模倣する愛のかたち

※R18
※妄念眠る宿屋のファンタジア


「よいか、ミスラちゃん!」
「オーエンちゃん!」
「「喧嘩は絶対ダメじゃぞ!」」

二重奏で紡がれた言葉を耳にして、ミスラとオーエンはほぼ同時に深い溜め息を零す。薄暗く不気味な宿屋のロビーで、年配の双子に引き留められた二人は嫌々話を聞く羽目になっていた。ミスラたちを不憫に思ったのか、賢者も双子の傍に立っていたが困ったような表情を浮かべるばかりだ。繰り返し言われた話を聞くことにも飽きたミスラは視線を逸らし、フロントに飾られた装飾品や呪具へ視線を移す。ホテルの利用者向けに便利な機能が搭載されているようだが、勿体ないほど存分に魔力が秘められていた。何個か持って帰ってやろうかと考えていると、真横から不愉快そうな声が飛んでくる。

「おい、ミスラ。どこ見てるんだよ」
「はあ……あの骨の呪具を持って帰ろうかと思って」
「馬鹿じゃないの。駄目に決まってるでしょ」
「あなたも使ってみればいいじゃないですか。少しは強くなれるかもしれませんよ」
「はぁ!?」
「「こらー!!」」

耳をつんざく大声で叱責され、ミスラとオーエンはそれぞれ顔を顰めた。双子がぎゃんぎゃんと叱ってくるので、呪具によって少し向上していたミスラの気分は急降下していく。そんなミスラの様子を見かねたのか、賢者がおずおずと歩み寄ってきた。ミスラの腕にそっと触れ、伺うように大きな瞳で見上げる。その様子が捨て犬のように見えてオーエンは鼻を鳴らした。

「あの、ミスラ……俺からもお願いします。オーエンと喧嘩しないでほしいんです」
「無理な話ですよ。俺たちがどれだけの間殺し合ってきたと思ってるんです?」
「それは……そうなんですけど。でも、魔法舎での暮らしにもだいぶ慣れてきたと思うんです。ミスラだって、大半の魔法使いとは普通に接してるじゃないですか」
「普通……が何かは分かりませんが、まぁ他の魔法使いはこの人みたいに喧嘩を売ってきたりしないので」
「おまえが僕に喧嘩を売ってるんだろ」

すかさずオーエンが食ってかかるが、双子から無言で圧を掛けられて押し黙る。ミスラはそれをちらりと一瞥し、晶の顔をじっと覗き込んだ。長身を屈めて覗き込まれると威圧感が半端ではなく、晶は壁に背中を押しつけて息を呑む。

「無理ですよ、賢者様。同じ魔法舎で暮らしているだけでも奇跡みたいなものです。俺たちにこれ以上を求めることは諦めてください」
「ミスラ…!」
「はは。今ばかりはミスラに賛成だね。賢者様はその生温い考えをさっさと捨てるべきだよ。大体、賢者だからって偉そうに命令ばかりしてくるその態度が気に入らない。本当に僕たちに仲良くしてほしいなら泣いて媚びてみせなよ」
「…………」
「こら!オーエンちゃん!」
「賢者ちゃんになんてこと言うの!」

ぐっと唇を噛んでしまった晶を庇うように双子が飛び出してくる。オーエンは辟易したとばかりに不気味な鍵を弄び、その場を離れようとした。しかしその細い背中を引き留めたのは晶だった。

「オーエン」
「……怒ったの?それとも、泣いて媚びる気分になった?」
「いいえ。泣いて媚びたりしません。それに、命令したつもりもないです。俺が魔法使いのみんなにするのは、命令じゃなくお願いだけですから」

晶は怯むことなく毅然とした眼差しでオーエンを見つめた。オーエンは表情を変えなかったが、互い違いの瞳には不快感が露わになっている。晶は視線をミスラへ移し、掴んでいた腕を引っ張った。

「ミスラ。この宿屋に泊まる間、オーエンと仲良くしてください。それが守れないなら……」
「―――守れないと、なんですか」
「今後、寝かしつけをしません」
「……はあ!?」

晶の言葉を耳にした途端、ミスラは目に見えて血相を変えた。ミスラとしては安眠を求めてこの宿にやって来たのだから、当然の反応だろう。晶は僅かに尻込みしていたものの、黒曜のような瞳の奥の決意の固さは火を見るよりも明らかだった。双子は顔を見合わせて嬉しそうに笑い、二人で賢者の手をぎゅっと握り込む。そのまま踊り出しそうな雰囲気でゆらゆらと手を揺らし、歌うようにミスラとオーエンへ話しかける。

「よいな、ミスラ」
「よいな、オーエン」
「「絶対に喧嘩はしないこと!」」
「ちなみにオーエンは守れないとおやつ抜きじゃよ」
「カフェへの外出もずっと禁止じゃ」

今度はオーエンが血相を変える番だった。魔法で菓子を作り出すことは可能だが、ネロや賢者が手で作る菓子には遠く及ばないのだ。

「なんで僕まで…!」
「オーエン、この宿に泊まる間だけでいいんです」
「嫌だ」
「そこをなんとか……どうかお願いです」
「嫌だって―――「分かりました」

言葉を遮ったミスラはオーエンの口を手で塞いでいた。呆気に取られる晶を見下ろし、吐き棄てるように言葉を並べ立てる。オーエンはじたばたと暴れていたが、ミスラはそれを気にも留めない。

「この俺にお願いをしたんです。オーエンと仲良く出来たら、それ相応の対価を用意してくれるんでしょうね」
「た、対価……えっと、ミスラの好きな消し炭をいっぱい作ります!それから、ミスラが眠れるまでしっかりお付き合いしますので!あ、えっと、オーエンにも甘いお菓子をたくさん……」

