温かく神聖な驚異

どこにでもありそうな、小さな遊具の点在する公園。そこは昼間よりも夜の方が人が集まった。まばらにある街灯が敷き詰められたレンガの隙間に影を作り、自分を中心としたほんの少しの空間に日差しに爪の先程だけ似たほのかな暖かさを持たせる。その暖かさにあやかろうと人は群れる。
ぞろぞろとぼろ布で体を覆った人々が街灯の周りを囲む。彼らの表情は少し明るかった。夜になり、自分たちの時間が来たという錯覚のせいからだろう。昼に日影に身を預け縮こまる様子と比べてみれば一目瞭然だ。
少年はその中に一人混じっていた。カタカタと寒さに震える身を薄い毛布に包んで、耐える様に肩を抱える。他の者に比べて、彼はほんの少しだけ身なりがよかった。洋服は洗濯されているし、毛布に隠れた髪もさらさらとして手入れがされている。痩せ細った様子もない。彼には家がないわけではない、だが家族がいるわけでもない。彼は孤児だった。教会に併設された孤児院で保護され、そこで寝泊まりをしている。
そんな彼は時折、夜になるとこうしてこっそり抜け出した。最近はその頻度は増えたように思える。それは何故か。夜にだけふらりと現れるたった一つの存在を待ち焦がれているからである。

「言った……今日は、来てくださるって……」

譫言のように彼はそう言って、ひときわ強く肩に掛かった毛布を握った。
偶然隣にいた男にもその呟きは聞こえただろうが、男は何も言わなかった。男も同じ存在を待っていた。時折この場所に現れる「それ」。それはするりとここにいる人間の心の隙間に入り込み懐柔した。その結果が、今ここに出来ている人だかり。みんな目的は少年と同じなのだ。
そしてやっと、「それ」は現れた。
見た目は、オレンジ色の髪色をした青年。この時期の夜にしては随分と薄着、白いシャツと黒のスラックスという格好を身にまとって、微笑みながらこちらへ歩いてくる。
最初にそれを見つけたのは少年だった。その明るい髪を見つけたその瞬間、彼は走り出す。誰にも負けることはない、彼は孤児院の子供たちの中で一番足が速かった。年上の者を含めても、それでも一等だ。一番に彼の傍まで行くと、その足にしがみ付く。子供特有のふっくらとした頬を擦り付け、逃げられないように布地をぎゅっとつかむ。

「…………」

彼の大きな手が少年の頭を撫でる。被っていた毛布はその手によってするりと落とされ、淡い色をした絹糸が細い指に絡んだ。少しくすぐったいこの仕草が、少年は大好きだ。それは会えたときは必ずしてと仕草で強請るほど。
彼は優しかった。まだ歩きたいと思っても少年を剥がすことはなく、少年が転ばないように同じ歩幅で歩く。そんなところも少年は大好きだった。

「よく来てくれたな」

少年が元いた人だかりまで来ると、一人の老人が歓迎の言葉を零した。その老人の頭をそろりと撫でると、一層深く彼は笑む。そして彼は変化した、本来の蝋燭に。その姿は夜風に弱い。だから外に出るのは風の少ない日だけ。今日はその日であった。薄い紫、または桃色、円筒形の蝋の塊が灯をともした状態で頭の代わりに首に乗る。彼の明かりは電灯よりももっと広くを照らし、そして電灯よりもずっとずっと温かい。誰かは心まで照らすようだと称賛した。初めて会ったときから、彼はここにいるものたち全てを魅了した。目から入ってくる異形というイメージを覆して。

「今日も話を聞かせてくれるかい?」

蝋燭頭になった彼は言った。ゆらゆらと頭上と頭の中で揺れる炎が語りかけてくる。小首を傾げたその仕草はどこか子供のようなものだが、纏う雰囲気は熟し切った男のものだ。そのアンバランスさが人の目を惹きつけるのだろうか。輪の中心に彼と一緒に入りながら、少年は幼い思考でそう結論付けた。少年は彼のための特別席に座る。彼が座った膝の上にちょこんと座り、彼の腕がその周囲を取り囲む。彼が少年を見つけた時から、彼はこうした座らせ方をした。まるでこれが当然だと思っているようだった。

「ここにいるのはとても楽しいよ。みんなとっても正直だし、いろんな話が聞けて飽きないしね」

そうしてまた炎が揺れる。楽しそうだと、少年は感じた。目もない、口もない、表情なんてものが皆無な彼にとって、炎の動きだけが誕生を教えてくれるツールだ。楽しいなら揺れる、嬉しかったり照れたりすれば大きくなる、寂しかったりすれば小さくなる。共通して、彼の見せる感情はどれも綺麗だった。それをその大きな眼球一杯に映しながら、少年はその頬を赤くした。それがなんのせいなのかもわからないまま。

「今日は誰かな」

忙しなく炎が揺れる。言葉通り、期待してくれているのだ。そんな中で少年は小さく手を挙げた。唇は気の逸りが小さく震え、上がっていない方の手はぎゅっと彼の服を掴んでいる。

「僕、僕です」

一瞬少年の中での時間がゆらりと揺れた。自分の心音だけが場を支配している。誰も動かない、風に揺れる遠くの木がぼんやりと動くくらいなもの。そんな中、彼が少年の細い指に自分のものを絡ませた。きゅ、と繋いでから、胸元にある少年の顔を見つめる。

「じゃあ、聞かせてもらおうかな」

主。
教えてもいない名前を呟かれぞくりとする。
ああ、やっぱりこの人は、この人は。
震えた唇を薄く開いて、その奥からちらりと舌をのぞかせる。その様子にまた炎が一つ、ゆらりと踊った。


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