シュミレーションより魅惑的?

※勝利誕


「なんで、お前がここに」

呆然と呟いた勝利の声に、家の塀に背を預けて座り込んでいた男子生徒は視線を上げる。紺色のブレザー、細いフレームの眼鏡。真っ黒な瞳が軽く見開かれ、薄い唇から高校生にしては少し高めの声が零れた。

「おかえりなさい!」
「いや……そうじゃないだろ。お前、なんでここに居るんだ」

質問に答えようとしない様子に焦れ、勝利は座ったままの村田の腕を引っ張った。村田はよろめきながら立ち上がり、嬉しそうな笑みを浮かべる。

「えー?それは秘密ですよ」
「……お袋は?まだ帰ってないのか?」
「今日はご近所さんとお茶だって言ってましたよ」
「なんでお前が知ってる」
「あはは」

相変わらずへらへらと笑みを浮かべる村田の腕を離し、勝利はこめかみを押さえて溜息を吐いた。有利は草野球チームの打ち合わせで今日は遅くなると言っていた。母も不在な今、村田と二人きりで過ごす事態だけは避けたい。面倒事になるのが目に見えているからだ。

「……大体お前、秘密なんて言ってるけどマジで何しに来たんだよ?お袋も居ないし有利も今日は遅いぞ。"あっち"に行くんなら有利の魔力が必要なんだろ?お前一人でうちの風呂に飛び込むつもりか?」

皮肉を込めて勝利が尋ねると、村田は困ったように首を傾げた。薄い眼鏡越しの瞳が僅かに揺れている。

「そうじゃないですけど」
「じゃあ、来た理由を教えろよ」
「……分かりました。あの、上がらせてもらっても?」

村田は眉根を下げ、勝利をじっと見つめた。その視線を受けて断れるほど勝利は冷たい男にはなりきれていなかった。がりがりと頭を掻くと、勝利は黙ったまま玄関の扉を大きく開ける。嬉しそうに笑った村田がお邪魔しまーす!と元気に声を上げるのを横目に、勝利は本日2度目の溜息を吐き出した。


×


玄関で綺麗に靴を整えた村田は勝利が案内するまでもなく洗面所で手を洗い、リビングへ向かう。まさに勝手知ったる他人の家状態だ。呆れながら勝利も手を洗い、キッチンの戸棚からコーヒーの缶を取り出した。やかんで湯を沸かしている間にポットやコーヒーフィルターを準備し、やかんが音を立て始めたら熱湯を注ぐ。抽出された黒い液体がポットの底に溜まっていき、香ばしい香りが鼻孔を擽った。食器棚から来客用のカップを2つ取り出したところで、勝利はふと手を止めた。

「おい、弟のお友達」
「はい?」
「お前、コーヒーはブラックでいいか?ミルクと砂糖は?」
「あぁ、ブラックで大丈夫ですよ」

こともなげに返事をされ、勝利は微妙な気持ちになりながらコーヒーをカップに注いだ。真っ白なカップに真っ黒な液体が注がれていく。自分が高校生の頃には砂糖が必須だった。外見と内面の年齢が伴わない村田という男は、勝利にとって少なからず鼻につく。しかし、それに対する明確な理由は分からない。

「わー、ありがとうございます。やっぱりいい香りですね。僕、いつもインスタントばっかりなので、ちゃんと淹れたコーヒー飲むの久しぶりです」

ソファーに座っていた村田は差し出されたカップを嬉しそうに受け取ると、香りを楽しみながら口に含む。勝利はなんとなく座る気にもなれず、立ったままで村田を見下ろす。いつもと変わらない様子にも見えるが、今日の村田はどこか浮足立っているように見えた。頑なに来た理由を言わない点も同じだ。有利や眞魔国に関する話でもあるのだろうか。コーヒーを啜りながら首を捻っていると、村田の足元に2匹の愛犬が纏わりついてきた。

