sweet and bitter sugar

※R18


「南の国で任務?」
「はい。同行するように言われたんですよね」

大きく開かれた口ががぶりとケーキへ食らいつく。クリームに覆われた柔らかなそれは目の前の男に少しも似合っていなくて、アンバランスだった。オーエンは口元についたクリームを指先で拭い、舐め取ってから視線を戻す。咀嚼を繰り返していたミスラもまた視線を上げ、オーエンをじっと見つめた。

「聞いてませんでした?」
「全然。ブラッドリーも知らないんじゃない?」
「そうですか。でも、南と北の合同任務というわけではないようです。俺だけ行くように双子から言われて……面倒だし断りたかったんですけどね」
「え、おまえだけ同行するの?」

オーエンは思わずフォークを動かす手を止めた。刺した状態で持ち上げられたスポンジ生地から、店主に無理を言って山盛りにさせた生クリームが零れ落ちる。ミスラはそれを眺めながら咀嚼を続け、熱い紅茶で流し込んだ。

「はい、北からは俺だけですね。魔獣討伐で湿地帯の密林へ行くそうです。危険な原生植物が多いから同行してほしいと、フィガロにも言われて」
「……あぁ、あの南の兄弟のお守り?大変だね、" ミスラおじさん "も」

オーエンが嫌味っぽく笑ってみせると、ミスラは一瞬だけ顔を顰める。しかしすぐに気怠げな表情に戻り、どこか不思議そうに首を捻った。

「あなた、俺のことをそう呼ぶの好きなんですか?前にも言ってましたよね」
「は?今が初めてだけど」

自分が記憶する限り一度もないことを指摘され、オーエンは怪訝そうに眉根を寄せた。皮肉が通用しなかったことに苛立ち、皿にフォークを擦りつける。キィという嫌な音が鳴ってオーエンは自分で顔を顰め、腹立たしげにミスラを睨んだ。ミスラは何度か瞳を瞬かせていたが、やがて残りのスポンジにフォークを突き立てる。乱雑にケーキを切り分けると、口へ運んで咀嚼を繰り返した。

「そうでしたっけ?……まあ、面倒ではありますがあの兄弟に死なれては俺も困るので」
「約束なんてしたのが運の尽きだね」
「反故にすれば魔力を失いますから、致し方ありません」
「……あっそ」
「それに、この俺が同行してやるんです。すぐに終わると思いますけどね」

得意げに言ってみせたミスラを無視してオーエンは零れた生クリームを掬い、口に運ぶ。蕩けるようなあまさが口の中を満たしていき、苛立ちが僅かに緩和された気がした。夢中になって食べ進めていると、ふと強い視線を感じる。顔を上げてみれば、自分の分のケーキを食べ終えたミスラが肘をついてこちらを眺めていた。どこか物欲しげな表情に、オーエンが自らの皿を引き寄せる。おまえなんかにやるものか、という意思を込めて睨むとミスラは笑った。

「取ったりしませんよ」
「じゃあそんなに見ないでくれる?」
「減るもんでもないでしょう。それに、あなたが甘いものを食べている時の顔は好きなので」

好きと言われて悪い気はしない。オーエンはミスラをじっと見つめ返し、ふっと柔らかく微笑んでみせた。

「僕も、おまえの顔は好きだよ」

ミスラはしばらく無言を貫いていたが、急にがたんと音を立てて立ち上がった。周囲の人間もその異変に気付き、俄かに店内がざわつきはじめる。おいあれ、北のミスラじゃないか?向かいに居るのは狼狩官のオーエンだぞ!この店、壊されちまうんじゃないか…?恐れの入り混じった表情で見てくる人間たちの反応は、普段のオーエンにとってはひどく愉快だったろう。しかし、今のオーエンにそんな余裕はなかった。じっとりとした嫌な予感を感じてミスラを見上げる。ケーキはまだ3分の1残っていた。

「ちょっと、ミスラ。僕まだ食べ終わってないんだけど……」
「むらっとしました。オーエン、付き合ってください」
「は……っ?ちょ、っと…」

強引に腕を掴まれたことでオーエンはフォークを取り落とす。よろめいて手をついた衝撃で皿が揺れ、美しいテーブルクロスに食べかけのケーキが転がった。憤慨すべく視線を上げると、熱を孕んだ翡翠に射抜かれる。ぞくりとした恐怖と共に高揚感が這いあがってきて、オーエンは形の良い唇をゆがめた。

