C'est comme si le destin.<1>

※カラマトゥ×イッチー・カーラ×イチマトゥ


【 Prologue 】

月が綺麗な夜だった。静謐な夜の空気を吸い込み、カラマトゥは弟が眠る広間の扉を押し開く。ギギ…と鈍い音が鳴り響き、窓から月光が差し込む場所に大きな棺が横たわっていた。蓋の上半分には繊細な銀細工が施され、ヴァンパイアはその銀細工に触れただけで重度の火傷を負う。忌むべき銀が装飾されたその中に眠るのがヴァンパイアというのは、実に皮肉でしかない。

「イチ、」

棺に近づき腰をかがめ、囁くように名を呼んだ。返事はないが、耳を澄ませば穏やかな呼吸音が微かに聞こえる。この棺には数百年、カラマトゥの弟が閉じ込められている。愛する弟の名はイチマトゥ。何度声をかけても返事がないため意識の有無すら分からないが、それでもカラマトゥは飽きることなく棺の下部分に腰かけ、今日もイチマトゥと『会話』を交わす。

「実に月が美しい夜だよ。そこからでは……見えないかもしれないな。雲一つなく澄み切った満天の夜空に浮かび上がる月がぞっとするほど綺麗だ。空気も澄んでいて、今日は森の動物たちも大人しい。イチの大好きな猫は、先ほど住処へと帰っていったようだ。仔猫が生まれたばかりみたいでな、一度目にしたが非常に愛らしい。お前が虜になる気持ちも分かってしまうな」

座ったままマントの裾を戯れに翻すと埃が舞い上がるが、カラマトゥは気にも留めない。足元には子鼠が這い回り、天井からは蜘蛛が垂れ下がってくるのを払い除ける。

「……今日はジュウシマトゥとトドマトゥが町へ出かけたようでな。町娘にとても可愛い子を見つけたのだとはしゃいでいたよ。スレンダーなのに胸が大きいのだと話していた。この姿ではなかなか町へ下りられないが、たまにああして羽目を外しているのを見ると微笑ましくなってしまうな」

棺の木目を指先で撫で、慈しむように囁く。

「お前も、一緒に遊びたいよなぁ」

意識があれば、イチマトゥは今にも泣きそうな表情を浮かべているに違いない。拳を強く握り締め、唇を噛み締め……瞳を涙で潤ませながらカラマトゥを睨み上げるだろう。当たり前だ!と怒鳴りつけてくるだろうか。それとも、無言のままに悔し涙を浮かべるだろうか。思わず唇から零れ落ちそうになった言葉をカラマトゥは寸前で飲み込む。この言葉ばかりは―――灰になろうとも決して口にしないと戒めていたはずだ。抑えきれない衝動と溢れ出しそうな感情で、息が詰まりそうだった。誤魔化すようにカラマトゥは唾液を嚥下する。そういえば今日は弟たちにひどい悪戯をされたのだと明るく話し出す。無理矢理貼りつけた笑顔が今にも引き攣りそうだった。

「……それでな、トドが―――…ッ!?」

それは、突然だった。窓の外をゴゥッと強風が吹き荒れ、割れそうなほどに屋敷の窓を揺らしたかと思うと、小刻みな震動が身体に伝わってくる。カラマトゥが違和感を口にするよりも早く、棺の隙間部分から眩い光が漏れ出した。咄嗟に飛び退き、銀細工に触れた指先が焼けるのも構わずにカラマトゥは棺の蓋を掴む。どうにかして抉じ開けようと躍起になるが、数百年開くことのなかった蓋は無慈悲にも微動だにしない。

「イチ!イチ!中で何が起こってる!?イチ!!」
「カラマトゥ兄さん!?どうし……それ、何が起きてっ…」
「チョロマトゥ、危険だから下がれ!先にオソマトゥを呼んできてくれ!イチが…ッ!!」
「兄さんちょっと待って!棺が―――」

騒ぎを聞きつけ、駆け寄ってきそうな三男を制止して叫ぶ。そうしてカラマトゥが再度振り返った時には―――棺から光は消え、中から絶えず聴こえていたイチマトゥの呼吸も気配も、まるで最初から存在していなかったように消え失せていた。


continue...




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