深縹のアメジスト・ラブ<9>

※海賊カラ松×人魚一松


【 Episode 08 】

一方、地上から地下牢に乗り込んだおそ松とカラ松は息の合ったコンビネーションで次々に敵を薙ぎ倒していた。入り口やその付近を固めていた兵士は合計で八人。屈強な兵士揃いだったが、おそ松の縦横無尽な剣舞やカラ松のキレのある動きに翻弄され、手も足も出ない。気を失った兵士たちを拘束し、おそ松は深い溜め息を吐き出した。

「あーあ、もう疲れちゃったよ」
「何を言っている。こんなものは序の口だぞ」
「むさ苦しい男ばっかで湿っぽいし」

ぶすくれた態度で呟いたおそ松を睨めつけ、カラ松は手にしていたロープで禿げ頭の男を縛り上げた。強い力で足首を締め付けられ、男は情けない悲鳴を上げる。

「文句を言ってる暇があるならそこの男に猿轡をしておけ。舌を噛まれては敵わん」
「はいはい……あ、こいつ鍵持ってるぜ」

太った男に猿轡を噛ませ、懐を漁っていたおそ松は錆びた鍵束を抜き取る。おそ松は鍵束を指先で弄び、ニヤリと得意げな笑みを浮かべた。

「お手柄だろ?俺」
「……全員縛り終えたら調べるつもりだった」
「言い訳すんなよぉ」
「うるさい。……こいつも鍵を持っているな。しかもこの紋章、どこかで見たような……」
「あ、これ俺も知ってる。けど何の紋章だっけ」

独特なデザインが施された花のような紋章。それが刻み込まれた青銅の鍵は、カラ松の手の中で鈍い光を放っていた。カラ松はそれを胸ポケットに仕舞うとおそ松を無視して歩き出した。牢の下層からは何も聞こえてこず、外から差し込む陽の光を失って頼るものは松明の灯りのみだ。カラ松は壁に取り付けられていた一本の松明を手に取り、硬い地面を踏み締める。一歩、一歩と慎重に歩を進めていくが敵が待ち伏せている様子はない。やがて階段を下りた先に幾つもの牢が見え、場所が変わったことを悟る。

「……ここ?」
「いや、ここは一般的な牢だろう。十四松が囚われているのはもっと先……最深部だ」
「マジかよぉー」
「駄々を捏ねるな。行くぞ」

カラ松の合図と同時に2人は壁から飛び出し、看守たちに不意打ちを食らわせた。格段に手応えのない看守たちはあっという間に倒され、おそ松が鍵を使って開けた空き牢へ閉じ込められる。一通り牢を確認したが、食い逃げや窃盗、殺人や暴力で逮捕された囚人しか見当たらない。

「まだ歩くのかよ」
「文句を言ってる暇があったらさっさと歩け」
「もっと俺を労われよぉ」

おそ松の嘆きをさっくり無視し、カラ松は松明の火を掲げて洞窟の奥へ歩みを進める。ここまで来てもイヤミの姿は見当たらない。纏わりつくような緊張感を振り払うように、カラ松は自らの剣を握る力を強める。不意におそ松から肩を掴まれ、カラ松は弾かれたように振り返った。人差し指を唇に押し当て、神妙な顔をしているおそ松を見て息を呑んだ。足を止めて耳を澄ませると、階段の奥から誰かの話し声が聞こえる。音を立てないように慎重に歩み続け、やがて2人は会話が聞き取れるほど階段を下った。

「…………で、人魚は……上手く…………れ……騙し…………ザンス?」

聞き覚えのある声と口癖を耳にしてイヤミは大きく目を見開く。おそ松に視線を移すと、眉間に深い皺を刻んでいた。

「それ…………勿論…………で、……の…………です」
「…………早く…………鱗……あの人魚…………牢から連れ…………ザンスよ」
「しかし…………の人魚……鱗は…………という……で……」
「……から……をさっさと連れて来るザンス!」

突如大きくなったイヤミの声に、話していた相手が引き攣った悲鳴を上げる。ここからでは姿は見えないが、どうやらイヤミは十四松について部下と話しているらしい。それもイヤミの頑なな態度に部下は困惑しているようだ。カラ松は剣を握り直し、おそ松に目配せをする。懐中時計は予定時刻を差していた。目を合わせたまま深く頷き合うと、おそ松とカラ松は柱の陰から姿を現す。

