too sweet

※硝子の塔と祝福のレガーロ


昼間の太陽を受ければきらきらと眩しく輝き、夕方の沈みかけた陽光を受ければ温かみを帯びて柔和に煌めき、夜の月光を受ければ落ち着いた光で静かに輝く―――。スノウとホワイトからの贈り物に夢中になった俺は、自室の窓際に置いたキャンドルスタンドを眺めることが日課になっていた。ステンドグラスは光の加減によって輝きや色が異なる。受ける光によって表情が変わるので、どれだけ長い時間眺めていても飽きなかった。どうにも浮かない気分の夜には火を灯すこともある。外からの光ではなく内側からの火を受けると、その面差しは変貌を見せた。揺らめく光が窓枠や床に美しい紋様を描くのを眺めていれば、まるで魔法にかけられたように気持ちが凪いでいく。だから、好きになったそれを彼に見せたいと思ったのはごく自然なことだった。

「……賢者様の部屋に?」

首を傾げた彼は、ひどく眠そうな眼差しで俺を見下ろした。美しい瞳は、今はどろりと濁った色をしている。ここ最近まったく眠れずにいるという話は本当だったようで、申し訳なさにつきりと胸が痛む。最近は他国での任務が続いたり用事があったりと、彼の手を握ってあげられる機会が減っていた。時間を見つけては彼の手を握ってあげてはいたが、眠れても浅い睡眠にしかならずつらそうな顔で目を覚ますのを何度も目にしていた。賢者の力で大いなる厄災の傷を癒す―――それも俺に与えられた役目なのに、様々なことに尽力してくれている彼に満足な睡眠も与えられていない。俺は胸の疼痛を堪えながら、ミスラを見上げた。

「ミスラに見せたいものがあるんです」
「見せたいもの?」
「はい。……あっミスラ、もしかして予定でもありました…?」
「いえ、そういうわけでは」
「よかった。じゃあ今夜、夕食後に来てもらえますか?」

ほっと胸を撫で下ろすと、何か言いたげな様子ではあったがミスラは頷いた。人の少ない談話室は居心地がいいらしく、彼はそれきり目蓋を閉じる。眠れるわけではないだろうが、目を閉じているだけで楽だと言っていたことを思い出した。書類仕事が残っていて付き合えないことを惜しみながら、俺は談話室を出た。


×


コンコン、と扉を叩く音がして顔を上げる。ちょうど任務の報告書を書き終えたタイミングで、俺は軽く息を吐いた。どうぞ、と呼びかけると扉がゆっくり押し開かれる。顔を覗かせたミスラは眠そうな瞳で俺を見つめた。その視線が机の上の書類に移動して、僅かに眇められる。

「こんな時間まで仕事ですか」
「あ、いえ!今さっき終わったので大丈夫ですよ。気にしないでください」
「……そうですか」

俺は書類を片付けて椅子から立ち上がった。所在なさげに立ち尽くしている彼の手を取って、窓際まで歩く。彼がこうしてドアから入ってくるようになったのはつい最近のことだ。それまでは空間移動魔法を使って突然現れるものだから、その度に心臓が飛び出しそうなほど驚く羽目になっていた。

「はい、ミスラ。ここに座ってください」

窓際の床に置いたクッションを指差すと、ミスラは大人しく腰を下ろす。いつも以上に口数が少ないので、眠れなくて相当堪えているのかもしれなかった。俺はマッチ箱を手に取り、部屋の灯りを消す。同じようにミスラの隣へ腰を下ろして、俺は彼の顔を覗き込んだ。透き通っていたはずの翡翠の瞳は、湖底の藻を思わせる昏い色をしている。

「なぜ灯りを消すんです?こんなところで寝るんですか?」

不思議そうに尋ねてくるミスラに笑って、俺はマッチ棒を擦った。ゆらゆらと燃える小さな火に照らされ、彼の赤い髪がその色をさらに濃くする。

「見ていてくださいね」

魔法を使えるのなら、媒介の呪文すら不要だろう。そう思いながら、俺はその火をキャンドルの糸芯へ近付けた。キャンドルに音もなく火が灯り、俺はマッチの方の火を吹き消す。月明かりだけが差し込む部屋の中にキャンドルの光が広がっていく。この世界では忌むべきはずの月明かりと、小さな火がステンドグラスの多彩な色を柔らかく拡散している。俺とミスラの服や身体にまで光が落ちてきて、その光景はどこか面映ゆく感じられた。

