放課後のデジャヴ

※生徒会パロ


月に一度の定例会議が終わった。会議で使用された卓上の書類を片付けながら、折原臨也は深い溜息を吐く。生徒会役員は副会長である自分と会長以外に数人いるが、この定例会議では有意義な意見が出た試しがほとんどない。内申点を得るために生徒会に入る生徒が大半で、例に漏れず臨也もそんな生徒の一人だ。提起された問題があっても真面目に取り組むことは多くなく、結局は様子見や無視という形に落ち着く。そう、定例会でイレギュラーが起こらなければ。

「折原」

低く甘い声に名を呼ばれ、臨也は逡巡ののちに振り向いた。視線の先には夕陽を背に革張りの椅子に腰かける一人の生徒がいた。形容し難い色の瞳で書類の文字を追いながら、ちらりと臨也の方へ視線を投げかける。

「……なんですか、会長」

会長と呼ばれた男―――九十九屋真一は視線を書類に戻し、その束の中から一枚の紙を引き抜いた。整理途中だった書類を胸に抱いたまま臨也が近寄れば、九十九屋はその紙をひらひらと揺らしながら首を傾げた。長い指先が示したある記述を臨也は覗き込む。

「ここの記述、少しおかしくないか」
「校則に関しての記述ですか?」
「あぁ。こことこちらでは矛盾があるように思えるんだが」
「……貸してもらえますか」

臨也は受け取った書類を手に取ると、指摘の記述を含めて文章を読み直す。確かに九十九屋が指摘する箇所と微妙な矛盾が感じ取れる。頷いて書類を返すと、臨也は胸ポケットから取り出したメモに修正が必要なことを書き留めた。

「提出までに修正しておきます」
「いや、俺がやっておこう。副会長の意見が聞きたかっただけだからな」
「―――そうですか?」

珍しい九十九屋からの申し出に僅かに瞠目するが、臨也は分かりましたとメモを閉じた。胸に抱えた書類を戻そうと会議机を振り返ると、椅子から立ち上がった九十九屋が軽々と書類を奪い取る。あっと声を上げて手を伸ばすが、九十九屋は棚に書類を戻すと意地悪く口角を吊り上げた。ただ手伝ってくれたというだけなら有り難いが、九十九屋がこういう顔をする時は臨也にとって良くないことが起きる。

「あの、会長。書類整理は俺がやるので……」

お気持ちは有り難いんですが、と言い添えると九十九屋は面白そうに瞳を細めた。それから会議机に視線を移すと、残ったままの書類やノートパソコンを指差してみせる。

「まだ終わりそうにないんだろう?それに、もうすぐ完全下校時刻だ」
「それは、そうですけど」
「それとも折原は俺の仕事を心配してくれているのか?職員提出用の書類作成なら既に終わっているよ。片付けぐらい手伝わせてくれ」

普段の九十九屋ならば手伝う素振りも見せないのにどういうことだ。違和感を感じた臨也が訝しんでいることに気付いたのだろう。九十九屋は困ったように眉根を下げ、大仰に両手を広げて心外だなと笑う。

「俺はそんなに信用ならないかい?副会長」

起動したままのノートパソコンをシャットダウンしながら臨也が曖昧に視線を逸らすと、書類を集めていた九十九屋は肩を竦める。綺麗に整えた書類の束をクリップで閉じ、懸案ごとに棚へと片付けていく。その手際の良さに、いつも手伝ってくれればどれだけいいだろうと臨也は脱力した。シャットダウンしたノートパソコンからコード類を抜き、片付けるべく臨也も棚へと近付いた。僅かに高さが届かなくて背伸びをしていると、また横から奪われてしまった。涼しい顔で収納する横顔を思わず睨みつけると、九十九屋はおやおやと苦笑する。

「気に障ったかな」
「……あれぐらい、自分で出来ます」
「そうかい?でも落ちてきたら怪我をしてしまうだろう。お前の綺麗な顔に傷がついてしまっては、俺も困るのでね」

それは俺の顔を利用して生徒会の宣伝活動をしているからでしょう、と言いかけて臨也は口を噤んだ。今まで自分でも自分の美貌を利用してきた手前、強く言えないが九十九屋は生徒会新聞や学校新聞で臨也の写真を多用するのを好んでいた。学期の変わり目にはそれが顕著で、実際に宣伝効果は抜群だった。臨也のクラスに限らず、他クラスからも生徒会への入会希望は絶えることがない。結果的にミーハーな女子を篩い落とすために面接が導入され、生徒会としては手間が増えてしまった。その手間の影響を受けているのは、他でもなく雑務を任されている臨也自身だ。言い返す気にもなれず、臨也はそうですかとだけ返して九十九屋に背を向けた。癪ではあったが、手伝ってもらったことで仕事は早く終わった。下校時刻を告げるチャイムに急かされる前に帰ろうと、臨也はパイプ椅子に置いていた鞄を持ち上げる。持ち帰りの教科書が多いせいで重い鞄を肩にかけようとした時、九十九屋の指先が頬に触れた。冷たい指先に白い皮膚を撫でられ、臨也は反射的に振り向いた。目に入った夕陽が眩しくて一瞬瞳を閉じた瞬間に腕を掴まれ、強く引き寄せられる。肩にかけられる寸前でずり落ちた鞄は卓上に落ち、どんっと鈍い音が生徒会室に響き渡った。