晶はオーエンに対して話し続けていたが、ミスラは自分への対価を聞いて満足したらしい。オーエンが持つ鍵の部屋番号に目を向けて顔を顰めたものの、手っ取り早いかと呟いて歩き出した。豪奢な絨毯が敷かれた廊下を、ミスラはオーエンを半ば引き摺りながら歩いていく。

「ミスラ!オーエンを引き摺らないであげてください!」
「「互いに怪我させたらアウトじゃぞー」」
「チッ……面倒だな」

ミスラは億劫そうにオーエンを抱え上げる。口から手を離されたらしいオーエンが途端に喚き出すが、ミスラは完全に黙殺していた。残された晶は双子に両手を握られたまま立ち尽くしていたが、二人の姿が見えなくなって深く息を吐く。

「本当に大丈夫でしょうか……」
「大丈夫じゃよ。よく言ってくれたのう」
「ここまで言われれば逆らわないじゃろう」

きゃっきゃと明るい双子に笑顔を向けられ、晶もつられて笑みを浮かべた。不安は心の隅に残っていたが、今は二人を信じてみるしかない。双子に手を引かれ、晶もまた自室へ向かって歩き出した。



×


「最悪……」
「いつまで言ってるんですか。いい加減諦めてください」

じっとりと恨めしげな視線を投げられてもミスラは動じない。オーエンは無駄に豪奢なソファーに腰を下ろすと、大きな溜息を吐いた。ミスラはオーエンのことなど無視したままベッドを検分しはじめる。何かしらの呪文が掛かっていることはオーエンも分かっていたが、ミスラのようにわざわざ調べようとは思わない。

「オーエン。あなた、先に風呂へ入ってきたらどうです」
「なんで」
「俺はこのベッドを早く試したいんですよ」
「風呂にも入らないで寝るつもり?」
「別にいいでしょう」

オーエンはじっとミスラを見つめ返していたが、やがて諦めたように立ち上がった。特にバスローブなどは用意されていないので、双子が用意した服を魔法で清めて再び着るしかない。浴室を覗いてみると、室内の内装とは一変して落ち着いた雰囲気だった。棚にあからさまに怪しい入浴剤が置いてあるのを目にして、オーエンは眉を顰める。ミスラがベッドに執心していることを確認すると、脱衣所の扉を閉めて衣服を脱いだ。隅に置かれていた不気味な枝はポールハンガーらしく、オーエンが差し出した服を蠢きながら受け取る。浴室に足を踏み入れたオーエンは浴槽の蛇口を捻った。数秒のうちに浴槽は温かい湯でいっぱいになる。シャワーも肌に心地よい適度な温度で、身体が温まるにつれ気持ちが落ち着いてきた。備え付けのボディソープやシャンプーに呪文が掛かっている気配はない。薔薇のようなあまい芳香のソープ類を使って髪と身体を洗ったオーエンは、浴槽に身を沈めた。北の国の寒さに晒されていた身体が芯からぽかぽかと温まっていく。棚の入浴剤にちらりと視線を移し、試してみようかとも思うがすぐにその考えは捨てた。

「……ミスラに試させるか」

代わりに浮かんだ案に僅かに胸を躍らせ、オーエンは浴槽にぶくぶくと沈んでみる。ミスラのように泳ぎが得意なわけではないが、静かな水中に留まることは好きだった。魔法舎は常に騒がしい。北の国の静謐が恋しくなることは少なくなかった。次第に息が苦しくなり、オーエンはゆっくり水面に顔を出す。深く息を吸い込んで、呼吸が落ち着いたところで立ち上がった。浴室を出る前に棚から適当な入浴剤を手に取り、湯の中に注いでみる。たちまちマグマさながらにぼこぼこと音を立てはじめた湯を見てオーエンは笑った。袋の裏に書いてある効能はおどろおどろしいが、あのミスラ相手に効能がいかんなく発揮されるとは思えない。期待はせずにおくが、万が一にでも痛い目に遭えばいいと考えながら浴室を出た。オーエンはポールハンガーから受け取った衣服を魔法で清めて身につける。再び呪文を唱えれば髪も一瞬で渇き、寒さを感じることはなくなった。普段は何も感じないが、こういった時に魔法が使えない人間はひどく不便だろう。脱衣所を出て部屋に戻れば、ミスラがベッドの中央に倒れ込んでいた。賢者が言っていた "ダイノジ" という言葉を脳裏に思い浮かべながら、オーエンはベッドに乗り上げる。

「おいミスラ、おまえも風呂入ったら」
「……ああ、上がったんですか。なんだか、あまい香りがしますね」
「え?」

眠そうな表情で見上げてきたミスラがついと手を伸ばす。オーエンの髪を節くれ立った指で梳き、ぼんやりと瞳を細めた。オーエンは何度か瞬きを繰り返し、静かに頷く。

「備え付けのシャンプーだよ。なんか、花みたいな匂いがした」
「薔薇でしょうか」
「知らないけど。僕はあんまり好きじゃない」
「……そうですか」

ミスラは何か言いたげに目を伏せたが、オーエンの髪から手を離すと起き上がった。なぜかオーエンをじっと見つめてからベッドを降り、黙って浴室へ消えていく。オーエンはミスラを見送って、そのままベッドに倒れ込む。自分のベッドが向かいにあることは知っていたが、ミスラのベッドから動く気になれなかった。倒れ込んでみて分かったが、このベッドには強い入眠の魔法がかけられている。普通の人間や若い魔法使いなら簡単に眠りへ誘える類いのものだ。しかし、最も眠りを欲している当のミスラには何の効力も発揮されなかったのだろう。オーエンは僅かに眠気を覚えて瞳を閉じる。魔法自体は大して強くないはずだ。身体が温まっていることに加え軽い疲労のせいだと思いながらも、目蓋を持ち上げることは叶わない。遠くに聞こえるシャワーの水音をBGMに、オーエンはいつの間にか意識を手放していた。