「おまえって本当にけだものみたい」
「それを言うならオーエン、あなたもでしょう?」

美しい北の魔法使い二人はただならぬ殺気を纏って微笑み合う。周囲の人間たちは一斉に悲鳴を上げて逃げ出した。それさえも店内BGMと変わらないような涼しい顔をしていた二人だが、オーエンはやがて表情を曇らせる。店内をぐるりと見渡して、テーブルクロスの上に転がったケーキに視線を落とした。

「ねえミスラ、場所を変えようよ。アルシムして」
「どうしてですか、面倒臭い」
「ここの店を出禁にされたくない」
「はあ、俺は別に構いませんよ。お茶なんてどこの店でも……」
「そんなこと言って、もう何軒の店で出禁にされたか覚えてないの?騎士様に叱られるのはもう御免だよ。おまえだって、オズに説教されたくないでしょ?」

ガリガリと怠惰に頭を掻いていたミスラがふいに動きを止める。以前オズにくどくど説教をされた挙句、何発も容赦のない雷撃を浴びせられたことを思い出したのだろう。苦々しい表情になると、舌打ちを零した。ミスラは掌を虚空に向け、低い声で呪文を唱える。

「≪アルシム≫」

呪文を媒介として何もなかった場所に燐光が浮かび上がり、一瞬で空間の扉が顕現する。果敢にも店内に残っていた店主と数名の店員は、カウンターから恐々と顔を覗かせた。それに気付いたオーエンは美しい笑みを向ける。オーエンがこの店のケーキを気に入っていることを知る店主は、その笑顔にたちまち骨抜きになった。ぽうっと赤く頬を染めた店主を数名の店員が必死に揺り動かす。まるで呪いにかけられたように必死な反応の滑稽さにオーエンは笑う。ミスラはそれを横目で見遣り、苛立ちを滲ませてオーエンの手を引いた。骨が軋むほどの力に手首が痛み、オーエンはキッとミスラを睨み上げる。

「痛いんだけど」
「知りませんよ。今すぐここで殺してあげましょうか?」
「……おまえ、僕が今さっき言ったこともう忘れたわけ?オズに…」

オーエンの言葉はそこで途切れる。ミスラが細い腰を強引に引き寄せたからだ。苛立ちと殺気を纏った翡翠の瞳は、昏い熱を滲ませている。狩りの最中の獰猛な肉食獣にも似た気迫に、オーエンは声を失うほかない。人間たちもその光景を直視することもできずカウンターの下へ隠れる。ミスラは鼻を鳴らしてそれを一瞥し、再びオーエンを鋭い瞳で射すくめた。

「……うるさいですね。オズもその人間たちもこの店も、知ったことじゃありません。俺から意識を逸らすなんていい覚悟ですね?オーエン」
「な、っ…―――」
「これ以上余計な真似をするなら、再生不能なほど殺し尽くして差し上げますよ」

耳元で囁かれた言葉には殺気とは異なる圧を感じ、オーエンは背筋を震わせた。有無を言わせぬ言葉には、少しでも意識を逸らそうものなら完膚なきまでに叩きのめすという抑圧感があった。オーエンはミスラから視線を外さずに真っ直ぐ見つめ返す。ミスラはひどく満足そうに微笑んで、空間の扉の先へと踏み出した。


×


北の国―――死の湖にあるミスラの家。そのベッドの上に縺れ込んだミスラとオーエンは押し問答を繰り返していた。

「ち、ちょっとミスラ!殺し合いをするんじゃなか―――っ、ひ…!」
「いえ?俺は一言もそんなこと言ってませんけど」
「だって、むらっとするって……」
「はい。それは言いました」

ミスラは涼しい顔で言うと、オーエンの素肌に大きな手を滑らせた。室内の冷気と共に肌を撫でた冷たい感触に、オーエンはびくりと身体を震わせる。見上げた先の翡翠の瞳は暗くてよく見えないが、奥に燻ぶった光が見える気がした。オーエンは必死に抵抗し、ミスラを蹴り上げようとしたが両足を抑えつける形でマウントを取られてしまう。