「わわ、どうしたんだい?」

村田はコーヒーのカップをテーブルに置き、シアンフロッコを膝の上に抱き上げた。ジンターも抱き上げてほしそうに黒い目を潤ませていたが、数分経つと諦めたらしくどこかへ消えていった。シアンフロッコの柔らかい毛を撫で、村田は表情を柔らかく綻ばせる。あまり普段見ることのない表情は珍しく、勝利は僅かに目を瞠る。双黒の大賢者の生まれ変わりで4000年もの記憶を有しているという、近頃はアニメでもお目にかかれないような濃い設定を持つこの男だが、村田健として生を受けてからは有利と同じく16年しか経っていない。―――こういう表情をすれば年相応に見えるんじゃないか。何もかもを見透かしているような、鼻持ちならない普段の態度よりもずっと好ましい。勝利がそんなことをぼーっとと考えていると、犬たちをあしらいながら立ち上がった村田が視線を投げかけてきた。

「ごちそうさまでした。美味しかったです」
「あ、あぁ」
「それで……ちょっとお話があるんですけど、いいですか?」

やっぱり来たか、と思いながらも勝利はポーカーフェイスを装って頷いた。神妙な表情からするに、有利や眞魔国に絡んだ話と見て間違いないだろう。村田と自分のカップをシンクに置いて水に漬け、ソファーに腰を下ろそうとした勝利を村田は引き留めた。

「あの、ちょっとここだと……美子さんがいつ帰ってくるか分からないので」
「なんだ?お袋にも聞かれちゃまずい話なのか?」

あの超が付くほど楽天的な母の耳にも入れられないなんて、どれだけ込み入った話をするつもりなのだろうか。そこまでする必要があるのかと問おうとしたが、既に村田は2階へと続く階段を上りはじめていた。


×


「お前なぁ、少しは遠慮しろよ」

勝利が呆れながら扉を開けると、村田は苦笑しながら勝利の自室に足を踏み入れた。村田がこの部屋に来るのは初めてではないし、正直来られることにも慣れている。レポートの締め切り前だったので、部屋の中には文献や本が散らばっていた。それを村田は勝手に拾い上げて勝利の机に重ねると、肩にかけていた鞄を扉の近くに置く。勝利は部屋の隅にあった座椅子に座るよう村田を促し、自らはベッドに腰掛けた。少し低い位置に行儀よく座っている村田を見下ろしながら口を開く。

「で?話ってなんだよ」
「あー、えっと、話というか……お兄さんが覚えているかってとこなんですけど」
「は?」

勝利が首を捻ると、村田は鞄の中から包装紙に包まれた何かを取り出した。本のような厚さのそれは、透け感のない包装紙のせいで中身が何かは分からない。しかし、綺麗にラッピングされたそれが誰に対する贈り物なのは明白だった。

「……それ……」
「今日が何の日か、分かります?」

眉根を下げて微笑んだ村田の頬は僅かに赤らんでいる。期待を滲ませた漆黒の瞳に見つめられ、勝利は行き着いた予想に溜息ともつかない息を吐き出した。軽く項垂れた勝利に村田は何も言わなかったが、勝利の表情が苦々しく歪んだことで察したらしい。

「良かった。忘れていたらどうしようかと思いましたよ」
「……そりゃ覚えてるさ。自分の誕生日ぐらい」
「お誕生日おめでとうございます」

勝利ににっこり微笑みながら、村田はそれを差し出した。硬い感触はやはり本か何かだろうか。厚みはあまりなく、重くもない。じっと見つめてくる視線を感じ、勝利は何度か視線を彷徨わせる。僅かに逡巡しながら短く礼の言葉を口にすると、村田は嬉しそうに破顔した。

「その……ありがとう、な」
「どういたしまして。さ、開けてみてくださいお兄さん」
「お兄さんと呼ぶのはやめろ」
「えー?別にいいじゃないですかぁ」

にこにこと笑う村田の期待を無下にすることも出来ず、勝利は包装紙を破りはじめた。透明なビニールに包まれた何かが姿を現し―――そこにいた"彼女”と目が合った瞬間に勝利は大声を上げる。荒い手つきで残っていた包装紙を剥がし、取り出したブラスチックのケースを掲げて食い入るように見つめた。眩しい笑顔を向けている"彼女"は勝利がここ数年ずっと探し求めていた人物だった。