×


「……腹が立つな」

穏やかに寝息を立てるオーエンを見下ろし、風呂上がりのミスラは苛立ちも露わに呟いた。普段であればオーエンが目を覚ます前に三度ほど殺しているが、今は殺すどころか喧嘩すらも禁じられている。期待していた睡眠はミスラにとって子供騙しとしか思えない魔法で、怒りより落胆の方が強かった。オーエンが眠っているのは魔法のせいではなさそうだが、それにしてもミスラの前で無防備に寝るなど喧嘩を売っているとしか思えない。

「オーエン。……オーエン」

乾かしていない髪の先からぼたぼたと冷たい雫を落としたまま、ミスラは何度か呼びかける。しかしよほど深く眠っているのか、オーエンは目を覚ます気配がない。ミスラはオーエンの顔の真横に手をつき、ぐっと長身を屈めた。怜悧な印象を抱かせる整った美貌をそのままに、静かなオーエンは普段の態度が嘘のようだ。ミスラの顔が好きだと言うが、オーエン自身の顔も世間一般的には相当な美形に分類されるだろう。ミスラ自身はオーエンの顔を好きかどうかなど考えたこともないが、いくら眺めていても飽きないとは思う。ただ、それと今抱いている苛立ちとは別の問題だ。自然と低くなった声で再び名を呼んだ。冷たい雫が頬を濡らしたことでオーエンは身動ぎ、むずがるような声を上げる。長い睫毛が震え、静かに瞳が開かれた。どこか不思議そうな表情でミスラを見つめて、オーエンは僅かに眉を寄せる。

「……僕、寝てた?」
「えぇ。それはもうぐっすりと」
「おまえは僕の寝込みを襲おうしてたの?でも、今のおまえは僕を殺せないでしょ?」
「違いますよ。……ああ、やっぱりむかつくな。殺していいですか?あなた、黙っていてくださいよ」
「双子のことだから、仮に僕が黙っててもバレるんじゃない」

黙り込んだミスラを見つめてオーエンは頬を緩ませ、腕を伸ばした。濡れたままのミスラの癖毛を掻き回す。ブラシすらも通されていない髪は白い指に絡み放題だ。何本か抜けたが、当のミスラは少しも痛がらない。指に絡んだ赤い髪を見てオーエンは呆れたように息を吐き、口を開く。

「僕を襲うなら髪ぐらいちゃんと乾かしなよ―――≪クーレ・メミニ≫」

ぶわりと温かい温風がどこからともなく巻き起こる。ミスラの髪を包み込むように吹き荒れた風は、ものの数秒でミスラの髪を乾かした。乾いたことで広がった髪を撫でつけながら、まるで犬か狼のようだと思う。くすくすと笑っていると、不意に手首を強く掴まれた。骨や筋肉が軋む程ではないが、離さないという強い意志が感じ取れる。視線を上げれば、ミスラがじっとりとこちらを睨んでいた。

「何……」
「やっぱり訂正していいですか」
「は?」
「襲います」

不穏な宣言に即座に反応しようとしたオーエンだったが、ベッドに座っている体勢ではあまりにも不利だった。あわやヘッドボードに頭をぶつけそうな勢いで押し倒され、マウントを取られる。必死に力を込めて押し返す腕はベッドに縫い付けられてしまった。呪文を唱えようとした瞬間、鋭い視線で射抜かれる。蛇に睨まれたように動けなくなり、オーエンは下唇を噛み締めた。

「どういう、つもり?僕を殺したらバレるに決まってるよ」
「殺すなんて言ってません」
「……じゃあ何?殺す寸前まで嬲るとか?そんな嗜虐趣味があるとは知らなかったなぁ」

怯んでいることを気取られたくなくて、オーエンは顎を持ち上げる。嘲るような口調で言ってみれば少し気分が向上する気がした。ミスラは退屈そうにオーエンを見下ろしたまま、首を捻る。

「はあ。そういうのがお好みですか?でもあなた、痛いのは嫌いって言ってましたよね」
「嫌に決まってるだろ」
「……よく分からないな。あなたのことは殺さないですし、痛がるようなこともしないです」
「はぁ?だって今、僕を襲うって―――」
「はい。襲いますよ」

要領を得ない会話にオーエンは困惑を覚える。ミスラは掴んでいたオーエンの手首の内側―――薄い皮膚を親指の腹でそっと撫でた。日の当たらない白い皮膚を慰撫するように撫でられれば、言葉に含まれた別の意味に思い至らないわけがない。触れられている部分が熱を持ちはじめ、頬がじわりと赤らんだ。なぜか嬉しそうな顔の獣は、オーエンを見つめてうっそりと微笑む。

「セックスするって意味で言いました」


×


「ひ……、い、あっ……あ、あァ…ッ!」

絶え間なく響き渡る水音に耳を塞ぎたくてたまらない。汗で滑る腕を握り直されたと思えば、一際強く腰を打ち付けられた。硬い性器に内壁を削られ、オーエンは大きく喘ぐ。息苦しさに頭が痛みそうなのに、下半身は快感でどろどろに蕩けそうだ。膝から力が抜けて倒れ込むと、背後から覆い被さられる。重いと文句を言いたいのに、足先から指先まで怠くて動けなかった。