「この俺を足蹴にするつもりですか?」
「お、まえこそ、この僕を押し倒すなんて……いい度胸」
「あなたを押し倒したことなんて数え切れないほどあると思いますけど」

オーエンのこめかみがひくりと震えたことにミスラは気付かない。外套とジャケットを剥ぎ取るように脱がし、乱雑に床へ投げ捨てた。紫のネクタイをしゅるりと抜き去ると、薄いシャツのボタンを外しはじめる。灯りもついていない室内は暗く、手元がよく見えないのだろう。一つ一つ外すことに難儀したミスラは、ボタンが半分ほどになったところでシャツを引き千切った。美しい意匠が施されたボタンが弾け飛び、上質な布地が無惨にも裂かれる。オーエンは憤慨して声を上げたが、その抗議はミスラの唇によって塞がれた。引き結んでいたオーエンの唇をいとも簡単に割って、肉厚な舌が口腔内へ侵入してくる。ミスラは押し返そうとしたオーエンの舌を窘めるように強めに歯を立て、絡め取った。じゅわりと溢れてきた唾液を吸い上げて顔を上げる。

「あまいですね」
「は……?」
「あなたの唾液、あまくなってますよ。……そういえば、シュガー無しでキスしたのは今回が初めてですね。だから気付かなかったのかもしれません」

ミスラの言葉にオーエンはカッと赤く顔を染めた。まったく気付かなかったが、今のキスはシュガーを与えるためのものではない。シュガーを交えたキスの時に感じるあまさが無かったことにも思い至らなかった自分が恥ずかしく、ミスラの言葉もまた信じられなかった。

「そんなわけないだろ…!おまえ、いよいよ味覚が馬鹿になったんじゃない?」
「味覚が壊れたわけでも、気のせいでもないと思いますが……あなた自身は分からないんですね」

ミスラはあまり興味なさげに呟いて口の端に付着していた唾液を舐め取った。小さく呟かれたやっぱりあまいな、という声を無視してオーエンは声を張り上げる。

「変なことを言ってる場合があったらシュガーを寄越せ」
「……随分と偉そうですね。まあいいでしょう」

ミスラは自らの白衣をばさりと脱ぎ捨て、金のネックレスを外す。上体を起こしていたオーエンを再び押し倒して顔を寄せた。オーエンの唇がゆっくり開かれると、紋章が刻まれた舌の上へシュガーが落とされる。オーエンはミスラに奪われる前にそれを舌で絡め取り、一人で甘味を楽しんだ。ミスラは珍しく強引に舌を捻じ込むような真似はせず、何度も確かめるような口づけを繰り返す。ちゅ、ちゅ、と慣れないリップ音が静謐な室内に響く。オーエンはじわじわと耳朶に熱が灯っていくのを感じて、固く瞳を閉じた。やがて口腔内の熱によってシュガーは完全に溶け消えてしまう。一粒のシュガーを呼び水とするように、オーエンの中で欲求が首をもたげはじめた。目蓋を持ち上げればミスラと視線が合わさる。唇を離して首を傾げた男の肩に手を回すと、オーエンは自分の方へ強く引き寄せた。バランスを崩して倒れかけたミスラに微笑んで、誘うように口づける。ミスラは呆然としたように瞬きを繰り返し、至近距離でオーエンを見つめた。口には出さずとも意図は伝わったらしい。ミスラは目を伏せてオーエンに口づける。

「んん、……ふ、っ……」

ざらついた舌とともに数粒のシュガーが転がり込んでくる。ガリッという音がして、ミスラがそれらを噛み砕いたことが分かった。舌を絡められると甘さを感じ、反射的に唾液が溢れてくる。それはミスラも同じようで、砕かれたシュガーと一緒に唾液をオーエンに送り込んできた。オーエンは与えられた甘露を嚥下しながら、肩に回していた手に力を込める。黒いシャツに深い皺が出来ていることを想像すれば、僅かに溜飲が下がった。

