融解熱

※R18


突き抜ける空は群青色で、燦々と降り注ぐ陽の光を浴びて真白い雲が眩しい。静雄はツゥ、とこめかみを伝う汗を手の甲で拭った。口から吐き出す呼気は乱れていて、心臓が激しく脈打つ。硬いコンクリートの地面に透明な汗が零れ落ちた。薄グレーのコンクリートは汗を吸収し、たちまちそれを蒸発させる。うだるような暑さが肌に纏わりつくのを感じ、静雄は深く息を吐き出した。顔を上げて周囲を見渡すが、ビルの屋上には人っ子一人見当たらない。見逃したか、と視線を落としかけて視界の隅に黒い影を捕える。真夏だというのにファー付きのコートを着た男が陽炎のように立っていた。隣ビルの外階段に立っていた男は静雄の視線に気付いたのか、その痩身をゆらめらせて開いていたドアから姿を消す。

「チッ……」

自然と舌打ちが零れた。静雄は爪先に力を込め、コンクリートの地面を蹴る。2メートル近く離れている隣のビルに飛び移れば、金属の外階段がガンッとけたたましい音を立てた。足の裏に衝撃から生じる鈍い痺れを感じつつ、静雄は開いていたドアから室内に入り込む。躊躇なく踏み入れた室内は廃墟同然の荒廃っぷりだ。誰の気配も感じられず、足元では金属やプラスチック片がバキバキと音を立てる。注意深く周囲の様子を伺いながら静雄はそのフロアを抜け、ドアを開けて廊下に移動する。長年使われていないらしく、空気の埃っぽさに静雄は眉を顰めた。廊下を抜けて広い部屋に出ると、そこには会議用なのか大きな机が置かれている。年季が入っていそうな木製の大机はそこまで劣化しておらず、脚に施された装飾も美しい。静雄が机を眺めていると、その背中に爽やかな声が投げかけられた。同時に、静雄の嗅覚を何かが刺激する。

「やぁシズちゃん。こんな寂れたビルまで追いかけてくるなんてね。でも、ここまで来たところで君は俺を捕まえられないよ。ご愁傷様」

匂いの正体を探ることも忘れ、静雄は金の髪を振り乱して振り返る。視線の先では、部屋の隅に置かれた立派な社長椅子に臨也が腰掛けていた。椅子に積もっていた埃は何かで拭ったらしい。少し劣化してはいるものの、黒光りする革張りの椅子は臨也によく似合っていた。すらりと伸びた脚を組んで、臨也は細い顎を僅かに持ち上げる。

「臨也ァ……」
「この廃ビルはね、俺が数年前まで取引していた企業のものだったんだ。金にがめつい脂ぎったおっさんが社長で、俺は得意先だったその社長に株の情報をたくさん提供してやった」
「……手前、なに勝手に喋っ―――」
「金にがめつかったけど、俺のことは気に言ってくれて随分と羽振りが良かったよ。高い酒やアクセサリーも何度も贈られてね。……だけど、株取引の才能は皆無だった」

静雄の言葉を遮って臨也は淡々と喋り続ける。怜悧な色を浮かべた、どこか退屈そうな瞳が静雄の方へ向けられる。紅玉に似た色の瞳は薄暗い部屋の中でその輝きを潜めていた。

「俺が懇切丁寧に教えた情報を上手く活用できなかった社長は、大きな賭けに失敗した。会社の運用資金を使って行った株取引に失敗して、とんでもない損失が生まれたんだ。……社長はその失敗の原因が俺にあると言い出した」

臨也はそこで言葉を切り、口角を持ち上げて微笑んだ。それは美しくも温度が感じられず、静雄は室内の温度が下がったような錯覚を覚える。しかし、ただ黙って話を聞いてやる義理はない。手近にあった木製の椅子を掴み、ゆっくり歩み寄りはじめる。臨也は立ち上がったり逃げる素振りを少しも見せない。

「酷い話だよね。俺はただ信用できる情報を教えてやっただけなのに。社長は失敗を俺のせいにしようとしたどころか、俺を手籠めにしようとした。俺のことを高く買っていたから、利用できると思ったんだろうね。……本当に、愚かで愛しい人間だったよ」

臨也は恍惚とした表情で呟くと、眼前にまで近寄ってきた静雄を座ったまま見上げる。静雄が落とす影を浴びて黒く染まった臨也の姿は影そのものだ。その影が、ニタリと不気味にその唇を歪める。その瞬間―――臨也は手にしていた"何か"を静雄の背後に放り投げた。

「―――ッ!?」

"何か"が綺麗な弧を描いて落下したのは大机の下だった。コン、と絨毯の上に落下した瞬間に勢いよく炎が燃え広がる。その異常な勢いに目を瞠った静雄の鼻孔を、ガソリン臭が刺激した。