「こ、これは初代のどきどきメモリアル!?しかも初回限定のドラマCD付属版じゃないか!?あ、あっ、ほのかちゃんが俺を見つめている……ほのかちゃん……本物だぁ……」

勝利は村田がいることも忘れてパッケージに齧り付き、あらゆる角度から"彼女"を堪能した。ぱっちりとした大きな瞳、高い位置で結い上げられた艶やかな黒髪、幼さを引き立たせる大きめの眼鏡、きっちりと着こなされたブレザーの制服―――全てがほのかという少女を魅力的に造形していた。裏面にはゲーム画面のスクリーンショットが何枚も貼られ、その中には薄いモザイクをかけられた特別なスチルらしき画像もある。一応全年齢対象のいかがわしくないゲームのはずだが、否応なくドキドキしてしまうあたりゲーム会社の策略に嵌まっている気がする。つらつらとそこまで考えたところで勝利はようやく我に返り、パッケージを顔から離した。視線を右に向けると、そこにはにやついた笑みを浮かべる村田が居た。

「いやぁ喜んでくれたようで何よりです。よかったよかった」
「お……弟のお友達……その、これをどこで…?」

時すでに遅しだと思いながらも咳払いをしつつ勝利は尋ねる。村田は僅かに目を丸くしながら、あぁと声を上げた。

「格ゲー好きの友達に付き合ってゲームショップに行ったら、ワゴンで投げ売りされてたんですよ」
「な、投げ売り!?」
「なんかそこの店、半年前に店主が変わったらしくて接客もすごい雑で……あの様子だとゲームの価値とかあんまり分かってないんじゃないですかね。投げ売りされてたのでパッケージはちょっと傷ついてたんですけど」

言われるがままにもう一度パッケージを見てみると、確かに擦り傷や擦れで一部がくすんでいた。しかし、状態は特に粗悪でもなく、元の持ち主がきちんと保管をしていたことが窺える。ワゴンで投げ売りされていたことはなんとも看過し難いが、そのお陰で勝利の手元へ来たことに違いはない。

「ちなみに値段は?幾らだったんだ?」
「千円でしたよ」
「安ッ!!や、安すぎる……信じられない……」

あまりのことに勝利が絶句していると、村田は苦笑しながら顎の辺りを指先で掻いた。村田としても、これが勝利の探していたギャルゲーなのか目を疑ったのだろう。

「まぁまぁ。こういうこともありますよ、お兄さん。運が良かったと思えばいいんじゃないですか?別にコレクターってわけじゃないんでしょ?」
「あ、あぁ…。気に入ったゲームは保存用と布教用も含めて3本購入が基本だが、こういったレアなゲームの場合はそうもいかないからな」
「じゃあ、自分のお楽しみ用にどうぞ」
「おたの……変な言い方をするな」

とはいえ自分でプレイできることが有り難いのは確かだ。勝利はパッケージを机の上にそっと置くと、今夜にでもプレイしようと心の中で固く誓う。しかし、そこで不意に大きな疑問が頭をもたげる。勝利はベッドから床に移動し、村田の顔をずいと覗き込んだ。村田は大きく目を開けて瞬きを繰り返し、こてりと首を傾げる。女子でもないのに可愛い仕草をするな!勝利はそう叫びたくなるのを必死に堪えた。我慢しろ、俺!今さっき俺にどきメモをくれたのはこの男だ。

「お前、今まで俺に誕生日プレゼントなんてくれたことあったか?」
「いえ?ありませんけど」
「だよな。そもそも俺たちが初めて会ったのは去年の夏だったわけだし、秋はゆーちゃんが帰ってこなくてバタバタしてたし、なんなら俺たちの仲は険悪だったよな」
「やだなぁ険悪だなんて!ちょっとした諍いだったじゃないですか」
「よく言うぜ。俺にゆーちゃんマウント取ってきたのはお前だろ」
「ゆーちゃんマウントって……渋谷が聞いたら卒倒しそうなワードですね」
「うるさい!それよりも、なんでお前が急に俺へプレゼントなんかを渡してきたのかって話だ。まさかこれは賄賂で、俺に何かさせようって魂胆なんじゃ…」

