meow meow

※ナンジャタウンコラボ(猫化)


にゃあ。耳元に落とされた鳴き声に視線を上げる。うっとりと目を細めた猫が頭を擦りつけてくるのを見て、オーエンもまた目を細めた。柔らかな被毛を撫でると、もっとと強請るように頭を押し付けられる。本能に従順で素直な生き物は好きだ。甘えるように鼻先を寄せてきた別の子猫を抱き上げて、オーエンは頬ずりをする。穏やかに差し込む日差しの暖かさも相俟って、ひどく気分が良かった。

「なぁに、僕に歌ってほしいの?」

尋ねる声に応えるのはにゃあにゃあという鳴き声たち。オーエンは満更でもなさそうに微笑んで、薄紅色の唇を開く。澄んだ美しい歌声が周囲に響き渡ると、猫たちはいっそう嬉しそうな声で鳴いた。ピチチという鳴き声に視線を上げると、いつの前にかやって来た小鳥がオーエンの歌声に合わせて囀っている。自然と笑みを浮かべながら歌い続けていると、不意に茂みがガサガサと激しく音を立てた。小鳥がバサリと羽音を立てて飛び去り、子猫はオーエンの腕の中から飛び出す。周囲の猫たちが警戒に身を硬くする中、オーエンは鋭い視線で茂みを注視した。

「ああ、オーエン。あなただったんですね」

赤髪が覗いたと思えば、眠そうな眼差しがオーエンを捉える。ミスラが緩慢な動作でぬっと姿を現すと、癖毛や衣服のあちこちに葉が絡みついていた。しかし当の本人は少しも気にした様子もなく、オーエンの方へ歩み寄ってくる。突然の闖入者に猫たちが散り散りになっていくが、退屈そうに一瞥したのみだった。

「やっぱりその姿だと猫に好かれるんですか?俺には寄ってきませんけど」

オーエンの目の前に屈み込んだミスラは、逃げ遅れた猫の首根を掴んで抱き上げる。シャーシャーと威嚇されても意に介さず、検分するように猫を眺めていた。オーエンは呆れた表情でオーエンを見つめて、上がっていた口角を少しずつ下げていく。ミスラの姿を見た途端、先ほどまでの穏やかな気持ちはどこかへ消え失せてしまった。代わりに胸の奥底から沸き上がってくるのは苛立ちに似た感情だ。

「ミスラがけだものだってこと、猫の方も理解してるんだよ」
「はあ……そんなに知能が高そうには見えませんけどね」

ミスラは猫にぐいと顔を寄せる。威嚇するように大きく口を開けると、猫の身体がびくりと跳ねた。オーエンは手を伸ばしてミスラの手から猫を奪い取って、優しく抱き締める。宥めるように頭を撫でてやると弱々しい鳴き声が返ってきた。

「虐めるなよ。可哀相に……ほら、おまえもさっさとお逃げ」
「……あんな弱い生き物に肩入れするなんて、北の魔法使いとは思えませんね」
「そんな弱い生き物を虐めてるおまえだってそうだろ」

一目散に駆け出した猫の背中を見送って、オーエンは皮肉っぽく唇を歪める。ミスラは不快そうに眉根を寄せたが、特に何も言うことなくオーエンへ視線を向けた。気怠げな表情を浮かべていてもその美貌は霞むことがない。オーエンは抱いていたはずの苛立ちを一瞬忘れて、ミスラの顔をじっと見つめ返した。

「オーエン、あなた似合っていますね」
「……は?」
「その耳と尻尾です。猫と戯れていると、本物の猫になったように見えました」

ついと伸ばされたミスラの手がオーエンの頭頂部へ置かれる。そのまま横にスライドした手は、柔らかな"それ"をふわりと撫でていた。

「気持ちいいな…。すべすべしていて、俺のとは違う感触ですね」

興味深そうな声音で呟きながら、ミスラは繰り返し手を往復させた。オーエンはその手を払い除けようとして、寸前で思い留まる。オーエンの挑発に乗らないあたり、今日のミスラは随分と機嫌がいいらしい。ここで機嫌を損ねるのは得策ではないだろう。上手くいけば、ミスラを煽てていい思いが出来るかもしれない。

「ミスラの耳と尻尾、ボサボサじゃない?どこを通って来たんだよ」
「はあ。ネズミが居たので追いかけたくなって、追いかけてたんですよね」

オーエンは呆れながらミスラと同じように手を伸ばす。癖毛の中に埋もれていた耳を掴んで、そっと撫でてみた。確かにオーエンのものは異なり、少しゴワゴワとした感触ではあるが間違いなく猫のそれだ。ミスラは撫でられていても退屈そうな表情を崩すことなく、ぼんやりとオーエンを見下ろしている。

「ケーキのせいで災難だったけど、まあ……ちょっとは楽しいかも」
「あれ、変な菓子でしたね。味は悪くありませんでしたけど」

サーカス団を見に行った魔法使いたちから渡されたお土産のケーキを思い出し、二人同時に溜め息を吐く。被害に遭ったのは魔法舎の魔法使い全員だったが、夕方まで効果が持続すると言われて外出も出来ないのだ。重い気持ちになったオーエンは疲労を感じて手を離そうとする。しかし、それを阻むようにがしりと腕を掴まれて目を瞬く。ミスラは、なぜかひどく真剣な表情でこちらを見つめていた。

