深縹のアメジスト・ラブ<12>

※海賊カラ松×人魚一松


【 Episode 11 】

深く斬り裂かれたカラ松の右腕は、癒えるまでに長い時間を要した。若く体力はあるが、錆びた剣で斬り裂かれたことで傷口が化膿していたこともある。一松の涙のお陰で痛みは緩和されていたが、それも長くは続かずカラ松は度々激しい痛みに襲われた。眠れないほど痛みに魘されることもあり、痛み止めが効果を発揮しない時もあった。しかしカラ松は痛みを必死に乗り越え、数ヶ月の療養を経てようやく退院できることになった。傷が塞がったとはいえ、船上の暮らしに戻るには体力は衰えている。海賊から足を洗ったチビ太は港町で小さな店を開き、異国の郷土料理を振舞っていた。店の手伝いをすればリハビリにもなり、給料も手に入る。航海に出るおそ松とチョロ松を見送り、カラ松はチビ太とともに港町での生活をはじめた。チビ太の店はそこそこ繁盛し、カラ松は手伝いながら元の快活さを取り戻していった。療養中のカラ松は一人で居ることが多く、少々思い詰めているようなことがあった。それだけにチビ太は元気を取り戻したカラ松を見て、いたく安堵した。深かった傷も次第に癒えていき、今では傷が痛むこともなくなった。しかし、カラ松は夜中になると決まって窓から海を眺めるようになった。何をしているのかとチビ太が尋ねても、カラ松は黙ったまま首を横に振る。傷は塞がり、腕も元のように動くようになった。剣技は元の感覚を取り戻せていないが、数人の賊であれば叩きのめすことが可能だろう。しかし、この数ヶ月でカラ松は少し臆病になってしまったようだった。退院してすぐの頃は口癖のように一松に会いたいと言っていたが、最近は人魚の話題すら避けがちだ。再会を急かすわけにもいかず、チビ太はなんとも歯痒い気持ちでカラ松を見守る日々が続いた。それから月日が経ち―――カラ松と一松と別れた日から、一年が経過したある日。

「おそ松!チョロ松!」

航海から戻ったおそ松とチョロ松を港で迎え、チビ太は大きく声を上げた。手を振れば太陽のような笑顔を浮かべておそ松が駆け寄ってくる。肩には大きな荷袋を担いでいて、どうやら収穫は大きかったらしい。

「おうチビ太!帰ったぜ!」
「相変わらず元気そうだな!チョロ松も」
「えぇ。無事に戻りましたよ、チビ太。……カラ松は店に?」

チョロ松は小首を傾げてチビ太に問う。チビ太が頷くと、チョロ松は手にしていたボトルを揺らして微笑を浮かべる。チビ太が中を覗き込むと、ボトルの中には丸められた小さな紙が入っていた。

「ボトルメッセージか?なんでまたこんなもの……」
「カラ松宛ですよ」
「え?」
「あいつに手紙を贈るような奴なんて一人しかいないだろ」
「それって……」

チビ太がハッと顔を上げると、2人は満面の笑みを浮かべていた。チョロ松は黙ったまま頷き、ボトルをゆっくり揺らしてみせる。

「そういうことです。チビ太も荷下ろしを手伝っていただけますか?」
「お、おう…!」
「今夜は貴方の店を貸し切って宴です。……彼も楽しんでくれるといいのですが」
「そうだな!あいつなら店にいるはずでぃ!」
「ありがとうございます。私は彼に会ってきますね」

チョロ松は柔和に微笑んで背を向けかけ、おそ松を振り返った。おそ松は子どものようにキョトンとした表情で首を傾げる。なぁに?と尋ねられて、チョロ松は溜め息交じりに言葉を続けた。

「キャプテン、くれぐれもサボらないでくださいよ」
「ちょっ、待っ…!なぁ、チビ太ぁ……俺、そんなに信用ねえ……?」
「今までの行いを振り返ってみたらどうだ?」

項垂れるおそ松を冷ややかに一蹴し、チビ太は遠ざかるチョロ松の背中を見送った。夜から貸し切りにすると連絡を受けていたので、店は昼から休みにしてある。店にいるカラ松は仕込みの為に野菜の皮むきでもしている頃合いだろう。あからさまに落ち込んでいるおそ松を蹴り飛ばしながら、チビ太はほっと胸を撫で下ろした。一松のお陰でチビ太はかつて恋をしていた人魚に再会することが出来た。今でも逢瀬を重ねることが出来ているのは、紛れもなく2人が出会ったことに起因している。だからこそ、カラ松と一松には以前のような関係に戻ってほしいと強く願っていた。

