深縹のアメジスト・ラブ<2>

※海賊カラ松×人魚一松


【 Episode 01 】

豪奢な海賊帽には真っ赤な糸で髑髏が施されている。その帽子を何度も指に引っ掛けては宙に飛ばしながら、男はニヤリと口角を上げた。

「いやぁー久しぶりだねえカラ松ぅ!元気してた?俺はもうビンビンよ!」
「……相変わらずだな、おそ松は」
「えーっ?久々だってんのにテンション低いなぁ。ノリ悪いぜぇ?」

遠慮なく肩を組んできたと思えば酒臭い呼気を吐きかけられ、カラ松は思わず顔を顰める。

「おい、まだ昼間だぞ。一体こんな時間から何杯飲んでるんだ」
「"もう"昼間の間違いだろぉ?えーっとねぇ…………何杯だっけ?忘れちった!」

てへっと額を叩きながらウインクを飛ばされても1ミリも心が動かない。それどころか寒気を覚えたカラ松は、強引におそ松の頬を押しやると向かいの席へどかりと腰かけた。そこへすらりとした長身の男が歩み寄ってくる。銀縁の眼鏡が理知的な印象の男は、おそ松を一瞥すると呆れたように息を吐いた。

「うちの馬鹿船長がすみませんね。キャプテン・カラマツ」
「君は―――あぁ、もしかしてチョロ松くんか?お初にお目にかかるな」

カラ松の問いに頷き、チョロ松はおそ松の隣に腰掛ける。おそ松の周囲に転がっていたグラスやビール瓶を押しやると、胸に抱いていた地図を広げてコンパスを開いた。

「こんな調子ですので私が代わりに話させて頂きますが、」
「えぇー?チョロちゃんにできっこないってぇー。俺が話すからさぁ」
「おそ松は黙ってろ。酔っ払いの話なぞ当てにならん」
「そうです。普段でさえ、酔ってるんだか酔ってないんだか分からないんですから」
「ひっでぇ!!なんだよぉ……船長拗ねちゃうんだからなぁー!!」

文句を言いながらグラスをカタカタ揺らすおそ松に溜め息を吐き、チョロ松は銀縁を指で押し上げた。切れ長の瞳がまっすぐにこちらを射抜く。一瞬、見定めるような視線に感じられたのは気のせいではないだろう。

「……仕切り直させてください。改めて、キャプテン・オソマツの専属航海士、チョロ松と申します。直接お会いするのは初めてでしたね」
「ああ。話には聞いていたよ、優秀な敏腕航海士がいると。正直こいつにはもったいないぐらいだな、チョロ松くん」
「お褒め頂き光栄です。ですが私のことは呼び捨てで構いませんよ」
「……それではチョロ松、詳しく話を聞きたい」
「ええ、勿論」

チョロ松は細い指で地図の左上にある小さな島を指差した。

「奴はこの島に潜んでいるという噂です」
「キャプテン・イヤミ―――あいつが、この島に?」
「そうです。確かあなたは……お父上の代から敵対しているとか」
「オレ自身としては、敵視しているつもりはない。あっちが勝手にそう思っているだけだ」
「成程。それにしても非常に厄介ですよ、あの人は」
「……それは嫌というほど分かっているさ」

キャプテン・イヤミ―――カラ松の父と並ぶほど有名な大海賊であり、世界一残忍な海賊と呼ばれる男だ。富と名誉の為であればどんな下衆な行為も厭わない。海賊の間には暗黙の掟が存在しているが、このイヤミという男には一切の掟が通用しない。交渉の道具として掟を引き合いに出そうものなら、それは死を受け入れたも同然だ。相手が何の罪もない一般人、ひいては女子供であろうとも容赦はしない。彼自身の手によって殺され、海の藻屑になってしまう。イヤミは政府から超級の指名手配を受けながら、七つの海のどこかにいるのだ。そして今先ほど手に入れた情報によると、カラ松が滞在している港町からそう離れていない孤島にイヤミはいるという。

「訳ありのようですね」
「あの男に関する噂を知っているか。―――人魚の」
「人魚、ですか。それは一体どのような……」
「チョロちゃんには話してないよ、カラ松。なんせ胸糞悪い話だからねえ。嫌がると思ってさ」

いつの間にか顔を上げていたおそ松は、遠い目をしながら窓の外を眺めやった。視線の先にある昼間の穏やかな波は、この話にはまったくそぐわない。チョロ松はそんなおそ松に視線を移し、瞳をすっと眇めた。