腹黒ダイケンジャ―と呼ばれるだけはある、村田の虎視眈々とした性格を勝利はよく理解していた。思わず血の気が引いて勝利が身震いすると、村田は呆れたように勝利を見上げる。大仰に肩を竦めながら、そんなことしませんよと嘆息した。

「お兄さん、僕のことなんだと思ってるんですか?別に眞魔国や渋谷絡みで何かが起きてるわけでもないし、賄賂なんて渡す必要ないですよ」
「……お兄さんと呼ぶな。というか、その口ぶりだと有事には賄賂を使うと聞こえるんだが」
「え?気のせいですよ」

村田は快活にあははと笑っているが、勝利としては腹の底に何かを隠していてもおかしくないと疑うのを止められない。勝利の視線が尚も自らを訝しんでいることに気付き、村田は参ったなぁと頭を掻いた。

「そんなに疑われるとは思いませんでした」
「今までお前が俺にしてきたことを思い返してみろ。疑うのも当たり前だ」
「ひどいなぁ。うーん、どうしたら信じてもらえます?……お兄さん的には実は賄賂でしたって方が納得できるのかな……」
「は?」
「じゃあ、今からでも賄賂でしたってことにしていいですか?」

何を言っているんだ、と勝利が口を開くことはできなかった。何故なら、そう突っ込むよりも早く村田が勝利の腕を掴んでいたからだ。村田は腕を掴んだまま勝利を見上げると、僅かに背伸びをする。ぷちゅりという妙に可愛らしい音とともに唇の端に柔らかい感触が触れ、勝利は途端にフリーズした。動けないままの勝利が見つめ返してくるのに対し、村田は苦笑しながら勝利の胸を両手で押す。力が入っていない身体は柔らかいカーペットに背中から倒れ込み、村田は勝利の上に乗りあげた。

「ゆーちゃんマウントというか、お兄さんにマウント取っちゃいましたね」

くすくすという笑い声とともに呟かれた言葉の意味を理解して、勝利の顔は一気に熱くなる。と同時に先ほど触れた感触の正体にも思い至り、あまりにも突飛すぎる出来事の数々に勝利の身体から一気に力が抜けていく。

「お前……何してんだ……?」
「え?だって賄賂の方が納得できるってお兄さんが言うから…」
「そうは言ってないだろ!」

勝利はなんとか上体を起こすが、身を乗り出してきた村田に胸を軽く押し返されて再び倒れてしまう。何をするんだと声を上げようとすれば、村田が前屈みになって顔を覗き込んでくる。薄い硝子越しにじっと見つめられ、勝利の背中を変な汗が伝っていく。有利の深い漆黒とはまた違う、吸い込まれそうな色を湛えた瞳。ただ見つめられるだけで勝利の心臓は鼓動を速めていく。村田の細い指がすっと伸び、勝利の眼鏡を引っ掛かりなく外す。

「お、おい」

止めなければと思うのにそれ以上の言葉が出てこない。そうしている間に村田の顔がだんだんと近付いてきて、あと数センチで唇同士が触れる―――寸前で村田は目を瞑った。村田の瞳に吸い込まれそうな錯覚を覚えていた勝利は、金縛りが解けたように我に返る。こんな瞬発力が自分にあったのかと驚くほど瞬時に勝利は身体を捻った。村田はバランスを崩して真横にあったベッドに顔から突っ込み、勝利はテーブルの脚に脛を強打して絶叫する。

「はぶっ」
「ッ、…!!い、痛ってえ!お、うぉおおお……」

つくづく母が不在で良かったと思う。騒ぎを聞いて駆け付けた母がこの状況を見ればあらぬ誤解をし、父や有利にまで不名誉な噂が流れるのは明白だからだ。勝利は痛みに呻きながらゆっくりと身体を起こし、ベッドに顔から突っ込んだままの村田に視線を投げる。ずいっと手を伸ばして村田の襟首を掴む。ぐえっと潰れた蛙のような声が上がったが、勝利は気に留めることもなくそのまま引き寄せる。苦しそうに顔を顰めている村田の顔を覗き込みながら、勝利は低い怒声を吐き出す。