「ァ……、ッ、はぁ…あ……」
「へばるのはまだ早いですよ。オーエン」

ぞっとするほど優しい声が耳朶を擽る。あまい声に目だけで振り返ると、仄暗い炎を灯した翡翠の瞳がこちらを覗き込んでいた。凄絶なまでに美しくミスラは微笑む。情欲に駆られた獣がここまで獰猛だと、知りたくはなかった。

「やめ、ろ…!嫌、だって―――ん、ッ……」

伏せていた身体をひっくり返されれば、胎内に入り込んだ熱を再認識させられた。汗と涙でぐちゃぐちゃになった顔を暴き、何が嬉しいのかミスラは笑う。止まっていた腰の動きを再開され、身体が揺さぶられるたびに甲高い悲鳴が漏れた。最初こそ必死に堪えていたはずなのに、今は箍が外れたかのように抑えが利かない。自分のものとは思えないような甘ったるい声を聞きたくないのに、どうしようもなかった。ミスラはオーエンの首筋に鼻を埋める。深く息を吸い込む気配がして、オーエンの顔は熱を持つ。

「やっ…!」
「俺と同じ匂いがしていたのに、今は違いますね。汗と混ざり合って……たまらないです」

おそらく花の香りのシャンプーのことを言っているのだろう、とぼんやりと頭の端で理解はできた。しかしそれよりも羞恥心の方が強く、オーエンは指が白くなるほど強くシーツを握り締める。ミスラはそんなオーエンの様子に気付くこともなく、鎖骨の窪みに舌を這わせた。ざらついた舌にべろりと舐め上げられて皮膚が粟立つ。

「こ、の……っ、けだもの…!」
「あはは。褒め言葉ですね」

褒めてないと否定しかけたオーエンの唇にミスラは食らいついた。柔らかく弾力のある唇はなぜかあまく感じられる。オーエン本人があまいものを好んでいるからだろうか。考えても分かることではないので、ミスラは早々に思考を放棄して舌を捻じ込んだ。縮こまろうとするオーエンの舌を追いかけ回し、絡め取る。キスの合間に零れる吐息すら惜しくて、呼吸ごと奪ってしまう。オーエンは酸素不足に陥りそうになりながらも、ミスラを押し退けようと抵抗を試みる。しかしミスラはそれを易々と押さえ込み、より一層激しく舌を絡めた。酸欠と快楽で意識がふわふわしてきて、オーエンの頭は何も考えられなくなる。

「気持ちよさそうですね」

ミスラはオーエンの下腹部に手を伸ばし、臍の上あたりを指先でなぞる。そのまま薄い腹を撫で回されて背筋が震えた。長い接吻が終わり、二人の間を繋いでいた銀糸がぷっつりと途切れる。オーエンは荒い息を整えながら睨むようにミスラを見上げた。ミスラはその視線を受け流しながら、濡れた下唇を舐め取る。腹の上に乗せられた大きな掌をオーエンが払い退けると眉根を寄せたが、ミスラは特に何も言わなかった。仕返しのように緩慢だった腰の動きを速められ、オーエンは声を詰まらせる。子どもじみた意趣返しだと思うのに、それに翻弄されることへの悔しさが脳内を渦巻く。

「あ、あッ……や、め……ろっ」
「やめろと言われてやめたりしません。それぐらいあなたも知っているでしょう?」
「や、さしく、する……って、言った、ぁ…!」

律動の最中でも文句を絶やさないオーエンに口角を引き上げ、ミスラは身を屈める。だらしなく開かれたオーエンの口の端に触れるだけのキスを落とすと、細い腰を掴んで性器を引き抜いた。ずるりと抜け出ていく感覚とともにぞくぞくとした快感が全身を駆け抜け、オーエンはあまい喘ぎを零す。

「ひゃ…、ッ……ぁ、あー…っ!」
「優しくしてるじゃないですか。痛くないし、あなたも気持ちいいでしょう」

ミスラは涼しい顔でそう呟き、オーエンの手首を掴んで引き寄せた。過ぎた快感に身を震わせるオーエンの肩や首筋に吸いつきながら、その身体をぎゅうと抱き締める。在るはずの場所に心臓を持たないはずなのに、こうしてぴたりと触れ合えば温かい。雪のように白い肌は滑らかで、肌と肌が密着しているだけで心地よかった。はぁと深く息を吐き出し、しな垂れかかるように力を込める。

「ちょっと……苦しいんだけど」
「文句が多いですね。あなたが優しくしろって言うから中断してやったのに」

オーエンはミスラの言葉に互い違いの瞳を瞬かせる。過去、どんなにやめろと言っても行為を中断することのなかった男が、一体どういう風の吹き回しだ。オーエンの疑念を感じ取ったのか、ミスラは億劫そうに再び口を開く。

「賢者様の世界には" なかよし "という隠語があるそうです」
「急に何―――" なかよし "…?」
「俺は、そういう意味で言われたのかと思いまして」
「は……ちょ、っと、離し……ぐ、えっ」

字面だけなら実に間抜けで生温いが、隠語だというならもっとおどろおどろしい意味かもしれない。抱き締められているのが鬱陶しくなり、オーエンはミスラの顎を押し退ける。頑として動こうとしないミスラがさらに腕の力を強めてきて思わず呻いた。まさか絞め殺すという意味じゃないだろうなと顔を上げると、なぜか頬に口づけられる。

