淡雪に秘める <後>

※クリスマス ※R18


最上階に到着した静雄はオーナーに渡されたカードキーの部屋番号を確認する。フロアマップを確認すると、通された部屋が明らかに普通とは異なるスイートルームであると気が付いた。静雄はそこで先ほどの初老の男を一度仕事で取り立てに向かった家で見たことを思い出す。先ほどの狼狽えように合点が行き、今日居留守を使われたことに腹が立つ。しかし肩に担いでいた臨也が小さく呻いたことで静雄は階下に降りることを諦め、ひとまず部屋に向かうことにした。一番奥にある部屋でカードキーを翳すとロックが外れる。一歩踏み入れると、綺麗に整頓された広い部屋に感嘆した。

「すげー部屋だな」

静雄は担いでいた臨也を中央にあるベッドに横たえ、ぐるりと部屋を見渡す。アンティーク調の家具で統一された室内は落ち着いており、ラブホテルというよりも高級ホテルといった風情がある。静雄は汚れていた手を洗面所で洗って部屋に戻り、ベッドの端に腰掛けた。臨也の顔を覗き込むと、相変わらず眉を顰めながら呻いている。意識が覚醒してもおかしくないことを考え、コートを脱がせてハンガーにかけると内ポケットから隠しナイフを取り出してテーブルの上に並べた。起きて早々にいきなり襲われてはたまらないからだ。薄いインナー姿になった臨也の身体は同い年と思えないほどに細く、栄養不足なのではないかと僅かに心配になる。じっと覗き込んでいると、臨也の目蓋が小刻みに震えた。長い睫毛が揺れながら瞳が開き、焦点の合わない深紅の虹彩がぼんやりと静雄を見上げる。

「……ん、ぅ…?」

臨也はぼうっとしたまま静雄を見上げていたが、やがて脳が状況を認識したらしく瞳が徐々に見開かれる。腹筋を使って跳ね起きようとしたが、頭痛に襲われたのか臨也はベッドに倒れ込んだ。頭を抱えてしまった臨也の肩を掴み、静雄は大きく溜息を吐く。

「おい、急に動くな。お前頭ぶつけてんだぞ」
「ッ、な、んでシズちゃんが……」

臨也は慌てた様子で自らの身体をまさぐるが、ナイフが手元にないことに気付いて血の気を失った。クローゼットにかけられたコートを目にして立ち上がりかけるが、そこで臨也の身体はぐらりと揺らぐ。静雄が咄嗟に手を伸ばすと、臨也の身体はすんなりと腕の中に収まった。臨也は悔しげに歯噛みしながら静雄を睨み上げ、唇をゆがませる。

「何のつもり?」
「またそれかよ。……何のつもりもねえって」
「そんなわけないでしょ…!?ここ、どこのホテルだよ!こんな場所に俺を連れ込んで、なッ……痛、ぁ…!」
「あーほら、無理すんじゃねえ。覚えてないってことは脳震盪起こしてたんだろうよ。……そんな奴が急に動くな」

静かに言い含めようとしても臨也は激しい視線を静雄に向けたままだ。静雄は呆れ混じりの溜息を吐き、臨也の側頭部に指を這わす。腫れ上がったたんこぶに軽く触れただけで臨也は鋭い悲鳴を上げる。

「ほら、ここ。床に倒れて頭ぶつけたんだ。覚えてないんだろうが」

涙を滲ませた臨也を見下ろしながら静雄は静かに呟く。臨也は納得が行かないと言いたげに強く睨んでくるばかりだ。静雄も我慢が限界を迎えそうになり、臨也を支えていた手を離してベッドから立ち上がる。

「あそこに放置してたら誰も気付かなかったぜ」
「大きなお世話だよ」
「……手前は本当に減らず口だなァ…?」
「うるさいなぁ!俺がいつ助けてくれなんて言った!?公園の時もそうだ、俺は一度も助けてくれなんて言ってな…」
「臨也」

臨也はなおも喚き立てようとしたが、振り返った静雄にベッドへ縫い付けられて言葉を失った。大きなベッドがぎしりと軋む音だけが室内に響き、臨也は目を見開いたまま固まる。鳶色の瞳の中に燃え盛る怒りを目にし、臨也は直感で危機を感じ取った。しかしずきずきとした頭痛に阻まれ、逃れることは出来ない。静雄の手が細い手首を強く掴む。骨が軋む感覚に臨也は顔を顰め、押し殺した臨也の悲鳴を漏らした。静雄はその悲鳴に手を止めて、そのままゆっくりと臨也に顔を寄せる。息がかかるほどの距離で臨也を見下ろしながら、静雄は低い声で言葉を紡ぐ。

「どうして逃げた?」
「……シズちゃんが、しつこいからに決まってんだろ……」
「どうして公園に居た?」
「……なんでシズちゃんに…言わなきゃ、いけないわけ」
「仕事の待ち合わせなんかじゃねえだろ」
「…………」
「臨也」

目を逸らしかけた臨也を見つめたまま静雄は名を呼ぶ。窘めるような言葉の響きに、臨也は逸らしかけた視線を戻して軽く目を伏せる。

「今日、クリスマスでしょ」

ぽつり、零された声に静雄は目を瞠る。臨也はそれきり黙り込んでしまったが、その言葉は静雄の問いに対する答えだった。静雄は細い手首を握っていた力を緩め、臨也の身体をゆっくり引き起こす。気まずそうに視線をシーツに落としている臨也の顔を覗き込む。焦れるほどゆっくりと上げられた赤い瞳を、静雄は静かに見つめる。

「臨也」
「…………」
「俺に会いに来たって意味でいいんだよな?」
「…………」
「クリスマスだから、会いに来たのか?」

無粋な質問を続けるにつれ、臨也の眉間には深い皺が寄っていく。静雄が様子を窺っていると、臨也の手が頬に伸びてくる。ひんやりとした手に頬を包まれ、静雄は口を噤んだ。静雄をじっと見上げながら、臨也は苦笑を浮かべて首を傾げる。