「手前ッ…!」
「俺のことを臭い臭いって言う割に、随分と気付くのが遅かったねぇ」

臨也はそう言いながら椅子から立ち上がり、静雄が伸ばした手をすり抜けて跳び退る。炎の中に落ちているライターを一瞥し、端に置いてあったポリタンクを蹴り飛ばした。元はガソリンが入っていたであろうポリタンクは中身が空になっているのか、場にそぐわない軽快な音を立てて転がっていく。

「自慢の嗅覚が鈍くなったのかな?シズちゃん」
「抜かせ…!手前こそ、真夏にキャンプファイヤーでもやろうってのかァ!?」
「キャンプファイヤー?やだなぁ、そんなんじゃないよ」

臨也は不思議そうに目を見開き、それから心底おかしそうに笑いはじめる。耳障りな笑い声に静雄が眉根を寄せても構うことなく、燃え盛る赤い炎を愛しげに見つめた。

「火葬に決まってるじゃないか。もちろんシズちゃん……君のね」

うっそりと微笑んだ臨也の瞳は炎を受けて煌々と光り輝いていた。悦楽の滲んだ瞳はそのまま静雄へと向けられる。気が狂いそうな熱に包まれているというのに、その瞳を目にした静雄の背筋には悪寒が走った。神経を震わせるような嫌な予感が過ぎった瞬間、部屋の奥で何かが爆発する音が響く。静雄は反射的に目蓋を瞑り、巻き起こった爆風を堪えた。そうして再び瞳を開けた時には―――臨也の姿は見当たらない。静雄は雄叫びにも似た怒声を上げるが、それに応えるのは炎が燃え盛るパチパチという音だけだ。静雄も次第に迫り来る熱気と炎の勢いに耐えられず後退る。臨也が既にビル内に居ないと結論付けると、業火の間を縫って走り出した。服や髪を炎が焦がしていく感覚が不快で、目に沁みる煙に自然と涙が滲む。視界がぼやける中でなんとか廊下を走り抜け、静雄は外階段を駆け上がった。ようやく屋上へ辿り着くと、臨也は給水塔の上に座っている。端に座り、足を宙に投げ出してゆらゆらと揺らしていた。静雄がやって来たことに気が付くと、その瞳を僅かに眇める。

「火葬は失敗かな」
「俺を燃やしたいなら拘束でもしてみろよ。まぁ手前には出来やしねぇだろうがなァ……」

静雄は込み上げる怒りを押し殺しながらコンクリートの地面を踏み締める。炎の熱を帯びている身体は、直射日光に晒されて今にも燃え上がりそうだった。発汗機能が壊れたように全身の毛穴から絶え間なく汗が流れ落ちていく。焦げたシャツが肌に纏わりつく感触が不快だった。暑さと不快感から静雄の表情は豪鬼のように歪んでいく。しかし臨也はそんな静雄を涼しい表情で見つめ続けた。静雄が給水塔を上りきっても、ナイフを取り出すことも何かを手にすることもない。

「炎で燃えなくても、せめて一酸化炭素中毒にはなってほしかったよ。一般的に、火災での死因は焼死よりも一酸化炭素中毒の割合が高い。いくら外からの攻撃に耐性があっても、煙や毒ガスには耐性がないと思ったんだけど……どうやら甘かったみたいだね」

給水塔の上、静雄は臨也までの距離を着実に一歩ずつ埋めていく。しかし臨也は涼しい表情を崩さぬまま一人で語り続けた。臨戦態勢を取る様子もなく、静雄の中の警戒ゲージは静かに高まっていく。

「……君を拘束するのは難しいだろうし……猛獣用の毒薬でも飲ませられれば話は別だけど。麻酔銃や毒矢も君の無駄に頑丈な皮膚には歯が立たないだろうし、困ったものだよ」
「……諦めがいいじゃねえか。よし、そのままじっとしてろ。ここで手前の頭かち割ってやる」

静雄は地を這うような声で言い、手の関節をバキバキと鳴らす。臨也との距離は一メートルにまで縮まっていた。静雄は手を伸ばして眼前にある小さな頭を掴もうとする。しかし、それは臨也の言葉によって強引に遮られた。

「ねぇシズちゃん、ここの社長はどうなったと思う?」
「あァ!?」
「さっきまで話していたじゃないか。もう忘れちゃったの?」

嘲るような言葉の響きに苛立ちが加速し、静雄の手が怒りで震える。しかし、見上げてくる臨也の視線の強さに折れた静雄はゆっくり手を下ろした。

「手前が一方的に喋りくさってただけだろうが……」
「俺を嵌めようとした哀れな社長はね、俺を攫ったんだよ」
「―――は?」
「このビルには社長や数人の幹部しか知らない地下部屋がある。俺はそこに監禁されたんだ」

薄紅色の唇から紡がれた声の響きはぞっとするほど平坦だ。表情には変わらず薄い笑みが浮かんでいるというのに、声とのアンバランスさに眩暈がしそうだった。静雄は胸の奥に不快感が湧き上がってくる感覚を覚える。

