I won't tell you.

※来神時代 ※年賀文


冬といえば炬燵。炬燵といえば蜜柑。だからといって、どうして蜜柑を大量に持った高校生男子3人が押し掛けてきて、大きくもない炬燵に4人で入る羽目になるんだ?俺にも理解できるように、誰か説明してほしい。平和島静雄は理解不能な悩みに痛む頭を抱えていた。

「わーい!炬燵だー!」
「炬燵なんて久しぶりだよ」
「あぁ、俺もだ」

三者三様の反応を返したのは順に臨也、新羅、門田だ。臨也は先陣を切って静雄の部屋に入って炬燵を占拠した。べたりと天板に顔を押し付け、勝手知ったるなんとやら状態だ。新羅と門田は最初こそ臨也ほど騒いでいなかったが、今となっては真剣に蜜柑を検分しはじめている。蜜柑を手にした新羅は、小さいのが甘いらしいよと門田に耳打ちをしていた。大真面目にするようなことか、と突っ込みたいのを静雄はぐっと堪える。

「お前ら……」
「なぁにシズちゃん?早く入ればいいのに」
「話を聞け。手前に勧められるまでもなく、ここは俺の部屋だ。……というか、そもそもまだスイッチ入れてねぇぞ」
「え!?嘘っ!?」

静雄の言葉に臨也は目を丸くして炬燵のスイッチを探しはじめる。場所を教えていないので探すのには時間がかかるだろう。炬燵に潜り込んだ臨也は黒い頭頂部だけになり、ようやく静かになった。それに安堵し、静雄は視線を他の2人へと向ける。

「……おい、初詣の帰りになんで俺ん家で炬燵に入ってるんだ?」
「え?だって静雄の家が神社から一番近かったし」
「それもあるが、婆さんから大量に蜜柑貰っちまったしな。あいにく分ける袋もなかったし。お前のお袋さんも寄っていっていいって言ってくれたしな」
「……まぁ、そうだけどよ。危ねぇ運転してたチャリから婆さんを守った門田は凄かったけど」

静雄が言うと門田は珍しく照れたように苦笑した。4人が神社を出た瞬間、目の前を横切ったのはふらつきながら自転車を運転する中年の男だった。男からは酒の匂いがしたので、すぐさま静雄がふん捕まえて交番に突き出した。新年早々、とんでもない奴がいたものだと思う。しかし、助けたお婆さんから家で採れたという蜜柑をビニール袋いっぱいに貰うとは誰も予想できなかった。どうやら孫がいないらしく、心底嬉しそうな年寄りを前に辞退できる静雄たちではなかった。有り難く貰ったものの分ける手段がなく、結局最寄りだった静雄の家に来た次第だ。

「ねー、スイッチ見つかんないんだけどー」

スイッチを探しきれなかったらしい臨也が、頬を紅潮させたまま炬燵から顔を出した。髪はすっかり乱れてボサボサだ。クラスの女子が見たら悲鳴を上げるだろう。

「そもそも、臨也が炬燵入ってみたいとか言い出したのが発端じゃないの?」
「発端って言い方はひどくないー?新羅」
「そうだな。臨也が炬燵に入りたいと駄々を捏ねたのが原因だ」
「ドタチンまでそんな言い方するー?仕方ないじゃん。俺、炬燵は初体験なんだからさぁ」
「初体験ってお前……」
「やだぁシズちゃん、初体験から何を連想したわけ?やらしー」

変な物言いに静雄が思わず反応すると、臨也は口元を意地悪く歪めて笑った。わざとらしく口元に手を当てて、門田にしな垂れかかりながら。同じ男のくせに婀娜っぽい所作が妙に似合うのは、無駄に整った綺麗な顔のせいだ。煽られて頭に血が上り、静雄は顔面に熱を集中していくのを感じた。静雄が拳を握り締めたのを見て、門田は慌てて肩を掴んでくる。

「し、静雄、ここはお前の部屋だ。抑えてくれ。天板が割れそうだぞ…!」
「……大丈夫だ、いくら俺でも自分の部屋をぶっ壊したりしねえ」
「でも静雄、小学生の時に冷蔵庫持ち上げようとして壊してたよね。あの時は失敗して骨折もしてたっけ。いやー懐かしいなぁ」

余計なことを言うな、と静雄は新羅を睨む。へらへらと笑いながら肩を竦める新羅は少しも懲りた様子はない。冷蔵庫の話を初耳だった門田は青くなり、静雄の肩を掴んだまま揺らしはじめる。そんなに怯えなくても、2回も家の冷蔵庫を壊したりはしない。中の食材や氷まで駄目になった上、高額な入院費と治療費に両親が泣いていた苦い思い出しかないのだから。

