深縹のアメジスト・ラブ<6>

※海賊カラ松×人魚一松


【 Episode 05 】

トド松は暗く深い海底である人物を探していた。深海を好む兄とは異なり明るい場所が好きなトド松は、余程のことがない限り深海には寄りつかない。しかし今回は話が別で、兄2人が行方を眩ますという非常事態だった。一松は書き置きを残していったとはいえ、連絡も届かないどころか周囲に気配すらない。トド松の能力は自分の周囲数十キロ圏内にいる者を探知できるものだが、その能力が効果を示さないのだ。十四松に関してはもう何日も音沙汰がない。情報も皆無に等しい状況だった。

「お願い……力を貸してください……」

トド松はそう囁くと、石が積み上げられた祭壇にそっと触れる。瞳を閉じて想いを強く念じると、トド松の周囲に大きな光の輪が生まれ、それはゆっくりと外側へ拡散していく。何度も輪が生まれては広がり、水圧で海藻や珊瑚が揺れる。辺りには深海魚の姿さえなく、トド松の力ない声だけが反響していた。繰り返していれば体力をどんどん消耗し、暫くすると意識に靄がかかってくる。組んでいた掌からも力が抜けていき、その内耐えきれなくなり意識を手離す―――その直前、誰かの声に名を呼ばれた気がした。

「っ、う…………」

次に目を覚ました時、トド松は見知らぬ宮殿にいた。先ほどまでの深海とは打って変わり、明るく豪奢なその場所に驚いていると、背後から声をかけられ飛び上るほど驚いた。

「トド松、」
「ッ!?だ、誰だッ!!」
「おっと、危ないな。……そんな物を隠し持っていたとは」

反射的に隠していたナイフ――石と貝で作った特別製だ――を構えて振り返ると、その手首はがっしりと相手に掴まれていた。強い力に一瞬怯んで相手の顔を見上げたところ、トド松は固まることとなる。

「あっ―――貴方、は……!!」

特殊な形の髪飾りに漆黒の長い髪、不敵に微笑む表情と引き締まった体躯。何よりも、手に携えた大きな三叉槍が彼が何者なのかを示す立派な証拠だった。

「オレのことを探していたのだろう?トド松」
「ポセイドン様…!」
「おや、そんな仰々しい呼び方をしなくてもいいぞ」
「で、でも……ポセイドン様は海の神で……」
「まぁ、形式上はな。オレ自身はそんなに拘っていない」

ポセイドンは微笑むとトド松の手を離し、精巧な細工が施された椅子に座るように促した。言われるがまま腰かけると疲労はないかと訊かれ、そういえば気を失ったはずなのに疲れていない上に鱗に剥げもなく、肌には傷一つないことに気付く。

「あ、大丈夫です。もしかして、ポセイドン様が……?」
「いや、オレじゃないさ」
「じゃあ誰が……」

尋ねようとした瞬間、部屋の中心に大きな渦が生まれ、激しく渦巻く。突然のことにトド松は悲鳴を上げるが、ポセイドンは気にも留めず落ち着き払っている。その内に渦は勢いを落とし、消えた場所には大きな二枚貝が鎮座していた。薄桃色のそれの周囲に粒子の細かい水泡が生まれたかと思うと、ゆっくりと貝が開く。その中から姿を現した人物に、これまたトド松は覚えがあった。

「アフロディーテ様!?」
「うん、傷の様子はいいみたいだね。顔色もすっかりいいみたい」

驚きっぱなしのトド松に構うことなく、アフロディーテは貝から出るとトド松をぎゅっと抱き締めた。先程から予想外の連続でキャパオーバー気味のトド松はえ!?なに!?と戸惑ってばかりだった。

「おい、離してやれアフロディーテ。トド松が卒倒しそうになっている」
「えー?ボクそっくりで可愛いんだからもっと触ってたいのにー」
「お前なぁ……」
「もう、しょうがないなぁ。……トド松、ほんとに大丈夫?気分悪くない?」
「は、はい、大丈夫です。あの、ボクを治療してくださったのは貴方ですか…?」
「そうだよ。ポセイドン兄さんにはこんな器用な真似できないからねー」
「あ、そうなんですね……うわー……アフロディーテ様、本当にボクそっくり……お美しい……」
「でしょでしょ?うふふ、ほら兄さん。トド松も喜んでる」
「……顔だけじゃなく、性格まで似た者同士か。話が進まないから離れてろ」
「あーん!兄さんったら乱暴ー!」
「優しくしてるだろ!」

痴話喧嘩のようなやり取りをしながらポセイドンがアフロディーテを引き剥がし、元いた貝の中に座らせる。大人しくちょこんと座る姿は、ポセイドンと同じ神なのにあどけなく映る。トド松とアフロディーテの顔や性格が似ていることは不思議だが、おそらく今は気にしている場合ではないだろう。