「おい、弟のお友達」
「な、なんです……うえ、く、苦しっ…苦しいですってばぁ」

勝利が解放すると村田は何度か咳き込み、目の淵に涙を滲ませながら視線を上げた。顔からベッドに突っ込んだせいか、眼鏡が微妙に歪んで鼻当ての部分が皮膚に跡をくっきりと残している。村田は息が苦しそうにしていたが、顔を見る限り反省の色はどこにも窺えない。

「お前、どういうつもりであんなことしたんだ」
「え?」
「え?じゃない!何をすっとぼけてんだ!お前は同性愛者なのか!?ゆーちゃんに飽き足らず俺まで狙ってるのか!?」
「そんなわけないじゃないですか。僕の性的嗜好は至ってノーマルですよ。前世は香港在住AV女優でしたし」
「……いや、前世がAV女優なのとお前の性的嗜好は無関係だろ」
「チッ、バレたか」
「……お前なぁ……」

この期に及んで嘘を吐くことに対して躊躇しない村田という男が恐ろしい。とんでもないことをしておいて、謝る素振りも一切ない。勝利が痛む頭を押さえて俯いていると、しばらく黙り込んでいた村田が唇から静かな声を紡ぐ。

「その、嫌だったなら謝ります。すみません」

凪いだ海のように平坦な声に勝利は顔を上げる。不遜な物言いに声を荒げようとして―――勝利は開きかけた口を噤んだ。漆黒の瞳を伏せて俯いた村田が、うっすらと寂しげな笑みを浮かべたからだ。

「でも、僕だって最初からこんなことするつもりなかったんですよ。たまたま美子さんも渋谷もいないし、お兄さんと色々話せるかなーとか思って」

淡々と紡がれていく言葉を耳にして、勝利は少なからず胸が痛むのを感じた。ろくに例も言わずに一方的に賄賂なのではないかと村田を怪しんだ点に於いて、責められるべきは明らかに勝利だった。村田は終始怒ることなく微笑んでいたが、内心は怪しまれて不愉快だったに違いない。

「プレゼントはそのためのきっかけに過ぎなくて、別に下心とかは無かったんです。……でも、お兄さんがあんまり疑うから僕も自棄になっちゃって」
「自棄?」

言葉選びが妙に引っ掛かって勝利が首を傾げると、村田は曖昧に頷いた。浮かべている笑みはやけに苦々しく見える。

「もしかしてバレてるんじゃないかって思ったんですよ。じゃあもう、開き直っていいかなーって」
「……は?」

先ほどから妙に会話が噛み合わない気がする。バレてるって何がだよ。そう勝利が言おうとした瞬間、村田は不意に顔を上げて勝利を見つめる。吸い込まれそうな漆黒の瞳に捉えられ、勝利は思わず声を失った。

「勝利さん、」

初めて名前を呼ばれた。縋るような村田の声色に勝利の鼓膜が震える。伸ばされた細い指先が勝利の腕を掴んだ。村田は勝利をじっと見上げたまま、淡く微笑んでみせる。

「好きです」

漆黒の瞳の奥に孕んだ熱がちらりと見えた、気がした。逸らされることなく見つめてくれる視線の強さにたじろいで視線を落とすと、村田は勝利の腕を掴んでいた手を離して苦笑した。

「……ごめんなさい、急でびっくりしました?」
「そ、りゃ……お前、びっくりしない奴なんていないだろ…」

掠れた声で勝利がそう呟くと、村田は上擦った笑みを零した。そりゃそうですよね。笑いながらも村田の声が震えていることに気付く。勝利はなんとも気まずい気持ちを持て余し、視線を彷徨わせる。先ほどまで勝利の腕を掴んでいた村田の手は、膝の上で白くなるほど強く握り込まれていた。緊張も露わな様子を目にして、黙り込んでいられるほど図太くはなれない。勝利は視線を上げ、気付いた時には自然と口を開いていた。

「村田」
「……なんですか?」

軽く見開かれた瞳が勝利を見つめる。張り詰めた沈黙に背中を冷たい汗が伝った。村田の緊張が伝播してきて、むず痒い気持ちになるのを勝利は必死に堪える。

「本気で言ってるのか?」
「嘘を言ってるように、見えました?」
「……質問に質問で返すなよ」
「あはは、確かにそうですね。本気ですよ。…嘘じゃないです」

少し緊張が解れたのか、笑いながら村田はそう言った。勝利はその返事を聞いて軽く俯き、そうかと呟く。正直まだ頭は混乱していたが、嫌悪感が生まれていないのは明白だった。逡巡ののちに村田の隣へ近寄り、見上げてくる村田をじっと見下ろす。