「色気のない声だな……」
「うるさい。隠語って何。もったいぶらないで教えろよ」

わざとらしく遠回しなことばかりを言われて苛立っていたオーエンは、ミスラの手の甲を抓り上げる。ミスラはさして痛くもなさそうな声を上げ、呆れたように溜息を吐いた。オーエンを押し倒してその背に圧し掛かる。ずしりと体重をかけられて、その重さと密着した体温を嫌でも意識させられた。先程までミスラを受け入れていた後孔に長い指が滑り込んでくる。

「あ……ッ!」

柔らかな後孔は突然の侵入者を拒むことなく受け入れてしまった。収縮する内壁の動きは驚いてのことだったが、きゅうきゅうとまるで喜んでいるようで浅ましい。短く悲鳴を上げて仰け反ったオーエンは、両手で口を強く塞いだ。これ以上あまい声を上げてミスラを喜ばせるようなことはしたくない。それを見下ろしたミスラは不満そうな表情を浮かるが、オーエンからは見えるわけもなかった。声を押し殺すオーエンを責め立てるように、ミスラは侵入させた指を動かしはじめる。骨張った長い指が奥の方に残っていた精液を掻き出していく。敏感な内壁を刺激され、オーエンの身体は挿入されていた時の感覚を取り戻していった。治まっていたはずの熱を呼び起こされた痩躯はびくびくと跳ねる。

「っ、やめ……話、逸らすなよ!」
「でもあなた、もう待ちきれなくなってるじゃないですか」
「そんな、こと……っ…!」

過剰なまでに反応してしまう自分の身体を恨めしく思いながら、オーエンはミスラの腕を掴んだ。しかし、力を込めて押し返そうした瞬間にミスラの指先が前立腺を掠める。途端に力が入らなくなり、オーエンは掴んでいた腕を離してしまった。いつの間にか二本目の指が侵入してきて、オーエンの身体は快感だけを拾いはじめる。口を塞ぎながら必死に鼻だけで呼吸をしていると、前触れもなく指を引き抜かれた。あっ…とまるで惜しむような声が指の間から零れ落ちる。それを聞き逃さなかったらしいミスラは、ふっと息を吐きながら笑った。カッと燃えるように顔が熱くなり、羞恥と怒りがオーエンの中で渦を巻く。

「心配しなくても、すぐにくれてやりますよ」

充分すぎるほどに解れきった後孔は楔を求めるようにひくついている。ミスラは舌なめずりをしながら、自らの性器を軽く扱いた。オーエンの痴態に煽られ再び勃ち上がった凶器を、柔らかな後孔に押し当てる。そのままオーエンの背に覆い被さると、一気に貫いて最奥を穿った。

「ァーーー、ッは、ぁ……、あ、あァっ…!」

狭い隘路を押し広げるように入ってくる質量に圧迫されて、上手く息ができない。苦しさに喘ぎながら、オーエンは懸命に空気を取り込もうとした。やがて全てを収め終わったミスラの動きが止まる。腰を掴まれて前後に揺すられ、オーエンは声にならない悲鳴を上げた。快感しか拾い上げなくなってしまった自分の身体が恐ろしく、同時にひどく恨めしい。こうして身体を繋げるのは数百年ぶりのはずだが、丹念に解された身体は巧みに快感を得てしまう。最初に関係を持った時は痛みと異物感で散々な思いをしたし、その時のミスラは1ミリだって配慮をしてはくれなかった。発散の仕方を知らない性欲を力任せにぶつけただけで、オーエンだから選んだようにも思えなかった。せめて痛みだけでも緩和できるようにオーエンは自ら身体に弛緩する魔法を使うようになったが、今になって思えばそのせいで快楽を強く感じるようになったのだろう。とはいえ、何も知らなかったオーエンの身体をこれほどまでに作り変えたのはミスラだ。意識を逸らしていたことを見抜いたように、舌打ちを零したミスラが強く腰を打ち込む。性器の裏側に当たる箇所を擦られ、オーエンの身体は大きく跳ねた。執拗に攻め立てられると、自分の意思とは関係なく身体が反応してしまう。

「や、だめ……そこ、嫌っ…あ、ァ!」
「嫌じゃないでしょう。ほら、すごく良さそうです」

煩悶するオーエンにくつくつと意地の悪い笑みを零し、ミスラは白いうなじに舌を這わせた。熱くぬめった舌が滑らかな皮膚を穢すようにねぶる。びくびくと背を逸らすオーエンにミスラは笑みを深めた。いやいやをするように首を振るオーエンには構わず、的確に前立腺を擦り上げる。弱いところを繰り返し責め立てられ、オーエンの身体は小刻みに痙攣しはじめた。内壁はミスラの性器を貪るように収縮を繰り返す。締め付けがきついのか、ミスラは僅かに顔を歪めた。それでも律動を止めることはなく、律動のスピードは落とされない。

「ぁ、ああ、ァ……ッ!は……あ、あっ…」
「オーエン、こっちも触ってあげましょうか」
「あッ……!?」

耳元で囁かれた言葉の意味を理解する前に、ミスラの長い指がオーエンの乳首を摘まんだ。途端にびくんと跳ねた身体を押さえつけ、今度は親指で押し潰される。そのままぐりぐりと捏ね回され、爪で弾かれてオーエンは身悶えた。ミスラが指を動かすたびにそこから電流が走るような快感が湧き上がり、脳髄を痺れさせる。先程まで散々弄られていたこともあって敏感になっていた。先端をしつこく擦られたと思えば、時折強く引っ張られる。オーエン自身は意識していないのだろうが、身体が丸まっていくので触りにくい。ミスラは溜め息を吐き、オーエンの腰を掴んで後ろに引っ張った。軽い身体はいとも簡単に抱えられ、そのままミスラの上に乗っかるような体勢になる。抜けかけていた性器が自重によって深く入り込み、肺から酸素を押し出されたオーエンは息苦しさに呻いた。