「なッ……チミ達は…!!」
「今日こそ観念してもらうぜ、イヤミ」
「死ぬ覚悟は出来ているか?」

2人の海賊は、鋭い切っ先をイヤミに突き付けて不敵な笑みを浮かべた。


×


薄暗い洞窟の中で小さな蝙蝠が飛び回る。それを胡乱げに見上げながら、チョロ松は耳を聳たせた。周囲に人間の気配は感じられないが、いつどこから襲われるか分かったものではない。腰のリボルバーに手を這わせたまま、ゆっくりと歩を進めていく。やがて松明が掲げられた壁の下に錆び付いたバルブがあることに気が付いた。さらに奥へと続いているパイプの真横にあるそのバルブには、小さく水圧という表記がある。

「見つけましたよ」

チョロ松は手袋を嵌め直し、バルブに手を掛ける。硬く錆び付いたバルブをゆっくりと捻っていくと、パイプから聴こえる水音が小さくなった。これで大丈夫か、と手を離した―――その瞬間だった。パンッという乾いた発砲音とともにチョロ松の頬を銃弾が掠める。焼けるような熱い感触に弾かれたように振り返る。岩陰に隠れた誰かの姿を見逃さずに認め、チョロ松はホルスターからリボルバーを引き抜く。安全装置を外して岩陰へにじり寄ると、低い声で相手に呼び掛けた。

「隠れても無駄です。不意討ちとは卑怯な真似をしてくれますね」

岩陰に隠れている相手は出てくる気配がない。チョロ松は深い溜息を吐くと、懐に隠していたもう一丁の銃を天井に向けて打ち鳴らす。弾が入っていないため空砲だったが、威嚇としては十分だったらしい。情けない悲鳴を上げながら、薄汚い格好の男が岩陰から転がり出てきた。ガクガクと震えながら命乞いをする男に武器を捨てるように指示し、チョロ松は瞳を眇めた。

「かっ、勘弁してくれ……せめて命だけはッ…!」
「貴方はイヤミの部下ですか」
「そ、そうだけど、雇われの船員だ!別にあいつに忠誠を誓ってるわけじゃねぇ…!」
「……なるほど」

チョロ松は弾の入っていない銃を仕舞うと、屈んで男の顎を掴む。細い手からは想像もできないほど強い力で男の顎を掴み上げると、容赦なくその腹に膝蹴りを食らわせた。衝撃と痛みに男は目を剥き、その場にドサリと倒れ込む。

「ぅ、ぐっ……」
「手荒な真似をして申し訳ございません。しかし、あの男に忠誠を誓っていようといまいと、私たちにとって貴方が敵という事実は変わらないのですよ」

チョロ松は硝子の奥で冷たい瞳のまま微笑み、男の手足を手際よく縛り上げた。男が頭に巻いていたバンダナを猿轡代わりに噛ませると、手の汚れを払って立ち上がる。男を一瞥して踵を返し、チョロ松は入り口へと戻っていった。

「チョロ松!」

入り口に戻ると、一松が声を上げる。チョロ松は人差し指を唇に押し当てると、その場に屈み込んで声を潜めた。

「静かに。水圧を弱めましたが、入れそうですか?」
「う、うん。これなら大丈夫だと思う……」
「それは良かった。しかし、もう時間がありません。一松はこのパイプから十四松のところへ向かってください」
「チョロ松は?」
「私は洞窟を通って向かいます。帰りはこちらを抜けていきますからね。敵が潜んでいるなら片付けておかなくては」
「でも……一人で平気…?」

不安そうに尋ねた一松の紫の瞳が揺らぐ。太陽の光を失ってすっかり暗くなった洞窟の中で、その瞳の色だけが光り輝いていた。

「……心配には及びません。一松も気をつけて」

柔和に微笑んだチョロ松の手が一松の髪をそっと撫でる。一松は少し安堵したように笑みを浮かべ、静かに頷いた。ぱしゃりと音を立てて海中に潜り、綺麗な円を描きながらパイプの中にその身体を滑り込ませる。その姿を見送り、チョロ松は腰に携えていた剣を引き抜いた。刀身に口づけを落とすと、薄い唇を吊り上げて微笑む。

「あの人を護ると誓ったあの日から―――僕は怯まないって決めたんだ」


continue...




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