【燐(→)(←)しえ←雪】
──僕の大切な人はみな、いつだって僕じゃない“だれか”を見ています。

学生と塾講師と祓魔師を兼ねている僕は、いつも多忙だ。塾で使うプリント作りを終え、学校の勉強をしたあとにさえ、無情にも電話が鳴った。
ぐったりとしつつ雑魚の悪魔を祓い、帰宅。

ふと見ると僕らの部屋に深夜には相応しくない来客がいることに気付いた。仲良く談笑している僕の兄と、僕の幼い頃の憧れの女の子。話しかけようか、やめようか。ここで兄に気を使えるほど、僕だって大人ではない。

「こんばんは、しえみさん」

「あっ、雪ちゃん!!夜分にごめんなさい」


しえみさんから頼んでいた薬草を受け取った後、僕は余所行きの笑みを浮かべた。「夜も遅いですし、僕が送っていきますよ」「あ゛ーっ!ずりいぞ雪…「兄さん、明日の課題は?」「……」

夜道を二人、少しずつ歩く。しえみさんの歩幅にあわせているのと、僕自身この時を楽しみたいのと。


しばらく談笑をしていると、しえみさんの口から兄の名が零れた。「あのね、こないだ燐が…」
その耳慣れた声が、言葉が。いつも酷く僕を苛立たせるんだ。
僕は勢いに任せて隣を歩いているしえみさんに寄りかかった。真っ赤になってパクパクとするしえみさんが、逃げないと分かっていて。


「ゆゆゆ、雪ちゃんっ…?!」「すみません、ちょっと疲れているようです。」笑みを湛えて彼女の腰に手を回す。小さい彼女はそれだけで、僕にすっぽりと覆われてしまう。「もうちょっとだけ、…こうしていても構いませんか?」
じわじわと逃げ道を塞いで、奴に外の世界に連れられてしまった彼女をこんな風に閉じ込めてしまえば、僕を…見てくれはしないだろうか。
僕の大切な人は、いつだって違う誰かを見ている。
神父さんの目が兄を追うのを、シュラさんの目が神父さんを、兄が彼女を、…そして彼女の目が兄を追うのを。
僕はずっと、そう…ずっと傍で見ていた。


時々、自分を取り巻くすべての残酷さに目眩を覚える僕がいる。兄と僕の差は、せいぜい数分だっただろうに。たった数分、奴が早かっただけ。そして僕はほんの少し、身体が弱かっただけ。
どうしてこんなに違う。
兄にも悩みはあるのだろうけれど、それでも僕は兄に、“奥村燐”になりたかったのに。


僕は、いつも二番煎じ。それが悔しくて、虚しかった。僕はいつだって誰かの特別、誰かの一番でありたかったんだ。
神父さんに、シュラさんに、兄にそれを期待するのはもう辞めた。諦めた。
だけど。だけど───

頭に描いた独白を、僕はすべて飲み込んだ。

小さく深呼吸して、僕は呟く。

「疲れが溜まっているようです。とても苦しくて、苦しくて。もしかしたらもう、僕は壊れてしまったのかもしれません。」





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