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※キスの日


暗闇の中に響き渡った呪文に微睡みが打ち破られる。強制的に意識を引き起こされて、心臓があれば胸を打ち破りそうなほど激しく脈打っていただろうことは想像に難くない。オーエンは跳ね起きた体勢のままトランクを引き寄せようとしたが、開かれた扉から入り込んだ闖入者がベッドに歩み寄ってくる方がずっと早かった。恨めしいほどすんなり伸びた長い脚は入り口からの距離を数歩で詰め、勢いを殺すことなくベッドへ乗り上げてくる。膝が腹部に直撃することだけは免れたものの、押し倒された衝撃で一瞬息が詰まった。

「……ッ…ミス、ラ…」

咳込みながら名を呼べば、まるで応えるようにぼうと明かりが灯った。温かな炎に照らされた闖入者―――ミスラは、薄い笑みを浮かべてオーエンを見下ろす。

「こんばんは。お邪魔しています」
「……本当に邪魔。寝込みを襲うなんていい趣味してるね」
「はあ、どうも。別に趣味というほどでもありませんが」
「褒めたわけじゃない」
「そうですか」

会話が成立しないことを察し、オーエンは深く溜め息を吐いた。トランクを引き寄せるために伸ばしかけていた手はミスラによってベッドに押し付けられている。力を込めてもびくともしないことから、抵抗すれば機嫌を損ねて殺される結果が予想できた。しっかり被っていた上掛けを剥がされ、温まっていた身体は外気に晒されて冷えはじめる。ただでさえ末端まで血が通わぬ身体だ。冷えれば寝つきが悪くなり、夢見までも悪くなってしまう。微睡みを破られた苛立ちもあってオーエンの中で怒りが膨らみはじめる。しかしミスラはそんなオーエンのことなど気にもせず、スリッパを適当に脱ぎ捨ててベッドの中へ入り込んできた。

「ちょっとミスラ…!何してるの」
「見れば分かりませんか?ここで寝ようと思って」
「ベッドを変えても眠れないでしょ。この前試したこと、もう忘れたの」
「覚えていますが、今日はここで眠りたい気分なんですよね」

ミスラはそう呟いて返事も待たずに抱き寄せてくる。持参してきたらしい三日月型のクッションがオーエンの腰辺りに触れてた。よく見ればミスラの首元にはアイマスクも下げられていて、準備万端なその姿がオーエンの瞳には間抜けに映る。

(―――どうせ眠れやしないのに)

声に出すことはなく、オーエンは胸の中で小さく毒づいた。ミスラはベッドに押さえつけていた手を離したと思えば、繋ぐように握り直して表情を緩ませる。オーエンが思わず目を瞠ると、翡翠の瞳がふっと細められた。

「あなたの手が温かいなんて珍しい。……あはは、体温上がりました?」
「離せって…!」

ミスラは片腕でオーエンの身体を抱き寄せ、魔法で上掛けを浮き上がらせた。自らの身体の上に覆い被せるように、オーエンごとすっぽり包み込んでしまう。腕の中に閉じ込められるような体勢になり、オーエンはいよいよ逃げ場を失った。どうにか拘束から抜け出そうと身を捩るも、それさえも許さないというように強く抱き締められる。密着することでミスラの鼓動が伝わってきて、オーエンの意識は己が持たないその音に奪われてしまう。

「あなた、いつもは冷たいのに眠る時だけは温かいですよね」

ミスラは手を握り直しながらオーエンの顔を覗き込む。整った面差しに見つめられるのは悪くない気分で、オーエンは静かに瞬きを繰り返した。燃えるような赤髪、美しい翡翠の虹彩、すっと通った鼻筋、薄く柔らかな唇―――その全てがオーエン好みのかたちをしている。手を伸ばして滑らかな頬に触れると、何を思ったのかミスラが顔を寄せてきた。音もなく唇同士が触れ合って、互いに目を閉じることもせず至近距離で視線を交わす。二度目の口づけはどちらからともなく、引き合うようにして交わし合った。舌先が擦れて背筋がぞわりと震える。激しさはないが、自然と息が上がって熱い吐息が零れ落ちてしまった。

「オーエン、一緒に寝ましょう」
「……無理だよ。僕が眠れても、おまえは眠れない」

オーエンとしては、意地悪く言ったつもりだった。それなのに、ミスラはただ静かに微笑んでみせる。その笑みを見てしまえば喉元まで出かかっていた文句は引っ込んでしまい、代わりに溜め息が漏れた。じゃれつくように再び寄せられた唇に抗うことなく、オーエンは目蓋を閉じる。触れた先の熱はひどく心地よかった。甘く感じるのは錯覚だと理解しているはずなのに、癖になりかけている自分がいる。冷たい夜は嫌いだけれど、温もりを分け合えるなら悪くはない。

(―――そんなこと、口が裂けても言わないけど)



end.




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