秋色のソネット

※生徒会パロ


「折原くんって、生徒会長と仲いいよね」

それは大人しいクラスメイトの言葉だった。読書好きで物静かな彼女とは図書室で会う機会が多く、臨也はその度に軽い会話をするのが常だった。今日も普段と変わらず、なんでもない話をしていた、つもりだった。臨也が所属する生徒会の話になり、副会長なんてすごいよねと彼女が褒めてきた時点で会話を逸らせばよかったのかもしれない。彼女は自然な会話の流れで会長である九十九屋に触れ、そして笑顔で冒頭の言葉を紡いだ。桜色の唇が緩やかな弧を描くのを見て、臨也は自分の顔から笑みが消えていくのを感じた。

「……そうかな」
「うん。九十九屋会長ってすごく頭がいいってことぐらいしか私は知らなかったんだけど……生徒会で折原くんと話している時はすごく楽しそうに見えるよ。普段はこう、物静かで穏やかなんだけどちょっと近寄りがたい、って感じに見えるんだけど。折原くんと一緒にいる時の会長は柔らかく見える気がするの」
「俺はそんなに仲良くしてるつもりないんだけどな」

臨也の呟きからすっかり温度を失われていることに気付かぬまま、彼女は楽しげに笑う。用事があるからと話を切り上げると彼女は手を振って去っていったが、臨也の様子が普段と異なることには気が付いたらしい。去り際に心配そうに眉根を顰め、体調悪い?と尋ねられて臨也は苦笑した。なんでもないよ。そう言って手を振る。

「お、折原!」

ふと入り口の方から名を呼ばれて臨也は視線を移す。気弱そうな隣のクラスの男子生徒がこちらへ向かって手招きしていた。借りた本を小脇に抱えて歩み寄り、どうしたの?と臨也は小首を傾げる。彼が自分を尋ねてきた目的はとうに分かっている。

「あ、あのさ、例の件だけど、僕……明日金持ってくるから、その」
「明日だね。昼休みにうちのクラスにおいでよ」
「う、うん」
「それにしても大丈夫かい?あまり余裕がないって言ってたよね?」
「あっ……えっと、祖父ちゃんから小遣い貰ったんだ!そ、それで……」
「そっか」

しどろもどろな彼に優しく微笑みかけると、それだけで顔が真っ赤に染め上がる。臨也の顔を何度も見つめ、彼はやがて走り去っていった。湯気が出そうなほど真っ赤になった顔は思い出すだけで愉快で、臨也は笑いを噛み殺すのに必死だった。図書室を出て階段を降り、廊下を歩く。すれ違う下級生からの視線を感じながら生徒会室の扉を開ける。会計係の生徒が顔を上げ、臨也を見て柔和な笑みを零す。

「折原くん」
「やぁ。今日は君一人かい?」
「会長はもうすぐ来るみたいだけど」
「そう」
「でも俺はこれから塾で……今やってる作業が終われば帰るつもり」

どこか残念そうに呟いた彼は、立ち上がって歩み寄ってくる。臨也の真横に近付くと、声を潜めて耳打ちをした。その表情が好奇心に満ち溢れていて、臨也は容易に話の内容を推察することができた。

「ねぇ折原くん、俺聞いちゃったんだけど……あれ本当か?」
「何の話だい?」
「お前、裏でアレやってんだろ…?俺も興味あってさ、参加させてくれよ」
「あぁ。でも、君が興味を持つとは思わなかったよ」
「い、いや、俺も最初はどうかって思ったんだよ。でも参加してる奴らがすげー楽しそうでさ、気になって……」

なぁ、いいだろ?熱に浮かされたような男子生徒の声が響く。臨也は期待するような彼に優しく微笑みかけ―――ゆっくりと首を横に振った。男子生徒は驚愕に目を見開いて何かを言いかけたが、それを遮ったのは勢いよく開いた扉の音だった。