「監禁だぁ…?お前がかよ」
「闇討ちだったんだ。俺だって人間だ、隙を突かれれば攫われることもあるさ」

胸に広がる不快感はやがて疑念へと変わっていく。学生時代から危険なことに頭を突っ込んでいる臨也だが、ヤクザや半グレ集団と絡んでいながらそんな目に遭ったことは一度もないはずだ。そんな男が一企業の社長に監禁されるはずがない。静雄に奇襲を仕掛けることもあれど、臨也自身も幾度となく危険な目に遭っている。しかし、それらを容易に切り抜けているからこそ今があるはずだ。

「手前、わざと捕まったんだろ」

静雄の指摘に臨也はそれまで浮かべていた笑みをスッと消す。表情が抜け落ちた能面のような表情で立ち上がり、一歩踏み外せば落ちてしまうビルの縁をゆっくり歩き出す。平均台の上を歩いているかのように余裕のある足取りだが、熱を含んだ風が吹けばその痩身は揺らぐ。

「さぁ、どうだろうね」
「手前がそう簡単に捕まるようなヘマするかよ。どうせ自分を監禁している人間を観察したいとか、そんな気が狂った考えだろ。どうせその社長も手前の監禁には失敗したはずだ。そして逃げ出した手前はその社長を殺した。そんな所か?臨也くんよぉ」
「大外れだ」

臨也は静雄に背を向けたまま短く呟き、風に煽られながら振り返った。無表情の上に作り物めいた笑みを貼り付けて、真っ直ぐに静雄の方へ歩み寄る。段差の上に立っても10センチある身長差が埋まることはなく、臨也は静雄を見上げる形にしかならない。静雄は臨也を見下ろしたまま、自分の答えが否定されたことへの苛立ちを露わにする。

「手前の監禁に失敗したのは事実だろ…ッ!」
「そうだとしても、社長を殺したのは俺じゃない」
「じゃあ誰だ、暗殺集団にでも依頼したか―――」
「いや?ここから飛び降りたのさ」

何の躊躇いもなく告げられた言葉に静雄は目を見開く。臨也の胸倉を掴むと、ぐっと顔を寄せて赤い瞳を覗き込む。赤い瞳には炎の中で見た輝きは微塵も浮かんでおらず、貼り付けられた笑みは能面めいていて不気味だ。

「手前が唆したんじゃねえのか」
「違うよ。俺の監禁に失敗した一週間後、彼は一人でここから飛び降りた。監禁されてから俺は一度も彼に会いに行っていなかった。だから彼が死んだ瞬間を見てはいない」

臨也の瞳はただの一度も揺らがなかった。真っ直ぐに突き刺さる視線が痛いほどで、静雄は重い溜め息を吐く。胸倉を離そうとして、自分がいとも簡単に臨也を突き落せる状態であることに気が付いた。臨也もまた静雄の考えを読み取ったのか、浮かべている笑みを深くする。猫のように柔らかく目を細め、細い腕をすんなりと伸ばした。じんわりと熱を孕んだ臨也の手が静雄の汚れた頬に触れる。

「あつい」

ぽつりと一言呟いた臨也の手は、静雄の頬から首筋に滑り降りる。静雄の肌はどこもかしこも汗でじっとりと濡れているにも関わらず、臨也は表情一つ動かさなかった。あついね、シズちゃん。すごくあつい。まるで譫言のようにそう繰り返す臨也の声は感情を感じ取らせない。静雄は好き勝手に触られることに我慢の限界を迎え、臨也の胸倉を掴んでいた手を離した。ここで手を離したところで臨也は落ちやしない―――落ちたとしてもパルクールでどうにかするだろう―――と思ったからだ。しかし、静雄の手が離れた瞬間に臨也の細い身体はぐにゃりと傾いた。まるで支えの全てを失ったかのように身体が揺れ、空中へと投げ出されていく。その間は一秒にも満たなかっただろうが、静雄の瞳には全てがスローで映った。壮絶なほど美しい笑みを浮かべた臨也は、静かに瞳を眇める。眩い太陽の光を浴びてルビー色の瞳がギラリと輝き、艶のある黒髪が熱風を孕んで揺れた。

「い、ざ―――ッ…!」

臨也の身体が宙に投げ出されることはない。強く腕を掴まれ、静雄の腕の中に引き込まれていたからだ。静雄は息を呑んで腕の中の臨也を見下ろしていたが、対する臨也は醒めきった表情で静雄を一瞥する。

「翼なんてないんだよ、人間には」
「……何、言って」
「馬鹿だよねぇ。飛べると思ったのかなぁ。それとも自由になれると思ったのかなぁ。俺は高い所が好きだけど、飛んでみたいと思ったことは一度もない。罪を自覚しているのに自由を求めるなんて、烏滸がましいとは思わないかい?」

臨也は静雄の手を振り払って歩き出す。風に吹かれても揺らぐことなく、先刻までの不安定な歩みが嘘のようだった。言葉を失っている静雄をチラリと見遣り、歪んだ笑みを浮かべる。形の良い唇がいびつに歪んでいく様は、怪物と呼ぶのが相応しいだろう。

