深縹のアメジスト・ラブ<13>

※海賊カラ松×人魚一松


【 Episode 12 】

約束の時刻までに宴会の準備は滞りなく進み、カラ松は着替える為にチビ太の家へと戻った。カラ松自身はエプロン姿のままで構わないと言ったのだが、チョロ松から着替えた方がいいと強く圧をかけられた。クローゼットの中からジュストコールを取り出すと、ずしりと重く感じる。血や汚れが目立っていたので綺麗に洗濯し、剣で斬り裂かれた箇所は綺麗に縫い合わせてあった。シャツやズボン、ジレを着てその上からジュストコールを羽織り、最後にブーツを履く。古い姿見を覗き込めば、随分と間の抜けた表情の海賊が佇んでいて苦笑する。海に出なくなってからというもの、顔つきが変わったと指摘されることが多かった。その理由をまざまざと実感させられ、カラ松は肩を落とす。こんな顔をしていては、海賊の装束を身に纏っていても一松に気付いてもらえないのではないか。そんな情けない気持ちが込み上げてきた。しかし、外からチョロ松に呼ばれれば一旦着た服を脱ぐわけにもいかない。そのまま外に出ると、形容し難い表情を浮かべたチョロ松がカラ松の全身を舐め回すように凝視してくる。

「……そんなに見てくれるな」
「カラ松、貴方……随分と変わりましたね」
「腑抜けたと言いたいのなら言ってくれ」
「いえ、そうではありませんよ」

チョロ松は少し言いにくそうに咳払いをし、それからカラ松のジュストコールの襟に手を伸ばした。曲がっていたらしい襟を正し、カラ松の顔を真っ直ぐ見上げる。

「柔らかい雰囲気になりました」
「余計な気遣いは…」
「そんなつもりはありませんよ。馬鹿にしているわけでもありません」
「……そうか」

カラ松は困惑を隠せないままぎこちなく頷いた。チョロ松が襟から手を離すと、せっかく整えていた髪が乱れるのも構わずに掻き回す。宵の刻は近く、じきに一松は浜辺にその姿を現わすだろう。久しぶりの逢瀬にカラ松が緊張するのも無理はない。チョロ松は浜辺に立つおそ松とチビ太に視線を向けた。会話の内容までは聞こえないが、2人とも既に酒が入っているらしく笑い声がよく響いている。チョロ松は呆れ混じりの溜息を吐き、カラ松の肩を押した。あの様子では一松が現れても気付かないだろう。

「行きますよ」
「えっ……で、でも……」
「心の準備など必要ありません。思ったことを素直に話せばいいのです」
「……あぁ」

まだ戸惑いと緊張が入り混じった様子だったが、チョロ松の言葉に背中を押されたのかカラ松は歩き出した。柔らかな砂浜をブーツで踏み締め、一歩ずつ浜辺に近付いていく。近隣の浜辺の中でも絶景だと有名な此処は、恋人たちが一年ぶりの逢瀬をするに相応しいと言えるだろう。真っ白な浜辺に打ち寄せる波は穏やかで、水面は真っ赤な夕陽を受けてきらきらと輝いている。日が傾くにつれて変化を見せる空の色は、まもなく浅紫色へと移り変わるだろう。カラ松は美しいその風景にゆっくりと瞳を細め、深く息を吐き出す。―――その時だった。ざぱっ…という水音とともに海面に飛沫が上がる。スローモーションのように映った景色の中で、薄紫の鱗が光り輝いた。

「、っ……!?」

カラ松の瞳が大きく見開かれる。空中に身を躍らせた人魚は跳躍の最中、その視線を真っ直ぐカラ松に向ける。水晶によく似た瞳がカラ松の姿を捉え、うっすらと微笑んだ。

「一松!」

人魚の姿が海中に消えるなり、カラ松は砂に足を取られながら走り出した。縺れてしまいそうな足を叱咤して必死に砂浜を駆け、着衣が濡れることも厭わず海に飛び込む。近くに居たおそ松とチビ太が驚きに声を上げて制止したが、カラ松の耳にはそれも届かない。海水を吸ってずしりと重くなったジュストコールを途中で脱ぎ捨て、ベスト姿で海中を泳いだ。カラ松は一心不乱に一松の姿を探し続けたが、息が続かなくなり顔を上げる。荒い呼吸を繰り返し、再び潜ろうとした瞬間―――カラ松の腕を"何か"が強く引っ張った。バランスを崩して海中に引き摺り込まれたカラ松は、驚愕に見開いた瞳にその姿を映すことになる。ぎこちなくも柔らかな笑み、見紛えることのない美しい水晶の瞳に、海中でも艶を失わない黒髪。震える手を伸ばし、その頬に触れる。滑らかな肌に躊躇なく触れることが出来るのは、此処が海中だからだ。細い身体を引き寄せ、その唇に自分の唇を重ねる。柔らかな感触を感じ、ゆっくり目を開けると優しい声が海中に響き渡った。