「副会長」

低く耳触りのよい声が生徒会室に響き渡る。男子生徒は慌てて顔を上げて青褪め、臨也から距離を取って卓上に広げられていたノートを閉じた。乱雑な手つきで鞄にノートを詰め込むと、つんのめりながら床を蹴る。

「お、俺、あの、塾なのでそろそろ……帰ります!」

男子生徒が勢いよく飛び出していくと、生徒会室には静寂が訪れた。開け放たれていた扉が静かに閉じられて臨也が振り返ると、生徒会長である九十九屋真一が立っている。窓から差し込む燃えるような夕陽を受け、筆舌に尽くし難い色で彼の髪は輝いていた。双眸をゆっくりと細めると、九十九屋は臨也の方へ歩み寄ってくる。目の前で歩みを止め、軽く屈んで臨也の顔を覗き込んだ。

「感心しないな」
「彼のことなら勧誘してませんよ。今さっき断ったところですから」
「生徒会のメンバーを勧誘していないから良いという話じゃない。折原、お前分かっているのか?」

臨也が肩を竦めると、九十九屋は呆れたように溜め息を零す。机に手をついて臨也の肩に手を置き、ぐっと距離を詰める。思わず息が詰まって、臨也は誤魔化すように視線を逸らした。心臓がざわめくように高鳴った気がした、なんて気のせいだ。

「野球賭博の元締めなんて、お前の役職でやっていいことじゃない」
「説教なら勘弁してください」
「単なる小遣い稼ぎだと言うつもりかもしれないが、ここ最近校内で窃盗が増えている」
「因果関係は不明でしょう?」
「……野球賭博のせいだと言い切るには判断材料は少ない。だが、無関係だと言い切るのも難しいだろう」

九十九屋は机に体重を移動させ、ゆっくりと瞳を眇める。真剣に見つめてくる視線の強さに辟易して臨也は目を伏せた。

「折原、聞いているのか」
「聞いてますよ」
「じゃあ俺を見ろ。視線を逸らそうとするな」

臨也の肩を掴んでいる九十九屋の指先に力が籠る。そっと視線を持ち上げると、九十九屋の表情は僅かに緩んだようだった。

「そういう真剣な顔をしていると生徒会長らしいですね」
「からかうな。誤魔化そうとしても駄目だぞ」
「……会長は俺に野球賭博を止めさせに来たんですか?」

静かに見つめ返すと九十九屋は口を閉ざしてたっぷり3秒は黙り込み、ゆっくり頷いた。今の間はなんだと突っ込んでやりたかったが、また話を逸らすなと叱責されるのが目に見えてやめた。臨也はわざとらしく肩を落とし、殊勝に見えるように微笑んでみせる。

「分かりました。もう止めますよ」

あっさりと言ってのけた臨也の態度が信じられないと言いたげに九十九屋は眉根を寄せた。臨也の肩から手を離し、本当か?と尋ねてくる。野球賭博を始めたのは小遣い稼ぎもあるが、最も大きな要因としては九十九屋の裏を掻いて何かをやりたかったということがある。趣味である人間観察を大いにできるということもあったが、鼻持ちならない生徒会長が気付かないところでおよそ口外できない行為をするというスリルを楽しみたかっただけだ。だから、こうしてバレてしまえば続けることに何の意味もない。臨也は優等生らしく綺麗な笑みを貼り付けて九十九屋を見た。

「本当です。また貴方に叱られるのは御免ですから」
「俺の目に入らない場所で続けるのも禁止だぞ。見えなければいいというわけじゃない」
「分かってますよ」
「……折原、」

何ですか、と顔を上げたことを臨也は後悔した。至近距離に迫っていた九十九屋が屈み込んで顎を掴む。優しく腰を抱き寄せられ、頬に柔らかな感触。何かが触れた、と認識した時にはもう遅かった。ムスクのような甘い香水の香りに包み込まれ、臨也は九十九屋の腕の中に囚われている。声にならない声を上げて胸を押し返そうとしたが、強く抱き締められていて抜け出せない。