「あー!スイッチ見つけた!」

静雄たちが話している間に再び炬燵に潜り込んでいた臨也は、やっとスイッチを見つけたらしい。パチッとスイッチを押すと、ニコニコしながら座り直して今度は新羅にくっついて座る。寒がりだからなのか、やたらと門田や新羅にひっついてばかりなのが妙に静雄の気に障った。

「おい臨也、勝手に押すんじゃねえよ」
「だってスイッチ押さないとあったまらないじゃん。シズちゃんのケチ」
「アァ!?誰がケチ……」
「お、暖かくなってきたな」
「やっぱり炬燵は良いねぇ。流石は古式ゆかしい日本の文化だ」

静雄の反論は新羅と門田の穏やかな声を聞いて失速した。立ち尽くしたままの静雄の手を引っ張ったのは門田だ。自分と臨也の間の空いたスペースを指差して、座るように促されては断りきれない。静雄が座布団に座って足を伸ばすと、たちまち下半身は暖かな空気に包まれる。

「……まぁ気持ちいいのは否定しねえけどよ」
「でしょー!」
「なんでお前が得意げなんだよ、臨也……」
「まぁまぁ。でもいいなぁ炬燵、まったくもって感慨無量だよ」
「一回入ったら抜け出せないよな」

それも否定はしない。静雄自身、炬燵に入っている時は母や幽に呼ばれてもなかなか出られた試しがなかった。何度か炬燵で寝てしまい、母には何度も叱られたことがある。

「あー本当に羨ましいよ。炬燵いいなぁ、炬燵ラブ!!」
「炬燵ぐらいでうるせえな」
「シズちゃんは毎日入ってるんでしょ?だから炬燵の素晴らしさが分からないんだよ!この贅沢者…!」

怒ったような口調とは裏腹に、臨也はやけにハイテンションだ。伸ばした足をばたつかせるせいで、ただでさえ狭い炬燵の中は圧迫される。臨也を叱るのも面倒になり、静雄は炬燵の中で胡坐を掻く。新羅と門田が蜜柑の検分を再開した時だった。部屋の外からスリッパの足音が聞こえて、静雄は振り向く。ガチャリとドアノブが回されて、開いた扉の隙間から顔を覗かせたのは弟の幽だった。

「兄さん」
「あぁ、幽か。ただいま」
「おかえりなさい。……随分と賑やかだね」

幽はそう言って部屋の中を見回し、軽く頭を下げる。片手には4人分の湯呑が乗った盆を持っている。どうやら母に言われて持ってきたらしい。静雄が立ち上がって盆ごと受け取ると、後ろから門田が幽に声を掛ける。

「悪いな幽くん。勉強の邪魔だったか?」
「こんにちは。いえ、僕も今帰ってきたばかりです」
「いつもごめんねー」
「お気になさらず。ごゆっくりしていってください」

新羅にもそう言うと、幽は扉を閉めて去っていった。それを黙って見送りながら、臨也がどこか感嘆したような口調で相変わらずだねと呟く。

「何がだよ」
「幽くん。すごい無表情だなーと思って」
「無表情?どこがだよ?笑ってたじゃねえか」

静雄の言葉に臨也は僅かに顔を引き攣らせる。大仰な反応に静雄は眉を顰めるが、新羅と門田まで曖昧な表情を浮かべていた。

「いや、それこそどこが……?」
「見りゃ分かるだろ」
「いやいや、それは挟山超海ってもんだよ。静雄」
「きょう……は?なんだよ、それ」
「幽くんの表情変化は小さすぎて、君やご家族じゃないと分からないんだ」

新発覚した事実に静雄は目を丸くする。幽くんはポーカーフェイスね、と近所のおばさんに言われることは少なくなかった。その度に静雄は首を傾げていたが、そんな理由があったとは思いもしなかった。ここ数年間抱いていた疑問がようやく解消された気がする。

「それにしても、幽くんに蜜柑あげれば良かったね」
「……そうだな」

蜜柑を咀嚼しながら新羅と門田が呟く。臨也は自分で蜜柑の皮を剥かずに門田に強請っていたが、あっさりと断られて撃沈した。静雄がそれを鼻で笑うと、不貞腐れた臨也はようやく自分で皮を剥きはじめる。最初から自分でやれ、と静雄は呆れかえった。


×


「……こたつ、ラブ……」

ふわふわとした暖かい空間で臨也は柔らかい布団に包まれていた。どこまでもぬくぬくと穏やかな世界で、つるりとした天板の滑らかさと僅かな冷たさが心地いい。どこまでも快適で、一生ここで暮らせと言われても最高だと思った。

「おい、臨也」
「……こ、たつ…」
「おい!いい加減に起きろ」

臨也を現実に引き戻したのは静雄の声だった。軽く襟首を引っ張られて首が締まり、起きた瞬間に臨也は咳き込む羽目になる。

「ちょっとシズちゃん、俺と炬燵の幸せを阻まないでよ!嫉妬してるの!?」
「……俺から炬燵を奪おうとする手前に嫉妬するだろうな」
「し、シズちゃん……俺から炬燵を奪うつもり……?」
「いつから手前のもんになったんだよ。あぁ、そういえばお前が寝こけてる間に新羅と門田は帰ったぞ」
「え、なんで!?」

静雄の言葉に臨也はがばりと身を起こす。目を丸く見開く臨也を見下ろしながら、静雄はガリガリと頭を掻いた。

「知らねーよ。連れて帰れって言ったのに手前だけ置いていきやがった」
「ひ、ひどすぎる……狼の群れに子羊を送り込むような真似をするなんて……」
「あァ?誰が子羊だって?」
「シズちゃんは野獣じゃないか。か弱い俺なんていたいけな子羊だよ」
「―――仮に俺が野獣だとして、手前なんか襲う気にならねえよ。モヤシみてーに細い身体なんて論外だ」
「普通は先に性別が問題に上がるんじゃないの?シズちゃんってもしかしてホ…」
「その減らず口、どうにかなんねーのか」
「どうにかなっていれば俺たちは不毛な喧嘩をしていないだろうね」

臨也がにっこりと微笑むと、静雄はこめかみに血管を浮き上がらせる。天板の上に散らばっていた蜜柑の皮を拾い上げると、指先で摘んだ。臨也が首を傾げた瞬間に静雄は思いきり皮を押し潰す。臨也は慌てて顔を逸らすが、僅かに果汁が目に入って悶絶する羽目になる。

「……ッ!」

臨也は声にならない声を上げ、目元を抑えて柔らかな絨毯に倒れ込む。涙で滲んだ視界の端に、薄ら笑いを浮かべる静雄が映る。涙が止まらない臨也の顔を至近距離で覗き込み、ざまぁみろと酷薄に静雄は笑った。

「そうやって泣いてると随分と可愛く見える気がするぜ」
「―――悪趣味…」

生理的な涙は止めたくても止まらない。臨也は目元を必死に学ランの袖口で拭うが、粗い生地は悪戯に皮膚を傷つけるだけだ。臨也が二重の痛みに肩を震わせていると、何を考えているのか静雄が手を伸ばしてきた。こんなことをした張本人のくせに、あんまり擦るなよと言い出す始末だ。その態度が癪に障り、臨也は伸ばされた手を払い除ける。バチンといい音が鳴って一瞬肝が冷えたが、静雄は別段怒った様子もなく臨也をじっと見つめた。

「何だよ」
「いや?本当に可愛げのねえ奴だと思ってよ」
「さっきは俺のこと可愛いって言ったじゃん」
「可愛く見える気がする、って言っただけだ。ただの気のせいだったな」
「……なにそれ……」

(―――素直に手を取っていれば良かったと言うのか。俺のことを悪魔だ詐欺師だと言う割に、君だってかなりいい根性をしているじゃないか)

臨也の中に急激に怒りが込み上げ、涙を拭くのも億劫になって立ち上がる。滲む視界のせいで身体がふらつくが、伸ばされた静雄の手を再び臨也は払い除けた。

「触らないで」

臨也がピシャリと吐き捨てると、静雄はゆっくりと手を引っ込める。はっきりと表情は視認できなかったが、変な顔をしているのは雰囲気で分かった。いつものように怒ればいいのに、何故か怒らないのも気に食わない。化け物である静雄が自分を哀むたびに惨めでどうしようもない気持ちになる。そんなことを静雄はきっと理解していないし、この先も理解することはないだろう。相容れない存在同士、それが自分たちのはずだ。そんなことは出逢った時から判りきっていたはずなのに。止まりかけていた涙が再び溢れてきて、臨也は扉まで歩きながら学ランの袖で乱暴に目元を拭う。粘膜付近の薄い皮膚がヒリヒリと痛むが、そんな些末なことは最早どうでもよかった。

「臨也、」
「……うっさい、話しかけんな。もう帰る」
「待てって!」
「うるさい」

(この期に及んで引き留めるなんてどんな嫌がらせだ。さっさと帰ってやる)

苛立った臨也がダッフルコートを羽織り、歩みを速めた瞬間だった。不意に腕を掴まれ、後ろに引っ張られる。咄嗟のことにぐらりとバランスを崩し、抗いきれなかった臨也は後方に倒れ込む。炬燵の天板に後頭部を打ち付けることを予期して臨也は反射的に目を瞑ってしまうが、背中に訪れたのは痛みでも衝撃でもなかった。