『会いたかったよ、カラ松』

歌うような調子で告げられたその言葉を噛み締めるように頷き、カラ松はゆっくり海面に浮上する。肺に酸素を取り込むべく何度か呼吸を繰り返し、それから微笑んだ。目の前にいる存在を確かめるようにじっと熱い視線を向けたまま、溜め息を漏らす。

「あぁ、本当に一松なんだな……」
「おれが偽物にでも見える?キスしたのに?」
「いや……間違いなく本物だ」

悪戯っぽく揶揄されて苦笑し、カラ松は一松の腰を再び引き寄せた。2人が熱く見つめ合っていると、そこに割り込むように呆れた声が飛んでくる。

「ちょっとお2人さーん?お熱いところ申し訳ないんだけど、これから宴会ってこと忘れてない?」
「……あっ」
「カラ松、お前……後先考えずに飛び込んだな」
「だ、だって一松、お前がオレを呼んだようなものだろう…!」
「……やっぱり手が焼けるね、お前は」

一松はカラ松の手を引いて浜辺へと泳ぐと、砂浜にしゃがみ込んでいたおそ松を見上げて苦笑する。カラ松はすっかり濡れたシャツやベストを絞りながら砂浜に上がり、凛々しい眉根を下げるほかない。

「ごめんね。せっかくの宴会なのに」
「まぁいちまっちゃんは悪くないよ。こいつが考えなしなのが悪い」
「……お前にだけは言われたくないが」
「はぁー!?」
「おい、喧嘩すんなよ……」
「そうですよ。お2人とも、情けない姿を晒して」

砂を踏み鳴らして歩み寄ってきたチョロ松は溜め息交じりに呟き、それから屈んで一松の顔を覗き込んだ。一松は静かにチョロ松を見上げ、微笑む。

「チョロ松も久しぶりだね」
「……えぇ。あれから変わりはありませんか?」
「うん。トド松は少し静養が必要だったけど、十四松が付きっきりで面倒見てくれて……今じゃすっかり回復してるよ。今まで以上に仲良くなって、どこへ行くにも一緒だ。おれも兄として安心してる」
「そうですか」
「海も随分と穏やかになった。海の神の……ポセイドン様やアフロディーテ様にも敬意をご報告させてもらったよ」
「海の神ぃ!?」
「ほう……やはり実在するのですね」

一松の言葉におそ松は仰け反るほど驚き、カラ松とチビ太は目を見開いた。一方のチョロ松は興味深そうな表情で頷き、何やら思案を巡らせている。一松は不思議そうに周囲の人間を見回し、首を傾げてみせた。

「そんなに驚くこと?人間界にも神は居るでしょ」
「実在するのかもしれないが……人間にはそれを確かめる術がないからな」
「へぇ」
「海の神と人魚ほど、距離が近くないってことさ」

一松はカラ松の言葉に納得したように頷き、それから尾びれで波を軽く叩く。少し困ったようなその表情を見咎めて、カラ松はどうした?と声を掛ける。

「今から宴会なんだよね?おれ、どうしようかなと思って……」

カラ松はその言葉にぴたりと動きを止めた。おそ松とチョロ松は顔を見合わせ、チビ太は呆れたように溜息を吐く。カラ松は何度も視線を泳がせていたが、その背中を思いきり叩いたのはおそ松だった。遠慮のない力の強さにカラ松は悲鳴を上げ、怒りの混じった表情で振り返る。

「おそ松ッ…!」
「その恰好で宴会に参加するつもりか?お前は参加できねーよ!」
「なっ…―――」

言葉を失ったカラ松とおそ松の間に割って入ったのはチョロ松だった。2人を諫めるように両手を挙げる。

「まぁまぁ、落ち着いてくださいカラ松」
「何……?」
「あのなぁカラ松、その子を置いて行くつもりか?」

その子、とおそ松が指差したのは一松だった。一松は目を丸くしておそ松を見つめ返し、それからカラ松を見て申し訳なさそうに視線を逸らした。尾びれが居心地悪そうに水面を叩いたのを見て、カラ松の胸がずきりと痛む。

「……無理だろ?」
「カラ松、貴方の食事はきちんと取っておきます。今日の宴会はバイキング形式だと聞いていますし、仕事も早上がりでいいとチビ太が言っていました」
「え、……」
「せっかく逢えたんです。積もる話もあるでしょう」