「……賢者様は、俺にこれを?」

ぽつり、落とされた言葉に俺は顔を上げる。視線を向けた先では、ミスラがキャンドルスタンドをじっと見つめていた。翡翠の瞳には柔和な光が差し込んでいる。色とりどりの光を帯びて不思議な色になった瞳に、ゆっくりと俺が映り込んだ。ミスラは何を考えているのか分からない表情を浮かべてはいたが、纏う空気が温和なことに安堵する。

「はい。俺はこれが好きで……ミスラにも見せたいと思ったんです」

ミスラはしばし口を噤んでいたが、やがて手を伸ばしてきて俺の手を掴んだ。大きな手で包む込むように握られたと思えば、じんわりと体温が伝わってくる。

「心が落ち着くような…不思議な光だと思います。あまり、うまく言えませんが」

ぎこちなく紡がれた言葉が愛しく思えて、俺はそっとミスラの手を握り返した。優しい光に包まれたミスラはふわりと微笑む。柔和な笑顔を見るのは随分と久しぶりで、自然と目を奪われた。整った彼の顔を見つめていると、ふっと影が落ちてくる。唇に触れた柔らかな感触に気付いて、思わず声が漏れてしまった。

「み、すら」
「そんな風に見つめられたらキスしたくなりますよ」

頬が熱を持ちはじめて俯くと咎めるように顎を掬われた。有無を言わせず視線を合わせられ、思わず小さく呻いてしまう。ミスラはふっと笑うと、俺の手を取って立ち上がった。気付いた時にはベッドに誘導されて座らされる。視界の端に何かが浮かんでいて、目を向ければ窓際に置いていたはずのキャンドルスタンドだ。ベッドサイドのテーブルに音もなく着地し、中に灯された火だけを受けて温かい光をシーツに落としはじめる。

「ミスラ…? ぅ、わっ……!」

ぼふんっと音がしてミスラがベッドに倒れ込んでくる。半身を押し潰される形になった俺は、必死に彼の大きな身体の下から這い出た。文句を言おうと口を開いたが、悪戯っぽい笑みに迎えられて言葉を失う。

「……晶。俺はもう、今夜は自分の部屋に戻りたくないです」
「えっ」
「俺を部屋に呼ぶ意味、分からないわけではないですよね?」

意味深長に囁かれて平気でいられるわけがない。じわじわと赤く染まっているだろう頬を隠したくて、俺は手で顔を覆った。ミスラは愉快そうにこちらを眺めていたが、やがて再びキャンドルスタンドへ目を向ける。どうやら随分と気に入ってくれたようで、嬉しさにゆっくりと鼓動が速まっていく。自分が好きになったものを好きな人が好きになってくれる。その喜ばしさを、俺はひとり噛み締めた。手を伸ばしてミスラの髪に触れる。見た目よりもずっと柔らかい髪を撫でて、俺はそっと微笑んだ。

「ここで一緒に寝ましょう。今夜はきっと、ミスラも眠れるはずです」

ミスラは何も言わずに頷き、俺の手を握り込む。俺はねだられるままにとりとめもなく話をした。彼は静かに聞きながら、時折眠そうに瞳を蕩けさせる。俺はだんだんと目蓋が重くなってきたらしい彼の白衣を脱がせて、上掛けを被せてやった。眠いはずなのに俺の話に耳を傾けるミスラは、ぐずる子どものようで可愛らしい。宥めるように繰り返し髪を撫でれば、ミスラはようやく目蓋を閉じた。穏やかな寝息が聞こえはじめて、俺はふっと息を吐く。背伸びして覗き込めば、キャンドルの糸芯は今にも消えそうだ。火をつけたまま眠るのは少し怖いけれど、手を握られているので動きようがない。柔らかく多彩な光を浴びたミスラの寝顔を眺め、名残惜しく思いながら目蓋を閉じる。

「おやすみなさい……ミスラ」

やさしい光に包まれて、どうかいい夢を。


end.




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