「ふ、っ……ぅ、はァ……っ…」

身体を満たしていくあまさと魔力にオーエンはぐいぐいとミスラのシャツを引っ張る。それが鬱陶しくなったのか、ミスラは強引にシャツを脱ぎ捨てた。オーエンのシャツを脱がせた時と同じようにボタンが弾け飛んで布地は裂ける。オーエンが呆れて目を眇めると、ミスラはその口から文句が出る前に再び塞いだ。絶えず流し込まれるシュガーと唾液を飲み込むだけで精一杯のオーエンは、行き場を失った舌を容易く捉えられてしまう。火傷しそうなほどの熱を孕んだミスラの舌に蹂躙されれば、快楽に腰がぞわりと震えた。尖った犬歯であまく噛まれ、歯列を丁寧になぞられる。口づけの合間に獣じみた呼気が首筋に触れることにすら反応してしまう。鼻から抜ける声も抑えられず、いつの間にかオーエンの中から抵抗するという選択肢は消えていた。

「オーエン……」

唇が離れ、ふっとオーエンの視界が明るくなる。ミスラはようやく灯りをつけたらしく、棚やベッドサイドで温かみのある光が揺れていた。その光に照らされて、彫刻のように均整の取れた肉体が現れる。引き締まった腹筋や、滑らかな曲線を描く背中の筋肉が暗闇に慣れていた目に眩しかった。いびつな継ぎ接ぎすら美しく感じられ、目を奪われているとシャツを完全に脱がされてしまう。あっと思った時にはミスラも自らのシャツを脱ぎ捨てていて、生々しすぎる皮膚の感触が胸や腕に伝わってくる。そこでオーエンの思考は正常さを取り戻しかけるが、それはあまりにも遅すぎた。

「ちょっと待て、ミスラ…!」
「はい?」
「なんで僕もおまえも脱いでるんだよ」
「なんで、と言われましても……というか、今更ですね。気付くのが遅すぎませんか?」
「うるさい。……シュガーをくれるだけなら脱ぐ必要ないだろ」

ミスラの指摘を無視してオーエンは唇を尖らせる。ミスラはどこか楽しげに笑ってオーエンの唇を指の腹で撫でた。押し込まれるように触れられれば、尖りは自然と宥められてしまう。まるで幼子にするような所作がひどく気に障る。オーエンは文句を言うべく口を開きかけるが、それよりもミスラが言葉を紡ぐ方が早かった。

「俺は言ったはずですよ。むらっとした、と」
「それは聞いたよ。僕はてっきり殺し合いでもするのかと思って―――」
「殺し合い?……ああ、そんなこと考えもしなかったな」
「はぁ?」

ミスラの気分で何度も茶会を台無しにされた挙句、血の雨を見たことのあるオーエンは怒りと驚きが入り混じった声を上げる。何の冗談だ、と視線を上げるとやけに穏やかな瞳で見つめ返された。唇を撫でていた大きな手はいつの間にか頬へ移動している。オーエンの許可なく、滑らかな感触を楽しむように皮膚を撫でていた。

「いつもはそうしてたんですっけ?すっかり忘れてました」
「なに言って……本気で言ってる?」
「はい。オーエンは殺し合いの方がいいんですか?でも俺は今、そんな気分じゃないんですよね。それよりも、こうやって……あなたに触れていたいので」
「―――は…?」

ミスラの言っていることの意味が理解できず、オーエンは瞠目した。静かな部屋の中で見つめ合う時間は永遠にも思えたが、腰に回されていた方の手が動いて痩身を引き寄せる。分厚い胸板に抱き締められて、オーエンは混乱を振り払えずにいた。強く密着したことで伝わってくる体温だけは確かで、どくどくと繰り返されるミスラの鼓動がやけに大きく感じられる。それに呼応するように自らの体温が高まっていくのを感じ、オーエンは腕に力を込める。形容できない感情の波に呑まれかけることがひどく恐ろしかった。