「は―――ッ、ア、ぁ…!……は、あッ……」
「……オーエン」

息も絶え絶えなオーエンを後ろから抱きすくめ、ミスラはあやすように頬へ口づける。快楽に蕩けたオーエンは無防備で幼い表情を浮かべていた。赤い瞳がよく見えて、潤んだそれは熟した果実のようにも飴玉のようにも見える。ミスラは誘われるようにオーエンの顎を掬い、唇をそっと奪った。潤んだ瞳がぱちぱちと瞬き、目尻からぽろりと雫が流れ落ちる。舌を伸ばして舐め取り、その塩辛さにミスラは驚く。

「あなたの涙はあまいのかと思いました」
「……そんなわけ、ないでしょ」
「でも、あなたってどこもかしこもあまそうなんですよね」

目元や頬に繰り返し口づけていると、オーエンは擽ったそうに身を捩った。その動きによって胎内の性器がきゅうきゅうと締め付けられる。オーエン自身も存在をつぶさに感じ取ってしまったのか、小さく息を詰めた。その様子に煽られたミスラは、窘めるようにオーエンの腰を撫でる。びくりと跳ねた腰から尻を撫で、控えめな大きさではあるものの柔らかなそこを揉みしだいた。ミスラの性器を受け入れている穴はそれによってひくひくと動いてしまい、締め付けは更に強くなる。

「わざとやってます?」
「違っ……おまえが、変な風に触るせいだろ!」
「へえ。変な風にってどうですか?」
「ぁ……、っ、う」

ミスラはオーエンの耳元に唇を寄せ、ミスラは秘め事を打ち明けるように囁いた。ミスラの声は低くてあまい。オーエンにとって毒薬のようなものになっているその声は、蝕むような熱情を腹の底から湧き上がらせた。オーエンは喉の奥から漏れそうになる声を押し殺しながら、目の前の男の首に腕を回す。ミスラの手が背中に触れた。優しく撫でられる感覚にオーエンは肌が粟立つのを感じた。

「また締め付けて、物欲しそうですね。俺に動いてほしくてたまらないんでしょう」

揶揄する声に腹が立つと思うのに、怒りよりも欲求が先行していた。オーエンは腕の力をぎゅうと強め、ミスラの顎に頭を擦り寄せる。まるであまえるような仕草にミスラはごくりと唾を嚥下した。チッと鋭い舌打ちが聞こえたと思えば、腰を掴まれて身体が浮き上がっている。落とされてしまいそうで腕に力を込めると、ふっと笑う気配を感じた。落としたりしませんよ。そう言って、ミスラは勢いよくオーエンの腰を引き下ろした。ゴチュン!という鈍い音が鳴り響き、オーエンは奥まで貫かれる衝撃に悲鳴じみた喘ぎを上げる。

「お、ッーーー!っひ、ぐ……ッ、…っあ、あっ…!」

細い身体はミスラの強引な動きよって容赦なく揺さぶられていく。身体の内側から殴られるような強烈な快感に脳髄が痺れる。ミスラが突き上げるたびに内壁は引き攣れて、ぐねぐねと収縮を繰り返した。痛いくらいの快感が何度も押し寄せてくる。オーエンはその度に背筋を反らして身悶えた。度を過ぎた快楽を得てもまだ、まだ足りないというように内部は貪欲にミスラの性器に絡みつく。

「オーエン」

ただ名前を呼ばれただけなのに、オーエンの身体は従順に反応を示す。きゅうっと締め付けを増した内部に笑って、ミスラは口づけた。もはやろくな反応を示すこともできない舌を絡め取り、歯列をなぞる。オーエンは息苦しさと同時に、存在しない心臓を直接握られている錯覚に陥った。それがミスラによって引き起こされているという事実が受け入れ難く、動揺する。ミスラは唇を離すと、内側の弱い部分を執拗に擦り上げた。前立腺を突かれると喉がひくりと震え、浅い部分を責め立てられれば背中が跳ねる。どこもかしこも気持ち良くて、オーエンは意識を手放してしまいそうだった。ミスラはオーエンの反応を確かめるように見下ろしていたが、やがて表情を緩めて微笑む。不意打ちのように向けられた笑顔に反応できずにいるオーエンを抱き締めると、密着した状態で抽挿が再開した。オーエンの口からは意味のない母音ばかりが溢れる。もう限界だと思っているのに、更に強い快楽を与えられて思考が追いつかない。

「ふ、ァは…ッ…!ぁ……あ、ぁ、んっ…!」

根元まで埋め込まれた性器がそのまま小刻みに動かされる。ミスラはオーエンの弱点を狙って突き、オーエンはその責め苦に首を振って喚いた。量の瞳からは絶えず涙が零れ落ちていく。生理的なものだと分かっているが、それでも" オーエンを泣かせている "という事実はミスラの征服欲を満たした。ミスラは舌を伸ばし、オーエンの目元に吸いつく。汗と混ざったそれはやはり塩辛い。しかしどこかあまいような気もして、溢れた涙を何度も繰り返し舐め取った。オーエンはぎょっとしたようにミスラの顎を押し返し、頬を引き攣らせる。

「ちょ、っと……何やってるの。子猫みたいなことして……」
「子猫?」
「そうだよ。今のおまえ、ミルクを舐める子猫みたい」
「…………」

何を考えているのか、ミスラはしばらく黙り込んでいた。やがて顔を上げると、オーエンの腰を引き寄せてその胸に顔を埋める。思わずえっと声を上げたオーエンは、次の瞬間には喉を仰け反らせていた。

