深縹のアメジスト・ラブ<11>

※海賊カラ松×人魚一松


【 Episode 10 】

「それにしても、お前が見舞いに来るとは思わなかったぜ」

白い病室の中で声を上げたのはカラ松ではなくおそ松だった。ベッド脇に置かれた椅子に腰かけ、にやけながら隣に座る訪問者の顔を覗き込んでいる。声を掛けられた訪問者は、その小さな身体を居心地悪そうに縮こまられて視線を上げた。ベッド上のカラ松と視線が合うと、ばつが悪そうに視線を床に落とす。

「おいらも……悪いと思ってたんでぃ。だから証言もして、あいつの……イヤミの元から離れた」
「その件に関しては本当に感謝していますよ。私たちの証言だけでは奴を裁判には掛けられなかったかもしれませんから」
「お前もずっとイヤミに虐げられてたんだろ?もう終わったことだしさ、責めたりしねーよ。チビ太」

快活に笑ったおそ松を見て、チビ太はおずおずと顔を上げた。ベッド上から静かに見つめていたカラ松も、安心させるように笑みを浮かべる。

「そんなに恐縮しないでくれ。確かにお前がイヤミの配下に居た頃には敵対したこともあったが、お前に危害を加えられた覚えはない」
「そ、それは……おいらが戦闘が得意じゃなかったから……」
「もしそうであっても構わない。そのお陰でオレもお前に危害を加えずに済んだ」

柔和に微笑んだカラ松を見て、チビ太は僅かに表情を緩ませた。傷を覆う包帯はまだ痛々しいが、どこか吹っ切れたような顔をしているように見える。

「カラ松……お前、あの人魚のことが好きなんだな」
「あぁ。やっぱり分かってしまうか」
「今のお前はすごくいい顔をしてるぜ。上手くは言えないけど……おいらも、そんなお前を見ていたら力になりたいって思えたんでぃ」
「え?」
「おいらも―――昔、人魚に恋をしたことがあったんだ」

遠い目で窓の外を眺め、チビ太は半ば呟くような調子で口にした。窓の外の海では波が煌めき、抜けるような青空に真っ白な入道雲がよく映えていた。遠い記憶を懐かしむように、痛むように目を細めてチビ太は微笑む。

「おいらの片想いだったんだと思う。でも、それでも……あの時はとても幸せだった。幸せがずっと続くんだと、そう信じてやまなかった」
「そう、だったのか」
「おいらと……彼女は、時代もあって分かれる道しかなかった。でも、もしおいらがあの時―――少しでも勇気を出していれば何かが変わったんじゃないかって、今でも時々そう思っちまうんだ。だから、今度は後悔したくなかった。おいらみたいにはなってほしくなかったんでぃ」
「……チビ太……」

どう言葉をかけていいのか分からないのか、カラ松は眉根を下げて黙り込んだ。おそ松とチョロ松も神妙な表情で口を噤んでしまった。それを目にしてチビ太は慌てた様子で両手を振った。

「し、湿っぽい話になっちまったな。すまねぇ」
「いや……聞けてよかった。ありがとうな」

カラ松は優しく笑いかけ、チョロ松が切り分けたフルーツをチビ太に差し出した。それを受け取って口に運び、咀嚼するとチビ太は少し落ち着いた様子だった。俄かに笑みを浮かべながら口を開く。

「でも、お前たちに協力して本当に良かったぜ。ハタ坊が口添えをしてくれたお陰でおいらは捕まらずに済んだ」
「あぁ、ハタ坊はイヤミをどうにかしたいと前から言っていたからな。オレたちも相当感謝されてしまった」
「そうか。おいらは海賊から足を洗うことにしたんでぃ。もう疲れちまってな……お前らは相変わらず、続けるつもりか?」
「当たり前だろ?」

チビ太の問いに答えたのはカラ松ではなくおそ松だった。屈託のない表情で笑うと、強引にチビ太の肩を抱く。

「俺たちは死ぬまで海賊さ。魂がそう叫んでるからな」
「魂が……お前らしいな、まったく。まぁ、お前たちがそう決めたならおいらも止めたりしねえよ。一度きりの人生、自分の心が命じたことに従うのも悪くないだろ」
「だろー?……あれ、チョロちゃんどうしたの?」