「や、めろ…!」
「嫌ならもっと早い段階で抵抗すべきだったんじゃないですか?」

顔を上げたところを覗き込まれ、オーエンは言葉に詰まる。ミスラの瞳を目にした瞬間、自分が口にした疑問の意味を理解させられてしまった。

「この状況で服を脱ぐ意味が分からないほど、あなたも子どもじゃないでしょう」

赤い睫毛に縁取られた翡翠の瞳、その奥では情欲の炎が燃えている。燻ぶっていたはずのそれは、確実にオーエンを焦がしかねない熱へと変貌を遂げていた。オーエンの腰を掴んでいたミスラの手に力が籠る。痛みを感じたオーエンが顔を顰めると、頬に触れていた方の手が首筋に滑り降りた。薄い皮膚を慰撫するように触られて、声にならない声が零れ落ちる。恥じる間もなく顔を寄せられて、チリッとした刺激が走った。満足げな笑みを見て、所有印を刻まれたことを嫌でも理解する。

「おまえ、またっ…!」
「オーエン。あなた、本当に嫌がってるんですか?説得力なさすぎですよ。まあ、今頃になって嫌だと言われたところで止める気はありませんけど」

ミスラは一方的にそう言いながら、細い腰を掴んでいた手を動かす。腰から脇腹にかけて確かめるように触れた手はやがて胸へと辿り着く。長い指先で突起を探られると、オーエンの身体を痺れるような感覚が駆け巡った。初めて他人に触れられたことによる衝撃もあり、咄嵯に身を捩ろうとする。しかしミスラの腕から逃れることはできず、再びの接触を許してしまう。雪のような肌に浮かび上がる慎ましい尖りは赤い果実のようだ。ミスラは逃げようとしたことを咎めるように爪を立てる。カリッと引っ掻かれた瞬間、オーエンは反射的に背を反らしてしまった。

「ぁ、ァ……っ!」

その反応に気を良くしたのか、ミスラはカリカリと突起を引っ掻く。腰をくねらせるオーエンを抑え込んで、今度は指の腹で押し潰すように触れた。オーエンは唇から零れ落ちる声を我慢しようとするが、首筋に口づけられて力が抜けてしまう。赤い痕跡を残された箇所をねっとりと舌が這うと、背筋がぞくぞくと震えた。瞳には涙の膜が張り、視線が合うとミスラは嬉しげに微笑んでみせる。

「気持ちいいですか?」
「そんな、わけ…!」
「素直になった方がいいと思いますよ」

ミスラはそう言いながらオーエンの胸に顔を埋める。柔らかい癖毛が肌に触れ、オーエンはくすぐったさに思わず身を捩った。直後、触られていなかった方の突起にぬめった感触が訪れる。視線を下げてみれば、ミスラの熱い舌がそこを舐め上げていた。丹念に舐められ、吸い上げられて小さな粒はあっという間に固くなる。それに比例するように快感も増していった。舌で舐めている間も片方の突起は指で弄ばれ、そのどちらもが次第に赤みを増していく。

「ぁ、あ……っぅ、ン…ゃ、ア……ッ」

舐められ、吸われ、噛まれるたびにオーエンの唇からは喘ぎにも似た吐息が漏れる。ミスラは追い打ちをかけるように指で触れていた尖りを摘み上げた。ぎゅうぎゅうと摘まれるたびに息が乱れてしまい、それを宥めるように片方の尖りを優しく舐められる。オーエンは快楽に煩悶し、何度も首を横に振った。それを眺めたミスラは喉を震わせて笑う。

「ははっ……良さそうですね?」
「ッ…、いいわけ、ない…!」
「本当に強情ですね。少し前に痛い目を見たばかりでしょう」
「…………」
「ああそうだ、忘れるところでした。試してみたいことがあるんです」

ミスラは上体を起こし、オーエンに向けて手を差し出した。オーエンはそれを一瞥し、胡乱げな瞳でミスラを見上げる。当のミスラは疑いの眼差しを向けられても楽しげで、オーエンの中では不信感が膨らんでいくばかりだ。

