D.オアシスにて枯れる(2)

数日後、アーマーとガントレット、それにコートといったいつもの装備で身を固めると、私はメールに書いてあった住所を尋ねることにした。
天気は曇り、時々意地が悪く通り雨が降る。強い酸性を帯びた雫は肌に直接当たると危険だ、そのため今日はトート特製の仮面までつけるハメになった。なんて日だろう。
狭まった視界の中、手元の端末で現在地と地図を交互に確認しながら、見知らぬ土地をぐんぐんと進んでいく。
私の診療所は治安のあまりよろしくない、所謂貧民街スラム街に程近い場所にあるのだが、この地図によると目当ての邸宅は治安がいいどころか一等地にあるようだ。政府の要人などが多数居を構えるきらびやかな街。
私の職業の希少性からそういった家からの依頼もなくはないのだが、そうした家は必ずといっていいほどにお抱えの医者がすでに存在している。
そいつらは自らの保身がまず第一で、同業にはよく突っかかるのだ。とにかくしつこい、それはもうしつこい。何度か経験がある私だが、出来る事なら避けて通りたい。
今回もそのような事態が待ち受けているのかと思うと少し憂鬱になってきそうだ。
「トートを連れて来れば良かったかもしれん」
つい独り言をこぼす。
トートの頭は血が上りやすく、そして彼女は男も女もよく目を惹く。
彼女も私の助手であり肩書きは医者。私と彼女と、二人の敵が目の前に現れたとき、嫌な輩は特に目に付く方へと行くものだ。
彼女がギャーギャーと売り言葉に買い言葉で言葉によるドッジボール……否、殴り合いをしている間に、私は片隅で仕事をおとなしくこなしている。
そうしたやり過ごし方を試み、そして成功してしまったのは一回や二回ではない。
今思うと今日もそうすればよかったのだが……なるほど、彼女が行きたがらなかったわけがやっとわかった。
私の頭もずいぶんとボケてしまっているようだ。
「失敗した」
だが今から戻って彼女を連れてこようとは思わなかった。
カウンセリングの約束は13時に取り付けているのだが、現在の時刻は12時45分。今から診療所に戻るには時間が足りない。
なにより目的地である邸宅を目の前にしてしまうと、わざわざここまで来た苦労をまた味わいたくはないだろう。
コートの肩に何か小さいものが当たる。どうやら雨がまた降ってきたようで、私は思わず装備品の位置を確認しなおした。
目の前にあるのは大きな門に、立派な表札。門の奥には噴水と手入れの行き届いた芝生の庭。さらに奥を見れば白い壁の大きな建物。
これを豪邸と呼ばずに何を呼ぶというのだろうか。思わず数度瞬きをしてから、まずはともかく、と表札の下に取り付けられたインターフォンのボタンを押す。
[はい、どちらさまでしょう?]
インターフォンから響く声。男の声、老いてはいないが若くもない、おそらくは30代前後のもの。落ち着きがあるが沈んでいるわけではない、聞き取りやすい声。
「13時に約束をしている者ですが」
医者やら往診やら、そういった言葉は使わない方がいいだろう。土地には土地なりの苦労がある、配慮しておいて悪いことはない。
それに、長くここで時間を使えば風邪でも引きそうだ。
「…………ようこそいらっしゃいました。どうぞ、お入りください」
その声とともに門がゆっくりと開いていく。
見かけとは裏腹、ぎぎぎ、と耳障りな音を立てるそれはさび付いていて、赤黒く剥がれたその皮膚にぞくりとした悪寒を感じた。

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