「なら手前はどんな死因がお望みだよ」
「俺は死にたくないよ。まだまだ生きて人間を観察したい」
「……俺を勝手に火葬にしようとしてそれはねぇだろ」

静雄は臨也を追って歩き出し、追いついた臨也の手首が軋むほど強く掴んだ。痛みに顔を顰める臨也の顔を覗き込む。挑戦的な視線を受け、静雄の口からは再び重い溜め息が零れた。

「手前だって数えきれないほど罪を重ねてるはずだ。一瞬で死ねるような楽な死に方は許されねぇに決まってる」
「だから俺を落とさなかったの?」
「……苦しんで苦しんで、苦しみ抜いて死ぬべきだ」
「へぇ」

臨也の揶揄を含んだ問いには答えず、静雄は簡潔な言葉を述べる。臨也は呆れたように眉根を下げ、それから視線をコンクリートの地面に落とした。強烈な紫外線の照り返しがきついのか、浮かべたままの笑顔に僅かな疲労が窺える。ファーコートから覗く臨也の白い肌はすっかり上気していた。こめかみから透明な汗が流れ落ちるのを静雄は呆然と眺める。そうしていると、次第に脳が茹だるような錯覚に襲われた。暑さのせいでまともな思考力が失われている自覚がある。臨也を落とさなかった理由も、今こうやって問われていることの意味も―――何もかも冷静に考えられるだけの余裕は残っていない。だから、口を突いた言葉の意味も自分自身で理解していなかった。静雄の脳裏に過ぎったのは、譫言のようにあついと呟いていた臨也の姿。

「あつい……」
「え?」
「……なら、同じでいいじゃねーか」
「シズちゃん……なに言ってるの?」

要領を得ない静雄の答えに臨也は怪訝そうに首を捻った。静雄は臨也が意味を理解できないことが理解できなかったようで、焦れったそうに舌打ちを落とす。苛立ちのままに掴んでいた手首を引き寄せる。息がかかるほどの距離に顔を近付けて、低い声で囁いた。

「俺が燃やしてやる」

臨也は僅かに目を瞠る。信じられないものを見るような眼差しで静雄の顔を見つめた。

「―――は…?」

意図せず零れ落ちた声は明らかに静雄の言動を疑っていた。気でも違えたのか、と言いたげな表情で臨也は静雄を見上げる。しかし、その表情もすぐに苦笑へと変わった。

「ははっ、冗談やめてよ。……手、離して」
「嫌だ」
「なんで?シズちゃんだってあついでしょ 」
「……手前はあついのが嫌いなんだよな?なら、手前が嫌がるその方法で―――俺が燃やしてやる。そのまま、溶けちまえばいいんだ」
「は…?」

臨也は静雄の言葉が理解できないとばかりに笑みを引き攣らせた。静雄の腕から逃れようと細い身体を捩るが、静雄の腕がそれを許さない。静雄は臨也を半ば引きずるようにして歩き出す。ビルの陰に入るなり、臨也の身体はざらついたモルタルの壁に押し付けられた。腕を壁に縫い付けられ、動けなくなったところに静雄の影が落ちてくる。日陰になっているとはいえ、高い温度は大して変わったよう思えない。視界が黒く染まったと思えば、次の瞬間には強引に唇を重ねられていた。身体同士は密着していないというのに、唇や周囲の空気から感じられる熱が異様なまでに熱い。角度を変えて何度も重ねているうちに、口づけはどんどん深くなっていく。静雄は臨也の腕を掴んでいた手を離し、肩へと移動させた。そのまま強く引き寄せると、臨也の唇から熱い吐息が漏れる。

「は、ぁ……、っ」

静雄はいつの間にか臨也を抱き締めるように腕を回していた。臨也の呼吸を奪うような口づけを繰り返す。互いの唾液を交換しながら貪っていると、やがて臨也も静雄に応えはじめた。夢中になって舌先を絡め合う度に熱が高まっていく。ざらりと舌先が擦れ合うと臨也の腰がびくりと震え、静雄はそれに気を良くして笑みを浮かべる。

「あついか?」
「……あつ、い」

唇を離して笑った静雄に臨也は短い答えを返す。臨也の赤い瞳は熱によって潤み、キャンディーのように蕩けていた。静雄の顔を見上げながら、臨也はぼんやりと考える。このままだと本当に暑さで死んでしまうかもしれない。もし二人一緒に溶けてしまったら、どうなってしまうのだろう。火葬で灰が混ざり合うように、液体も混ざり合ってしまうのだろうか。今こうして別の独立した個体と生きているのに、人間の自分と化け物の静雄が混ざり合う―――?