「なに考えてるの」
「さあ、なんだと思います?」

はぐらかすような物言いが気に食わない。無視してやろうと思ったオーエンの頭の中で、先ほどのミスラの言葉が反芻された。痛いのも苦しいのも勘弁してほしい。このまま事が進めば、ミスラが次にどんな行為に及ぶかなど考えるまでもなかった。ようやく呼吸が落ち着いたオーエンは、恨みがましくミスラを睨んだまま手を取る。大きな手の平はオーエンの手を握り込んで引っ張った。上体だけを起き上がったオーエンは、そのままベッドの端まで誘導されて冷たい床に足をつける。ミスラの方はなぜかベッドを降りていて、オーエンの目の前に屈み込んだ。そうされてもまだ、オーエンにはミスラの" 試してみたいこと "が欠片も理解できない。オーエンは片脚をすっと持ち上げ、ミスラの肩を蹴った。ドンッと音がして俄かに長身が揺れる。しかしミスラは表情ひとつ動かさず、静かにオーエンを見上げた。

「ミスラ、いい加減にし―――、ッなに、して……おい!」
「試してみたいこと、やってみようと思って」
「はぁ…!?」

ぬっと手が伸びてきたと思えば、ミスラはオーエンのベルトを緩めていく。手際よく引き抜いたベルトを床に投げ捨て、ホックを外してスラックスをずり下げる。ミスラはオーエンの腰を強引に持ち上げると、革靴もズボンも抜き去ってしまう。冷たい空気に晒された肌は総毛立ち、内腿が震えた。下着一枚という屈辱的な格好にさせられたオーエンは逃げを打つが、ミスラはそれを許さない。両手でがっちりとオーエンの腰を掴むと、そのまま顔を寄せ―――下着ごと性器を舐め上げた。

「ッ、ひ……!?」

べろりと濡れた舌に舐められてオーエンは声にならない悲鳴を上げる。予想だに出来なかったミスラの行動に思考が半ば停止した。ミスラはその間もオーエンの腰を抑えつけたまま丹念に舌を動かし続ける。柔らかな舌に舐められて、オーエンの性器は次第に硬くなっていく。ミスラは粘性のある唾液を絡め、舐めては吸い上げる行為を何度も繰り返した。薄い布越しに感じる生々しい感触と淫らな水音に、オーエンは背筋を震わせる。這い上がってくる感覚が嫌悪ではなく快感なのは明白で、パンケーキにシロップが滲み込むように脳髄を満たしていく。

「ァ、あ…っ、ふ……ん、ンッ」
「あなた、本当にいい反応をしますね。俺もちょっと楽しくなってきたな……」

ミスラは口を離すと楽しげに笑い、オーエンの反応を窺うように視線を上げた。オーエンは熱に浮かされた頭で必死に頭を押し返そうとしたが、ミスラはびくともしない。それどころか、長い指を下着の端に引っ掛けて引き摺り下ろしてきた。ミスラの唾液によって貼りついていた下着が剥がされ、緩やかに勃ち上がった性器が顔を覗かせる。先端から溢れ出た先走りが幹を伝い落ち、陰嚢までも濡らしていた。オーエンはその淫猥な光景を直視できずに視線を逸らす。ミスラはオーエンの反応に気を良くすると、その先端へ唇を押し当てた。オーエンは湿った感触に息を飲んで目を瞠る。まさか、と思う間もなく、ミスラは口腔内へオーエンの性器を招き入れた。火傷しそうなほど熱く、ぬるついた粘膜に包まれる。オーエンは喉を仰け反らせ、細い肩をびくびくと震わせた。床についていた足が浮き上がり、ほぼ無自覚でミスラの頭を太腿で挟み込む。ミスラはやりにくそうに眉根を寄せたが、それでも構わずオーエンの性器に舌を這わせた。熱い舌が絡みつき、吸い上げられる度に腰が溶けそうになる。無意識に突き出した腰がもっとと強請るように揺れた。ミスラはそれを面白がるように目を細めて笑う。

「腰、揺れてますよ。もっと舐めてあげましょうか」

僅かに掠れた低い声は、甘美な誘惑となってオーエンの鼓膜を揺らす。涙の膜が張った瞳でじっと見つめると、ミスラはそれを了承と受け取ったらしい。熱を帯びた瞳を伏せ、オーエンの性器を深く咥え込んだ。生き物のように動き回る舌に翻弄される。敏感な裏筋を舐め上げられたと思えば、根元をキツく吸い上げられた。自分の意思とは無関係に快感を与えられ、高められていく。本意ではないはずなのに、身体は裏腹でどんどん昂ぶっていった。オーエンは唇を噛み締め、漏れ出てしまいそうな声を噛み殺す。ミスラの口淫は決して巧みとは言えないが、オーエンを窮追させるには十分だった。