「ヒ、あ……ッ…!?」

指で散々弄ばれて赤く色づいていた尖りを熱い舌がねっとりと舐め上げる。そのまま舌先で押し潰され、吸われると頭の中が真っ白になった。全身が粟立ち、腹の奥がずくりと疼く。ミスラの性器を咥え込んだままの内壁が収縮を繰り返し、より一層ミスラの形を感じてしまう。ミスラはぢゅうっと音を立てて強く乳首に吸い付いたあと、今度は歯を立てた。軽く食い込ませるだけの甘噛みにも関わらず、オーエンはびりびりと震えるような衝撃に震える。燃えるような赤髪に縋るように手を伸ばし、そのままミスラの頭を抱き込んだ。そのせいで密着してしまっているのに、今のオーエンはそこまで思考が及ばない。快感に身悶えて喘ぐことしかできないオーエンに満足げな笑みを浮かべ、ミスラは先程よりも強く尖りを吸った。ただ舌を往復する動きにも感じ入ってしまうオーエンは、嫌々と首を横に振る。

「子猫がこんなことをしますか?」
「う、ぁ……っ、は、ぁ」
「俺が子猫だというなら、乳を吸われているあなたは母猫でしょうか。でも、こんなに乱れるなんて、淫乱猫の間違いじゃないですか?ほら、ニャアと鳴いてみたらどうです」
「おまえ、ふざ、けっ……ア、あーーーッ!あ、ぁん…っ!」

唐突に挿入が深くなり、奥まで入り込んできた性器にオーエンは目を見開いた。これ以上ないと思っていた場所よりも深いところを暴かれてしまいそうで、本能的な恐怖が襲ってくる。だがそんなオーエンの不安など知りもしないミスラは再び律動を開始した。獣じみた荒々しい動きに翻弄され、喉から零れ落ちる嬌声を止める手立てはもはや残されていない。

「あ、ア……っ、やだ、ミスラ……ッ!」
「好い、の間違いでしょう」
「ちが…っ…!これいじょ、う……ッ、おかしく、なっちゃ……ァ、あぁ…!」

初めて与えられる感覚に対する恐怖も、いつの間にか快楽へとすり替わってしまっている。これ以上は無理だと頭では理解していても、身体は勝手に快感を拾っていく。ミスラの性器に絡み付く肉壁の動きを自覚してしまい、オーエンは羞恥に顔を歪めた。身体の奥底で燻っていた熱が、出口を求めて暴れはじめる。このままでは危険だと、頭の片隅で警鐘が鳴り響いた。ミスラはオーエンの腰を強く掴み直し、己の方へ引き寄せる。オーエンは背中を大きく仰け反らせて悲鳴を上げたが、ミスラは構わずに最奥を穿つように突き上げた。バチュン!という音と同時に、今まで味わったことのない強烈な刺激が下腹部を中心に広がっていく。全身に電流が走ったかのように痺れた後、目の前が真っ白に染まった。

「アぁ、あ……ッ!?はッ……あ、ァ……ひ、ぅっ…!」

オーエンは強すぎる快感に酩酊し、意識を半ば飛ばしかけた。呼吸の仕方を忘れてしまったように息苦しくなり、酸素を求めて必死に口を開く。しかしそこに覆い被さってきた唇によって塞がれ、声にならない叫びを上げてオーエンは絶頂を迎えた。胎内にマグマのような熱い飛沫を感じ、それによって強すぎる快感が上塗りされていく。全身が弛緩して崩れ落ちそうになるのをどうにか堪えていると、再び身体を揺すられた。ミスラ自身も達していることもあり、動きはゆっくりだが敏感な内壁に擦られて平気で居られるわけがない。達したばかりの身体に強すぎる刺激を与えられたオーエンは喉を引き攣らせた。

「ひ、ぃ…ッ……や、めろ…っ……」

ミスラは未だオーエンの中に留まり続け、精液を出し切ろうと緩慢に腰を動かす。オーエンはミスラの腕に爪を立てようとするも、力が入らず汗によって滑るのみだ。結局オーエンはされるがままに身体を揺すられ続けてしまう。ミスラは最後の一滴まで絞り出し、オーエンの胎内へ夥しい量の精液を注ぎ入れた。やがて、ぐったりと力の抜けたオーエンの中から名残惜しげに性器が引き抜かれる。

「あ、っ……ふ、ぅ、うン…」

圧倒的な質量の熱がぞろりと引き抜かれていく喪失感に惜しむような声が漏れてしまい、オーエンは必死にした唇を噛んだ。ミスラはどこか嬉しげに薄く笑って、小さく呪文を唱える。しゅるしゅると衣擦れの音が響き、ミスラはあっという間にローブを身に纏っていた。一方のオーエンは衣服を乱されたままの格好でベッドへ横たわったままだ。ミスラの性器が失われたばかりの穴は、ぽっかりと口を開けて白濁液をとろとろと垂れ流している。それはオーエンの好きな、パンケーキにたっぷりかけられた蜂蜜によく似ていた。しかし、それを口にすればオーエンが怒るだろうことは流石のミスラでも察することができる。淫猥にも程がある光景を目に焼き付けるようにじっくりと観察すると、戯れのように手を伸ばした。だがその手はぴしゃりと払い除けられ、刺すような視線で睨みつけられてしまった。