「……ねぇシズちゃん」
「なんだよ」

じりじりとした日差しが臨也の白い肌を灼いていく。脳が熱気によって煮えたぎってぐらついた。獣のようにぎらつく鳶色の瞳が見下ろしてくるのを感じながら、臨也は唇を開く。

「俺は君に殺されるなんて御免だ」

明確な拒絶の言葉を聞いても静雄は表情一つ動かさなかった。無表情のまま小さく頷き、そうかと呟く。聞き分けのいい静雄の態度に違和感を覚えていると、再び静雄の顔が近付いてきた。臨也は伸ばした手で静雄の肩を強く押しやり、眉根を寄せた。やめろと肩を押し退けても静雄は引こうとしない。やはり暑さで気が狂っているのか、と思いながら臨也は静雄を見上げた。しかし静雄は熱に浮かされた様子もなく、静かに臨也を見下ろして口を開く。ポタリ、と静雄のこめかみから流れ落ちた一筋の汗が臨也の黒いコートへ吸い込まれていった。

「俺は―――手前の考えてることなんざ分からねぇし分かりたくもねぇ。分かる必要もない。だから別に知りたいとは思わねぇ。興味がないからな。でも、これだけは言えるぜ。……手前に俺は殺せねえ」
「………、…」

静雄は言い含めるように囁いた。臨也は開きかけた口を噤んで、視線を下へ落としていく。顎のラインを伝い、薄汚れたコンクリートに汗がポタポタと零れ落ちていった。吸い込まれて消えていく汗のように、自らの存在が綺麗に消えることはない。溶けた後には液体が、燃えた後には灰が残る。立つ鳥跡を濁さずとは言ったものだが、鳥であっても完全に痕跡を消すことは出来ない。臨也はそう理解していた。

「臨也、もう諦めろよ。お前だって分かってるんだろ」
「俺は、君を殺す」
「手前には無理だ」
「無理じゃな―――」

臨也は静雄の言葉を否定するべく、肩を押し返す手に力を込める。しかし、その手はいとも簡単に掴まれてしまう。静雄は臨也の手首を掴み、強引に距離を詰めた。サングラスの奥で鳶色の瞳は黄金に輝いている。臨也は静雄の瞳から目を逸らすことが出来ず、身体を動かせなくなった。静雄は再び臨也の唇を奪う。今度は最初から深く、息継ぎをする暇すらも与えなかった。

「ん、んッーーー…!」

激しく唇を貪られ、臨也は息苦しさにくぐもった声で喘ぐ。しかし静雄は臨也を解放しようとはしない。酸素を求めて開いた唇の隙間から肉厚な舌が入り込んでくる。舌先に歯列をなぞられ、ざらりと上顎を撫でられれば臨也の背筋にゾクリと痺れが走った。反射的に腰が引け、逃げようとする臨也の後頭部を静雄の大きな手の平が押さえつける。逃さないようにしながら、何度も角度を変えては唇を重ねた。やがて呼吸が限界に達し、ようやく解放された時には臨也は完全に逆上せてしまっていた。大きく胸を上下させながら荒い呼吸を繰り返す臨也を見て、静雄は満足そうに唇を吊り上げる。臨也は潤んだ瞳に憎しみを滾らせて静雄を睨み上げた。

「俺は、君のことが大嫌いだ…!」

静雄はどこか嬉しげに微笑み、臨也の髪を優しく撫でた。慈しむような指の動きは状況に相応しくなく、臨也の背筋には悪寒に似た震えが走る。臨也は込み上げる不快感に顔を背けた。

「あぁ、それでいい。俺も、手前を好きだなんて言わねぇよ。俺もお前も互いに殺したいほど嫌い合ってる。簡単なことだ。どうせいつかは終わる関係だ」
「……終わり、なんて……」

臨也の言葉尻は次第に小さくなり、消える。二人の間に長い沈黙が落ち、遠くから蝉の鳴き声だけが鳴り響いていた。静雄は何かを言いかけようと唇を開いたが、結局再び口を噤んだ。臨也の腕を掴んでコンクリートの地面に引き倒し、その顔を覗き込む。

「俺が殺してやる」

太陽に背を向けたまま、静雄は凶悪に微笑んだ。肉食獣さながらの表情には形容し難い気迫があり、鳶色の瞳には昏い翳りが浮かんでいる。本能的に全身の毛が逆立つ感覚に襲われ、臨也は抵抗することを忘れた。臨也が呆然としている間に、静雄は臨也のコートを脱がしてベルトに手をかける。ジッパーを引き下ろす音で我に返った臨也は、静雄の手を止めようと腕を伸ばす。しかし、静雄は抜き取ったベルトで臨也の両手を頭上で一纏めにした。臨也は当然暴れるが、暴れれば暴れるほど薄い皮膚に硬いベルトが食い込んでいく。痛みに顔を顰めると、静雄はそれを揶揄するように嗤った。