「あなた、撫でるの上手いですね。なんだか眠れそうな気がします」

オーエンが答えるよりも早く、ミスラはその場に横になる。掴まれたままの腕を引っ張られて身体が傾き、オーエンは咄嵯に地面に片手をついて身体を支えた。ミスラはオーエンの膝の上に頭を預けると、静かに目蓋を閉じる。毛羽立った赤い尻尾がゆらゆらと揺れて、時折ぱたんと芝生を叩いていた。

「なんで、僕が……」

不服を露わにそう呟いてみてもミスラはもう目を開ける気配がない。ここで逃げようものなら、後でどんな目に遭わされるか分からなかった。オーエンは無言の圧力に屈して、仕方なくそろりと手を伸ばす。ふわふわの癖毛を撫でて、指先でなぞるように猫の耳へ触れる。本物の猫にするように爪先で耳の後ろを掻いてみると、ゴロゴロと喉を鳴らすようなことはしないもののミスラの口元は満足そうに緩んだ。その反応が少し面白くて、オーエンの心はふわっと浮き足立つ。

「―――…オーエン、もう歌わないんですか?」

ミスラの言葉にオーエンの指がぴたりと止まる。そのまま浮き上がった指が再び頭を撫でることはなく、ミスラは不満そうに目蓋を持ち上げた。

「ちょっと、止めないでくださいよ」
「……あれは、あいつらに強請られたから仕方なく歌ってただけ」
「あいつらって、猫ですか」
「……そうだよ」
「へえ?気持ちよさそうに歌ってると思ったんですけどね」

オーエンは眉根を寄せて黙り込んだ。ミスラは焦れたように頭を揺らし、オーエンの手首を掴んだ。しかしオーエンは顔を背けたままこちらを見ようともしない。

「オーエン」
「……歌わない」

オーエンの態度は頑なだった。ミスラは苛立ちながら身体を起こして、オーエンの手首を掴んだまま顔を寄せる。強引に視線を合わせると、オッドアイの双眸が動揺に揺れた。手に力を込めると骨が軋んだのかオーエンは顔を引き攣らせる。

「へし折られたくはないでしょう」
「……こんなことで腕を折るなんて、おまえって本当に野蛮」
「俺としては、こんなことで強情になるあなたの方が理解できません。何をそんなに嫌がっているんです?それとも、猫みたいに強請ればいいんですか」
「はっ……ミスラが?猫みたいに僕に強請るっていうの?」

明らかに侮蔑を含んだ笑い声を向けられ、ミスラはむかむかと苛立ちを募らせた。途端に場の空気はビリビリとした殺気を孕み、遠巻きに見ていた猫たちは一匹残らず姿を消していく。オーエンはそれを目にして深い溜め息を吐いた。

「最悪。賢者様かファウストが来たら猫たちを侍らせた状態で自慢してやろうと思ったのに、おまえのせいで一匹も居なくなっちゃった」

オーエンが機嫌を損ねているのは明らかだった。ミスラは暫し黙り込んでいたが、やがて掴んでいた手を引いて芝生へ押し倒す。突然のことに目を白黒させるオーエンに顔を寄せて、唇を奪った。ざらりとした感触に驚いた拍子に舌を絡め取られ、ぢゅうと吸い上げられられる。猫化の影響がこんなところにまで出ているとは思わず、オーエンは困惑した。ミスラは角度を変えながら口づけを繰り返し、気付けば長い尻尾がオーエンの尻尾へ絡みついている。もともと存在しないはずの部位は感覚がひどく鋭敏で、軽く擦れ合うだけで自然と腰が跳ねてしまう。

「ふ、ぅ…っ、やめろって、ミスラ…!」

唇が離れた隙にぐいと胸を押し返すが、ミスラは至近距離でオーエンを見下ろすだけだ。伸ばした舌で戯れのように猫の耳の後ろを舐められて、背筋がぞくぞくと震える。オーエンの耳がぺたりと倒れるとミスラは楽しそうに笑い声を上げた。ざりざりと毛繕いをするように耳の生え際を何度も舐めて、ミスラはうっそりと笑みを深める。オーエンは息を乱しながら真っ赤になった顔でミスラを睨み上げるが、その瞳はとろりと蕩けはじめている。降参を示すように倒れ込んだ耳に熱い息を吹きかけて、ミスラは低く甘い声で囁きを落とした。

「ねえオーエン、歌ってください。……今の俺は、猫なので」

いいでしょう?ほとんど吐息のような掠れた声に、オーエンはぐっと唇を噛んで俯いてしまう。しかし、駄目押しのように名を呼ばれるともう駄目だった。

「―――……♪」

語りかけるような優しい歌声が中庭に響く。猫たちに向けられていたものとは異なる旋律に、ミスラは心地良さそうに耳を傾けた。押し付けられた頭をオーエンが撫でるとミスラは視線を上げ―――翡翠の双眸を陽の光に煌めかせ、にゃあと一鳴きした。そして満足そうに微笑んで再びオーエンの手に頭を寄せる。オーエンの細い尻尾は、いつしかミスラの尻尾にきゅうと絡みついていた。


end.




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