D.オアシスにて枯れる(1)

診察予約はメールにて受け付けている。
私は診察室の片隅に設置してある旧式のパソコンを起動させた。
最初は一つ。薄ぼんやりとした中に光る画面が二つ三つとその影を増やしていく。手元のキーボードもその影が増えるのに比例して面積を増やし、私の周囲に180度広がった。
まぶしい。
パソコン操作用の眼鏡でその明るさをいくらか緩和しながら、私は慣れた手つきでいつものようにキーボードを叩いた。
自身のアカウントにログインしてデスクトップへ。余計なインフォメーションを切り捨て、不必要な自動操作を片っ端から断り、インターネットにアクセスする。
今時パソコンに固有のアドレスなどは持たない。ネットにふわふわと浮かぶフリーメールで十分に事足りた。
「welcome」と浮かび上がる文字。メールサービスにアクセスして、設定したパスワードを打ち込みながらセキュリティをくぐり抜ける。
物騒なご時世だ。ロックも一つでは到底足りなくなってしまった。左手も右手も休むことなくキーを叩き続け、総数10、それぞれのパスワードを適した窓に収めてやる。面倒だ、やり遂げた時の達成感にはため息が出る。ついつい最後のエンターキーを押すのにも力が入るほどだ。
これだけのことで私は疲れてしまうのだが、今時の子供はこれを軽々とやってのけるというのだからすごいことだ。
「認証を完了しました」
三つのディスプレイにそろって浮かぶ文字。
その文字が消えると奥から今まで送っただの送られただののメールのリストが現れる。ずらりと並ぶその文字量には思わずくらりと来てしまいそうだ。
とりあえず送信リストは無視して、受信リストの新規欄に目を通す。
NEWと描かれたアイコンの脇にタイトル。ダイレクトメールもそれなりにあるのだが、それに紛れて「診察願い」の文字がちらほらと見える。見つけたものから目を通していくとしよう。
読むべきメールは14通。
多くは現在看ている患者の次の予約についてだ。片手に開いた手帳には次々と予定が書き込まれ、了承の返事がテンプレートを用いて消化されていく。
たったそれだけの作業でも積み重ねれば時間がかかる。もうどれだけの時間がたっただろうか。
最後の一通になったところで、別の作業に没頭していたトートがディスプレイを覗き込む。
「調子はどうだい?休みはありそう?」
「残念なことに盛況だ。週6とはふざけている」
彼女の手にはコーヒーカップが握られていた。
差し出されたそれを手に取り、中のものをすする。その中身に引きずられるように、苦々しげに呟いた。
「世も末だな」
普通の客商売であるならば盛況歓迎満員御礼だが、私の場合はそうではない。
一日最大三人。そう決めたはずの定員が既に一週間のうち六日も埋まっている。
こんなことは滅多にあることじゃない。
「私はいつになったらいらなくなる」
嘆いても仕方がないとは思うのだが、そうせざるをえない。
私は再度ため息をついて、残った一通のメールを開いた。分量は多い、おそらくは新規だ。
[診察願い]
そうしたタイトルから始まった文章はとても丁寧であった。おそらくは、それなりの教養を持ったものが書いたものなのだろう。
その文章が言うに依頼人は患者本人ではなく、とある屋敷の使用人だそうだ。その屋敷の令嬢が病気のようだ、と書かれている。症状については到底メールで書けるようなものではなく、また患者自身が外出を拒んでいるためにどうか往診に来るように、と。敬具、でまとめられる文章など久しぶりに受け取った。
「出張か……」
思わず口に出し、天を仰ぐ。その先では天井のシミが疲れ切った私を笑い、楽しげに揺れていた。
嫌気がするとともに画面へと視線を戻し、返信用の文面を作る。すると、背後からするりと問いが投げられた。
「…………行くのかい?」
「行かない、と言えたら楽だろうな」
文面は作り終えた。相手がどんなスタンスだろうが言うことは変わらないのだから楽なもの。
送信してしまうとパソコンの電源を落とし、そのまま椅子へぐったりと身を預ける。
そう、行かないと見捨てることが出来たら楽なのだ。
「助けてとまで言われて、動かないわけにもいくまいよ」
間接的とはいえども、人殺しなどと呼ばれるまで落ちぶれたいとは思わなかった。

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