「諦めの悪い奴だな。黙って俺に殺されろよ、ノミ蟲野郎」
「……誰が、君なんかに…ッ!」

射殺しそうな視線を受けても静雄は余裕を崩すことなく、尻ポケットから財布を取り出した。そして中から手の平に収まるサイズのパッケージを取り出す。それはパウチローションで、何に使うのかなど考えるまでもなかった。臨也の顔から血の気が引いていく。静雄は本気で自分を犯すつもりだ。いくらなんでも、こんな場所で行為に及ぶなんて酔狂にも程がある。臨也は必死になって暴れたが、体格の差は歴然としていた。両手の自由を奪われ、下半身も動かせない状態ではろくな抵抗も出来ない。臨也は何度も身を捩って逃れようとしたが、それは全て無駄に終わった。

「離せッ!こんなこと、許されるわけが……」
「手前が許そうが許さまいが関係ねえ」
「ッ、…!」

頭上に影が落ちてきて、臨也の唇は強引に奪われる。乱暴に口腔内を蹂躙され、粘性のある唾液を流し込まれた。口の端からだらりと透明な雫が流れ落ちていくが、それを拭うことも当然のように認められない。熱い舌先で歯茎の裏を舐められ、臨也の全身から力が抜けていく。抵抗する意志を削ごうとするかのように、静雄の手がシャツの上から臨也の胸を撫でる。布越しに乳首を摘ままれ、臨也は目を見開いた。目の縁に浮かんでいた涙が滑らかな肌を伝っていく。静雄はそれを無遠慮にベロリと舐め取って眉を顰める。

「しょっぱい」

ぼそりと呟かれた言葉に臨也はカッと頬を紅潮させる。拘束されたままでは、コートの中に仕込んでいるナイフを手にすることも出来はしない。悔しさと不甲斐なさに薄い唇を強く噛み締めると、じわりと鮮血が滲んだ。静雄は臨也の悔しそうな表情を嘲笑うように口角を引き上げ、再び指先で臨也の乳首を摘む。

「あ、ぁ……っん、ゃ、あァ……ッ!」

静雄の太い指が何度も突起を押し潰し、捏ね回していく。シャツの上から舐められ、強く吸い上げられれば腰が浮き上がった。散々弄られたそこは敏感になっていき、少し触れられただけでもジンとした疼きが生まれていく。執拗にぐりぐりと捏ね回され、強すぎる快感にぎゅっと目を瞑った。それでも快感を逃すことは叶わず、臨也の身体には熱が蓄積されていく。身体の奥底から快楽を喚び起こそうととするかのような愛撫から逃れようと身体を捻るが、当然のように拘束は外れない。それどころか、今度は無防備だった首筋に歯を立てられた。急所である首筋に触れられることへ無意識下で恐怖が湧き上がり、ひくりと喉が震える。柔らかな感触を楽しむような甘噛み程度で、皮膚を食い破られるようなことはなかった。しかし、たったそれだけの刺激にも臨也の身体は反応してしまう。静雄は耳朶に熱い吐息を吹き込むように囁きを落とす。

「臨也」

鼓膜を震わせる低い声には、隠しようもない情欲の色が滲んでいた。その瞬間、臨也の身体を何かが貫いた。今まで感じたことのない感覚に、臨也は隠しきれない戸惑いを覚える。まるで心臓を直接握り込まれているようだ。鼓動がドクドクと速まり、呼吸が乱れて視界がじわりと潤んでいく。

「満更でもなさそうだなぁ…?」
「ちが……ぁ、あ……ッ……」
「このまま溶けちまえよ」
「やっ、ぁ……!」

否定の言葉は言葉にならなかった。薄い皮膚に歯を立てていた静雄は、臨也の首筋から鎖骨にかけて口づけを落としていく。時折強く吸い上げられ、白い皮膚には花弁のような鬱血痕が生まれていった。静雄は臨也のシャツを捲り上げ、露わになった胸に顔を寄せる。熱くぬめった舌にべろりと舐め上げられ、敏感になった乳首は硬く尖っていく。ほぼ同時に下腹部が熱くなる感覚を覚え、臨也は反射的に膝を閉じようとした。しかし、それは逆効果だったらしい。無理矢理足を割り開かれ、スラックスを脱がされる。先走りが滲んでいる下着をずり下げられて、無防備に晒された性器に静雄の指が絡みついた。直接的な刺激を与えられ、臨也の唇からは鼻にかかった甘い喘ぎが漏れる。静雄の手淫によって完全に勃ち上がった性器の先端から透明な蜜が零れていった。それを潤滑油にし、静雄は容赦なく性器を扱き上げる。親指で裏筋を擦られ、鈴口をに爪を立てられれば電流のようなものが背筋を駆け抜けた。これまで経験したことのない未知の快感に臨也の理性は蕩けていく。静雄は臨也の性器を扱きながら、もう片方の手で再び胸に触れる。すっかり芯を持ち、赤くなった乳首を爪で引っ掻かれると堪らなかった。静雄の手中で、臨也の性器はドクドクと脈動を繰り返す。限界寸前まで追い込まれても静雄は手を離してくれない。

「ぁ、あっ! も、出ちゃ……ぁああッ!」

臨也は耐えきれずに身を捩り、大きく背中を仰け反らせた。勢いよく精液を吐き出すと同時に、目の前が弾けるようにホワイトアウトする。絶頂を迎えている最中も、静雄は臨也の性器を離そうとしない。最後の一滴までも搾り取るように根元から先端へとゆっくり扱かれ、ゾクゾクと快感が這い上がってくる。達したばかりの身体に与えられるには過ぎた快感に臨也は身悶えた。ようやく解放された時には息も絶え絶えで、ぐったりと荒い呼吸を繰り返すことしかできない。全身が燃えるように熱く、比喩ではなく溶けてしまうのではないかと錯覚する。脳髄がぐらぐらと煮えたぎるような感覚に囚われたまま、力なく視線を上げた。その視線の先に居た静雄は、薄い胸を激しく上下させる臨也を黙って見下ろす。表情は静かだが、サングラスの奥の瞳は熱を帯びてギラギラと輝いていた。静雄は臨也の両足首をがしりと掴み、そのまま足を左右に大きく開かせる。ぬめる感触とともに後孔へ異物が侵入し、臨也は大きく瞳を見開いた。先ほど臨也が出した精液の滑りを借り、押し入ってきた中指はぐっぷりと付け根まで埋まる。ぐるりと内部を探るように動かされ、臨也の腰が大きく揺れた。思わず漏れそうになった声を抑えるために、咄嵯に手の甲で口を覆う。静雄は何度も抜き差しを繰り返し、一本だった指はやがてもう一本増やされた。狭い内壁を押し拡げるように二本の指で掻き混ぜられ、粘ついた水音が聴覚を刺激する。三本目の指が埋め込まれた辺りで、臨也の身体に変化が現れはじめた。最初は違和感しか覚えなかったはずなのに、いつしか身体の奥底で快楽の火種が燻っている。静雄が指を動かすたびに、焦れったいほど微弱な電流が背筋を這い上がってきた。

「ゃ、だ……ぁ、あっ、ん……ッ!」

臨也は必死になって首を振ったが、静雄は容赦しなかった。臨也の反応を見ながら的確に弱点を探し当てると、そこばかりを狙って攻め立てる。指の腹で内壁を擦られるたび、どうしようもなく甘い痺れが広がっていった。意思とは関係なくキュウキュウと収縮を繰り返し、静雄の指を締め付ける。三本の指で奥まった部分を拡げられ、臨也の唇からは悲鳴じみた嬌声が上がった。快感に追い立てられて限界が近付く最中―――体内を埋めていた圧迫感が不意に消えた。代わりにひやりとした外気を感じたかと思うと、両脚を抱え上げられる。何をされるかを悟って身を硬くした臨也だったが、制止の声を上げる前に猛ったものを突き立てられた。

「あ、ぁ―――ッ!……、っは……」

想像以上の衝撃に臨也は赤い瞳を大きく見開いた。無意識の内に全身に力が入ってしまう。狭い入り口を抉じ開けようとする性器を内壁がキツく食い縛ってしまった。しかし、強引に貫かれたことで結合部は広がり、半ば以上を飲み込んでしまう。まだ解されていない部分にまで性器が届き、臨也は掠れた声で叫んだ。だが、苦痛を上回る圧倒的な快楽の前には抗えない。息苦しさに耐えながら見上げると、額に汗を浮かべた静雄の顔があった。自分を見下ろす男の表情に余裕の色は欠片も見当たらない。獣じみた荒々しい息遣いが耳元に落ちてきて、臨也の体温は上昇していく。いつの間にか苦痛は消え去り、身体の奥底に燻る熱も増大していった。

「シズちゃ……、ッ!?」

震える両手を伸ばして太い首に回そうとしたとき、静雄は突然動きはじめた。半分ほど埋め込まれていた性器が一気に奥まで突き入れられる。臨也は衝撃に言葉を失い、大きく目を見開く。呆然と荒い呼吸を繰り返していると、静雄がゆっくり顔を覗き込んでくる。ぽた、と頬に落ちてきた汗は驚くほどに熱い。サングラスの奥、ギラリと輝く鳶色の瞳に射抜かれて内壁が呼応するように引き絞られる。静雄は締め付けに歯を食い縛り、苦しげな笑みを浮かべて顔を寄せた。赤く染まった臨也の耳朶に吹き込むような囁きを落とす。