「……あの、勝利さん?」
「自棄になったってことは、言うつもりはなかったんだな」
「え?あぁ…そうですね。きっかけが無ければ言うことはなかったと思います、けど……。あの、あんまり驚かないんですね」
「驚いていないように見えるのか?なら、ポーカーフェイスが上手く出来てるんだろうな」

勝利は苦笑しながら膝に置かれていた村田の手を掴んだ。自らの胸に触れさせると、明らかに速い鼓動を感じ取って村田はぴたりと硬直する。村田の頭がだんだんと下へと下がっていき、そのまま黙り込んだ。その様子に首を捻った勝利が村田の顔を覗き込むと―――頬がじんわりと赤く染まっていた。思いもよらぬ反応に勝利もつられて固まり、頬がかっと熱を持つ。

「な、なんで赤くなってるんだお前!」
「だ……って、急に勝利さんがさ、触るから…」
「急にキスしたり押し倒したり告白してきた奴が言うことか!?」

お前の照れるポイントがさっぱり分からん!勝利が目を剥きながら叫ぶと、村田は噴き出した。緊張の糸が切れたように笑い出したことに安堵し、勝利は村田の手を離す。いつもと変わらぬ様子を見つめ、自分の中に村田に対する苦手意識はあれど嫌悪がないことに気付かされる。そして、好きだという感情を向けられて少なからず喜ばしいと思っている自分が存在していることにも。ようやく笑いの波が引いて目尻に滲んだ涙を拭っている村田の頭に、勝利はぽんと手を置いた。不思議そうに見上げられ、村田を可愛いと思う感情が芽を出そうとしている。種を蒔いたのは、間違いなく目の前にいる男だ。

「―――まぁ、段階を踏んでいくなら悪くはない」
「…え?」
「返事、のつもりなんだが。その……お前の告白に対する」

耐えきれなくなって勝利は目を伏せる。一瞬だけ見えた、呆然とした村田の表情が脳裏にこびりついて離れない。呆気に取られた様子からするに、返事をされることすら想定していなかったらしい。自棄になって告白したり、返事を想定していなかったり、今まで自分が知っていた村田健という人間から大きくかけ離れているような気がする。しかし、そんな村田の方がどこか無防備でいじらしく思えた。村田は数拍黙り込んでいたが、やがて勝利の手をそっと掴む。つられるように視線を上げると、柔らかい笑顔に迎えられて言葉に詰まる。

「本当ですか?」
「……この期に及んで、俺が嘘を吐くと思うか?」
「いいえ。僕じゃあるまいし」
「自覚があるなら、嘘を吐くのはやめろ。あと、段階すっ飛ばすのもな」

窘めるように勝利が言うと、村田は苦笑を浮かべた。勝利は掴まれている手を引き寄せ、村田の背に手を回す。僅かに村田の肩が揺れるのを感じたが、そのまま抱き締める。大人しくしている村田は随分と愛らしく感じられて、この数十分で自分が恐ろしく感化されているような気分になった。

「あの、これから勝利さんって呼んでいいですか」
「……その方が呼びやすいってことなら……まぁ、いいぞ」
「じゃあ、勝利さんも僕のこと名前で呼んでくださいね」
「いやそれは……村田でいいだろ。お前、また段階すっ飛ばしすぎだ」
「えー?だったら、慣れたら名前で呼んでください」
「……善処する」

くぐもった声でくすくすと笑う村田の頭を軽く小突き、勝利は小さく嘆息した。机の上に放置されているギャルゲーを今夜やる気持ちにはとてもなれなくなっていた。ようやく手に入れた念願のゲームなのに、セルフでお預けする羽目になるとは思いもよらず。それでも、嬉しそうに笑う村田を見れば文句を言う気にもなれない。―――とんだ誕生日になったもんだな。内心そう呆れながらも、勝利の表情は自然と和らいでいた。


end.




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