Can you do me a favor?



きらきらと輝くそれは半透明で、角度を変えるたびに違った色に見えた。淡い水色と深い紫、澄んだ青色が混ざり合った不思議な色合いをしている。ひとつ指先で摘んで口元に運び、そっと表面に歯を立てる。硬質な表面は少し力を込めるだけで薄氷のように割れていき、中はゼリーのように柔らかな食感だ。表面が割れたことにより、咀嚼するとシャリシャリと独特な食感になる。口腔内には砂糖の優しい甘みが広がり、自然と頬が緩んだ。

「お気に召しましたか?」

隣から掛けられた声に僕は顔を上げる。オレンジの髪に青い瞳をした従者が僕の顔を伺うように覗き込んでいた。僕は彼に貰った菓子の包みを手にしたままで笑う。

「うん、美味しいよ」
「良かったです。それにしても、猊下にばったり会うとは思いませんでしたよ」

つい先ほど国外任務から戻ったばかりのヨザックは、汚れたマントについた砂を払っている。中庭で本を読んでいたところに彼が通りかかったのはまったくの偶然だった。有利の魔力がまだ不安定なこともあり、眞魔国に来る時間や場所は指定できないことの方が多い。今回は珍しくきちんと眞王廟の噴水へと辿り着き、時間も予想から大きく外れることはなかった。

「渋谷の魔力がちょっと安定してきたのかもね。少しずれていたら、還ってくるのはきみが別の任務に行った後だったかもしれなかった」
「へぇ、じゃあ陛下に感謝しないとですね」

ヨザックはにやりと笑いながら執務室の方に視線を遣った。当の渋谷は数ヶ月の間に溜まった書類仕事に追われているのだろう。僕はといえば仕事など無いに等しいので、図書室から拝借してきた過去の文献を読み漁っている。

「猊下は相変わらず読書ですか?」
「うん。古い書物も多く現存してて助かるよ」

読書はもともと好きだが、これは趣味というわけではなく眞魔国を離れていた間の知識を補うためだ。有利が歴史の勉強をするにも時間は限られているし、脳のキャパシティに関しては僕にアドバンテージがある。有利という名前に反していて彼は憤慨するかもしれないが。

「きちんと必要な知識を取り入れておかないとね。渋谷のサポートをするのは僕の役目だから」
「猊下は、本当にユーリ陛下のことが御大事なんですね」
「それは僕に限ったことじゃないだろ?きみたち魔族にとって魔王が大事なのと同じように、僕は親友である有利が大事なんだよ」
「……そうですね」

ヨザックは目を瞬かせ、それからゆっくりと頷いた。まるで僕の言葉を噛み締めるような様子に、やはりヨザックの有利に対する忠誠心は堅いものだと実感する。僕はその場にいたわけではないが、有利の話によるとヨザックはかなり慎重に有利のことを見極めていたらしい。庶民の生まれである彼にしてみれば当たり前だろうが、その鋭い眼はやはり獣じみている。

「それに僕、武闘派じゃないからさ」

有利がヨザックと共にモルギフの探索に出た時の話を思い出しながら、僕は呟いた。多分、あの場に僕が居ても有利を護れたとは到底思えない。ヨザックはといえば、突拍子もない話だと思ったのか不思議そうに首を捻っている。

「あ、舞踏も得意じゃないけどね。通信講座で体術やってるけど、実戦で役立つようなレベルじゃないし」
「いえ、仮に武術や剣術に秀でていらっしゃっても猊下が陛下を御護りするなんてことは…」
「でも、渋谷のことだからまた危険に飛び込んでいくかもしれないだろ?」
「そりゃそうですけど……でも突拍子もないことを仰られるのは猊下も同じでしょう」
「えぇ?僕が?」

心外だなと笑うと、ヨザックは御自覚はないんですねと肩を落とした。そんなに奇抜なことをしただろうかと僕が思案していると、ヨザックは苦笑する。

「陛下と猊下を御護りするためにオレたち兵士がいるんです」

ヨザックはシアンブルーの瞳を細め、静かにそう言う。僕が適当な相槌を打つと、ちゃんと聞いてますか?と彼は声を裏返らせて引き攣った顔になった。僕は琥珀糖の欠片を摘み上げ、なんとなく彼の前に差し出す。ヨザックは突然のことに虚を突かれ、目を瞬かせていたが首をぶんぶんと横に振った。

「オレはいいです。それは猊下へのお土産なんですから」

畏れ多いと言いたげな彼の口調に、なんだか興冷めな気分になる。僕が琥珀糖を口に運ぶと、ヨザックは安堵したように息を吐いた。僕は甘ったるくなった口の中を紅茶で口直すと、琥珀糖の包みを閉じて立ち上がる。ヨザックは慌てて僕の後を追い、走り寄ってきた。

「猊下、どこへ行かれるんですか」
「城下町だよー。欲しい本があって古書店に行きたかったんだよね」
「お一人で行かれるおつもりですか!?」
「哨兵なら勝手について来るから平気でしょ」
「ダメです、別に護衛をつけてくださ……猊下!」

話も聞かず歩き出した僕の腕をヨザックが掴む。振り返ると、晴れた空の日に似た瞳が戸惑いに大きく揺れていた。じっと見上げた僕の視線に降参したというように両手を上げ、先導しながら歩き出す。

「フォンヴォルテール卿に報告へ行かなくていいの?」
「それどころじゃありませんよ。猊下、オレもお供しますからね」
「別にいいのに」
「ダメです。馬もオレが出しますから」
「え、僕だって馬に一人で乗れるようになったんだけど」
「護衛の問題です」

前を歩くヨザックの髪は太陽に照らされ、熟れた果実のように眩しく輝いている。広く大きな背中を眺めながら、僕は懐にしまった琥珀糖の味をぼんやりと反芻していた。表面は硬質で見る角度によって表情が変わるのが、少しヨザックに似ている気がしたからだ。優しい甘さはどんなところに似ているだろうと考えていると、厩舎から馬を連れ出したヨザックが振り返った。僕に手を伸ばし、軽々と抱き上げて馬に乗せる。彼自身も後ろに跨り、背後から手綱を掴んでくると自然と身体が密着した。温かい体温を感じながら、大丈夫ですかと囁いた柔らかな声に合点が行って思わず笑みが零れる。

「なに笑ってるんです」
「いや、そういうところだなと思って」
「は……?」

困惑気味のヨザックを急かすと、僕たちを乗せた馬はゆっくりと歩き出す。次第に速度を上げた駿馬は城門を抜け、町へ続く坂道を駆け始める。後ろから聴こえた溜息に、彼に気取られないよう僕は小さく忍び笑った。


end.




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