「俺に言わせたいの?シズちゃん」

そういうとこ、本当に野暮だね。揶揄するように呟き、臨也は静雄の肩を強く押した。静雄が力を抜いて背中からベッドに倒れ込むと、臨也は静雄の胸に手を添えて顔を寄せてくる。静雄が目を閉じれば、柔らかい感触が一瞬だけ唇に触れた。目を開けると、僅かに頬を染めて臨也が微笑んでいる。蠱惑的な笑みに誘われるように静雄が手を伸ばすと、もう逃げられることはなかった。腕を掴まれた臨也は、大人しく静雄の腕の中におさまる。

「臨也」

静雄に名を呼ばれると、臨也はおとがいを上げて穏やかに微笑んだ。先ほどまでの激情はすっかり鳴りを潜めていて、臨也の中に渦巻く感情の激しさを痛感させられる。静雄は苦笑しながら上体を起こし、臨也の腰に手を回す。臨也に膝へ乗られたままの状態で静雄は顔を寄せ、桜色の唇に口づけた。何度も啄むようなキスだけを繰り返していると、臨也の腕が静雄の首に回される。焦れたように力が籠められて、頬が緩んでしまうのは不可抗力だろう。静雄は臨也の欲求に応えるべく腰を引き寄せて身体を密着させると、薄く開いた唇から舌先を侵入させた。熱い口腔内でざらりと舌同士が擦れ合うと、臨也の細い肩がびくんと揺れる。素直な反応に気を良くした静雄は口づけを更に深くすると、奥へ引っ込みそうになる臨也の舌を甘噛みした。軽く歯を立てるだけで反射的に唾液が溢れ、だらしなく開いた口の端から飲み込めない唾液が流れていく。静雄は真っ白なシーツに染みが出来ることも厭わずに細い身体を強く抱き締め、臨也の舌をきつく吸い上げた。呼吸さえも奪い去るようなキスに酩酊が深まり、臨也の意識がぼうっと熱に浮かされていく。

「し、ずちゃ……」

舌っ足らずな声で名を呼ばれるだけでどうしようもなく興奮した。静雄は苦しげな臨也のために唇を離し、荒い呼吸を繰り返す臨也の首筋に吸い付く。真っ白な肌に赤い花びらに似た鬱血痕が浮き上がり、じわりと静雄の中の所有欲が満たされていく。

「あ、駄目だよ。痕…つけないで」
「なんで」
「なんで、って……そこ見えちゃうじゃん」
「襟ぐりの広い服ばっかり着なきゃいい」
「……襟ぐりが狭いと苦しいから嫌なんだよ……」

臨也は不服そうに呟いていたが、静雄が再び首筋に顔を寄せると諦めたらしかった。何度も吸い付かれ、ひときわ強く赤い色が残る鎖骨近くの鬱血痕を撫でながら臨也は呆れたように溜息を吐く。

「しばらく消えそうにないね」
「……嫌なのかよ」
「別に嫌ってわけじゃ…あーもう、そんな顔しないでってば」

子犬のような顔で見つめられた臨也は困ったように首を振り、静雄の鼻を指先で弾く。静雄が引っ張るせいで伸びてしまったインナーを脱ぎ捨て、柔らかく微笑んだ。

「もう、いいからちゃんと触ってよ」

媚びなど1ミリも含まない真っ直ぐな要求に静雄の喉がごくりと鳴る。薄い胸板に手を這わすと、静雄の手の冷たさに臨也はびくりと震えた。触れていると体温が馴染んできたのか、臨也は触れられるのが心地よさそうに目を伏せる。静雄は外気に晒されて少し粟立っている肌を撫でながら、親指で胸の尖りを弾いた。

「ん、ぅ」

恥ずかしそうに頬を染めた臨也の反応を伺いながら、静雄は尖りを弾いたり軽く押し潰してみる。だんだんと赤く色づいてきたそこに舌を這わせると、生暖かい粘膜の感触に臨也の腰が跳ねた。舌先で圧迫し、吸い付くとあえやかな声が上がる。臨也が僅かながらも感じていることは明白で、静雄の股間にも少しずつ熱が集まっていく。ちゅ、ちゅ、と何度も吸っていると臨也の手が静雄の額に触れる。促されるように静雄が顔を上げれば、眉根を下げた臨也が苦笑を浮かべていた。

「シズちゃん、赤ちゃんみたい」
「……赤ん坊が乳首舐めたりするかよ」
「舐めるんじゃない?おっぱい吸うんだから」
「じゃあこんな風に触ったり……」
「ぁ、んっ…!」

尖りを軽く抓まれて臨也はびくんと身体を跳ねさせる。悔しそうに静雄を睨みつけるが、赤くなった顔では迫力に欠ける。静雄は胸元を隠そうとする臨也の手を払い除け、再び尖りに舌を這わせる。先ほどよりもじっくりと舐められ、余計に感覚が鋭敏になった気がして臨也は身を捩る。

「ん、も、もう駄目!シズちゃんっ!」

ぱしぱしと肩の辺りを殴られ、静雄は仕方なく顔を上げた。臨也はしばらく黙り込んでいたが、何かを思い出したように静雄の手を引いてベッドから立ち上がる。

「お、おい、急になんだよ」
「……シズちゃん、お風呂入ろ」
「風呂?まぁ、別に構わねぇけど」

走り回ったり埃っぽい部屋にいたせいで、確かに二人とも綺麗とは言い難い状態だ。臨也に手を引かれるがまま風呂場へ向かい、静雄は脱衣所で服を脱ぐ。臨也はその間に湯船に湯を張っていたが、準備が終わると部屋の方へ戻っていった。何やらベッド付近でごそごそと物を漁っているのを見て、静雄は首を傾げる。脱衣所に戻ってきた臨也は、手に持った何かを後ろ手に隠しながら静雄に声を掛けた。

「シズちゃん、先に入ってて」
「一緒に入らねぇのか?お前の方が冷えてんだろ」
「俺は……その、後から行くから」
「どっか行くのか?ゴムならホテルなんだしあると思うが」
「そ、そうじゃない、けど…」
「んだよ。歯切れ悪いじゃねぇか」

視線を僅かに逸らし、何かを隠している臨也に苛立つ。静雄が腕を掴もうと手を伸ばすが、臨也は素早く飛び退って距離を取る。

「臨也、なに隠してんだ」
「……だ、だから、その……ゅんびが、…って…」
「あ?んだよ、よく聞こえねぇよ。もっとはっきり言…」
「っ…だ、から、俺は準備があるの!!」

臨也は顔を真っ赤にしてそう言い捨て、静雄の鼻先で脱衣所の扉をぴしゃりと閉める。やがてトイレの扉を開閉する音が聞こえ、臨也が籠ってしまったことが分かった。おそらく、臨也は前戯の途中で準備をしていないことを思い出したのだろう。焦ったり恥ずかしそうにしていた様子を思い出し、静雄は配慮が足りなかったことを反省した。重い溜息を吐き出して下着を脱ぐと、浴室に足を踏み入れる。臨也を待ちながらゆっくりと身体を洗い、熱めの湯を張った浴槽に身体を沈める。それから10分ほど経過しただろうか。脱衣所の扉が開く音が聞こえ、静雄は顔を上げる。すりガラス越しに臨也が服を脱いでいるのが見え、なぜか倒錯感を感じた。見えているよりも見えない方が興奮する、これは男の性なのだろうか。裸は既に何度も見ているはずなのに―――そんなことを悶々と考えていると、臨也が浴室の扉を開いた。

「し、シズちゃん」

先ほど強い言葉を言い捨てたせいか、臨也は少しばつが悪そうだ。静雄は思わず苦笑し、浴槽から出て臨也を手招く。僅かに安堵した様子の臨也を抱き寄せると、身体はすっかり冷えきってしまっている。

「寒かっただろ」
「うん…。ごめん、待たせちゃって」
「なんで謝るんだよ。俺のために準備してくれたんだろ。……俺も無神経だった」
「―――シズちゃんが無神経なのはいつものことだけどね」
「あ!?」
「うそうそ。冗談だってば」

悪戯っぽく微笑みながら臨也は冷たい手を静雄の首に這わせる。冷たい手で触れられて肌がぞくぞくと粟立ち、静雄は震える手でシャワーのコックを捻った。ギャッと悲鳴を上げた臨也を捕まえ、暖かい湯を頭からかけてやる。たちまち臨也は憤慨の声を上げて静雄の胸を叩いた。

「ちょっと!頭からお湯かけちゃ駄目だってば、ヒートショック起こしちゃう!」
「ひー…しょ……?なんだ、それ」
「あぁ、シズちゃんには無関係だった……」
「よく分かんねぇよ」

静雄は項垂れる臨也に湯をかけ続け、温まってきたところでバスチェアに腰かけさせる。柔らかなスポンジにボディソープを含ませて泡立たせると、ローズの甘い香りが鼻孔を擽った。両腕から鎖骨にスポンジを滑らせ、自然を上を向いた臨也の首から顎を洗う。まるで喉を鳴らす猫を撫でているようだと思い、静雄は目を細めた。気性の荒さも猫にそっくりだと思わず笑みを浮かべると、臨也は怪訝そうに眉根を寄せる。

「なに笑ってんの」
「いや、手前が猫みてーだと思ってよ」
「は?」
「ほら、こうやって撫でたら喉鳴らしそうだろ」
「鳴らさないし……」

不服そうな臨也に構うことなく、静雄はスポンジを胸から腰、臀部へと滑らす。あっと小さく声を上げたのも無視して、静雄は泡に塗れた右手で臨也の性器をやわらかく掴んだ。スポンジが床に落ち、それを追って臨也の手が伸びるが静雄はその指に自らの指を絡めた。左手で傾いた身体を支えてやりながら、右手をゆっくりと上下に動かす。ゆるく兆していた臨也の性器は、静雄の手で擦られるたびに勃ち上がっていく。ちゅくちゅくと水音が響くのが居た堪れないようで、臨也は何度も首を横に振る。

「っん、ぁ、あ……しずちゃ、やめ…っ」
「気持ちいいんだろ」
「き…きもち、いいけど……」
「じゃあいいじゃねぇか」

まだ羞恥心が強く残るのか、臨也は強張った内腿を閉じようとしてくる。静雄は性器の先端に軽く爪先を立てた。先走りがぬるりと滲む尿道口は臨也の弱い場所で、途端に肩が大きく跳ねる。

「っ、あ!」

大きく目を見開いた臨也をあやすように頬に軽いキスを繰り返しながら、静雄は尿道口や裏筋など弱い場所を的確に愛撫した。臨也の身体は次第に弛緩していき、閉じかけていた内腿はいつの間にかぱかりとだらしなく開いている。その色気に思わず喉を鳴らしながら、静雄は指先を硬く窄まった蕾へと伸ばした。ボディソープの泡を利用しながら、ゆっくりとマッサージするようにそこを撫でる。臨也は恥ずかしそうに顔を伏せていたが、甘い吐息が静雄の胸元にかかった。次第に蕾がひくひくと蠢くようになってきたが、ここで挿入までするわけにはいかないだろう。静雄が手を性器の方へと戻すと、臨也は安堵したように息を吐いた。先ほどより強めの力で性器を扱けばぐちゅぐちゅと卑猥な音が響き、臨也は喉を反らして喘ぎ声を漏らす。

「あっ…あ、あ、シズちゃ……っ」
「ん、イキそうか?」
「ぅ……んっ、イッちゃう…!」
「いいぞ。ほら、イけ」

耳元で低く囁くと、臨也はびくんと大きく身体を震わせた。頭を左右に振り乱し、濡れた冷たい髪が静雄の首に触れる。一瞬強張った身体が何度も痙攣し、性器から勢いよく白濁液が飛び散った。白濁液は風呂場のタイルを汚し、一部は静雄の手にも付着する。静雄は荒い息を吐き出す臨也をあやすように額に口づけ、温かいシャワーで白濁液を流した。それからまだ洗っていなかった下半身を刺激しないように優しく洗い、泡を洗い流す。

「臨也、立てるか?」
「う、ん……」
「先に湯船入ってろ。俺、先に髪洗っちまうから」

静雄に促されて臨也は浴槽に浸かり、深く身体を沈めて静雄をじっとり見つめた。静雄はがしがしと多めのシャンプーで髪を洗い、臨也の視線には気付く様子はない。好き放題に身体を触られた恥ずかしさが尾を引き、臨也は静雄から視線を逸らした。所在なく指先で湯をぱしゃぱしゃと叩いていると、髪を洗い終わった静雄が立ち上がる。

「臨也、ちょっと退いてくれ」
「あ、もう出るよ。俺も髪洗いたいし」
「いや、出なくていい」
「え?」

静雄は臨也が立ち上がって空いたスペースに入ると、浴槽を出ようとした臨也の腕を掴む。そのまま軽く引っ張られて、臨也は静雄の上に乗っかるような形で浴槽に逆戻りになった。少し広めだとはいえ、男2人で入るには手狭な浴槽だ。2人分の体積を受け入れた浴槽の湯は溢れ、蓋が軽く浮き上がる。

「お湯溢れちゃったじゃん!」
「怒るのそこかよ」

憤慨する臨也に苦笑しながら静雄は掴んだ腕を引き寄せる。膝に乗っていた臨也の身体はぐらりと傾き、そのまま静雄の胸に覆い被さる形になった。温かいお湯で満たされた浴槽で密着し、その温かさに臨也は動けなくなってしまう。至近距離で静雄を見上げ、離してくれそうにないことを悟ると諦めて目を瞑った。静雄の大きな手が臨也の頭を撫でるだけで、臨也は心地よい眠気に襲われてしまう。

「臨也、寝るなよ」
「うー……」
「こんなところで寝たら溺れるぞ」
「むー……」

静雄は曖昧な返事しか返さなくなった臨也の頭を撫で続ける。臨也を叱咤しながらも、自らも心地よさに眠気を誘われそうになっていた。しばらく臨也をそのままにしておき、5分ほど経ってから静雄は臨也の肩を掴む。ゆっくり抱き起すと臨也の顔は火照り、赤くなっていた。

「逆上せるぞ」

ぺちぺちと頬を叩いても芳しい反応はなく、静雄は仕方なく抱き起した臨也を浴槽から抱え上げる。バスチェアに腰かけさせ、頭に軽く湯をかけるとシャンプーを手に取った。手の平で少し泡立てたシャンプーで髪を洗ってやると、だんだんと意識が覚醒してきたらしい。シャンプーが目に入らないように硬く目を瞑りながらも、身体はゆらゆらと揺れてはじめる。静雄はシャンプーを洗い流し、水気を切った臨也の髪にリンスをつけてやる。ようやく目を開けた臨也は、鏡越しに静雄をじっとりと睨んだ。

「自分で洗えるのに」
「逆上せかけてたじゃねーか」
「シズちゃんが一緒に入ったりするからでしょ!」
「はいはい」

荒い手つきで湯をかけると、臨也は慌てて目を瞑る。そのままぬめりを取るように洗い流し、静雄はバスタオルで臨也の身体を包み込んだ。柔らかいタオルに包まれて臨也の気分は少しばかり上昇したらしい。静雄を置いて浴室を出ると、ドライヤーで髪を乾かしはじめる。静雄が浴室を出た頃には髪を乾かし終わっていて、ドライヤーを手渡された。髪を乾かしはじめた静雄が横目で臨也を見ると、備え付けの化粧水で肌を整えている。マメな奴だと思っていると、臨也の手がこちらへ伸びてきた。静雄が持っていたドライヤーを奪うと、臨也は静雄に頭を下げるように手で指示した。ドライヤーの風音に邪魔されていることもあり、静雄も黙ったまま頷いて頭を下げる。臨也の細い指先は静雄の頭へ伸び、髪を優しく掻き撫ぜながらドライヤーを当てはじめた。普段ドライヤーを使うことが滅多にない静雄が苦手としていることを察したのだろう。ちらりと見上げた先の臨也は呆れ混じりの笑みを浮かべている。こういう時の臨也は九瑠璃や舞流と接している時と同じで、妙に大人びた表情に映る。まんべんなく乾いたことを確認し、臨也はドライヤーのスイッチを切った。熱が残る静雄の髪を軽く掻き混ぜて顔を上げる。

「ん、もういいよ」
「おう。ありがとな」
「ちゃんと乾かさないと髪冷たいままでしょ。そんな状態でヤりたくない」

明け透けな言い方をした臨也だったが、頬は朱に染まっている。わざと言ったのだと分かって静雄は苦笑しながらドライヤーを片付ける。2人は備え付けのバスローブに着替え、スリッパを履いて部屋に戻った。そこで暖房をつけ忘れていたことに臨也が気付き、スイッチをつけていると背後から静雄が近づいてきた。臨也の背中に覆い被さる形で静雄は首筋にキスを落とし、くすぐったいと嫌がる臨也をひょいと抱え上げる。

「わっ……ちょっと、シズちゃん!」

静雄は抱えていた臨也をベッドに落とし、ぐっと顔を寄せる。雰囲気など欠片もない空気に臨也が憤慨の声を上げるが、静雄の瞳がぎらついていることに気付いて黙り込む。鳶色の瞳の奥には燃えるような情欲の色が灯っていて、それが自分だけに向けられていると思えば悪い気分になるはずがない。

「臨也」
「……分かったよ。準備とかお風呂で待たせちゃったもんね」

臨也は伸ばした手を静雄の首に回す。ぎゅっと抱き着いて静雄の頬に唇を寄せる。ふわりと鼻孔を掠めた、自分と同じシャンプーの香りににやけてしまうのを我慢できない。臨也のキスに応えるように静雄はベッドに体重をかけ、臨也の頬に口づけた。右手で臨也のバスローブを緩めながら首筋、鎖骨、胸へとキスを降らせる。既に朱くなっている尖りに舌を這わせると臨也の細い腰が跳ねた。あまりしつこくすれば嫌がられるのは明白で、静雄はバスローブの紐を解いて太ももにそっと触れる。ぎくりと震えたそこを宥めるように撫で、ベッドサイドに置かれていた備え付けのローションパウチを手に取る。3分の1ほどを手の平に取って零れないように戻し、温めたローションを乗せた手で内腿から蕾へと優しく触れる。

「ん、ぁ……」
「冷たかったか?」
「う、ううん。ちょっとだけ…大丈夫」

臨也の反応を伺いながら静雄は蕾を撫で、くるくると円を掻くように触れる。臨也はもどかしそうにあえやかな声を漏らした。静雄は次第にひくりと震えてきたそこに軽く指先を埋める。

「臨也、挿れるぞ」
「もう、先っぽ挿ってる、じゃん…」

僅かな反論は黙殺し、静雄はゆっくりと指を埋めていく。熱い粘膜がぎゅうっと静雄の指を締め付けてきて、その狭さに息を呑む。これまでにも何度か身体を重ねてきたが、ここに自らのものが挿るということが未だに信じられない。ローションの滑りを借りながら、静雄は指をゆっくりと奥に進める。異物感のせいか臨也が眉を顰めていたので、宥めるように口づけた。僅かに開いた唇から舌先を滑り込ませ、縮こまっていた舌を甘噛みする。僅かに緊張していた臨也の肩から力が抜け、静雄は指を動かしはじめた。少し締め付けが弱まったそこは相変わらずきゅうきゅうと静雄の指を締め付けてくるが、異物感は多少薄れてきたらしい。臨也は込み上げる何かを堪えながら浅い呼吸を繰り返す。ローションを追加して何度も抜き差しを繰り返していると、臨也が静雄の肩を掴む。

「シズちゃん、2本目も…いいよ」
「平気か?」
「うん、大丈夫だから」

臨也の頬は朱く染まり、呼吸は僅かに乱れ始めていた。少しずつ快感を拾い上げている様子に静雄は少し安堵する。一旦指を抜き、ローションを追加して2本の指を揃えて挿入した。僅かに抵抗があったが、ゆっくりと飲み込まれていく。臨也が僅かに顔を顰めたので途中で指を止めると、額に汗を滲ませたまま静雄を見て臨也は苦笑した。

「平気だってば」
「……本当か?」
「うん。こういう時のシズちゃんって、ほんと人が変わったみたいになるよね」
「そりゃ、だって、傷つけたくねぇ…し……」

言いにくそうに視線を逸らした静雄に臨也は目を丸くする。それから恥ずかしそうに微笑み、静雄の髪をさらりと撫でた。ごめんね、ありがとう。柔らかく微笑まれて静雄は黙って頷く。静雄は止めていた指先を動かし、ゆったりと抜き差しを繰り返す。次第に臨也が漏らす声は甘さを帯びていき、静雄は何度も頬に触れるだけのキスを落とす。

「ッ、あ…!?」

唐突に臨也が甲高い声を上げ、静雄は指を止める。先ほど指先が触れた凝りを擦ってやると、びくびくと細い肩が震える。

「ここか?」
「ぁ、あ……んっ、そこ…」

腰をくねらせた臨也を引き寄せ、密着した体勢で指先で凝りを擦る。ゆっくり触れるだけでゆるく勃ち上がった性器から透明な先走りが零れた。自然と腰が動き、臨也は性器を静雄の腹に押し付けてくる。その様子がまるで自慰をしているように映り、静雄は興奮に唾をごくりと嚥下する。

「ん…っ、う、ぁ……あ」
「気持ちよくなってきたか?」
「う、んっ……」

薄く目を見開いた臨也の瞳は飴玉のように蕩けきっていた。涙に滲む紅玉の瞳が愛しくて、静雄は目の縁に溜まった雫をべろりと舐め上げる。

「しょっぱい」
「当たり前で、しょっ…ん、ぅ……っ」
「臨也、指もう1本増やしていいか」
「ん……多分大丈夫。ゆっくり、ね」
「あぁ」

静雄は3本目の指をゆっくりと滑り込ませた。柔らかくなった粘膜は軽く締め付けながらも静雄の指を受け入れ、熱いそこを何度も収縮させる。何度も抜き差しを繰り返し、時折凝りを擦ったり、広げるように指先を広げていく。柔らかくなった粘膜は熱さを増し、臨也の呼吸はどんどん荒くなる。その様子を目の前で見ていたこともあり、熱くなっていた静雄の股間が痛いほどに張り詰めていく。バスローブの布地を静雄の性器が押し上げていることに気付き、臨也はそっとそこへ触れる。

「ッ、臨也」
「しずちゃ……ここ、苦しいでしょ…」
「い、いいって」
「なんで?俺も…触りたいよ」

動揺した静雄が指を引き抜くと、臨也はバスローブの紐を引っ張る。すっかり勃ち上がった性器を細い指で掴み、溢れ出した先走りに触れた。滑りを利用して手を上下させると、静雄は喉を逸らして呻く。

「っ、くぅ……い、臨也…」
「きもちい?シズちゃん」

声を押し殺す静雄を見上げ、臨也は首を傾げた。じっと見上げられ、静雄は頭を渦巻く熱が増していく感覚に襲われる。臨也は攻守交替したことが楽しいらしく、扱きながらも静雄の首筋や胸元にキスをした。お返しとばかりにキスマークをつけらた静雄が声を上げるが、臨也は的確に静雄の弱い場所を刺激する。裏筋を強めの力で扱かれ、静雄はびくびくと腰を震わせた。

「ッ、臨也…、やめっ……」
「なんで?気持ち良いんだからいいじゃん」

止めようとする静雄に対して臨也はあっけからんとそう言って手を動かそうとする。しかし、静雄から腕を掴まれ、引き剥がされてようやく諦めた。静雄は荒い息を吐きながら臨也を強く睨みつける。

「やめろ、って言ってんだろ」
「……なんで……」

静雄は不満そうな臨也を柔らかなベッドに押し倒し、完全に勃ち上がった性器を臨也の太腿に押し付ける。それから熱い吐息を深く吐き出し、臨也の蕾に性器を近づけた。ぐちゅり、と濡れた音が響いて臨也は頬を朱に染める。静雄は身を屈めると臨也の耳朶に唇を寄せ、低い声で囁く。

「お前の中でイキたい」

耳朶に直接吹き込まれ、臨也の顔はたちまち真っ赤に染まる。静雄は臨也をじっと見下ろしていたが、不意に腕を伸ばされて首を引き寄せられる。急に何をするんだと叱ろうとしたが、臨也の腕が強く絡みついていることで吐き出しかけた声を飲み込む。

「……臨也?」

どうしたんだよ。そういう意味を込めて声を掛けると、臨也の脚が静雄の脚に絡められた。まるで挑発するようなその所作に静雄の腰が大きく揺れる。吸い付くような臨也の蕾に触れている性器は今にもはちきれそうだ。静雄が息を呑むと、臨也は腕にぐっと力を込める。近付いた静雄の唇に半ば噛み付くように口づけ、ゆっくりと口の端を吊り上げる。推し量るように眇められた瞳に理性を煽られ、静雄は臨也の両腕を掴んで腰を突き出した。

「ッ、うぁ……っ!」

一突きで奥まで到達した静雄の性器を思いきり締め付け、臨也は細い身体を激しく痙攣させた。衝撃に強張っていた身体が次第に弛緩していき、静雄の首に回していた臨也の腕がずるりとシーツの上に落ちる。静雄は歯を食いしばって締め付けを堪え、荒い息を吐き出しながら腰を止める。さざ波のように身体を震わせている臨也の頬に触れ、ゆっくりと顔を寄せる。

「臨也……臨也、平気か?」

静雄が声を掛けても、臨也は朦朧とした表情で声にならない吐息を漏らすばかりだ。煽られたとはいえ強引にやりすぎたことを後悔し、静雄は優しく臨也に口づける。ちゅ、ちゅ、と小鳥が啄むようなキスを繰り返す。するとようやく意識がはっきりしてきたのか、臨也が次第に応えるように舌を絡めてきた。ざらりと舌先が絡み合い、熱い熱と唾液を共有し合う。次第に緊張が解れてきたらしく、静雄の性器を締め付けている力が弱まってきた。静雄は軽く腰を引き、大丈夫かと臨也に尋ねる。臨也が力なく頷いたことを確認し、ゆっくりと抽挿を開始した。残っていたローションを結合部に垂らすと、温めなかったせいかその冷たさに臨也が悲鳴を上げる。

「ひっ……つ、めた…っ……!」
「あ、すまん。でも、今のままだと痛いんじゃねぇか?」
「い、痛くはない…よ。ちょっとまだ、慣れてないだけで……」
「そうか。痛かったら言えよ」
「……うん」

額に口づけを落とされ、臨也は上目遣いで静雄を見上げたまま頷く。奥を刺激しないようにゆったりとしたペースで抽挿を繰り返すと、臨也は嬌声を堪えるように軽く唇を噛む。白くなった唇から血が滲みそうになっているのを認めると、静雄は指で臨也の唇をなぞる。窘めるように触れると臨也はばつが悪そうに目を伏せるが、唇を噛むのを止めようとはしない。薄く開いた隙間から静雄が指を突っ込むと、臨也は目を白黒させた。静雄の指をくわえたまま何事かを呻いていたが、静雄が指を抜かないことを察すると諦めたらしい。

「あ、ぁ……っ、ん、ぅ…はぁっ…!」

唇から甘い声が惜しげもなく零されはじめ、静雄はようやく指を引き抜く。ナカが解れてきた頃合いで腰を回し、少し奥の方を狙った抽挿に切り替えた。動きが変わったことに臨也は困惑するが、宥めるようにキスをされれば大人しく目を閉じる。腰をくねらせ、頬を染める臨也は少しずつではあるが快感を拾い上げているようだった。

「臨也、ちょっと腰上げられるか?」
「え…?う、うん……」

静雄に言われるがまま腰を上げた臨也は、静雄の大きな手で腰を掴まれたことで不安そうな表情になる。静雄はそのまま臨也の身体を抱え起こし、膝の上に乗せるような体勢に誘導する。向かい合う形で胸が密着し、臨也は羞恥と動揺で落ち着かない様子だ。体勢が変わったことで静雄の性器の角度や当たる部分が当たったこともあり、時折腰をびくりと跳ねさせた。

「やっ……し、シズちゃ…嫌……これ、っ…」
「痛いか?」
「痛くは、ないけど…変な感じ、っていうか……」
「ゆっくりするから、な?平気だって」

静雄に指を絡められ、大きな手に包み込まれて臨也は大きく息を吐き出す。静雄の腰がゆっくりと動き出し、臨也はしがみつくように抱き着いた。内壁の締め付けが再び強くなり、静雄は歯を食い縛る。締め付けるだけだった動きの中に搾り取るような蠕動が加わり、少しでも気を抜けば達してしまいそうだった。俯き加減で声を堪えている臨也の顔を覗き込めば、その顔はすっかり快感に蕩けている。半開きになった口腔内に指を差し込めば、軽く歯を立てられた後に甘く吸い付かれた。熱い舌でフェラチオされているような錯覚に襲われ、静雄は脳内が沸騰しそうな興奮を覚える。指を抜いてもかぱっと開かれたままだった臨也の唇に静雄は噛みつく。熱い口腔内を蹂躙すると、臨也の息はすぐに上がってしまった。静雄の突き上げに何度も首を横に振り、耐えられない快感に身悶えする。

「ん、っ…う、ぁ……シ、ズちゃ……無理、もうっ……」
「……あぁ、分かったよ」

懇願するように見上げられ、静雄は臨也の手を握ったままベッドに押し倒す。ぐちゅりと結合が深くなり、臨也が大きな声を上げた。震える性器の先から先走りが溢れたのを見て、臨也の限界が近いことを察する。静雄は臨也の性器を軽く握って扱きながら、ピストンを次第に速めていく。パンパンと皮膚同士がぶつかる激しい音が響き、水音もぐちゅぐちゅと増していく。顔を真っ赤に染め上げ、臨也は蕩けきった瞳で静雄を見上げる。溶けかけたキャンディのような瞳に吸い込まれるように顔を寄せ、口づけた。縮こまりそうになる臨也の舌を甘噛みすれば、内壁の蠕動もキツくなっていく。静雄も自分の限界が近くなっていることを感じ、両手で臨也の腰をがしりと掴んだ。

「臨也…!」
「ぁ、あ、シズちゃん……っ、も、イッちゃう…!」

手を伸ばしてきた臨也のために身を屈め、静雄は腰の動きを速めていく。首に回された臨也の力が増した瞬間、内壁がぎゅうっと一際強く締め付けられる。それに促されるように静雄も勢いよく臨也のナカに射精した。

「あ、ぁ……あーっ……!」
「ッ、…」

夥しい量の熱い精液がぶち撒けられ、達したばかりで敏感な臨也の内壁は締め付けを更に強くする。全てを搾り取ろうとする蠕動に静雄の身体から力が抜けかけたが、臨也を押し潰さないように堪えながら長い射精を終えた。静雄は全力疾走を終えた後のように激しい呼吸を繰り返しながら閉じていた瞳を開ける。見下ろした先の臨也は、朦朧とした状態で浅い呼吸を繰り返していた。射精の重怠い余韻に震える腰を叱咤し、静雄はゆっくりと性器を引き抜く。臨也の腰がびくんと大きく跳ね、栓を失った結合部からどろりと白濁した精液が溢れ出す。ゴムを付けることを失念していたことを思い出し、静雄は重い溜息を吐いた。力が抜けた臨也の腕が首からずるりと滑り落ち、静雄は慌てて臨也の身体を抱き起こす。

「臨也!」

静雄が肩を揺らすと臨也は押し殺した悲鳴を上げた。達した直後で些細な刺激も辛いらしく、眉間に深い皺を寄せて声を詰める。

「あ、悪い……へ、平気か?」
「……うん……」

臨也は掠れた声で返事をし、けほけほと何度か咳き込んだ。静雄のせいで喘ぎすぎて声が枯れているらしい。触れすぎるのも良くないだろうと静雄はベッドから降り、冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出す。冷たいボトルを持ってベッドに上がり、キャップを緩めて臨也に渡す。

「冷たいかもしんねぇけど」
「うわ、ほんとに冷た……キンキンじゃん」

臨也は上体を起こし、受け取ったミネラルウォーターを数回に分けて嚥下した。白い喉が上下するのを眺めながら、静雄は重怠い倦怠感を持て余しつつ声を掛ける。

「温かいお茶が良いか?多分、ルームサービス頼むしかねぇけど」
「んー……まぁいいや。ルームサービスはあとでご飯頼む時ね」
「腹減ってんのか?」
「だってもう夜になっちゃってるじゃん。……ほら、もう18時」
「え、あー……本当だな」
「それに、運動したらお腹空いちゃったし」

そう呟きながら臨也は悪戯っぽい笑みを浮かべた。静雄が言葉に詰まると、臨也は枕を静雄の顔面目がけて投げつける。頬は紅潮し、憤慨するように目が吊り上がっている。

「なんでそこで照れるの!?」
「い、いや、なんつーか……」
「てかシズちゃん、ゴムしてなかったでしょ!?最悪なんだけど」

キャップを閉めたペットボトルを静雄に押し付けた臨也は、静雄の精液が溢れる秘部を手で隠しながら顔を伏せる。臨也の耳が朱く染まっているのを目にして、静雄は頭を掻きながら視線を床に逸らした。完全に自分の不注意が原因なので、どうにも気まずくて居た堪れない。

「俺が女じゃなくて本当に良かったよね」

ぽつりと零された言葉に静雄は慌てて顔を上げた。臨也は感情を感じ取らせない顔でうっそりと微笑む。貼り付けたような笑みに背筋が寒くなり、臨也が心底怒っているということだけが分かった。謝るべきかと一瞬迷ったが、否定も肯定も謝罪も今は火に油を注ぐ結果になりそうだ。静雄は逡巡ののちに臨也の手を掴んで引っ張り上げ、その細い身体を軽々と抱え上げて歩き出した。

「ちょっ!?シズちゃん!?」

臨也は静雄の行動が予測できなかったらしく、目を白黒させながら悲鳴を上げた。しかし静雄はそんな臨也に構うことなくずんずんと歩き、浴室に足を踏み入れる。バスチェアに臨也を座らせて床に膝をつき、困惑する臨也の顔を覗き込んだ。至近距離で見つめられた臨也は思わずたじろぐ。

「な、何?」
「ちゃんと、俺が後処理するから…その、悪かった……」
「…………うん」
「女じゃなくて良かったとか、そういうこと言うなよ」

鳶色の瞳は懇願するように臨也をじっと見つめていた。臨也は数秒黙り込んでいたが、やがて深い溜息を吐き出す。静雄の頭を軽く抱き寄せ、仕方ないねと苦笑を零した。

「分かったって。その代わり、次からは絶対つけてよ」

臨也が手を離すと静雄は神妙な顔で頷き、立ち上がってシャワーのコックを捻る。温かい湯を全身にかけ、臨也の秘部へそっと指を伸ばした。精液がこぽりと溢れ出したそこに視線を落とし、黙り込んでいた臨也は静雄の手をそっと掴む。

「シズちゃん、やっぱり自分でやるから……」
「遠慮すんなよ。身体しんどいだろ」
「そ、そう…だけど」
「ほら、足開けって。痛くしねーから」
「…………痛さよりも別の問題なんだけど」
「あ?」
「なんでもないっ!」

臨也の呟きを聴き取れなかった静雄は不思議そうに首を傾げ、指先をゆっくりと臨也の蕾へ侵入させた。まだ柔らかいそこはひくひくと震えながら静雄の指を受け入れる。きゅうっと締め付けるたび、臨也は軽く腰を跳ねさせた。静雄の手を握ったまま快感と錯覚しそうになるのを臨也は必死に堪える。奥の方まで伸ばされた指が軽く折り曲げられ、中の精液を掻き出すためにゆっくりと引き抜かれていく。静雄の骨ばった指先が内壁を刺激し、臨也は思わず甲高い声を上げる。

「ぅ、あっ……!」

静雄が顔を上げると臨也は慌てて顔を伏せてしまう。よほど恥ずかしかったのか、僅かに覗いた頬が真っ赤になっている。静雄は宥めるように俯いた臨也の首筋にキスを落とし、震える背中をそっと撫でさすった。ボディソープを手に取って軽く粟立たせ、今度は少しでも摩擦を減らすために滑りを利用して指を挿入する。刺激しないようにゆっくりと指をナカで回し、何度か抜き差しを繰り返した。次第に臨也の息が上がっていくが、その頃にはナカから出てくる精液の量も減っていた。

「もう終わったぞ、臨也」

静雄は精液とボディソープを湯で洗い流し、俯いていた臨也に声を掛ける。ゆっくりと顔を上げた臨也の頬は茹で上がったように赤く、静雄は苦笑しながら抱き寄せた背中を撫でてやった。相変わらず細く、骨ばっている感触にきちんと食べているのか不安になってしまう。

「まだ残ってる感じするか?」
「……ううん、もう平気。でも…」
「あ?どうした」
「勃っちゃった、んだけど」

静雄の手を握ったまま、臨也は自らの性器に誘導する。恥じらいもあるが、君のせいだと言いたげな視線の強さに静雄は思わず噴き出した。

「分かった。俺のせいだな」

静雄は臨也の性器を優しく握り、扱きながら頬や首筋に口づける。あやすように優しく何度か上下させただけで、既に快感が積もっていたらしい臨也はあっさり吐精した。くったりと力が抜けた身体を倒れ込ませてくる臨也を受け止めながら、静雄は貼り付いた黒髪を撫でつけてやる。静雄は湯量が減っていた浴槽に湯を足し、臨也を浴槽に入るよう促す。浴槽に浸かった臨也は、立ったままの静雄を見上げて首を傾げた。

「シズちゃんは?入んないの?」
「俺はいい。片付けしとくからゆっくり入ってろ」

臨也の髪をくしゃりと掻き混ぜ、静雄は浴室を後にした。扉を閉じる寸前、臨也がつまらないと言いたげに唇を尖らせたのが見えて苦笑する。静雄は部屋に戻ると自分のバスローブを身につけ、臨也のバスローブを綺麗に畳む。ベッドの惨状を目にしてバスローブを椅子に移動させ、精液やローションで汚れたシーツを剥ぎ取って丸めた。ふとベッドサイドテーブルに視線を移すと、ルームサービスのメニュー表が目に入る。静雄が手に取ってページを捲ると、スイートルームということもあってか随分と高級そうな食事が並んでいた。パスタやドリア、揚げ物などからアルコールやスイーツ類まで取り揃えられている。

「へー、美味そうだな」

思わず呟くと、それに応えるように静雄の腹が音を立てる。昼食は食べていたものの、現在の時刻は既に18時半。普段なら夕食を摂っている時間だった。脱衣所から物音がして、臨也が風呂から上がったらしい。静雄は暖房の温度を少し上げ、メニュー表を手にしたままベッドに腰掛けた。下半身にタオルを巻いた状態で戻ってきた臨也は、戻って来るなり不思議そうに目を丸くする。

「シズちゃん、なに見てるの」
「あー、ルームサービスのメニュー表だ。腹減ってないか?」
「うん、お腹空いてる。……ねぇ、俺のバスローブどこ?」
「そこの椅子の上」

臨也はバスローブに着替え、バスタオルを適当に畳んで椅子の上に置く。それからベッドに乗り上げて横になり、静雄の膝の上に顎を乗せた。静雄が見えるようにメニュー表の位置を下げると、臨也はうーんと悩みながら写真に目を通す。臨也の様子からするに、静雄ほど腹が減っているわけではなさそうだった。

「どれがいい?」
「シズちゃんは?」
「……質問に質問で返すな。俺は、から揚げとミートソーススパゲティにする」
「うわ、そんなにお腹減ってるの?俺はそんなにがっつり食べられないし……うーん、このドリアかなぁ」

臨也が指で指し示したのはシーフードドリアだった。ホワイトソースで量は少なめだが、静雄の選んだスパゲティよりも幾分か値段が高い。

「酒はどうする?」
「ワインある?あるなら赤ワイン」
「あるぜ。俺は……ビールでいいか」
「えー?クリスマスなんだからワインにしようよ」
「別にビールでもいいだろ」
「雰囲気に欠ける」
「あーはいはい。俺も赤ワインにすればいいんだろ」
「ボトルにしてね。あ、種類は俺が選ぶから」
「好きにしろ」

臨也は上体を起こし、静雄からメニュー表をひったくってワインの種類を選びはじめた。出来合いの料理が好きではないせいか、料理を選ぶのはどうでも良さそうだったがワインは話が別らしい。楽しげにワインを吟味する臨也を眺めていた静雄は、ふと窓の外に視線を遣る。

「このベルギーワインにするね。他に何か頼むものある?あ、パフェあるけどシズちゃん頼まなくてい…」
「臨也」
「え?なに?」

メニュー表を持ったまま電話の方に向かおうとしていた臨也は、ベッドを降りかけた体勢で静雄に手を掴まれて振り向いた。静雄の指先は部屋の端にある大きな硝子窓を指し示している。小首を傾げて窓の外に視線を移した臨也は、目を丸く見開いた。池袋の街を一望する夜景の上から、真っ白な粉雪が降っていた。ふわふわ、はらはらと落ちていく雪はまさに降りはじめたばかりなのだろう。昼に降っていた雪も積もることはなく、この雪もまた積もりそうな様子はない。しかし、静雄は嬉しそうに笑いながら臨也の手を引く。

「雪、また降ってきたぜ」

臨也はメニュー表をベッドの上に放り出し、連れられるままに窓の前へ歩いて行った。窓から入り込む冷気が寒く、臨也は思わず肩を震わせる。

「寒いか?」
「うん、ちょっとだけ…」

静雄はソファーにあったブランケットを手に取り、それを羽織って大きく広げる。静雄は身を寄せてきた臨也をぎゅっと抱き締めた。

「苦しいよ」
「文句言うな。寒くなくなっただろ」

不満げに顔を顰めた臨也をわざと強めに抱き締めると、情けない悲鳴が上がった。静雄は苦笑しながら腕の力を緩め、臨也の頭に自らの顎を乗せる。そのまま窓の外を舞い散る雪をぼんやりと眺めた。数時間前まで剣呑とした雰囲気で話していたどころか、血走った眼で追いかけていた相手を抱き締めている。自分の行動が破綻している自覚は往々にしてあった。

「……シズちゃん?」

黙り込んだままの静雄を不思議に思ったのか、臨也がもぞりと頭を動かす。静雄が顎を浮かせば、振り返った臨也が見上げてくる。臨也の視線を受けながら、静雄は軽く溜息を吐いた。訝しまれてしまう前に細い身体を抱き寄せ、肩口に頭を押し付ける。こうして臨也から見上げられるだけで、静雄はたまらない気持ちになってしまう。深紅の瞳は普段、全てを見透かすような冷たい色を湛えている。しかし、自分だけがその虹彩の奥に滲む熱や甘やかさを知っているのだ。

「なんでもねぇよ」

何か言いたげな臨也の顔を覗き込んで、静雄はそっと顔を寄せる。湯上がりで赤らんでいる柔らかな頬を両手で包み込み、口づけた。朝になれば雪は溶け消えてしまっているだろうか。降り積もってくれることを願ってしまう自分は滑稽かもしれない。そう理解していながらも、今だけはと甘い唇を味わう。羽毛のような軽やかさで輝き舞い散る雪を視界の端に捉えながら、静雄はゆっくりと瞳を閉じた。


end.




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