too sweet

※バレンタイン2022ホームボイス


「ミスラ、それ包装紙です…!」

晶の慌てた声にミスラは口元を汚したまま首を傾げる。唇についたチョコレートを舐め取る仕草が妙に色っぽくて、晶はごくりと唾を飲み込んだ。しかし今は見蕩れている場合ではないと思い直し、晶はミスラの元へ駆け寄る。イベント特有のざわざわとした雰囲気に包まれる談話室で、目を離した一瞬のうちにまさか包装紙ごと食べるとは思わなかった。

「包装紙?そんなもの付いてましたっけ」

ミスラは呟きながら自分が手にしていたチョコレートを見下ろした。色鮮やかな包装紙に包まれたそれは、半身を失ってしまっている。綺麗に結んでいたリボンを外し、箱の蓋を開けたところまでは見ていたが、ミスラは包装紙を剥がすことなく口にしてしまっていた。

「あぁ……本当だ、これ包装紙だったんですね」
「結構ギラギラしてるので分かりやすいと思うんですけど……包装紙もチョコの一部だと思ったんですか?」
「……どうだったかな。覚えてないです」

つい先程のことなのに覚えていないと言われて晶は少し困惑した。だが、今回のミスラは受け取るなり礼の言葉もおざなりに箱を開けた。最初の年は『そこに置いておいてください』などとそっけなく言われ、結局ミスラ自身が食べているところを目にすることは叶わなかった。それを思うと、すぐに口を付けてくれたことは素直に喜ばしい。思わず頬が緩んでしまい、晶ははにかんだ表情でミスラを見上げた。彼は長い指で少し煩雑そうにぺりぺりと包装紙を剥がしている。

「そんなにお腹が空いてたんですか?」
「いえ……別に、腹が減っていたわけではないです」
「え、そうなんですか?」

じゃあどうして…と晶が問いかけようとすると、ミスラはチョコレートを口に放り込んだ。ゆっくり溶かして味わうことを知らないのか、ミスラはすぐに咀嚼を繰り返す。溶けないようあらかじめ冷蔵庫で冷やしていたチョコレートは、彼の口の中でバキバキと音を立てて砕けていった。甘い菓子を食べているというのに、とても野性的で獰猛に見えるさまに晶は苦笑する。

「うん、ざらざらしなくなりました。美味いですよ」

晶はほっと安堵の息を吐いた。消し炭が好物という特殊な舌をしているとはいえ、通常の味覚も持ち合わせているのがミスラだ。味に満足しなければ美味いなどとは口にしないだろう。心が擽られるような感覚になった晶は微笑んだ。

「チョコレートの割には溶けないし、妙に口当たりが悪いなと思ったんです」
「……包装紙は溶けないですからね」
「でも、あなたが失敗したものを渡すとは思えなかったので」

暗に料理が上手いと言われていることを理解し、晶の頬は熱くなる。返答に困ってただ黙って頷くと、ミスラは剥がし終わった包装紙を丸めてテーブルに放り投げた。箱の中に残っているチョコレートを見下ろす翡翠の双眸はどこか胡乱げだ。

「賢者様。残りの分、剥がしてくれませんか」

トン、と胸に押し付けられた箱に視線を落とす。カラフルな包装紙に包まれたチョコレートはまだ多くが残っている。きっちりとチョコレートを包んでいるそれを剥がすのが面倒になったのだろう。ひどく子どもじみたわがままだ。そう思いながらも、晶は箱を受け取ってしまっていた。ミスラが座るソファーの隣に腰掛け、包装紙を丁寧に剥がしていく。ミスラはそれを興味深そうに眺めていたが、晶がチョコレートを差し出してかぱりと大きく口を開けた。晶は思わず声を上げ、呆然とミスラを見つめる。

「……食べさせてください」
「え、で、でも……」
「包装紙を剥がして摘むと手が汚れるでしょう。そうなったらまた……ナフキンでしたっけ。あれを使えと言うじゃないですか」

以前ナフキンを使うように言われたことを思い出したのか、ミスラは眉を顰めた。晶は僅かに逡巡して辺りを見渡す。他の魔法使いたちは各々チョコレート交換などに興じていて、誰も此方を気にかけてはいなかった。晶は覚悟を決めるように深呼吸をし、摘んでいるチョコレートをミスラの口元へ差し出す。ばくりと勢いよく食らいつかれて、晶は慌てて手を引っ込めた。指まで食べられてしまうのではないかと思ったからだ。ミスラは晶のそんな様子には気付くことなく、バキバキとチョコレートを咀嚼していく。晶は胸が充足感に満たされていくのを感じながら、先ほど言いかけた質問を口にした。

「あの……ミスラ。さっきはどうして包装紙ごと食べちゃったんですか?あんなに急いで食べなくてもよかったのに」

ミスラは口元についたチョコレートを再び舌で舐め取りながら視線を下げた。不思議そうな表情の晶をじっと見つめて、何か言いたげに瞳を眇める。

「……俺自身、よく分からないんですよ」

晶が首を傾げると、ミスラは強請るように再び口を開けた。慌てて包装紙を剥がし、チョコレートを差し出す。今度は勢いよく噛みついたりせず、ミスラはチョコレートを静かに受け入れた。獣のように尖った真っ白い歯と、唾液を纏いてらつく真っ赤な口腔内のコントラストに眩暈がする。ミスラはどぎまぎと視線を逸らした晶を見つめながら咀嚼を繰り返し、そっと唇を開いた。

「これを……あなたに貰ったものだと思ったら、今すぐに食べたいと思いました。だから包装紙にも気付かなかったのかもしれません」

滔々と語るミスラの声は穏やかだ。何の感情も浮かんでいないようにも思えるが、翡翠の瞳の奥に温かな光が灯っているように見える。晶はその光に惹き込まれるようにミスラを見上げた。じわりと熱に浮かされるような感覚に襲われていく。

「オーエンのように甘いものが特別好きではありませんし、チョコレートが好きになったわけでもないと思うんですけど……自分でも不思議ですね」

ミスラはそう呟いて、再び大きく口を開けた。視線だけで強請ってくる彼はまるで甘えているようで、チョコレートを摘む晶の指先は震える。それは恐怖でも怯えでもなく、ミスラに求められていることに心の底から歓喜しているからだ。

「……晶?」
「なんでも、ありません」

チョコレートよりも甘ったるい気持ちが込み上げてきて、晶は胸の辺りをぎゅうと握り締めた。抑え込もうとしたものの、我慢しきれなかった感情が笑みとなって零れてしまう。ミスラはそんな晶の笑顔を見て、一瞬だけ口を閉じた。瞳を瞬かせながら晶を見つめて、差し出されたチョコレートを受け入れる。その表情は、ひどく満足そうだった。


end.




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