おそ松はチビ太の肩を抱いたまま首を傾げる。チョロ松は手の平に青銅の鍵とメダルを載せている。それを目にした瞬間、チビ太は驚愕の声を上げた。大きく目を見開き、椅子から立ち上がってチョロ松の腕を掴む。バランスを崩したおそ松が床に倒れたが、誰一人構うことはなかった。

「それっ……!ど、どこで手に入れたんだ…?」
「鍵は地下牢、メダルはイヤミからです。人魚の話を聞いてもしやと思いましたが―――やはりご存じですか」
「その紋章……彼女が身につけていた指輪にあった物と同じだ。イヤミにメダルのことを何度も聞いたけど、結局何も教えてくれなくて……チョロ松、お前は何か知ってるのか?」
「いえ、詳しくは……推測なら出来ていますが」
「推測?」

チビ太が訝しむように首を捻ると、チョロ松に代わって口を開いたのはカラ松だった。ベッドから上体を起こし、手の甲をチビ太に向けた。

「今は見えないが、一松がオレにまじないをかけてくれたことがある。オレを脅威から護るまじないだったが、そのお陰でオレの潜在魔力が増幅されて一松のネックレスと共鳴した。この手の甲に一瞬だけ紋様が浮き上がったんだが、それが鍵やメダルにあるものと同じだった。このメダルはイヤミが昔浚った人魚から奪ったらしい。地下牢はこの町がまだ人魚と交流があった頃に出来たもので、地下牢を作った男は人魚と恋仲という噂があったらしい。古い文献に記載があるのをチョロ松が見つけた」
「……人魚に関係がある?」
「あぁ。―――ここからはあくまで推測だが、これは人魚の家系に伝わる印だろう。そして、今それを受け継いでいるのは一松だ」

両手を組んで、カラ松は真っ直ぐにチビ太を見つめた。強い視線を受け、チビ太は一瞬たじろぐ。ごくりと唾を嚥下して、身を乗り出した。

「もしかして、」
「あぁ、そうだ。チビ太、お前が恋をしていた人魚は一松の家系と繋がりがあるのかもしれない」

カラ松の言葉を聞き、チビ太は大きく目を見開いて―――小さな手で顔面を覆った。熱い吐息を零しながら何度も不明瞭な言葉を零し、その場に崩れ落ちそうになる。チョロ松が慌てて身体を支えると、チビ太は泣き笑いの表情をカラ松に向けた。

「そう、なんだな……」
「彼女の所在までは分からないが―――会える可能性はまだあると俺は思う」
「私も、そう信じていますよ。一松と再会した時に尋ねてみるつもりですから、何か分かれば必ず連絡します」
「あぁ……ありがとう、本当に、ありがとな……」

チビ太はしばらく俯いてしゃくり上げていたが、数分すると落ち着いて病室を後にした。涙に泣き濡れた赤い瞳で礼を言われ、残された三人は穏やかな気持ちで廊下に消える背中を見送った。カラ松はベッドに背中を預け、少し表情を曇らせて呟く。

「まだ確定していないことを伝えて良かったのだろうか」
「えぇ。一松が言っていたのでしょう?人間相手に記憶の共有を行った人魚がいたと」
「あぁ……従姉が小さな人間の子どもと恋に落ちたが、夜の逢瀬がバレて会えなくなってしまったと言っていた。逢瀬の中で何度か記憶の共有を行ったとも」
「その話を詳細に聞くに、チビ太のことだとしか考えられませんでしたから」
「従姉は遠い海に行ってしまって今は交流がないとも言っていたが……」
「それでも、可能性があるなら伝えても良いでしょう。チビ太はもう彼女に会うことを諦めていたのですから」
「……そうだな」

病院を出て外を歩いているチビ太の姿を窓から見下ろし、カラ松は柔らかな笑みを浮かべた。何もかもを諦めてしまうにはまだ早い。それはきっとチビ太だけに限られた話ではない。チョロ松に差し出されたフルーツを咀嚼しながら、カラ松は真っ青な空を見上げた。この空が繋がる先に居る、愛しい人を想いながら―――。


continue...




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