「ミス、ラ…ぁ……ッ、も、だめ……」
「早くないですか?」
「だって、こんな……無理っ…!」

オーエンは頬を紅潮させ、首を左右に激しく振った。艶のあるアッシュグレイの髪がぱさぱさと音を立てながら乱れていく。ミスラはそんなオーエンを追い立てるように性器を喉奥まで飲み込んだ。わざと水音を立てて強く吸い上げれば、オーエンは分かりやすく絶頂へ登りつめていく。ミスラは的確に弱い場所を責め立てた。裏筋を根元から舌で強く圧迫しながら擦り上げ、先端から溢れ出た先走りを吸い上げる。亀頭を繰り返し舐め回されればオーエンの腰はびくびくと跳ねた。オーエンは迫り上がる快感に抗えず、ミスラの髪を鷲掴みにして仰け反る。性器を包む肉壁がぐっと狭まり、強く吸われた瞬間―――堪えきれずオーエンは吐精した。

「ァ―――ぁ、ああっ……!」

ミスラは白濁を余すことなく最後の一滴まで搾り取るように吸い上げる。オーエンはその間も荒い呼吸を繰り返し、縋るようにミスラの頭を抱え込んだ。ミスラはやがてオーエンの性器から口を離し、ゆっくりと唇を開いてみせる。僅かに頬を上気させて、ミスラは満足げに笑っていた。舌に乗せた白濁をオーエンに見せつけ、喉を鳴らして嚥下する。

「やっぱり、思っていた通りでしたね」
「な、にが……」
「あまいですよ。あなたの体液は何もかも」

ミスラは立ち上がり、驚きに目を見開いたオーエンを見下ろした。唇に付着していた白濁を舐め取って、蠱惑的に微笑む。蜂蜜でも舐めているかのような所作だった。オーエンはそれを見上げ、目を瞬かせることしかできない。

「もう忘れたんですか?あなたの唾液、甘くなっていると言ったでしょう。だから、精液も甘くなっているんじゃないかと思ったんです」
「……それで、試してみたいって言い出したの?」

ようやく呼吸が整ったオーエンが尋ねると、ミスラは頷いてベッドへ腰掛ける。乱れていたオーエンの髪を指で梳き、視線を合わせた。滑らかな髪は一度も引っ掛かることなく、長い指の間をすり抜けていく。

「実際、俺の予想は当たっていましたね。多分、今のあなたは血液まであまくなっていますよ」
「血まで……?」
「はい、俺の推測ですが。以前、あなたがオズにシュガーを強請って返り討ちにされた時……俺の部屋へ来たでしょう。あなたからは血の匂いがしなくて、菓子のようなあまい匂いがしたんです。きっと、あの時点で既に変化していたんですね」
「…………」
「まあ……俺は吸血鬼ではないですし、血を飲むような趣味はありません。そこまで試しはしませんけど」

オーエンは血を吸われなかったことに心の底から安堵し、深く息を吐き出す。ミスラはそれを静かに眺めていたが、やがて髪を梳いていた手を止めた。

「シュガー依存、悪化していますね」

ミスラが呟いた言葉により、オーエンの胸にじわりと重たいものが広がっていく。自覚していたことだが、言葉に出されるとより一層気分が沈んだ。何を思ったのか、ミスラはオーエンの頬に触れる。まるで慰めるような真似は彼に全然似合わなくて、オーエンは力なく笑った。

「誰のせいだと思ってるの」
「それはそうですが、俺だけのせいではないでしょう」
「……僕だけのせいでもない」

そうは言ったものの、ミスラがシュガーを与えなければどうなっていたかなどオーエンにも分からなかった。頬に触れる冷たい手は心地よい。無意識のうちに擦り寄ってしまい、シュガーだけではなくミスラ自身にも依存しはじめている自分に嫌気が差した。視線を上げれば名を囁かれ、そっと瞳を閉じる。声に出さずとも与えられる口づけにオーエンは甘えた。

