独占禁止法

※F6トド松×F6カラ松


自室に戻ると、侵入者がいた。

「……おい、何してんだ」
「あぁ、カラ松兄さん帰ってたんだね。お帰りなさい」
「―――いや、そうじゃないだろ。なんでお前がオレの部屋にいるんだ」

広い部屋の奥、開け放ったクローゼットの前に立っているのはトド松だ。オレが声をかければ返事は返すものの、こちらを振り向く気配はない。その様子に深い溜息を吐いたオレは、大股で歩み寄って後ろからクローゼットを覗き込んだ。引き出しまで全て開けられ、その中は見るも無惨に荒らされている。犯人は言わずもがな、トド松だろう。

「何をしてる」
「んー…?探しもの?」

何をだと口を開きかけた瞬間、急に振り向いたトド松に頭突きを食らいそうになって間一髪で避ける。オレには突拍子もないことばかりする弟が3人ほどいるが、その中でもこいつだけは頭一つ突き抜けている。大きな瞳をきゅるんと潤ませ、オレを見下ろしている今も、何を考えているのかさっぱり分からない。

「ッ、あぶねーだろ!急に振り向くな!!」
「んもう、カラ松兄さんがボクの後ろに立ってるからでしょ」
「俺の後ろに立つなってか!?お前はどっかの狙撃手かよ」
「え?ボクはキューティーフェアリー。狙撃手なんてコワいヒトじゃないよ?」

ほら可愛いでしょ?とばかりにウインクを決めるトド松の後ろ手には、布のようなものが握られている。それを目敏く見つけたオレは、トド松の隙を突いてそれを奪い取った。

「あっ!」
「これ、オレのネクタイだろ」

髑髏の刺繍が入った、オレお気に入りの物だ。普段からよく好んで身に着けているが、何故トド松が持っているのか分からない。お前もこれを着けたいのか?と尋ねると、トド松は不機嫌そうに頬をぷくっと膨らませた。内心ガッカリしながらも、違うのかと判断したオレはボリボリと頭を掻いた。トド松が何を探しているのか、加えてどうして不機嫌なのか見当もつかない。もう一度クローゼットに視線を戻すと、インナーやジャケットがかけてある部分は然程荒らされていない。ひっくり返されたのかというほどぐちゃぐちゃなのは、その下の引き出しの中だった。引き出しの中身はネクタイやガーターベルトなどのアクセサリーばかりだ。

「お前、さっきから何を探してん……あっ、オイ!」

トド松はオレが持っていたネクタイを奪い返すと、それをぎゅっと握り締めた。男の強い握力によって皺ができていくそれを、オレは呆然と眺めることしかできなかった。普段なら間髪入れずに怒鳴りつけているところだが、トド松の様子は明らかにおかしい。オレは大きく息を吐き出すと、俯いたまま顔を上げないトド松の頭をポンと軽く叩いた。身長差のせいで見上げる形になるのが悔しいが、どうした?とできるだけ優しい声で問いかける。

「―――そんなに、このネクタイが好き…?」

ようやく絞り出された声は震えていて、その内容にオレは目を見開く。質問の意図が読めず、オレが素直に肯定するとトド松はまた数拍黙り込む。やはりネクタイが原因なのかと頭を捻ると、トド松はネクタイを握る手を緩めた。ごめんなさいと呟きながら差し出してくる様子を見るに、反省自体はしているようだった。仔猫のように潤んだ瞳を目にすれば責める気にもなれず、オレはトド松の細い指を掴んで近くのソファーに座らせる。受け取ったネクタイはすっかり皺になっているが、アイロンをかければどうにかなるだろう。気に入りの品だが、特注品というわけでもない。

「お前がそんなに怒るなんて、オレが何かしたか?」

ソファーに座ってもなお、俯いたままのトド松の髪をそっと梳く。丁寧に手入れされた髪はサラサラと指通りが良く、こんな時なのに気が緩んでしまいそうだ。暫く黙り込んでいたトド松はゆっくりと顔を上げ、オレの顔をじっと見上げた。

「ねぇ、カラ松兄さん」
「あ?」
「ボクが去年の誕生日にあげたもの、覚えてる?」
「……え、」
「―――覚えて、ないの?」

今にも泣きそうに顔を歪ませたトド松に慌て、オレは去年の記憶を手繰り寄せた。おそ松からは腕時計、チョロ松からは有名トレーナーの肉体改造指南書を貰った。一松は珍しい民族細工の御守り、十四松はルームフレグランスをくれたはずだ。そしてトド松から貰ったのは、細長い箱に入った―――

「ネクタイだろ」
「!覚えて……たん、だ……」

大きく目を見開いたトド松に苦笑し、オレはその隣にどさりと腰掛ける。可愛い妖精が機嫌を損ねていた理由に行き当たり、オレは頬が緩むのを抑えきれなかった。オレはその滑らかな頬を撫で、使っていないからか拗ねてたのか?と囁く。トド松は一瞬悔しそうに顔を歪めたが、やがて素直に首を縦に振った。