「それは、お心遣い感謝します。キャプテン」
「やだなぁチョロちゃん、嫌味っぽく言わないでよお。あっ、イヤミだけに?」
「「黙ってろ」」
「あでっ!」

カラ松とチョロ松から同時に鉄槌を食らっておそ松は沈み込むが、ものの数秒で復活した。ケロッと笑う表情が不気味で、カラ松の口元は思わず引き攣る。そんなカラ松をさっくり無視して、おそ松はチョロ松に笑いかけた。

「そんなに聞きたいなら言うけど。いいの?チョロ松」
「……いいよ、ここまで来たなら僕も気になる」
「そ。――-カラ松は知ってると思うけど、イヤミは法律で禁じられてる人魚殺しをしてる。それもただ殺すだけじゃない。人魚の血肉に不老不死や長寿の効果があるって噂、知ってるだろ?人魚の血肉は薬になるらしい。あいつはそれを闇市場で売り捌いてるんだ。それも、とんでもない高値でね」

チョロ松は一瞬だけ眉を顰めたが、窺うようなおそ松の表情にそのまま続けてと呟いた。

「俺自身、法律で禁止される前は知り合いの海賊から買い取って貴族に売りつけてた。食用じゃなく観賞用という名目で……実際には上辺だけだけどな。確実にとは言えないが、薬として使われたものが大半だったはずだ。……いくら困窮してたからって人魚たちには酷いことをしたと思ってるし、今は反省してる」
「……それは知ってるよ。……いいから続けて、僕は平気だから」

なおもチョロ松を気にかけるおそ松に、カラ松は意外な気持ちになる。いつも適当なおそ松がここまで相手を気を遣うのを初めて見たのだ。それにチョロ松もカラ松相手だと一人称は「私」だが、おそ松相手だと「僕」になるようだ。口調にも幼さが残っているように感じられ、実は随分と年下なのではと考えてしまったが、余計な詮索だった。カラ松は思考を振り払うように頭を振る。

「それで、黒い噂ってのはここから。人魚の鱗が珍しいのは知ってるだろ?あぁ、普通の鱗を剥がしても意味がない。自然に剥がれ落ちる鱗だけのことを指す。その中でも1000年に一度と言われるほど稀少な色は黄金―――ゴールドだ。どうやらその鱗を持つ人魚が見つかったらしい」
「……イヤミはそれを狙ってる?」
「ビンゴ。イヤミはその人魚をずっと追い続けていて、ついにそいつを見つけたらしいんだ。小さな群れで行動することが多いけど、その人魚は単独で行動してるらしい。格好の獲物だろ?―――そして、場所はちょうどこの孤島付近だ」
「なるほどな。だからイヤミはこんな島に潜んでいるというわけだ」
「決行日はもう近いらしい。流石の俺も今回ばかりは見逃せない……というか、そろそろ痛い目見てもらわないと気が済まないんだよね。だって腹立つだろ?なぁカラ松、どうだよ。久しぶりに俺と手を組まないか?」

おそ松は瞳をゆっくりと眇め、カラ松をじっと見つめる。獲物を射るようなその眼光に、しかしカラ松は怯まなかった。ゆっくりと地図を指でなぞり、イヤミがいる孤島で止める。沈黙が続く中、おそ松のグラスを取り上げて残っていたウイスキーを一気に煽った。ロックアイスのせいで随分と薄くなっていて、反射的に顔を顰めた。

「あーっ!俺のウイスキー!」
「さっきまで飲んでただろ。……悪いが少し考えさせてくれ。返事は明後日」

カラ松は立ち上がり、情報料の紙幣をチョロ松の目の前に置いた。悲鳴を上げるおそ松を無視して背を向ける。

「失礼する。また世話になるとは思うが」
「ええ、承知しました」
「ちょっとカラ松ぅー!待てってばぁ!」
「だだっ子ですか、貴方は」

おそ松とチョロ松の会話を耳にしながらカラ松は酒場を出る。昼の眩しい日差しに照らされ、潮風に海賊帽が揺れた。飛ばされないよう帽子を目深に被り直しつつ、外套を翻して自らの船へと戻る。イヤミの悪行に関しては随分前からエスカレートしているとは思っていたが、よもやこれほどだとは思いもしなかった。人魚の鱗は確かに高値で売れる。一度だけ知り合いの行商人に見せてもらったことがあるが、普通の人魚の鱗でも光の加減によって輝きが変わり、非常に魅惑的だった。悪趣味なイヤミのことだ、きっと人魚を捕らえれば拷問の限りを尽くして黄金の鱗を落とさせ続けるだろう。想像しただけでも身の毛がよだつ。カラ松が反吐が出るほど嫌うのは、イヤミの他に誰一人としていない。


