、露藤はゆっくりと身体を起こした。
それを認めると烏羽がゆっくりと露藤の寝癖を整えるために髪に指を差し込む。
その仕草にどこか照れくささを感じながら、まだ僅かに靄がかった頭を覚醒させるべく彼は口を回す。
「相変わらず、朝はお強いのですね」
「そうさな……他の者のように醜態を曝すわけにもいくまい」
〈カンヴァス〉シリーズ第七ドール、シリアルナンバー007烏羽。
彼は一言で言うなれば、厳格な人形である。
規則正しく常に模範であることを理想とし、その理想をその他の兄妹たちにも求める。理想の人形たれ、厳格さを追求し自他共に厳しい、そんな人形。
その厳格さは何も兄妹たちのみに求めるものではない。それは自分を買うであろう、将来の主人にさえも求めていた。
その理想は、叶うかどうかも怪しいほどに高く険しい。しかし烏羽はそれを諦めようとはしない。もう何年、何十年と待ち続けている。ここまで待ったらどこまで待とうと一緒だ。
彼はそう言ってシニカルに笑った。
彼の根幹は生まれてこの方ミリ単位ですら歪まない。少々派生して皮肉屋な面が生まれてしまったが、それはご愛敬だろう。
そうして今日も、彼は自らの理想、自ら課した規則に従って起床する。
その時間は、朝に弱い他の人形たちに比べたら随分と早かった。

[ 11/12 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -