深縹のアメジスト・ラブ<8>

※海賊カラ松×人魚一松


【 Episode 07 】

作戦決行日。船は昼過ぎから港町に停泊し、船員たちは物資の調達がてらに町の状況や地下牢についての情報を探った。偵察させた情報によると、地下牢の入り口は屈強な兵士に固められているということ。しかし、内部の看守は海賊崩ればかりで警備は手薄だということ。そして、イヤミは今夜この港町に戻ってくるということが判った。

「奴が十四松をこの港町に捕えている理由はなんだ、チョロ松」
「単純に、イヤミの船には私たちの船のような水槽などの設備がないのでしょう。人魚は真水では生きられませんし、海水がなければ体力が弱り死んでしまいます」
「……まだ逃がしていないということは、イヤミの目的はまだ完遂されていないということか」
「そうでしょう。イヤミは知らないようですが……ゴールドの鱗は一匹の人魚から一枚しか生まれません。あの男のことです、十四松を捕らえたままで何枚も手に入れたいと思っているのでしょうね。到底、無理な話ですよ」

一松とおそ松を船長室に残したまま、カラ松とチョロ松は声を潜めて話し合っていた。狭い廊下を船員たちが行き交い、代わる代わるに報告をしていく。船員の中には人魚を忌む者も多くいたが、悪名高いイヤミを倒すとおそ松が話すとその者たちも協力的になった。どれだけイヤミが同業者に嫌われているのかよく分かる。カラ松は苦笑しながら船員の報告を受け、深い溜め息を吐き出す。

「おや、溜め息ですか。作戦前に幸運が逃げてしまいますよ」
「あぁ……すまない。しかし、一松に聞かせられない話が多いと思ってな」
「……貴方は本当に彼に執心していますね」

肩を落としたカラ松にチョロ松は苦笑しながら呟く。それを受けたカラ松は黙り込んでしまい、チョロ松は肩を竦める。

「おや、責めているわけではありませんよ。人魚に魅力があるのは理解していますから」
「チョロ松も、一松に何か感じるのか?」
「そうですね。私は然程一松と話したことはありませんが……彼の美しさやが抱えている危うさは魅力的だと思います。気を抜けば魅入られてしまいそうな」
「チョロ松、まさか…」
「何を考えているのですか?あくまでも喩えですよ」
「そ、そうか」

あからさまに安堵した様子のカラ松を横目に、チョロ松は呆れ笑いを浮かべた。船員から受け取ったメモに目を通すと、懐中時計に視線を移す。時刻は夕刻を回っていたが、イヤミの船がまだ戻ってくる気配はない。

「一度、船長室へ戻りましょうか」
「そうだな。情報もだいぶ集まっている。侵入経路を決めてしまおう」
「船員も休ませましょう。何かあった際には動いてもらいますから」

チョロ松は船員に指示を出すため甲板へと向かい、カラ松はその細い背中を見送る。最初はチョロ松の掴みづらい性格に難儀した。しかし、腹を据えて話してみればよくキレる頭で的確な指示や判断が出来る男だった。人魚に対しても苦手意識を持たず、むしろ庇護したいという気持ちに関してはカラ松よりも強いかもしれない。

「……一松が心配だ。オレは戻るか」

カラ松は踵を翻し、船長室のドアノブに手を掛けた。扉を開けると、おそ松は脚を組んでソファーに腰掛けている。卓上には港町と地下牢の地図が無造作に広げられていた。おそ松と2人きりという状況が気まずいのか、一松はひどく落ち着かなさげに水槽を泳ぎ回っている。

「おそ松」
「ん?あぁ、戻ったんだ。カラ松」
「……随分と散らかっているようだな。侵入経路は固まったか?」
「ま、大体はね。ただ引っ掛かることがあって…」
「引っ掛かること?」

珍しく言い淀む様子に首を傾げると、おそ松は万年筆を回しながら口を開く。水槽の中では、一松も不思議そうに首を傾げている。

「内部の警備が手薄だってチョロちゃんの情報にあっただろ?あいつの知り合いは俺も知ってるし、疑うつもりはないんだけど」
「……そこが怪しいと?」
「そ。俺もイヤミとは何度も敵対してきたけど、あいつは毎回裏を掻くような卑怯な手を用意してる」

おそ松の言葉には一理ある。カラ松の父もイヤミの卑怯な手には手を焼いていたし、まだ若造だった頃のカラ松も痛い目に遭ったことがあった。低い声で唸りながら顎に手を添え、カラ松は俯いた。おそ松は万年筆を回しながらカラ松の顔を見上げ、苦笑する。

「だからといって、大人数で乗り込むわけにもいかないだろ?」
「……不意を突かれた時に反撃や目晦ましが出来るように、手榴弾や煙玉は用意があるが」
「だな。でも地下牢は狭いよ?手榴弾は最後……逃げる時に使うしかないだろうね」
「……あぁ。敵じゃなくオレ達が怪我をしては話にならないからな」

