くちづけで奪う純情 <中>

※来神時代 ※R18


「お疲れさまでした」

月に一回、定例となっている図書委員会が終わった。他クラスの図書委員が退室していくのを他所に、門田は卓上の会議資料を集めて回る。綺麗に整えた資料の束を差し出すと、司書教諭はありがとうと微笑んだ。受け取った資料を確認し、教諭は奥の部屋へと消えていく。やがて戻ってくると、カウンターの椅子に腰掛けている門田に申し訳なさそうな表情を向ける。

「いつもありがとう。助かるわ、門田くん」
「いえ。大したことはしてないですよ」
「今日は3年の月野さんが風邪でお休みで……。門田くんが代わりを申し出てくれて助かったわ」
「風邪、流行ってるみたいですね」

図書室にも貼られている保健室便りを横目に門田は相槌を打つ。教諭は茶目っ気のある柔和な笑みを浮かべた。

「門田くんは風邪なんてひかなさそうよね」
「まぁ、身体は丈夫な方なんで……ここ数年は無縁ですね」
「健康なのはいいことよ。私なんて年々病気がちになってきちゃって…」
「あ、先生。職員会議もうすぐじゃないですか?俺いるんで、行ってきてください」

門田が時計を見て言うと、教諭は慌てた様子で立ち上がる。会議書類の入ったクリアファイルを胸に抱き、扉のドアノブに手を掛けた。その時、外から同時に扉を開く誰かがいて教諭は小さく声を上げる。

「わっ……あ、あら、折原くん…?」

教諭の言葉に門田は顔を上げる。扉の外にいるらしい臨也の姿は見えなかったが、嫌な予感に襲われて思わず溜息が漏れた。

「先生、こんにちは」
「また来てくれたのね。今日は門田くんが当番よ。お休みの子の代打でね」
「へぇ、そうなんですか?―――やぁ、奇遇だねドタチン」
「……あぁ」

開いた扉から顔を覗かせ、臨也がはへらりと笑みを浮かべる。門田は教諭に不審がらないように手を振り返したが、内心では正直帰りたくてたまらなかった。

「先生は職員会議ですか?大変ですね。……階段、転けないように気をつけてくださいね」
「ふふ、ありがとう。ゆっくりしていってね」

学年一の美少年に世辞を言われ、中年の教諭は満更でもない様子だ。教諭は笑ってぱたぱたと階段を下りていく。その背中を見送ったのち、臨也は静かに扉を閉めた。図書室内にはまだ数人の生徒が残っていたが、宿題をしているような長居しそうな生徒はいない。おそらく誰もが10分程度で図書室を去っていくだろう。臨也は室内を見渡しながらカウンターに歩み寄ると、座っている門田を見下ろして微笑んだ。

「委員会の後も当番を引き受けるなんて、君は優しいねぇ」

臨也の声に反応し、近くの席に座っていた女子生徒が顔を上げる。女子生徒は臨也の横顔を眺めていたが、門田と目が合うなり本を抱えてそそくさと図書室を出て行ってしまった。貸し出しの手続きをした覚えがあるから構わないが、目が合っただけで逃げられると微妙な気持ちになる。門田は溜息を吐き、臨也を見上げて口を開く。

「いいんだよ、好きでやってるんだから。……それよりお前、今日は静雄と喧嘩してないだろうな」
「幸いなことに今日は一度も会ってないよ。新羅に本を借りようと思って教室に行ったんだけど、向こうのホームルームが終わるの早かったみたいでさ。もう二人とも帰った後だったよ」
「そりゃラッキーだったな。……それでお前は本を借りに来たのか?」

そう尋ねた時、カウンターの向こうから一人の男子生徒が本を抱えて向かってきた。門田と同じく図書委員に所属する他クラスの生徒は、臨也をちらりと一瞥しながら門田に本を差し出す。臨也はすっとその場から離れ、近くにあった低い棚で本を物色しはじめた。門田はそれを横目に男子生徒から本を受け取り、ペンを持って貸出処理を行う。

「門田、あいつ折原だよな」

カードに今日の日付を記入していると、男子生徒が潜めた声で門田に話しかけた。どこか浮ついた熱を含んだ声を訝しみながらも、門田は静かに首肯した。

「あぁ、そうだけど」
「お前ってあいつと同じクラスだよな?仲いいのか?……本当にキレーな顔してんだな」

妙に早口で言った男子生徒の頬は仄かに紅潮している。見たくないものを見てしまった感覚に襲われ、門田は思わず視線を下に落とした。なるべく無心で貸出処理を終えると、門田は男子生徒に本を差し出す。男子生徒は本を受け取ることもせず、臨也をちらちらと振り返っていた。門田は自然と硬い声になっていることを自覚しながら返事をする。

「……まぁ、確かに整った顔だよな」
「な、なぁ門田、お前さ」
「ドタチン」

男子生徒の言葉は遠くから投げかけられた臨也の声で阻まれた。男子生徒はびくんと肩を跳ねさせ、門田も大きく目を見開く。臨也は窓際の本棚の前に立ったまま、こちらには背を向けたままだったからだ。狼狽する男子生徒をよそに、ゆっくりと振り返った臨也は一冊の本を手にふわりと微笑む。

「ねぇ、この本って読んだことある?」

歌うように門田へ語りかけながら、臨也はカウンターへ向かってゆったりと歩いてくる。臨也の視界には門田しか入っていないようで、男子生徒は門田から本を受け取ると数歩後退る。赤く染まっていた頬はすっかり色を失っており、瞳は動揺に大きく揺れ動いていた。

「ちょっと面白そうかなって思ったんだけど、君こういうの好きでしょ」

横に立つ男子生徒を軽く無視して、カウンターに身を乗り出した臨也は門田へ微笑みかける。陶然とした笑みはひどく甘ったるく、門田の頬はじわりと熱が帯びていく。男子生徒はといえば、臨也に話を聞かれたかもしれないということと無視されたことの二重のショックで立ち竦んでいる。しかし、門田と視線が合うと本を抱え直して走り去ってしまった。バタンと乱暴に扉が閉められ、ついに図書室に居るのは門田と臨也だけになってしまった。

「臨也、お前聞いてたんだろう」
「聞いてた…って言い方は間違いだね。聞こえてしまっただけさ」
「どっちでも同じだろ」
「あれ、誰だっけ?ドタチン名前知ってる?声小さくしてるつもりなのかもしれないけど、筒抜けだったよ」

臨也は冷めた口調で話しながら性懲りもなくカウンターに乗り上げる。同性に好意を向けられているというのに、少しも戸惑った様子を感じさせない。それどころか興味さえ抱くことがなかったらしい。門田は溜息を吐いてペンを戻し、大きく椅子に凭れ掛かる。安っぽい事務椅子は軋んでギシリと音を立てた。

「……それで?その本、借りたいのか?」

手に持っている本を指差して門田が尋ねると、臨也は軽く眉を上げて声を上げる。表紙のタイトルを指先で撫でて薄く微笑んだ。

「そうそう。これ読んだことある?」
「半年ぐらい前に読んだな。神話をベースにしたファンタジー物だから、お前も好きなんじゃないか」
「へぇ。じゃあ借りようかな」

臨也は本を門田に差し出すが、門田はそれを受け取ることなく臨也の手を払い退けた。軽い力だったので音も鳴らなかったが、臨也は目を丸くして門田を見下ろす。

「カウンターから降りろ」
「……はいはい。そんなに怒らないでよ」

肩を竦めて苦笑し、臨也はカウンターから飛び降りた。門田はようやく本を受け取ると、静かにカードに日付を記入していく。貸出処理を行っている間に、臨也は勝手にカウンター内に入ってくる。背後から見下ろされる居心地の悪さを感じながら処理を終え、門田は振り返って臨也に本を突き返した。

「ほら。……臨也、勝手に入るな」
「別にいいじゃないか。それに、この前は入れてくれただろ?」
「あの時は静雄に追われてたから仕方なく―――」

臨也は本を受け取りながら門田に顔を寄せる。赤い瞳が蠱惑的に細められ、門田はぞわりと背筋が震えるのを感じた。反射的に身を引くが、臨也の空いていた手が肩を掴む方が早かった。細い指先が肩に食い込み、痛みに気を取られた隙に門田は唇を奪われてしまう。図書室という場所にそぐわないちゅっという可愛らしいリップ音が響き、門田は頬を引き攣らせた。門田は腰を掴んで引き離そうとしたが、臨也はすかさず門田の唇に舌を滑り込ませる。ざらりと舌先が触れ合って思わず声が漏れてしまい、臨也はそれに気を良くして笑みを零す。臨也の熱い舌は門田の口腔内を蹂躙していく。下に歯を立てられて薄く目を開けると、ぼやけた視界の中で臨也の赤い瞳が爛々と輝いていた。門田の心臓はドクリと大きく脈打ち、じわりと劣情が込み上げていくのを感じる。

「っ、……ふぅ……」

臨也はいつの間にか本をカウンターに置いていたらしく、自由になった手を門田の椅子に置いていた。追い詰められるような形で何度も口づけられ、湿った吐息に門田の理性はぐらぐらと揺れ動く。門田の肩に置かれていた臨也の手は、気付けば背中へと移動していた。キスが深くなるにつれて門田も腰を掴んでいた手を背中に回す。立ったままという体勢が苦しくなったのか、不意に臨也の首筋が小さく震えた。

「……臨也」

口づけの合間に名を呼ぶと、臨也は目を丸くした。門田が腕を軽く引けば、臨也の身体はぽすんと膝に乗っかる形になる。きょとんと瞠目したまま見上げてくる臨也はあどけなく、ひどく無防備に見えた。そっと顔を寄せて触れるだけのキスを落とせば、それが合図だったように臨也は再び手を伸ばしてきた。どちらからともなく舌を絡ませ合い、何度も唾液を交換する。飲み込み切れなかった唾液が臨也の口の端から零れ落ちていくが、気にかけている余裕はなかった。臨也のひんやりとした手が肩から脇腹へと移動する。するりと腰を撫でられたと思えば、シャツのボタンが器用に外されていく。逞しい腹筋を細い指先で撫でられれば、反射的に身体が跳ねた。思わず門田が口を離して見下ろすと、臨也はニヤつきながら胸の突起に触れてくる。

「ねぇドタチン、ここ感じる?」

指先でくにっと捏ねられ、柔らかく潰されると吐息が零れてしまう。口を引き結んだ門田の顔を見上げながら、臨也はなおも指を動かした。外気に触れたせいなのか、臨也の指の感触のせいなのか、突起は次第に硬く尖っていく。

「きもちいいんだ?ね、舐めてあげよっか」

べ、と赤い舌を覗かせながら臨也は妖艶な笑みを浮かべる。門田は黙ったまま手を伸ばすと、臨也の手首をぐっと握り締めた。そのまま軽い身体を抱え上げると、カウンターに腰掛けさせた。

「ちょっと、何し―――」
「お前は手ぇ出すな」
「なんで?大体、カウンターに座るなって今まで言ってきたのはドタチンでしょ」
「いいから、ちょっと黙ってろ」

不満げな臨也の口を塞ぐと、門田は臨也の上衣を簡単に脱がせてしまう。中のインナーを捲り上げれば細い体躯は微かに震えた。慎ましい色の突起に顔を寄せ、舌先で優しく舐める。何度も転がすように舐めていると、次第に突起は色づいて硬くなる。門田がこれ見よがしに顔を上げると、臨也は唇を噛んで門田を見下ろした。

「なんで俺は駄目でドタチンはいいの」
「お前の方が俺よりずっと敏感だろ。ほら、しっかり反応してる」

すっと手を伸ばし、門田は兆しはじめた臨也の性器をスラックス越しに撫でる。臨也は悔しげに門田を睨みつけていたが、たくしあげられていたインナーシャツを自分から脱ぎ捨てた。そして瞠目している門田に指を突きつけると瞳を細めて口を開く。

「鍵、ちゃんとかけてきて」
「……はいはい」

門田は苦笑しながら頷き、立ち上がって扉に鍵をかけた。職員会議は30分近くかかるのが常で、教諭が当分戻ってこないことは分かっている。門田はカウンターへ戻ると、甘えるように手を伸ばしてきた臨也の身体を受け止めながらシャツを脱ぎ捨てる。地肌同士が触れ合う心地よさを感じつつ、門田は臨也の腰に手を回してベルトを緩めた。スラックスのホックを外し、ジッパーを下げて下着越しに臨也の性器へに触れる。微かに、しかし確実に熱を孕んだそこは仄かに湿り気を帯びていた。耳元で熱い吐息が零れるのを感じながら門田はゆっくりとそこを撫でる。白い首筋にゆったりと吸い付きながら撫でているうちに、下着には先走りが滲んできた。もどかしげに臨也の腰が揺れ、門田はカウンターに自らの上衣を敷く。臨也のスラックスを下ろしてそこへ座らせると、ゆっくりと下着を脱がしていった。そこへ臨也が袖口を掴んできて門田は顔を上げる。

「どうした?」
「ドタチン……制服、汚れちゃうよ」
「そのまま座ったら寒いだろ。……なんだよ、急にしおらしいな」

門田は臨也の髪をくしゃりと撫で回す。微妙な表情を浮かべる臨也をあやすように頬に口づけると、門田は露わになった性器を優しく握り込んだ。先端からとろりと溢れている先走りを全体に絡め、ゆっくりと上下に擦る。臨也はびくんと腰を跳ねさせ、あえやかな嬌声を漏らした。快感を逃がすためか腕を握られ、微かに痛んで門田は苦笑する。

「気持ちいいか?」
「ぅ、ん……もっと、さわって…」

掠れた声で囁かれ、門田の体温が俄かに上がる。はくはくと小さく動いた唇に口づけ、縮こまっている臨也の舌を絡め取った。その間も性器を愛撫する手は動かしたままで、臨也はキスの合間に忙しない呼吸を繰り返す。細い肩がびくびくと震えはじめ、臨也の限界が近くなると門田は臨也の鎖骨に口を寄せた。痕を残すと怒ることは分かっているので、ほとんど触れるだけのキスをあちこちに落としていく。

「臨也、イキたいならイッていいぞ」
「あ……でも、…っ」
「このままじゃ辛いだろ」

興奮で赤く染まった臨也の耳朶に軽く歯を立て、門田は低く囁きを落とす。臨也の身体が一際大きく跳ねたと思えば、先端から白濁液がびゅくりと零れ落ちた。

「あ、……んんっ……!」

薄紅色の唇から甘い声が零れ落ちる。勢いは強くなかったが、快感が尾を引いているらしく射精は長かった。門田は最後まで促すように性器を扱いてやり、敏感になっている臨也の身体を抱き寄せる。臨也は強張っていた肩から力を抜き、荒い呼吸を何度も繰り返した。門田は抱き寄せた臨也の背をゆっくりと撫でて微笑む。門田が平気かと尋ねると、臨也は頷いて息を吐き出した。門田はポケットから取り出したティッシュで飛び散った精液を拭い、臨也の頬にひたりと両手を添える。じっと顔を覗き込めば、凪いだ海のように穏やかな瞳に見つめ返された。静かに口づけると、臨也の指先が門田の手首に触れる。そっと掴まれたと思うと後孔へ誘導された。

「……ちゃんと準備してるから」
「お前、いつの間に」
「そんなこと訊くなんて野暮だよ」

溜息を吐きながらも、門田は誘われるままに臨也の後孔に指先を埋めた。中には既にローションが仕込まれているのか、ぬるついた感覚に包まれる。指先を第二関節まで挿れれば、臨也の唇からは熱い吐息が漏れる。準備されているとはいえ乱暴に動かすのは気が引けた。ゆっくりと指を根元まで埋め込むと、門田は臨也に口づける。

「……大丈夫か?」
「うん、平気。遠慮しないでいいよ」

応えるように口づけを返され、門田は苦笑しながら二本目の指を挿入する。抵抗なく受け入れながらも、熱い粘膜はきゅうきゅうと締め付けてきた。最初はゆっくりと、次第に速く抜き差しを繰り返していると腹側に僅かに異なる感触の場所を見つける。指先で押し込むように門田が触れると、臨也は大きく身体を跳ねさせた。肩をビクつかせながら顔を上げ、とろけた瞳で門田を見つめる。困惑を孕んだ臨也の瞳はゆらゆらと揺れていた。

「ぁ……っ、そこ、だめ……」
「―――痛いのか?」
「ち、違う、けど」

要領を得ない返事と初めて見る臨也の反応に門田の中に好奇心が顔を覗かせた。臨也の制止を振り切って指を曲げ、しこりのようなそこを撫でる。臨也は悲鳴にも似た嬌声を上げ、断続的に身体を震わせた。逃げようとした細い腰を掴み、コリコリと擦り上げる。

「ぁ、あ、やだ……っ、嫌だってば…!」
「痛いわけじゃないんだろ?」
「ちが、うけど……」

臨也の赤い瞳は涙で滲んでいた。門田は胸の中に興奮が込み上げてくるのを必死に押し殺し、深く息を吐き出す。頭が沸騰してしまいそうな嗜虐心が自分の中に存在していたことに驚く。なるべく優しい手つきで臨也の黒髪を撫でた。指の間を通り抜ける感触は滑らかで心地いい。それから低い声で臨也の耳元に囁きを落とす。

「……分かった。触らないから、な?」

横目で表情を窺うと、臨也は安堵したように頷いた。門田は挿入したままの指の角度を調整し、しこりに当たらないように意識して抽挿を再開した。あっあっと甲高い声を上げながら臨也は細い腕を門田の首に絡める。縋るように抱き着かれるだけで気持ちが高揚し、自然と指の動きは速まっていく。三本目の指を挿入した頃には後孔はすっかり解れきっており、粘膜はもっとと強請るように収縮を繰り返していた。内部のローションが溢れ出て、下に敷いている門田の学ランに濃い染みを作っていく。

「ね……ドタチン、もういいから……」

臨也は足首に引っ掛かっていたスラックスを床に脱ぎ落とし、靴下だけの姿で門田の腕を強く引いた。今この状態で教諭が戻ってきたら―――一瞬、とんでもない想像が脳裏を過ぎって門田は首を左右に振る。何を考えているのかと言いたげに睨み上げられ、苦笑しながらベルトを緩めた。前をくつろげて下着を下げると、飛び出した性器は緩やかに勃ち上がっている。制止する間もなく臨也は手を伸ばすと、細い指先で弄びはじめた。思わず熱い吐息が零れてしまい、門田は息を呑む。

「いざ……っ!」
「まだ完勃ちじゃないでしょ?やってあげる」

明け透けもなく言ってのけると、臨也はゆっくりと門田の性器を上下に扱きはじめた。滑らかな指先が亀頭を優しく撫で、弱点で裏筋を絶妙な力加減で擦り上げていく。静穏な図書室で享楽に耽っていることの罪悪感と、臨也が自分の性器を扱いているという倒錯感に眩暈を覚える。門田の呼吸が乱れはじめてくると、臨也もどうやら我慢できなくなったらしい。臨也は門田の腕を引っ張って、甘えるように視線を上げる。真っ赤な瞳は興奮と焦燥に煌々と輝いていた。

「挿れてよ」

鈴が鳴るように透き通った声だった。門田は滑りそうになる手でコンドームを装着し、誘われるように潤んだ後孔に性器を押し当てる。ぐっと先端を押し当てるだけで、ぬかるんだそこは容易に門田の性器を受け入れた。ぐちゅりと果実を押し潰すような淫靡な音が響き、門田の性器はあっという間に飲み込まれていく。

「ッ、ぁ、あー……っ…!」

火傷しそうなほどの熱を持つ粘膜に迎え入れられ、門田は腰から下が溶けてしまいそうな感覚に襲われた。臨也は挿入の衝撃に身体を仰け反らせ、ピンと伸ばした足先をびくつかせる。悲鳴のような声を上げ、臨也は門田に向かって手を伸ばす。門田は僅かに首を屈めて抱き着けるようにしてやり、臨也の腰をしっかりと掴んだ。後ろに倒れてしまわないように背中にも手を添え、門田は情動のままにピストンを繰り返す。挿入のたびに聞くに堪えない水音が響き、全身がどんどん火照っていく。熱に浮かされるとはこういうことなのか。そんなことをぼんやり思いながら臨也の顔を覗き込むと、すっかり蕩けきっていた。だらしなく開いた唇はキスのし過ぎで赤く腫れていてひどく淫らだ。吸い寄せられるように唇を寄せ、甘く吸いつく。苦しげな呻きが上がっても、配慮してやるだけの余裕は門田に残っていなかった。呼吸さえも奪うような口づけを繰り返し、腰の動きは激しさを増していく。

「ぁ、あ、ドタチ……ッ……ん、んぅ…っ」

背中に鋭い感触が走ったと思えば、臨也が爪を立てたらしかった。赤い引っかき傷が残っていることを考え、自然と門田の口元は緩む。あれだけ自分には痕跡を残すなという癖に、こちらに対して傷を残すことは厭わない。恐ろしく自分勝手な奴だと思う。しかし、そう思いながらも爪を立てることを許しているのは間違いなく自分自身だった。門田は自らの甘さを自覚しながら臨也の舌に歯を立てる。零れそうになった唾液を吸い上げ、更に深く舌を絡めた。口腔内を蹂躙するたびに後孔の締め付けは強くなっていく。お互いの限界が近いことを感じ取り、門田は臨也の腰を掴み直した。ぐっと強く腰を押し付けると臨也の脚が浮き上がる。結合部がよく見えるようになり、その淫猥な光景に門田は眩暈を覚えた。臨也も意識が半ば飛びかけているのか、瞳は焦点が合わずに虚ろだ。律動の途中、急に締め付けが強くなって門田は歯を食い縛る。

「く、っ……!」
「どたち……んぅ、っ……も、イッちゃ……ぁ、あ……ッ!」

背中に一際強く爪が立てられるのを感じた瞬間、内壁がぎゅうっと強く引き絞られる。それに射精を堪えることは叶わず、門田は薄いゴム越しに熱い飛沫を放った。

「ぁ、……あー……ッ…!」

ゴム越しの精液を感じ、臨也は大きく身体を痙攣させる。門田は力が抜けてずるりと落ちそうになる臨也を抱え、未だに残る射精の余韻に耐えた。荒い呼吸を繰り返し、臨也の顔を見下ろす。まだ内壁が敏感なままなのか、臨也は硬く目を瞑っていた。貼り付いている前髪をそっと掻き上げて額に口づけを落とすと、臨也は焦れるほどゆっくり目蓋を持ち上げる。ぼんやりとした瞳で門田を見上げ、へにゃりと曖昧な笑みを浮かべた。

「どたちん」
「―――臨也……、」
「ん……そんな顔しなくても、大丈夫だよ…」

皮肉っぽく笑いながら臨也は門田の背中に回した手を外す。ゆっくり性器を引き抜くと、ぽっかりと空いた内壁はぎょっとするほど赤かった。門田はぎこちなく視線を外してコンドームを外し、精液を零さないように口を結ぶ。ゴミ箱に捨てるわけにも行かず、門田は鞄の内ポケットにそれを入れてスラックスを穿き直す。臨也はティッシュで零れたローションや自らの精液を拭っていたが、門田が顔を上げると甘えるように小首を傾げる。

「ね、手伝ってよ」

門田は椅子に引っ掛かっていたインナーを拾い上げ、頭から臨也に着せてやる。乱れた黒髪を撫でつけ、額の汗と目の縁に滲んでいた涙をティッシュで拭った。床に落ちていたスラックスは少し汚れていたので、何度か振ったり叩いて埃を落としてやる。臨也は下着を穿きながら気持ち悪いと呟いていたが、替えがあるわけはない。門田は軽く無視してスラックスを渡し、カウンターの下に転がっていた臨也の上履きを揃えてやる。臨也はカウンターから飛び降りてそれを履くと、少し疲れた表情で顔を上げた。ふとカウンターの上に視線を移すと、門田の上衣はローションや精液で汚れており、激しい行為のせいで皺が寄ってしまっていた。

「ぐちゃぐちゃになっちゃったね」

臨也はそう呟いたが特に悪びれている様子はない。門田としては臨也は痛がったりカウンターが汚れるのは本望ではなかったので、汚れてしまったことに関してどうこう言うつもりはなかった。汚れが内側になるように学ランを丸め、鞄へと突っ込む。疲労のせいなのか、軽く寄りかかってくる臨也の髪を撫でて門田は微笑む。

「別に構わないさ。身体、大丈夫か?」
「まぁ、腰はちょっと痛いし怠いけど……動けないわけじゃないし、平気だよ。ドタチンは心配しすぎ」

臨也はそう苦笑し、ぱっと門田から離れてふらりと窓の方へ向かう。大きく窓を開け放った意図を理解して、門田は壁の時計に視線を遣った。教諭が職員会議に向かってから20分が経過している。そろそろ戻ってくるかもしれないと門田も他の窓を開け、冷たい風を受けながら深呼吸した。身体の火照りが引いていくが、同時に汗まで急激に冷やされて背筋が震える。隣では臨也がくしゃみをしていて、門田は苦笑しつつ手を引いて風の当たらない場所へ移動した。

「風邪ひくぞ」
「ドタチンだって俺よりずっと薄着じゃん」
「俺はお前よりも頑丈だからな。ほら、あっためてやろうか」

揶揄するように手を伸ばすと、臨也は迷うことなく胸に飛び込んできた。風を受けて冷たくなった頬に触れる。滑らかな肌は吸い付くように心地よくて柔らかい。手の平で包み込みながら顔を寄せ、鼻先にキスを落とす。

「冷たいな」
「そりゃそうだよ。……ね、ぎゅってして」

臨也は甘えるように頭を胸に擦り付けてくる。苦笑しながら受け止めて強く抱き締めた。薄いシャツ越しに伝わってくる体温は暖かく、臨也の自分より少し速い鼓動まで感じ取れる。しばらくの間そのままの体勢でいたが、不意に臨也が顔を上げて門田の胸を押した。扉の方をじっと見つめたまま、薄い唇を開く。

「誰か来た」
「え?」
「先生じゃないかな?鍵開けとかないと怪しまれるんじゃないの」

口角を吊り上げて微笑む様はすっかりいつもの調子に戻っている。門田は慌てて扉の鍵を施錠し、開け放っていた窓を閉めはじめた。最後の窓を閉めた瞬間、扉が開かれて教諭が顔を覗かせた。

「ただいま。―――あら、あんまりあったかくないわね?」
「おかえりなさい、先生。空気が籠っていたので、換気していたんですよ」
「あら、そうだったの?」
「インフルエンザも流行りはじめてますから」

一息吐いている門田を他所に平然とした顔で教諭と会話する臨也。焦りなど微塵も感じさせない様子は、今まで組み敷かれて喘いでいたとは思えない。窓から離れた門田がカウンターへ戻ると、臨也は鞄を持って立ち上がった。

「折原くん、もう帰るの?」
「えぇ。ドタチンにおすすめしてもらった本も借りられましたし、目的は達成したので」
「あら……そう。今度はゆっくりしていってね」
「ありがとうございます。それじゃあ。……じゃあね、ドタチン」
「……おう」

"目的"という言葉に感じられた含みは間違いなく思い過ごしではないだろう。門田は目を逸らしながら返事をし、閉まっていく扉を見届ける。教諭が残念そうに肩を落とす横で、門田はカウンターの下に一滴の精液が落ちていることに気が付いた。反射的にそれを上履きで踏みつけた瞬間、教諭は不思議そうに首を傾げる。

「そういえば折原くんが借りていった本……彼、前にも借りてたはずよ」
「―――え?」
「あまり好みじゃなかったって言っていた気がしたんだけど……」
「それ、本当ですか」
「あっ……いえ、私の勘違いかもしれないわ。似たタイトルの違う本だったかしらねぇ」

固まっている門田の横をすり抜け、教諭は奥の部屋へと消えていく。臨也が借りた本は特徴的なデザインの表紙で、他に見間違える本など門田の知り得る限りはない。タイトルも似たものはなく、教諭の記憶が曖昧でも間違っているとは考えにくかった。門田は黙ったまま床に押し付けるように上履きを動かし、そっと持ち上げる。暖かみのある木の床に、乾いた精液の痕跡がうっすらと残っていた。


×


「臨也?あぁ、確かに読書好きだね。中学の時もよく図書室に通っていたよ。もっとも、学校では読まずに家に持ち帰って読んでいたみたいだけど。人間が多い学校みたいな場所では、人間観察の方が優先されるんじゃないかな。読むペースは速いみたいで、毎日のように図書室に通っていた気がするけど……急にどうして?図書委員として気になることでもあったのかい?」

黒縁眼鏡の奥で黒目がちな瞳が丸くなる。門田は黙ったまま新羅の言葉を聞き、なんでもないと首を横に振った。移動教室の途中で引き留めるわけにも行かず、軽く手を振って友人の背中を見送る。図書室での情事の後も臨也は少しも変わった様子は無かった。翌日には借りた本を片手に、爽やかな笑顔を浮かべて話しかけてきたほどだ。

『おはよう、ドタチン。この本、読ませてもらったよ。神話に絡めたファンタジー小説は陳腐なものも多いけど、これは文体や言葉選びが秀逸だね。登場人物の心の機微も興味深くて実に面白かったよ。君が好きなのは6章の……このシーンかな?負傷した主人公が―――』

門田が好きなシーンの予想まで織り交ぜ、臨也は実に楽しげな様子で喋り倒した。その予想が外れていればまだ良かったのだが、寸分違わずに合っていたものだから言い返すこともできない。結局、門田は臨也の語りを全て聞く羽目になり、なぜか次も本を推薦してくれと頼まれてしまった。門田はすっかり遠ざかった新羅の背中を見つめたまま、重い溜息を吐き出す。一週間は経過するが、あの日を境に図書室を訪れるたびに情事の記憶が蘇るようになってしまった。本を読んでいても思考が集中しきれず、霞がかかったような気持ち悪さが拭えない。

「なんだってんだよ……」

通り過ぎていく他クラスの生徒に不審そうな視線を向けられても、門田は廊下に立ち尽くしている。心の底のざらついた部分を擽られているような不快感が、どうにも残ってしまって仕方がなかった。


×


視界の端で短ランの短い裾が翻る。インナーシャツの赤色が妙に目に焼き付いて離れなかった。晴れ渡った青空の下、グラウンドを駆け回るのは静雄と臨也だ。昼休みなのに二人以外に生徒の姿は見当たらず、代わりにライン引きや手押し車などの備品が転がっている。舞い上がって風に運ばれてきた砂埃を避けながら、門田の隣に立つ新羅は眉を顰めた。

「いやぁ相変わらずあいつらは元気だね」
「……呑気に言ってる場合か」
「そういう門田くんだって最近は止めないじゃないか」

肩を竦めながら言われて言葉に詰まった。半年ほど前まで二人の仲裁に回ることが多かったのは事実だ。しかし周囲に明確な被害が及ばない状況では仲裁に入ると自分が怪我をする可能性もあり、入ったところで止まらないことが多い。静雄の怒りを買うことに対しての迷いもあり、最近は新羅と同じく傍観に徹することが多かった。

「仲裁するのも大変なんだよ」
「そりゃそうだよね。僕なんて絶対にごめんだよ。あいつらに付き合ってたら命が幾つあっても足りない」
「……そう言いながらも楽しそうだな、岸谷は」
「ははは。遠くから見る分には退屈しないからね。面白いよ」

臨也の人間観察を揶揄する割には自分も楽しそうに観察しているじゃないか。そう言いたいのをぐっと堪え、門田は視線を前へ戻した。静雄が投げたサッカーボールをひらりと回避し、臨也は綺麗に地面に着地する。先ほどまで経っていた場所にサッカーボールがめり込んだのを見ても、臨也は表情一つ変えなかった。そればかりか、意地の悪い笑みを浮かべながら手をメガホンの形にして静雄へ話しかける。

「ちょっとシズちゃーん、反応速度遅いんじゃない?そんな投球じゃ当たるわけないよー」
「……臨也ァ……」
「アハハハハ、なにその顔?怒ってんの?怖いなぁ」
「待ちやがれ!このボールでお前の顔面を粉砕してやるぜぇ…!」
「野蛮だなぁー。ほんと理性も知性もない化け物だね」
「なんつったゴラァ!!」

煽るだけ煽って臨也はグラウンドを真っ直ぐに横切っていく。目の前を通り過ぎていく瞬間、ほんの刹那赤い瞳がこちらを見た気がしたが―――門田の気のせいだったのかもしれない。二人は体育館の裏へと消えていき、やがてけたたましい破壊音が響き渡った。

「うーん、そろそろ時間だね。5限目が始まるよ」
「戻るか」
「臨也はともかく、静雄は遅刻しそうだね。うちのクラス、5限目は体育なんだけど……また備品が壊れてて中止になるかなぁ」
「やけに嬉しそうだな」
「そりゃ僕は根っからのインドア派だからね」
「胸を張って言うことか」

新羅の軽口に応えながら門田はグラウンドを後にする。ちらりと体育館の方を振り返ると、何個目になるか分からないサッカーボールが空高くへ舞い上がっていた。


×


結局、臨也はその日の5限目に遅刻することなく教室に戻ってきた。汚れた制服の砂埃を払いながら教室に戻って来るなり、クラスメイトの女子生徒が口々に心配する言葉を並べ立てる。

「折原くん、大丈夫だった?」
「平和島くんってやっぱり怖いよね」
「怪我してない?保健室行くなら付き添うよ」

臨也は女子生徒たちを適当にあしらうと、門田の席の前で足を止めた。臨也の席までは距離がある上に、チャイムが鳴るまであと数分だ。門田が教科書を机の上に出しながら顔を上げると、臨也はニコリと微笑む。どこかうすら寒い予感を感じ、門田は逡巡ののちに口を開いた。

「どうした?」
「ねぇドタチン、今日の放課後って暇?」
「特に何かあるわけじゃないが……」

どうしてだ?と目線で問い返すと、臨也は嬉しそうに笑いながら人差し指を立てた。そのままくるくると回しながら、歌うように喋りはじめる。

「ちょうど良かった。また本を読みたいんだけど、自分で選ぶとどうにも面白くない本に行き当たっちゃうんだよね。時間があるならまた本を選ぶのに付き合ってくれないか?今日はドタチン、当番の日でしょ?ほら、この前は先生ともあまり話せなかったしさ」
「…………」
「ドタチン?」
「……いや……分かった、いいぜ」

歯切れの悪い門田の返答に臨也は一瞬だけ眉根を寄せる。しかし、そのタイミングで5限目の始まりを知らせるチャイムが鳴り響き、古典の教諭が教室へ入ってきた。臨也はしぶしぶ席に戻ったが、門田の様子が引っ掛かっている様子だった。クラス委員の号令で決まりきった挨拶を口にし、門田は教科書へ視線を落とす。教諭のどうでもいい世間話が始まっても、授業に集中できる気がしなかった。


continue...




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