×


港の宿屋で一晩休んだカラ松は、砂浜で一人考えに耽っていた。人魚に伝わる伝承が多くあることは知っていた。ローレライやセイレーンは美しい歌声で人々を魅了し、船を難破させてしまうという。一方で、アイルランドに伝わるメロウは嵐の前兆と恐れられながらも女のメロウが人間の男と結婚し、子供を産むこともあるという。ノルウェーに伝わるハルフゥも嵐や不漁の前兆とされるが、ハルフゥには予知能力があるとされ、子供のハルフゥを捕まえた漁師は予言を聞くことができるとも聞く。人魚を見たという情報はまことしやかに囁かれるのみで、カラ松自身はその姿を目にしたことはない。だが伝承を信じるとすれば、人魚が危険な存在であることには違いないだろう。

「……リスクは大きいが」

意思の疎通を図ることができれば哀れな人魚を救い、更にイヤミの目論見も潰すことができるだろう。父が散々屈辱を受けた相手だと思えば、カラ松はこれ以上イヤミの好き勝手にさせたくはない。それ以上に希少を鱗を持つというだけでその命を狙われる人魚を、種族の違いがあろうとも見捨てることはできなかった。


×


「ま、お前ならそう答えると思ったよ」

おそ松はカラ松の言葉を聞くなり、そう笑った。昨日と同じ酒場を訪れたカラ松は、おそ松へ了承の返答をした。隣に座るチョロ松も幾許か安心したような笑みを浮かべている。昨日あれだけ散乱していた酒類がない辺り、チョロ松に咎められたのだろう。おそ松は水を煽りながらにっかりと笑う。

「俺もイヤミの奴は気に入らねえしな。助かるぜ」
「戦力が増えて、私も安心しました。この人だけでは不安が伴いますから」
「はぁ!?チョロちゃんひどくない!?」
「酷くないです。それに、その呼び方はやめてくださいと言っているでしょう」
「えー?別にいいじゃん、チョロちゃあん」
「……殴りますよ?」

相変わらず、喧嘩するほど仲がいい。おそ松の方が随分とチョロ松に甘えているのがよく分かる。少し前まではカラ松と同じように一匹狼だったはずだが、纏う雰囲気も大きく変わったように思えた。肩を組もうとしてきたおそ松をチョロ松は思いっきり押し退けていたが。眉を顰めていたチョロ松はカラ松の方に向き直ると、一つ咳払いをする。

「……それでは出立ですが、食糧の調達や航海の準備はこちらで進めさせていただきます。来週を予定してますから、カラ松には船員の募集をお願いできますか」
「あぁ、構わない」
「ありがとうございます。後で条件などを伝えますね。それと、武器の手入れはどうしますか?幸い、腕の良い鍛冶屋を知っていますが」
「いや、結構だ。俺は自分で行う主義なんでね」
「……なるほど」

カラ松は武器の手入れを他人に任せることはしない。これは父からの教えの一つでもある。自分の命を守る武具を他人に預けるのは命を捨てたも同然という考えに基づく。手入れがまったく手間ではないわけではない。しかし決まったルーチンで怠らずに続けることで、やがて自分に返ってくるというのがカラ松の信条だ。

「あーっと。チョロちゃんには言ってたけど、俺はちょいと抜けるから」
「なんだ、下準備でもあるのか?」
「ん、まぁそんなとこかなー。航海日には戻ってくるから」

飄々と話すおそ松が何かを企んでいるのは明白だった。その企みの矛先がこちらに向かなければいいのだが、とカラ松は苦笑いを浮かべる。

「遅れたら置いていくからな」
「いやいや、俺が船長だかんね?」
「何を言ってる。オレに決まっているだろう」
「はー?なぁチョロ松ぅ、この場合ってどうなんの?」
「私に訊かないでください」

呆れた様子のチョロ松にピシャリと言い返され、おそ松はわざとらしく肩を落とした。


continue...




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