「今日はおめでたい席になるはずでぃ!気合い入れて荷を下ろすんだ、おそ松!」


×


「お久しぶりです、カラ松」

チョロ松が店内に足を踏み入れると、ドアに付いていたベルがチリンと揺れた。清掃が行き届いた店の奥で、じゃがいもの皮を剥いていたカラ松が顔を上げる。愛用していると思しき黒いエプロンが妙に似合っていて、チョロ松は思わず苦笑した。

「チョロ松……帰っていたんだな。何を笑っている?」
「いえ、とてもエプロンが似合っているなと思いましてね」
「そうか?あぁ……だが最近、チビ太に習って料理も覚えたんだ。店のメニューや簡単なつまみなら作れるようになった」
「そうですか。では、今度食べさせていただきましょう」

チョロ松は微笑みながらカウンターに腰掛ける。そっと置かれたボトルを目にして、カラ松は不思議そうに首を傾げた。手にしていた、じゃがいもの皮が入ったボウルを作業台に置いて立ち上がる。カウンターに歩み寄ると、ボトルの中に羊皮紙が入っていることに気が付いた。

「これは……?」
「貴方宛てです。差出人は……言わずとも分かるでしょう?」
「…!」

カラ松は震える手を伸ばしてボトルを掴む。ひんやりと冷たいボトルの感触によって、いかに自分の手が熱を帯びているか思い知らされた。初めて一松に触れた時、その肌や皮膚の冷たさに驚いたことをまるで昨日のことのように思い出す。穏やかな笑みで見守るチョロ松に促されるようにコルク栓を外し、ボトルから羊皮紙を取り出す。緊張しながらも広げると、そこには何の文字も綴られていない。と思いきや、羊皮紙全体が淡く発光してゆらりと文字が浮かび上がってきた。どうやら、水中でも文字が綴れるように魔法がかけてあるらしい。驚きと緊張で高鳴る鼓動を抑えながら、カラ松はゆっくりと浮かび上がった文章に目を通しはじめた。

「…………」

文章を読んでいるカラ松の瞳が次第に涙で潤んでいく。目の縁いっぱいに湛えられた涙が零れ落ちそうになるのを見かねて、チョロ松はハンカチーフを差し出した。しかしカラ松はそれを受け取ることなく、手の甲で乱雑に涙を拭う。

「ありがとう、チョロ松」

カラ松はそう言って赤い目のまま微笑み、大事そうに羊皮紙を丸めた。それから深く息を吐き出し、チョロ松の隣の席へ腰掛ける。チョロ松は受け取られなかったハンカチーフを胸ポケットに戻し、静かにカラ松の横顔を見つめた。

「手紙には、何と?」
「今日、宵の刻に浜辺へ来てほしいと。ただそれだけだ。あいつらしいだろう?」
「……そうですね」

嬉しげに語るカラ松を見つめたままチョロ松は目を細める。直接カラ松に会うのは久しいが、チビ太から届く手紙を読む限り、随分と思い詰めたり落ち込んでしていたと聞く。そんなカラ松が昔のようにこうして笑うのはどれぐらい無かったことなのだろうか。彼が過ごしてきた一年間は決して無駄ではなかったのだと思い、胸がすくのを感じた。

「宵の刻までに仕事は終わりそうですか?よろしければ、私もお手伝いしますが」
「え……いや、しかし今日のお前は客だろう。良いのか?」
「構いませんよ。外の力仕事よりも、料理の方が私には向いていますから」
「はは、それもそうだ。じゃあ手伝ってもらおうか」

悪戯っぽく笑ったチョロ松に苦笑し、カラ松は立ち上がって厨房の中を案内した。使い込まれた調理道具を慣れた手つきで扱い、宴会用のメニューのレシピを広げるカラ松は生き生きとしている。チョロ松は手渡されたエプロンを身につけると、吊り下げられた調理道具を手に取った。


continue...




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