深縹のアメジスト・ラブ<1>

※海賊カラ松×人魚一松


【 Prologue 】

暗く深い海の底は人魚にとっては快適だった。人魚の一松は2人の弟と過ごすその小さな箱庭をいたく気に入っており、心の拠り所としていた。両親と生き別れてから随分と経つが、愛すべき弟たちがいることで心の均衡は保たれている。海中の世界は平和そのものだが、陸上には一松が見たことのない生物や人魚を攫う悪しき人間が跋扈している。一松は特に人間をひどく忌み嫌っていた。人間は人魚だけでなく陸上の生物や魚までもを襲ってくる。食物連鎖が生物界の掟であることは一松も理解している。しかし人間は生き長らえるためだけでなく、自分たちの欲望を満たすためにそういった行為を繰り返しているというのだ。一松がまだ幼い頃、父の言いつけを破って海上を覗いたことがある。その時、一松は船上にいた一人の人間と目が合った。その人間は老いた醜い顔の男で、一松を見つけた途端に表情を一変させて叫び声を上げた。

「人魚を見つけたぞ!捕まえてその血を抜いてしまえ!」

そこからの記憶は曖昧で、気がつけば一松は父によって連れ戻され、母には手酷く叱られた。あの日から一松は人間に対して並々ならぬ恐怖心を抱いて生きていた。今となっては肉親は弟たちだけだが、一松はそれを守るため生まれた場所を動くことなく、死ぬまでこの深海で生きていくのだと―――そう信じていた。


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海賊は自由気ままな生き物だ。盗みを働き、宴で踊り、女を抱いてはまた海へ繰り出す。カラ松は今夜も行きつけの港町の酒場で過ごしていた。豊満な身体を持つ踊り子の腰を抱き、幾度となく頬へキスを受けながらワイングラスを揺らして酒を煽る。カラ松の父はその名を知らぬ者はいない大海賊であった。カラ松もまた、そんな父の血を引いており、まだ20代という若さでありながら天才的な海賊として名を馳せている。カラ松が天才と謳われる理由の一つとして、父と同じく殺しはしないというものがあった。幼い頃より命を狙われることは日常茶飯事だったが、カラ松は命を何よりも尊重する性格だった。船を血で汚されることをひどく嫌い、血に塗れた船に乗ることは名誉ではないと考えたのだ。勿論、そんなカラ松や父を海賊として異端だと叫ぶ者も多くいた。しかしカラ松は幼き日、寂れた島の光景をいまだ忘れる事ができないのだ。そこに住む島民はみな疲弊し切った表情を浮かべていた。島の乗船場にある船はどれもひどく朽ち果て、旗さえもボロボロだった。嵐の後で汚れた浜辺には多くの海賊の晒し首が腐ったまま放置され、ひどい異臭を垂れ流している。島民の多くは数年前に襲ってきた海賊によって何の罪もない家族を奪われ、犯され、蹂躙の限りを尽くして殺された。大虐殺だった。

「私たちは神聖な人魚を護って生きてきた……それだけなのに……」

うわ言のように呟いた老婦人の頬は痩せこけ、肌は荒れ、髪はほとんど抜け落ちていた。感情が抜け落ちたその様子を見て言葉を失ったカラ松は、父に肩を掴まれてはっと我に返った。見上げた先の父はこんな状況だというのにひどく穏やかな顔をしていた。まるで昼間の凪いだ海のように。そして父は低く囁く。お前が海賊になりたいというなら止めはしない。だが殺しは一度すればもう真っ当な人間に戻れなくなる。生きながら化け物になるようなものだ、と。その日から、彼は『殺しをしない』という信念を貫いてきた。


continue...




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