「何、するんだよッ…!」
「そんなに怖い顔をするな。綺麗な顔が台無しだぞ」
「うるさい!この手を離せ!」
「おや、また敬語が抜けてるぞ。ほら、会長やめてください―――って言ってみな」

ふざけるな!そう叫ぶと九十九屋の腕の力が緩んで、臨也は数歩後退った。未だ頬に残る感触が生々しく感じられ、カーディガンの袖で何度も拭う。

「そんなに擦ると赤くなるぞ」

マイペースな声に怒りを煽られ、臨也はギッと九十九屋を睨みつける。当の九十九屋は意に介した様子もなく微笑むと、自らの席に腰掛けて書類を手に取った。作成中の議事録に目を通しながら、ボールペンを片手に添削を始める。普段はいくら言っても仕事をしないのにこういう時だけやるのが厭らしい。いっそ帰ってやろうかと思ったが、会計係も帰ってしまった以上はまだ仕事が残っている。臨也は重い溜息を吐いて自席に腰掛け、卓上に散らばっていた書類を拾い上げた。

「……さっさと終わらせてください」
「はいはい。仰せのままに、副会長殿」

そういう芝居がかった物言いも、気に食わない。


×


結局、議事録の作成には1時間以上を要した。ふと壁掛け時計に視線を遣れば、生徒会室に来てから1時間半が経過していた。軽い疲労感と西日のせいで軽く睡魔に襲われ、臨也は小さく欠伸を漏らす。

「折原」

甘い声に名を呼ばれて顔を上げる。見られていたことの気まずさに頬が僅かに熱を帯びた。臨也がぶっきらぼうに返事をすると、九十九屋は苦笑しながら手招きをする。

「そんな顔をするな。ちょっと確認してほしいんだ」
「…………」

先ほどのことが脳裏を過ぎり、臨也は警戒しながら渋々立ち上がる。何かあればすぐに逃げられるようにしようと意識しているのが伝わったのか、九十九屋は困ったように眉を下げる。

「もう何もしないさ。ほら、ここ見てくれないか」
「……経費についての特記事項ですか。別に、問題ないと思いますけど」

記載されている文章にざっと目を通して臨也が言うと、九十九屋は安堵したように頷いた。

「それならいいんだ。……あぁ、これで終わりだな。折原、君の方はどうだ?」
「ちょうど終わりました、けど」
「なら良かった。片付けてもう帰るとしよう。最近は陽が落ちるのも早くなっているからな」

一緒に帰ることが確定しているという言い回しに臨也は舌を出したやりたい気分だった。校門を出たら猛ダッシュしてやろうか。そう考えながら書類を纏め、ファイルを棚に戻す。九十九屋の方の片づけがまだ終わりそうになかったが、手伝う気には到底なれない。臨也は鞄を持って壁に背を預ける。西日で逆光になっているが、それなりに端正な顔立ちをしている九十九屋は黙ってさえいれば確かに魅力的に見えるだろう。クラスメイトの言葉を思い出しながらそんなことを考えていると、連鎖的に思い出したくなかった言葉まで思い出してしまう。苦い気持ちで俯いていると、いつの間にか片付けを終えたらしい九十九屋が眼前に立っている。ぼんやりとしている臨也の様子に首を傾げ、九十九屋は顔を覗き込もうとする。臨也は反射的に九十九屋の胸を押し返し、手にしていた生徒会室の鍵を揺らす。