カラ松が頷き、おそ松も深く頷き返す。水槽の中から一松が心配そうに見つめていることに気が付き、おそ松はへらりと笑みを浮かべた。

「心配してくれてんの?いちまっちゃーん」
「べ、別に……そういうわけじゃ…」
「おい、なんだその呼び方は」
「だってカラ松、一松のこと呼び捨てにしたら怒るじゃん。だからあだ名つけてあげたんだよ」
「勝手につけるな!馴れ馴れしいぞ」
「理不尽だなぁ、じゃあなんて呼べばいいんだよ」

カラ松に怒鳴られ、おそ松は唇を尖らせた。見るからに不機嫌になり睨み合いを始めた2人を交互に見て、一松は困ったように尾びれを大きく振る。水の中に渦が生まれ、一松はおずおずと硝子に手の平を押し当てた。おそ松をそっと見上げ、ゆっくりと薄い唇を開く。

「い、一松でいいから……お、おそ松…さん」
「ほんと!?ありがとねーいちまつぅー」
「……一松の優しさに感謝するんだな」

苦々しくそう呟いたカラ松におそ松が得意げな顔をした瞬間、船長室の扉をノックする音が鳴り響いた。カラ松が返事をすると扉が開き、入ってきたのはチョロ松だった。神妙な表情を浮かべていたチョロ松は、おそ松の目を見ると小さく頷く。

「イヤミの船が予定より早く戻りました」


×


イヤミの船は港の正面にある決まった場所に停泊する。それを知っていたチョロ松は船を正面から見えない位置へ移動させ、船員の数名を偵察に向かわせた。イヤミ本人はまだ船から降りてくる気配はなく、船員たちがせっせと荷下ろしを続けているらしい。おそ松とカラ松は武器の最終確認を行い、チョロ松は船に残っていた船員に指示して一松を海へ下ろした。チョロ松もボートを一隻用意し、地下牢に通じる場所まで一松とともに向かうことになっている。

「場所は分かるんだから、俺は一人でも平気なのに」

ボートに腰掛けてリボルバーを確認していたチョロ松を見上げ、一松はぼそりと呟く。チョロ松は弾の装填数を確認し、安全装置を戻して苦笑した。

「貴方に何かあれば私はカラ松に顔向けできませんよ」
「そんな、大袈裟だって」
「大袈裟なんかじゃありませんよ。それに、私だって貴方が怪我でもすれば心が痛みます」

チョロ松の静かな言葉に一松は大きく目を瞬かせる。首を傾げられ、気まずそうに視線を逸らして苦笑した。

「チョロ松って、突拍子もないこと言うよな」
「おや、そうですか?」
「でも、嬉しい。……おれのこと、ちゃんと護ってくれよ」
「えぇ、勿論です」

チョロ松が微笑み、一松も安堵の笑みを浮かべる。その時、船の上から船員がチョロ松の名を呼んだ。どうやらイヤミが動き出したらしい。チョロ松がふと港側に視線を移すと、おそ松とカラ松がタラップを駆け下りていた。2人も今から地下牢に乗り込むのだろう。

「……チョロ松」
「私たちも動きましょうか」

燃えるような夕陽が水平線の向こうに沈もうとしている。一松の紫の瞳が、太陽を強く睨みつける。飛沫を上げて海中へ潜った一松に先導され、チョロ松もボートを漕ぎ出した。波は凪いでいて穏やかであり、まるで嵐の前の静けさのようだ。一松も肌でそれを感じ取っているのか、時折顔を上げては険しい表情で周囲を見回す。チョロ松が漕ぐボートは十分程度で洞窟へと辿り着いた。チョロ松はボートを降りると、金属の杭にロープでしっかりと括り付ける。洞窟を覗き込めば内部は緩い下り坂になっており、太いポンプが海中から続いている。海水を吸い上げているポンプはきっとこれだろう。チョロ松がポンプの確認をしていると、海中に潜っていた一松が顔を覗かせる。

「吸引力が強いみたいだ。このまま入ると怪我するかもしれない」

困ったように一松は呟く。チョロ松は顎に手を添えて黙り込んでいたが、やがて洞窟へと一歩踏み込んだ。

「チョロ松?」
「中に調整できるバルブがあるかもしれません。探してくるので少し待っててください」
「……気をつけてね」

腰のホルスターから引き抜いたリボルバーを構え、チョロ松は薄く微笑んだ。理知的な瞳の中に好戦的な輝きが生まれる。

「ありがとう、一松」

その瞳を見て、一松はチョロ松も間違いなく海賊の一味なのだと再認識させられる。背筋が凍るほどの冷徹さの片鱗を見たような―――そんな錯覚に陥った。薄闇の中へ消えていく細い背中を見送り、一松は陽が沈んだ海に一人残される。肌寒い風が素肌に吹き付けても、その場所から動く気にはなれなかった。


continue...




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