「……折原、」

耳朶に直接吹き込まれるように低い声で囁かれる。思いのほか強い力で抱き締められ、身動きを取ることができなかった。冷たい指先が頬を撫で、やがて細い顎に這わされる。誘われるように視線を上にずらすと、不思議な色の瞳が臨也を覗き込んでいた。視線に囚われる錯覚に陥り、臨也は九十九屋から目を逸らせない。ゆっくりと近付いてくる端正な顔を見上げていると、不意に音割れたチャイムの音が静謐な空気を引き裂いた。

「っ……!」

霞がかっていた意識が一気に覚醒して、臨也は両腕に力を込めた。同時に、この光景を少し前にも見たような惑乱に襲われる。ぐらりと視界が揺れ、傾いた臨也の痩躯を抱き留めたのは九十九屋だった。

「……は、離してくださ…」
「折原。危ないよ」

九十九屋の窘めるような声に、臨也が手に込めた力は抜けていく。ふっと身体の力を抜けば、九十九屋は臨也を支えてゆっくりとその場に立たせた。会議机に落ちた臨也の鞄も拾い上げて、自らの肩にかける。

「大丈夫か?お前、また貧血気味なんだろう」
「……また、って」

何のことですか。僅かに乱れた髪を撫でつけられ、そう言いかけた臨也ははっと顔を上げた。先ほど感じたデジャヴの正体がフラッシュバックのように脳裏に浮かび上がっていく。夢のようにも思えるが、確かに現実味を帯びた記憶。それは今日のように下校時刻の近い日のことだった。放課後、一人で書類整理をしていた臨也は貧血で気を失った。九十九屋が帰りかけていた養護教諭を引き留めて事なきを得たが、その日の夜遅くに九十九屋が折原家まで臨也を送り届けることになった。臨也自身、その日の記憶はどうにも曖昧で後日九十九屋に訊いたものの、結局はぐらかされて終わってしまったのだった。何故今になって思い出したのかは分からないが、数か月前の確かな記憶に臨也は頭を抱えて俯いた。

「なんで……」

その様子から記憶を思い出したことに気付いたのか、九十九屋は曖昧な笑みを湛えて臨也の手を取った。手を握りながら、宥めるように細い背中を何度も撫でる。大丈夫か?と尋ねる声には何の含みも感じられず、臨也は伺うように九十九屋を見上げた。

「嫌だったかな」
「別に、嫌だったとか……そういうわけじゃない」
「そうか。お前が覚えていないようだったから、無理に言う必要はないと思っていたんだが……そんな顔をさせてしまうなら、言っておいた方がよかったかもしれないな」
「……そんな顔?」
「知りたくなかったという顔をしている」

ゆっくりと目を細め、九十九屋はそう呟いた。それがやけに抑揚のない声で、臨也は瞳を瞬かせて九十九屋をじっと見上げる。どこか諦念を帯びた表情に胸がひりついて、臨也の指先は自然と九十九屋の腕を掴んだ。カッターシャツをぐいと引っ張られ、九十九屋は珍しく驚きを表情に乗せる。

「折原?」
「そうじゃない」

指を離すと、臨也は九十九屋に背を向けた。そのまま部屋を出ようとして、臨也は自分の鞄を持っているのが九十九屋であることに思い至る。踏み出しかけた一歩を引っ込めると、振り返って再び九十九屋の腕を掴んだ。引っ張られて僅かによろめいた九十九屋の顔を見ないまま、もう帰りますよと叫ぶ。その耳殻が真っ赤に染まっていることに気付き、九十九屋はひっそりと忍び笑った。緩んでしまう頬を引き締めなければ罵声が飛んでくることは理解していたが、どうにも声に笑みが滲んでしまう。敬語が抜けていることを揶揄するのも忘れていた。

「……そうだな」

重い扉を閉めながら、九十九屋は腕組みをする後輩を横目で盗み見た。不機嫌ですと言わんばかりの仏頂面をしているのに、その白い頬は朱に染まっている。ルビーのような赤い瞳も落ち着きなく揺れていて、目が合うと慌てて逸らされる。九十九屋が扉を施錠すると、ガチャリという金属音が鳴り響く。この生徒会室に二人の秘密と彼の愛らしさを閉じ込めたいと願いながら、九十九屋は臨也の手を引いて夕陽が傾き差し込む廊下を歩き出した。


end.



title by サボタージュ




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