「いい加減にして」
「……てっきり誘っているのかと」
「そんなわけないでしょ。誰かさんが好き勝手にするから動けなかったんだよ」

オーエンは顔を顰めながら上体を起こした。その拍子に内部の精液が流れ落ちてきたようで、動きが一瞬だけ止まる。ミスラはぼんやりとその様子を眺めながら、収まったはずの熱が再び湧き起こる気配を感じていた。オーエン本人は誘っていないと言うが、事後特有の気怠さを孕んだオーエンの色気は凄絶だ。なんとか身体を起こしたオーエンは、溜め息交じりに呪文を口にする。すっかり聞き慣れた文字列を媒介として、オーエンの身体を穢していた汗や精液は綺麗に消えていった。あれだけたっぷりと仕込んだはずの子種が跡形もなく消えていくのを見せつけられるのは、なんとなく面白くない。するすると衣服を身に纏っていくオーエンにミスラは不機嫌な視線を投げた。

「何。文句を言いたいのは僕の方なんだけど」
「はあ?あれだけアンアン喘いでおいて何が不満なんです」
「ふざけるなよ……。おまえを攻撃したらどんな仕打ちが待ってるか分からないんだ。僕が抵抗しなかったからって、都合よく解釈して受け取らないでくれる?僕は巻き込まれただけだ」

地を這うような低い声に、ミスラは自分が会話を中断させていたことをようやく思い出す。恨めしげな目で見てくるオーエンの腕を掴み、強引に引き寄せた。僅かな抵抗感はあったものの、セックスで相当体力を消耗したオーエンに抗えるだけの力など残されてはいない。抱き寄せた痩身を囲うように腕の中に閉じ込め、ミスラは視線を下げる。

「ああ……そういえばあなた、" なかよし "の意味を知りたいんでしたね」
「やっと教えてくれる気になった…?好き放題やって、満足したわけ」
「いえ、満足はしてませんが。それはあなたも同じでしょう」

鼓膜に吹き込むように意味深に囁けば、オーエンは頬を染めて睨んでくる。そんな視線など痛くも痒くもないミスラは、軽やかに笑ってオーエンの髪を撫でた。指通りのよい髪は指の間をさらさらとすり抜けていく。

「……夫婦間で使われる隠語らしいです」
「は?」
「夫婦とは愛し合う二人のことでしょう。相手が痛がるようなことはせず、優しくして、愛を囁く―――そういうセックスのことを指して言うんだそうですよ」

抑揚のない声が紡いだ言葉のうすら寒さにオーエンは顔を引き攣らせた。あまりの似合わなさに乾いた笑いを漏らしながら、静かにミスラを睨めつける。

「ははっ……それも賢者に言われたの?」
「いえ、これは双子に言われました」
「おまえはそれを馬鹿正直に聞き入れて、この僕に実行したって?」
「俺は馬鹿ではありませんが、まあそうですね」
「間違いなく馬鹿だよ。僕たちはそんな関係じゃないだろ。……愛し合うなんて、言葉だけで寒気がする」

オーエンは吐き棄てるように呟き、ミスラから顔を背けた。ミスラはそんなオーエンの後頭部をじっと見つめていたが、腕の中の身体を再び抱き寄せる。ちょっかいを出すわけでもなく、ミスラは随分と長いあいだオーエンを抱き締め続けた。やがて振り返ったオーエンは、不信感を滲ませた顔でミスラを見つめる。

「なんで……こんなこと、今まで一度だってしたことなかっただろ」
「まあ、そうですね」

素直に肯定したミスラを見上げて、オーエンは更に不信感を募らせる。常ながら何を考えているか分からない男だったが、今日の行動は一段と輪をかけていた。両の目をじっとりと細め、、オーエンは目の前の男に問いを重ねる。

「どういう風の吹き回し?それとも気まぐれ?」
「最初は、そうでしたが……今は少し違いますね。あなたのことなので、もっと嫌がるかと思っていたんですよ。でも拒絶まではされなかったですし、俺も俺で、結構楽しいので」
「な……、っ!」
「痛いのは嫌、なんでしょう?なら、気持ちいいことは好き。……俺はそういうことだと思いましたが」

一度言葉を切ったミスラは、オーエンの顔をじっと覗き込む。仄かに赤く染まった耳朶を見て、柔らかな頬に口づけた。ちゅっ、と場違いなほど可愛らしいリップ音が鳴る。俯きそうになったオーエンを咎めるように、ミスラはその細い顎を撫でて低い囁きを落とした。

「違いますか?オーエン」

潤んでいた瞳がゆらゆらと揺れる。静かに見つめてくるミスラを見つめ返すこともできずに、オーエンは黙り込んでしまう。違うと言ってしまえばいいのに、言い切れないほど絆されている様子がいじらしい。ミスラはぐっと顔を寄せて、至近距離でオーエンを見つめた。赦しを請うようなミスラの視線に耐えきれなくなったのか、オーエンはそっと目を伏せる。力なく首を横に振ったのを合図に、ミスラは色づいた唇に食らいついた。

「ンーーー、ふっ……ぅ、は、あ……」
「魔法使いとは、気まぐれな生き物でしょう」
「……うん」

キスの合間に告げられた言葉にオーエンは大人しく頷く。続きを求めるような濡れた瞳を見つめたまま、ミスラはふっと微笑んだ。

「それなら、たまにはこういうのも悪くないはずです」
「……っ…、そう、かも…?」

蕩けきった表情でオーエンは首を傾げる。判断力が鈍っていることは明白だが、ミスラに赦しを与えたのは紛れもなく彼自身だ。ミスラはオーエンの鼻に自身の鼻を擦り寄せた。オーエンが気まぐれに可愛がっている獣のように、親愛の証のような仕草を真似て。



end.




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