「話をしよう、トド松。お前がオレを探していたのは分かっている。あの祭壇は試しの場所でな……呼ばれたからといってすぐに出ていくわけにもいかないんだ。お前を試させてもらったことになる。すまないな」
「い、いえ、それは大丈夫です。ボクもさっき、ポセイドン様に刃を向けたりして……どうお詫びすればいいのか、」
「気にするな。驚かせたオレも悪かった」
「それで……あの、どうして……」
「お前の願いを聞く気になったのか、だろう?まぁオレ達も兄弟の絆というものを尊重しているからな。正直、見過ごせなかったということだ」

ポセイドンは相好を崩したように微笑み、アフロディーテはこの人ブラコンだからねぇと呆れたように笑う。神ということでもっと冷徹な印象を抱いていたが、少し安堵した。トド松は静かに瞳を閉じると、力を集中させて掌を前に押し出す。オーロラに似た光のカーテンが生まれると、そこに文字が浮かび上がっていく。それはトド松の記憶の中から呼び起こされたもので、数時間前に目にしたばかりの文章だ。アフロディーテはそれに手を翳して読み取ると、僅かに眉を動かした。

「随分と横柄な文章だ。これを書いた男は相当に低俗だね」

ポセイドンも同じように手を翳すと口元を不自然に歪めた。瞳の奥は笑っていない。

「最近海を荒らす輩がいるとは思っていたが―――海賊め、人間風情がいい度胸だ」
「……今朝、見つけた瓶に入っていた手紙です」
「意図してトド松の目に付く場所へ送ったのだろうな。まったく気分が悪い」

ポセイドンは重く息を吐くと、トド松の頭を労わるように撫でた。精神的な疲労を誤魔化せずに力なく笑ったトド松は、もう虚勢を張るのにも疲れてしまっていた。

「『黄金に輝きし鱗は我が手中に有り。取り戻したくば、その身を差し出し我が為の贄となれ』―――、」
「……トド松の身を捕らえ、不老不死の妙薬にでも使おうという魂胆なのだろうな。十四松のことも簡単に返すとは思えない。尤も、それさえも虚言かもしれない。……まったく以て、馬鹿げている」
「ほんと最低。人魚のこと、道具としか思ってないよ」
「トド松、長兄も行方不明なのだと言ったな。確か、名は一松だったか」
「ポセイドン様、兄をご存じなんですか?」
「……我が兄君に似ているものでな。特に……そう、物憂げな眼差しが」
「―――ポセイドン兄さん、」
「あぁ。分かっているさ」

窘めるようなアフロディーテの声に、ポセイドンは苦笑する。ゆったりと目を細めたポセイドンは、呪言のようなものを呟くと掌の上に丸い球体を作り出した。眩く発光していた球体はやがてその光を収束させ、半透明な姿を現した。仄かに青みがかった球体の中心には、何かぼんやりとしたものが見えるような気がした。

「これは……水晶、ですか?」
「よく知っているな、だが少し違う。これは……そうだな、とある力を秘めた宝珠だ」
「まぁ、キミの手助けになるキーアイテムってことだよ」
「トド松、お前にこれを託そう。お前やお前の周辺に危険が及んだ時や、敵が現れた時の手立てとなるだろう」

握り拳大だったそれは、ポセイドンが手を翳すと1センチ前後の大きさに縮まる。それをアフロディーテが首飾りに変えると、トド松の首へとつけた。

「あ、あの……ボク、どうすれば……」
「この宝珠があれば大丈夫。キミを護り、導いてくれるから」
「オレたち神々は直接人間に手出しできないが、こうしてお前達に力を貸すことならできる。海の平穏のために戦ってくれ、などとは言わない。お前は、お前自身の目的を果たす旅に出るがいい」
「そういうこと。……でも無敵になったわけじゃないからね。くれぐれも気を付けて」

ネックレスをつけ終わったアフロディーテはそう微笑むと、トド松をぎゅっと抱き締めた。別れを惜しむようなその抱擁に、自然とトド松の目にも涙が浮かぶ。それを眺めるポセイドンも柔和な表情を浮かべていた。アフロディーテが身体を離し、トド松に向かって手を翳すと細かい水泡が身体を包んだ。次第に視界がぼやけていき―――気がつけば、トド松は祭壇に横たわっていた。身体を起こし、胸元に手をやれば宝珠の触れる感触があった。夢ではなかったのだと呆然と思いながら、深海からゆっくり浮上していく。深海独特の重苦しい静寂から解放され、住処へと戻ってきたトド松は雪崩れるように自分の寝床へと倒れ込んだ。ネックレスに触れていると、不思議と気持ちが落ち着くようだった。疲労のせいかだんだんと目蓋が重くなっていき、トド松は目を閉じた。次に目を覚ました時には、此処をすぐ旅立つのだと想いを馳せながら。


continue...




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