チョロ松はカラ松に優しく告げ、一松の頭に手を伸ばした。優しい手つきで髪を撫でられ、一松はくすぐったそうに表情を緩ませる。年の離れた弟を可愛がるように微笑み、すっと身を引いた。

「ほら、私たちは戻りますよ」
「はいはい。んじゃお2人さん、ごゆっくりー」

チョロ松はおそ松の肩をぐいぐいと押し、おそ松はひらひらと手を振りながら歩き出す。遠ざかる2人の背中を見送ったカラ松は、気まずさを誤魔化すように咳払いを繰り返した。

「えーと……その、一松…」

ゆっくりと振り返れば、一松は穏やかな表情で微笑んでいた。首元に指を這わせ、慈しむようにネックレスを撫でる。一松の白い肌の上で光り輝いているのは、カラ松が贈ったアメジストのネックレスだった。

「あの日からずっと身につけてるんだ」
「そうか……ありがとう」
「ねぇ、覚えてる?あの日、カラ松がおれに言った言葉」

ネックレスを撫でる手を止め、一松は真っ直ぐにカラ松を見上げた。あの日―――十四松の救出作戦決行の前日のことは、カラ松にとっても忘れられない。記憶を反芻しながら頷き、カラ松は水中にある一松の手をそっと握った。ひんやりとした皮膚の温度を感じながら口を開く。

「あぁ。勿論だ」
「あの日は答えられなかった。でも、今なら……ちゃんと答えられる。だから、聞いてくれる?」

どこか不安そうに尋ねてくる一松を抱き寄せたい気持ちが込み上げるが、カラ松はそれをぐっと堪えた。握っている手を強く握り返すに留め、力強い首肯を返す。深く深呼吸をして、水晶のような一松の瞳を逸らさずに見つめる。

「オレはお前が欲しい」

迷うことなく吐き出された言葉は、愚直なまでに一松の心へ突き刺さる。一松は感無量といった様子で何度も頷き、震える声でカラ松に応える。

「……おれは、とっくにお前のものだよ」

囁くように零れた言葉とともに、一松はカラ松の手を握り返す。その瞬間、アメジストのネックレスから眩い光が溢れ出した。突然のことに2人は目を瞠るが、一松は自らの身体に訪れた変化に声を上げる。両手を頭上に翳し、何度か確認してカラ松へと手を伸ばした。ひたり、と温度の低い一松の手がカラ松の首筋に触れる。人間の体温に触れれば、たちまち火傷してしまう―――はずだった。しかし、一松は熱がることなくカラ松の肌に触れたままそっと微笑む。

「すごい……熱く、ないよ。カラ松、お前に触れるんだ」

するり、と一松の手が首筋から頬に滑っていく。両頬を挟み込むようにして、一松はカラ松の顔を下から覗き上げた。カラ松もまた、嬉しそうな笑みに誘われるように手を伸ばす。一松の細い肩に触れ、一松に熱がる様子がないのを確認すると表情を綻ばせた。

「本当だ!しかし、なぜ急に…?」
「分からない、けど……もしかしたらポセイドン様が……」
「ポセイドンーーー海の神がか?」
「うん。ポセイドン様、おれの話を聞いて申し訳なさそうな顔をなさってたんだ」

神を知らないカラ松は不可解そうな表情を浮かべる。一松は少し思案を巡らせた後、躊躇いながら重い口を開く。推測の域を出ないが、ポセイドンの苦しげな笑みを思い出すと胸が痛んだ。

「それに……自分は好きな相手に想いを伝えられなくて、それを悔いているって」
「……そうか」

カラ松は重々しく頷き、一松の肩を引き寄せた。細い身体を腕の中に閉じ込めると、愛しげに熱い視線を落とす。焦げ付きそうなほどの熱視線を浴び、一松は恥ずかしそうに視線を泳がせた。

「一松。……オレを見てくれ」
「だ、だって恥ずかしい。こんなに近い距離で……カラ松に触るなんて」
「一松」
「……カラ松……」

咎めるような声にゆっくり顔を上げる。強い視線に射抜かれながら、一松は静かに目蓋を閉じた。冷たい肌を確かめるように少し体温の高い指が撫でる。火傷することなくカラ松の体温を感じられる現実に自然と肩が震えた。頬に添えていた手を逞しい首に回し、縋りつくように身を寄せる。2人とも身体は冷え切っていたが、触れ合った部分だけは確かに熱を孕んでいた。カラ松が身を屈め、唇が柔らかく触れ合う。繰り返し啄むように繰り返されるそれは、互いの存在を刻みつけるかのようだった。夕闇と混ざり合った青紫の空の下、打ち寄せる波の音だけが響く。カラ松と一松はお互いに顔を見合わせ、永遠の契りを交わすように微笑み合った。


end.




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