「クラスの女の子が、話してるのをたまたま聞いて……。その、好きな人がプレゼントしたものを使ってくれないって。だからもう別れちゃうんじゃないかって……すごく、不安だって言ってて、」
「―――お前はそれを聞いて、オレが別れたがってると思ったのか?」
「そこまでは、思ってないけど……。でも、おそ松兄さんの腕時計と一松兄さんの御守りは学校に着けていってるし、十四松兄さんのルームフレグランスも部屋で使ってるし……チョロ松兄さんの本は分からないけど、多分トレーニングで使ってるんでしょう?」

なんでボクのだけ…と言いたげな瞳に、オレは立ち上がると本棚から数冊の雑誌を取り出した。それは全て仕事で取材を受けたものばかりだ。基本的にはF6全員で受ける場合が多いが、ここにあるものはオレが単独取材を受けたもののみ。それはトド松が普段読まないようなパンクファッション誌やビルドアップ専門誌ばかりだ。

「なに、これ」
「オレが単独取材を受けてる雑誌だ」
「……それが、何の関係……」
「いいから読め。ほら、折り目つけてるページがあるだろ」

納得いかないと言いたげな表情でトド松はパンクファッション誌を手に取り、適当にページを開く。しかし書いてある内容がいまいち頭に入らないようで、折り目のついたオレの取材ページへ飛ばした。ページを開けば最初に飛び込んでくるのはオレの撮り下ろし写真だ。パンクファッションに身を包んだオレの写真を眺め、トド松の視線はその胸元で止まる。写真の中でゴテゴテなパンクファッションに身を包んだオレ。その胸元にあるネクタイだけは、場違いなほどシックで上品だ。髑髏のネクタイピンで誤魔化してはいるが、一目見れば分かってしまうほどに。

「カラ松、兄さん…!」

先程までの表情が嘘のように破顔したトド松は、オレの胸にぎゅっと抱き着いてくる。頭を擦り寄せてくるその愛らしさに嘆息し、オレは重い口を開いた。冷静を装ってはいたが、気恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだった。

「だから教えたくなかったんだ」
「どうして?ボクは使ってくれて嬉しいよ」
「……お前が良くても、オレが無理だ」
「恥ずかしいってこと?」
「…………」

これ以上言わせるなと無言で圧を掛けるが、身体を離したトド松は不思議そうに首を傾げる。

「そんなことはいいんだ。……お前を不安にさせちまったのは事実だしな。すまなかった」
「ううん、ボクもクローゼットぐちゃぐちゃにしちゃったし。メイドさんにも謝らなきゃね」

散乱したクローゼットを横目に、トド松は苦笑した。その表情を眺めながら、自分があげたものだけをトド松が使ってくれなかったらどうだろうとぼんやり思う。トド松はオレや兄弟、ファンからのプレゼントを使うことに躊躇などないし、オレが去年あげたネックレスも毎日制服の中につけてくれている。もしそれが急に途絶えたら―――オレでもきっと不安になるだろう。

「―――兄さん?どうしたの?」

急に背中へ額を寄せてきたおれを不思議に思ったのだろう、トド松は甘い声でオレの名を呼んだ。砂糖よりもずっと甘い、その声に誘われるようにオレはトド松の腰へ手を回す。しなやかで細い腰を抱き寄せれば、くすぐったそうにトド松は笑った。鈴を転がすような軽やかな笑い声は耳に心地いい。

「兄さんたら、いつから甘えん坊になっちゃったの?」
「……さぁな」
「ボクはね、兄さん。いつものかっこいい兄さんが好きだよ」

トド松の言葉に、オレは弾かれるように寄せていた額を離した。振り向いたトド松の表情は少しだけ不満げで、非難されたわけではないのかと気がつく。僅かに乱れてしまったオレの前髪を撫でつけ、トド松は頬に触れるだけのキスを寄せた。マシュマロのような柔らかい感触が一瞬だけ触れ、すぐに離れていく。名残惜しさを感じて見上げると、トド松は困ったように眉根を寄せる。

「……でも、今みたいな可愛い兄さんも好きだよ。だって、ボクだけが独り占めできるでしょ?」
「―――相変わらず、強欲な奴だな」

愛らしい表情に見合わない、欲を隠しもしない台詞にオレは口元を歪ませた。あのキューティフェアリーがオレをも凌ぐ肉食獣だなんて、一体誰が予想できるだろうか。そしてトド松がオレを独占するように、オレもトド松を独占しているのだ。その事実だけで、オレは頬が緩むのを抑えられない。

「ふふっ。でも可愛いでしょ?クセになっちゃうくらい」

伸びてきた長い腕に強く引き寄せられ、オレはトド松を見上げた。大きな瞳がゆっくりと細められ、桜色のくちびるがうっそりと弧を描く。妖艶なほどの色気に当てられ、頭がくらくらする感覚に陥った。

「……あぁ。可愛くて仕方ないさ、オレのハニー」

オレはもうとっくに、お前だけのものだよ。


end.




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