頬を寄せる

※ミスラ誕2022ホームボイス


ゆったりと流れるワルツに合わせ、長い脚が磨き上げられた床を滑るように動く。俺はミスラに恭しく手を取られてステップを踏んでいた。日本の一般家庭に育った俺に、社交ダンスの教養などあるわけがない。俺の脚は、ミスラがかけた魔法によって勝手にステップを踏んでいる。自分の意志とは関係なく身体が動いていることは奇妙に感じられたが、ステップに気を取られていたら見えない景色があっただろう。

俺は視線を上げ、自分を導いている相手を見つめた。次に動く場所を見定めながら動く瞳は美しい翡翠で、華やかな灯りを受けて煌めいていた。宝石のようなその輝きに、俺は思わず目を奪われてしまう。星影の儀の為に用意された衣装は柔らかな色合いで、燃えるようなミスラの髪によく似合っていた。彼が動くたびに胸元や腕の装飾品がシャラシャラと心地よい音を立てる。荘厳で神聖な雰囲気を纏ったミスラはまるで別人みたいだ。ダンスの相手は本当に俺で良かったのだろうか。彼自身から誘われたとはいえ、一抹の不安に襲われる。

「賢者様」

不意に低い声が落ちてきて俺は目を瞬かせた。いつの間にか曲は変わっていて、ゆったりとしたスローテンポになっている。返事をしようとしたが、身体同士が密着して言葉を失ってしまう。腰に手を回されて足が縺れそうになり、俺は慌ててミスラを見上げた。

「ミスラ…!?」
「チークタイムです。ほら、俺の肩に手を回して」

誘導されるがままにミスラの肩へ手を乗せるが、どうにも落ち着かなかった。言われてもチークタイムが何なのか思い出せない。ミスラは俺の顔をじっと見下ろしていたが、やがて溜め息を吐いた。焦って顔を上げると、至近距離に端正な顔があって息が止まりかける。

「そんな情けない顔をしないでくださいよ」
「あ、あの……っ」
「こうやって、ただ揺れていればいいんです。なにも難しいことはありませんよ」

ミスラはそう言って密着させた身体をゆらゆらと揺らす。まるで幼子をあやすような物言いと距離の近さに耳が熱くなるのを感じた。腰に回されていたはずの手は、いつの間にか俺の後頭部に触れている。大きな手で宥めるように撫でられると、もう駄目だった。熱くなった頬を彼の胸に押しつける。ミスラは満足そうに笑って、俺の耳に吹き込むみたいに囁きを落とした。

「お上手ですよ、賢者様」

少し掠れた甘い声に、頭がおかしくなってしまいそうだ。


end.




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