「俺が施錠して鍵を返却するので、会長は先に帰って…」

言外に一人で帰りたいという意図を滲ませたつもりだったが、臨也の言葉は九十九屋によって遮られることになった。施錠をしていた背中に低い声が投げかけられる。

「いや、一緒に帰ろう」
「……でも、」
「俺がお前と一緒に帰りたいんだよ。折原」

振り返って視線を上げると、九十九屋は真っ直ぐに臨也を見下ろしていた。揶揄や冗談ではない、真面目な表情。それだけで臨也の心臓はざわめいて落ち着かなくなる。どくどくと不自然な脈拍に意識が奪われてしまい、身動きが取れない。黙り込んだ臨也を見てどう思ったのかは分からないが、九十九屋はそっと名前を呼んだ。窺うような声色はどこか優しく、その声で臨也はようやく意識を覚醒させた。

「な、んですか」
「……いや?じゃあ、一緒に帰ろうか。鍵は俺が返却しておくから、靴箱で待っていてくれ」
「え、」
「一人で帰ったりするなよ」

気付けば手にしていた鍵を奪われ、臨也は一人廊下に立ち尽くす。遠ざかっていく広い背中を見送りながら、一人で帰ったらあいつはどんな顔をするのだろうと思った。どんな表情をするのか、容易に想像できることが苛立たしくて臨也は爪先で床を蹴った。鞄の持ち手を強く握り締めて靴箱へと向かう。すれ違う文化部の生徒たちに挨拶を返しながら、臨也の中での気持ちは結局すぐに固まっていた。上履きを脱いでスニーカーに履き替え、靴箱に凭れ掛かる。一人でさっさと帰ってしまえばいいのに、九十九屋を待つことを選んでいる。自己嫌悪に苛まれてどうしようもなく腹が立った。それなのに、

「よかった。待っていてくれたんだな」

穏やかな笑みとともに姿を現した、この男の笑顔にひどく弱い。臨也は茜色に染まった空を見上げ、九十九屋に聞こえないよう至極小さな声で一人ごちる。―――お前なんか嫌いだ。

「担任に掴まりそうになって参ったよ。折原を待たせていると言ったらすぐに解放してくれたが、お前は教師にも人気だな」

臨也の言葉は聞こえなかったのか、それとも聞き流したのか―――九十九屋は喋りながら上履きを脱ぎ、革靴に履き替える。カタンと音を鳴らして靴箱を閉じ、九十九屋は腕を伸ばして臨也の手を掴んだ。え、と臨也が声を漏らすのも無視してそのまま歩き出す。

「おい、待っ……手を離せ!」
「敬語、抜けてるぞ」
「ッ…、は、なしてください」
「嫌だ」

子どもの駄々のような返答に思わず呆気に取られる。臨也が瞠目すると、九十九屋は形の良い唇を吊り上げた。臨也が意地の悪い笑みに目を奪われて言葉を失うと、低めた声が鼓膜を揺さぶる。

「俺のことを嫌いだなんていう生意気な副会長にはお説教が必要だろう?」
「―――は?」
「それに、野球賭博の件も有耶無耶にするわけにはいかない。きちんと話を聞かせてもらうからな」
「だ、からそれは、もうしないって…」
「折原」

秋の風によく似て穏やかなのに反論の余地を残さない声で名を呼ばれる。ぞくりと背筋が甘く震え、臨也はおとがいを上げた。

「会長命令だ」

なんだよそれ。偉そうに言うな。会長命令なんて存在しない。―――言い返したい言葉は次々と浮かぶのに、言葉にして紡ぐことはできなかった。優しい笑みとともに頬を撫でられれば、臨也はもう頷くほかない。九十九屋は満足げに笑って臨也の頭をポンと軽く叩き、腕を引いて歩く。アスファルトの地面を歩く2人分の足音だけが響く。乾いた秋風は少し肌寒いのに、それを感じさせないほど臨也の頬は熱を持っている。地面に転がる小石を蹴り飛ばしながら、繋いでいる手を握り返す。九十九屋が笑みを深くしたのを感じ取って、臨也の眉間には自然と深い皺が寄った。


やっぱりこいつは気に食わない。そう思いながらも、拒絶することのできない自分自身はもっと嫌になる。


end.



title by moss




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