「―――危ねえだろ」

耳元で囁かれた低い声に臨也の肩がびくりと震えた。背中に感じるのは誰かの体温で、両腕を掴まれている感触も感じられた。ゆっくりと顔を上げると、頭上から見下ろしている鳶色に捕らえられた。視線が合った瞬間に瞳を眇め、静雄は溜息交じりに名を呼んだ。臨也、とただ一言呼ばれただけなのに心臓が異常なほど強く脈打つ。

「……おい、大丈夫か。ぼーっとして」

静雄はバランスを崩したまま動けない臨也を床に座らせると、じっと顔を覗き込んだ。大きな手の平が臨也の頬に触れる。かさついた皮膚の感覚。宥めるように頬を撫でられて、速くなったままの鼓動は落ち着くことを知らない。返事をしない臨也に焦れた静雄は更に顔を近づける。鼻先が触れ合うほどの距離になった瞬間、ぼんやりしていた臨也の意識は急に覚醒した。ぶわっと顔が熱くなり、喉からは反射的に悲鳴が漏れる。驚きながらも手を伸ばした静雄に手首を掴まれていなければ、臨也は再び後ろに倒れていただろう。

「ッ、なに、してんだよ」
「は……離してっ…!」
「俺が手を離したらまたずっ転けるぞ」
「お、俺が転んでも別にシズちゃんは構わないでしょ!むしろ俺が怪我すれば好都合なんじゃないの…!」

混乱する頭のままで臨也が叫べば、静雄はぐっと眉間に深い皺を寄せた。喧嘩中によく見る表情に臨也は思わず身構えるが、静雄は数秒黙り込んで手首を解放した。臨也が赤い痕の残る手首を擦りながら後ろにずり下がると、静雄は気まずそうに視線を逸らす。

「……好都合なんかじゃねえよ」
「え?」

低く呟かれた言葉に臨也が首を傾げると、静雄は俯き加減で下唇を噛む。それから横目で臨也を睨みつけた。射抜くような視線の強さに臨也は思わず閉口する。

「真っ当な理由がある喧嘩の最中に手前が怪我でもすりゃ嬉しいだろうよ。でも、今は別に喧嘩してるわけでもねーだろ。それなのに手前が怪我して、俺が……嬉しいわけないだろ」

(―――なんだよ、それ。今まで俺がどんな卑怯な手を使ってきたのか忘れたっていうのか?真っ当な理由がなければ俺に怪我をさせたくない?俺が、この俺が他の大多数の人間のように庇護対象になるというのか?)

焦れるほどゆっくり向けられた視線の柔らかさに、臨也の身体はぞくりと震えた。甘く優しい視線を初めて向けられ、臨也の中に言語化し難い感情が湧き上がってくる。静雄は固まっている臨也の肩を掴んで立たせた。それから、床に落ちていた鞄を拾い上げて臨也の胸に押し付けた。炬燵の上の籠を手にすると、それを差し出しながら臨也を見下ろす。

「蜜柑、持っていけよ」
「―――は…?」
「ウチだけじゃ食いきれねえからよ。門田と新羅には渡しそびれちまったし……それに、お前ん家はちっこいのが2人いるだろ。好きなだけ持っていけ」
「な、なに言っ」
「あーでも、小さいのは幽に持っていくからそれ以外な」

静雄はそう言いながら臨也に茶色い紙袋を手渡した。臨也はじっと紙袋を見下ろしていたが、だんだんと苛立ちが込み上げてくる。

(あぁ忌々しい。なんて忌々しいんだろう。君に振り回されているのはいつだって俺の方だ。俺に翻弄されているなんて言うけれど、実のところ君は弟や家族のことばかりしか頭にない。きっと君の頭の片隅にだって俺は居やしない)

―――そう、思っていたのに。ふっと見上げた先から与えられる視線の甘やかさに、臨也はどうにかなってしまいそうだった。

「……まぁ、貰えるものは貰っておくとするよ」
「おう。そうしてくれると助かるぜ」
「シズちゃん」
「ん?」
「あ、……ありがと」

呟いた臨也の声は至極小さかったはずだ。しかし漏らすことなく聴き取った静雄は、軽い苦笑を漏らす。その柔らかな笑みがむず痒く、臨也は誤魔化すように紙袋に蜜柑を詰め込む。紙袋を胸に抱えて部屋の扉を開き、見送りに出てこようとする静雄を無視して階段を駆け下りる。


(身体に残る温もりが名残惜しかっただなんて、そんなこと)



end.




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