「舐めた口でキスなんかするなよ」
「強請ってきたのはあなたの方でしょう。我が儘ですね」

ミスラは色のない声で呟き、手を頬から首筋へ滑らせた。そのまま引き寄せられて再び唇が重なる。噛み付くような口づけではなく、どこか労わるような口づけだった。ミスラは舌を差し入れてくることもなく、何度も角度を変えてオーエンの薄い唇を食む。まるで何かを確かめるように繰り返されるそれに、オーエンは僅かに居心地の悪さを感じた。どちらからともなく唇を離し、互いに顔や瞳を見つめ合う。いつか死の湖でそうしていたように、ただ時間が流れていくのを感じながら二人は同じ時間を共有した。やがて、ミスラがそっと唇を開く。

「オーエン。俺が任務で不在の間、平気ですか」
「……北のミスラが心配でもしてるつもり?気味が悪い。僕のこと馬鹿にしてるの」
「そういうわけではありません。……ただ……」

そこまで口にして、ミスラは珍しく言い淀む。オーエンは言葉の続きを待っていたが、それきり黙り込んでしまったミスラに呆れたような溜め息を吐いた。ベッドから立ち上がって下着を穿き直し、ミスラに引き裂かれたシャツを拾い上げて呪文を唱える。光の粒子が湧き起こり、無惨な裂け目も飛び散ったボタンも元通りになっていく。拾い集めたジャケットやズボン、スラックス、ネクタイや革靴と一纏めにして再び呪文を唱えれば、それらは音もなく身体に纏われていった。上半身裸のままのミスラを振り返って、オーエンは胸の前で腕を組む。顎を持ち上げてミスラを見下ろした。

「ミスラ」
「なんでしょう」
「責任を取るって言ったのはおまえだよ」

ミスラの視線がゆっくりと持ち上がり、オーエンを見上げる。相変わらず何を考えているのか分からないが、僅かに表情が変わったように見えた。

「僕は約束しろなんて言わない。あの南の兄弟たちとは違うからね」

考え込むように少しのあいだ瞳を伏せ、ミスラは立ち上がって自身のシャツや白衣を拾い上げる。呪文を一つ唱えて破れを直し、身に纏うとオーエンに近寄って屈み込んだ。その頬に音もなく口づけを落とすと、目を瞠ったオーエンに微笑みかける。

「分かりました。さっさと任務を終わらせて帰ってこいということですね」

似合わない晴れやすぎる笑みに言葉を失っていれば、今度は唇を奪われそうになった。オーエンは慌ててミスラの胸板を押し返し、白衣の襟を両手でぐいと掴む。

「そんなことは言ってない」
「俺にはそう聞こえましたけど」
「おまえの耳がどうかしてるんだ。……もういい、早くアルシムして」

半ば噛みつくように言われ、ミスラは右手を虚空に翳した。呪文とともに空間の扉が開かれると、オーエンは繋がる先が魔法舎であることを確認するなり飛び込んでいく。ミスラはオーエンの背中を名残惜しげに見送り、自身も扉を潜り抜けた。扉を消して周囲を見渡せば、既にオーエンの姿は無い。自室へ籠ってしまったのだと容易に想像がつき、ミスラは小さく息を吐いた。胸に蟠りはじめている感情の正体は分からないが、厄介なものであるという予感はしている。それを向けている相手がオーエンであることも、ひどく面倒だった。それでも―――どうしようもなく手放しがたいと思ってしまっている。

「……責任を取ってほしいのは俺の方ですよ」

ずっと追いかけていたいと思うほど、ミスラにとってオーエンの存在は特別になっていた。幾度となく繰り返した唇の感触や熱を思い出す。吸いつくような柔らかさやあまい味を反芻すれば、胸の奥が落ち着かなくざわめいた。舌を絡め、吸い上げればそのあまさは更に増す。合間に零れ落ちる声がシュガーよりもあまいことをミスラは知っていた。一度知ってしまえば、知らなかった頃には戻れないことも。小さく呟いたミスラの言葉は、誰にも聞かれることなく溶け消えた。



continue...




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