「覚悟しろよ」
「ひ―――ァ、あぁっ……!」

臨也の返事を待たずに静雄は激しい抽挿を繰り返す。締め付けの強い隘路を削るような抜き差しに、自然と嬌声が零れていくのを止められない。角度を変え、深さを変え、何度も何度も繰り返し穿たれる。臨也は我を忘れたように喘ぎ悶えた。眩暈がするほど甘ったるい声が漏れていることを自覚しながらも、全身が震えるような快感に抗えない。臨也が感じれば感じるだけ静雄も興奮し、突き上げは更に激しくなっていく。何も考えられなくなった臨也は夢中で静雄に縋りつき、ひたすら与えられる悦楽を貪った。やがて、静雄の性器が最奥まで突き入れられる。臨也は堪えきれず達してしまい、同時に体内に熱い飛沫を感じた。絶頂に達した臨也は痙攣を抑えられるわけもなく、ただ必死に呼吸を繰り返すことしかできない。しかし、余韻に浸る間もなく静雄の性器が引き抜かれていく。内壁はまるで名残惜しむように吸い付きながら離れ、聞くに堪えない水音が響いた。ぽっかりと赤い内壁が露わになり、奥からは泡立った精液が溢れ出る。コンクリートに流れ落ちたすっかり泡立っており、情交の激しさを示していた。その光景を目の当たりにした静雄は、ごくりと喉を鳴らして唾を嚥下する。

「―――臨也」

掠れた声で名を呼ばれたと思うや否や、再び静雄の性器が挿入された。臨也は衝撃に全身を戦慄かせ、目を白黒させる。静雄の放った精液でしとどに濡れそぼっていた内部は、容易く性器を迎え入れた。射精したばかりだというのに、静雄の性器は硬度を保ったままだ。静雄は臨也の両膝の裏に手を入れ、ぐっと左右に割り開く。臨也は慌てて足を閉じようとしたが、静雄はそれを許さない。そのまま腰を持ち上げられ、真上から串刺しにするようにして挿入してくる。静雄が腰を落とすたびに、淫猥な水音が響いた。体重をかけながら奥深くまで侵入され、内臓を押し上げられて圧迫感を覚えた。しかしそれも最初だけで、抽挿を繰り返される内に快楽の方が上回りはじめる。カリで内壁を削るように抉られ、的確に前立腺を押し潰されると唇からはあられもない嬌声が零れ落ちた。まともな思考力など既に残っておらず、臨也の身体はただ貪欲に静雄から与えられる快感を享受するほかない。

「ん、っ……は、ぁア……ん、ぅあっ……」
「は……ッ、気持ちよさそうだなァ…?」
「ッ、ちが……おれ、は……こ、んな、ァ、あッ…!」
「何してんだよ」
「、ッ…!」

静雄の指摘を受けて口元を押さえようとした手は、あっさりと捕らえられてしまった。声を抑えることすら許されないまま、呼吸とともに唇を奪われる。肉厚な舌を捻じ込まれ、口腔内が蹂躙されていく。頭の中まで掻き乱されるような口づけに臨也の意識は酩酊を極めていった。

「全部聞かせろよ。抑えていいなんて言ってねーぞ」
「や、ッ……なん、で…ぁ、ァ…ん、ぅっ……」
「手前に拒否権なんてねえ」

口づけの合間に落とされる低い囁きは恫喝めいている。手を掴まれ、あられもない体勢で好き放題に弄ばれても、静雄から逃れることは叶わない。意識すればするほど身体は敏感に反応してしまい、臨也の意志に反して性器を締め付けてしまう。貪欲に快楽を得ようとしている身体は、もはや自分のものではないようだ。破壊しか知らない静雄の手によって自らの身体が作り変えられている―――それを恐ろしく思いながらも、臨也は悦楽の波に抗えず溺れていく。もう何度目になるか分からない射精を迎え、臨也は再び絶頂に達した。それと寸分違わぬタイミングで、静雄も臨也の中で果てる。胎内に熱い飛沫を感じ、やがてじんわりとした温かさが広がっていく。形容し難い感覚にぞくぞくと総毛立つ感覚を覚え、臨也はぎゅっと強く目を瞑った。やがて萎えた性器を抜かれ、ごぽりという水音が響き渡る。目を瞑ったままでも後孔から白濁液が零れ落ちる淫靡な光景が思い浮かんでしまい、臨也は嫌悪感から更にきつく瞳を閉じた。生温かい液体が内股を伝う感覚にすら、肌が粟立つ。

「―――まだ終わってねえぞ」

ようやく終わったと思ったのも束の間、悪魔のような囁きが耳朶に落とされた。臨也は固く瞑っていた瞳を大きく見開き、呆然と静雄を見上げる。静雄は獣のように真っ赤な舌で唇を舐め、細い腕を強く掴んだ。骨が軋む痛みに悲鳴を上げる暇も与えられず、今度は四つん這いの姿勢を取らされる。高く掲げさせられた尻に熱を感じたと思った瞬間、ぬかるんだ後孔に性器が挿入された。一気に最奥まで貫かれ、臨也は衝撃と強すぎる快感にはくはくと唇を震わせる。もう嫌だと泣き叫んでも静雄は止めてくれなかった。激しすぎる律動に地面へ爪を立てると、綺麗に整えられた桜色の爪がガリガリと削れていく。静雄はそれを見下ろし、密かに凶悪な笑みを浮かべる。まるで美しい人形が壊されていくのを愉しむように、サングラスの奥の瞳がうっそりと細められた。

「手前を殺すのは、俺だ」


end.




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