let's cook together tonight.

※臨也誕


「シズちゃーん!お腹すいたぁ」
「……手前、窓から不法侵入してきて第一声がそれか」

安アパートの一室、いつの間にか窓枠に腰掛けていた折原臨也はにっこりと微笑んだ。


×


「……ちょっとシズちゃん、無視しないでよ」
「うるせぇ。こっちは今帰ってきたばっかで疲れてんだよ」
「俺だってさっき仕事終わらせて新宿から来たばっかなんだけど」
「知るか!俺はそんな面倒な手前の相手までしないといけねぇんだぞ!?」
「恋人に対して面倒って言い方はあんまりじゃない?」

大げさに身を捩りながら傷ついたと繰り返す臨也だったが、むしろ面白がっているようにしか見えない。静雄は臨也を軽く一瞥すると、バーテン服の胸ポケットから煙草とライターを取り出し、サングラスもテーブルの上に置いた。洗面所で手を洗い、うがいをして戻ると臨也は相変わらず窓枠に座ったままゆらゆらと足を揺らしていた。

「ほら、手洗いとうがいしろよ」
「じゃあ夕飯作ってくれるってこと?」

流石に家に押し掛けてきた空腹の恋人を追い返しはできないだろう。静雄が黙って頷くと、臨也は満足げに笑みを浮かべた。静雄は溜息を零して臨也のフードを掴むと、洗面所に放り投げた。猫の子どものような扱いに臨也は不満そうだったが、静雄は無視してベランダを覗き込む。窓の外には綺麗に並べられた革靴があり、思わず表情が緩みそうになった。外国ではないので当たり前のことではあるが、行儀よく並べられた靴を見て、臨也も人の子なのだと実感する。不法侵入に関しては普通に犯罪ではあるが。

「シズちゃん、手洗ったよ。うがいもした」
「あぁ。ベランダの靴ちゃんと玄関に運んどけよ」
「あ、はーい」

臨也が靴を持って廊下へ消えていったのを見送ると、静雄はエプロンを身につけながら冷蔵庫を開いて中の食材を確認する。

「あー、あんま残ってねぇな……」
「なに作るの?」
「うわっ、手前もう戻ってきたのかよ」

静雄の背後から冷蔵庫を覗き込んだ臨也はにこにこと笑みを浮かべる。やたら上機嫌だが、何か仕事でいいことでもあったのだろうか。もっとも、臨也にとっての『いいこと』は大多数にとっての『悪いこと』なのが確実だろうが。

「あ、ほんとだ。全然食材ないじゃん。買い物行ってないの?」
「先週行ったきりだったからな」
「え、マジで?今から買い物行くの?」
「いや、流石に今からはなぁ……さっきコンビニで酒とつまみ買ってきたから、それに合わせて適当に作る」

出来合いのコンビニ弁当やレトルトが苦手らしい臨也は、静雄の家に来るたびに手料理をせがむのが常だった。疲れている時は無理だと一蹴していたが、今日は余力もあるので作ってやることにする。静雄もカップ麺の気分ではなかった。

「まぁ、あんまり材料ねぇから……軽いもんしか作れねぇかもしんねぇぞ」
「うん。なんでもいいよ」
「ていうか手前も自分で作れるだろうが」
「えー、人の家のキッチンって使いにくいじゃん?大体、俺の家は高性能なシステムキッチンだから勝手が違いすぎるし」
「……安アパートの低性能キッチンで悪かったな」

静雄が口を尖らせて呟くと、臨也は思わず噴き出した。勝手知ったる他人の家といった様子で戸棚から予備のエプロンを取り出すと、臨也は手早く身につける。包丁とまな板を取り出した臨也に静雄が声をかけると、耳朶が僅かに朱く染まっていた。

「―――2人で作った方が早いでしょ」

散々好き放題に愚痴を言ったのを反省したのか、臨也は料理を手伝ってくれるらしい。素直に「俺も手伝うよ」と言えないところが可愛いんだよな、と静雄は頬が緩みそうになるのを必死で堪えた。

「……あぁ、そうだな」
「シズちゃんより俺の方が器用だしね!」
「手前は一言多いんだよなぁ」

すっかりいつもの調子に戻った臨也に半ば呆れながら静雄は冷蔵庫から野菜を取り出す。それを受け取った臨也は慣れた手つきで野菜を水洗いしていく。玉ねぎを薄切り、きゅうりを薄切り、人参をみじん切りにしてじゃがいもの皮を剥くと、鍋に水を入れて火にかける。冷凍ご飯をレンジで解凍しながら、静雄は臨也の調理をぼんやりと眺める。

「シズちゃん、ベーコンかハムある?」
「あぁ、どっちもあるぞ」

静雄がチルドから取り出したベーコンとハムを渡すと、臨也は受け取ってから交互に見定める。作っているのはポテトサラダだろうか。数秒の思案の後に、臨也はベーコンに決めたらしかった。小さめのフライパンにオリーブオイルを少量ひき、温度が上がったところでベーコンを炒めていく。香ばしい香りがキッチンに広がり、静雄の腹が獣のような音を立てた。静雄が帰宅した時点で19時を過ぎていたため、時刻は既に20時近い。

「あー、腹減った…」
「だね、もうこんな時間だし。……シズちゃんはそのご飯、どうするの?」
「お前はそれ、ポテトサラダだよな?炒飯かライスピザにでもしようかと思ってる」
「その2択なら俺、ライスピザがいいなぁ」
「了解。あ、トマトあったっけか…」
「さっき野菜室の奥に入ってなかった?2個ぐらい」
「そうか。チーズはスライスチーズしかないけど、いいか?」
「え、ピザ用チーズ無いの?」
「この前使っちまった」

あからさまにテンションが下がった臨也に苦笑しつつ、静雄は大きめのボウルに解凍したご飯を入れる。卵やチーズ、トマトなどの具材と調味料を入れて掻き混ぜ、均一になったところで臨也はベーコンを炒め終わったらしい。空いたコンロに大きめのフライパンを置き、バターを溶かしていく。バターの甘い香りが広がっていき、また静雄の腹が鳴ってしまう。静雄はぐっと空腹を堪えながらボウルで混ぜたご飯をフライパンに投入し、ヘラでなるべく綺麗になるように広げていく。

「じゃがいも茹で終わったか?」

あとは焼いておくだけだと静雄が手を止めると、臨也はじゃがいもに竹串を刺して茹で具合を確認していた。うーん、と唸りながら竹串を引き抜いた様子を見るにまだかかりそうだった。

「まだみたい。あ、マッシュするの疲れるからシズちゃんがやってね」
「……手前、最初からそのつもりで……」
「失礼だな。ちゃんと今ある食材で作れるものにしたんじゃん!」
「あー…はいはい。分かったよ」

実際、芋をマッシュにするのは静雄の苦になるような作業ではない。ここで拒否すれば「ねぇシズちゃん、適材適所って知ってる?」と詰め寄られそうだった。静雄がライスピザを危なげなくひっくり返したころにはじゃがいもは茹で上がり、湯を切った臨也がさぁどうぞとばかりにじゃがいもの入ったボウルを突き出してくる。仕方なくそれを受け取ると、静雄はライスピザを臨也に任せて芋をマッシュしはじめた。静雄はあまり潰しすぎるよりも粗めな方が好きだが、臨也はどうだろうかと振り返ると、ちょうどライスピザが焼きあがったようで、引き出しから何かを探していた。

「ピザカッターか?2番目の引き出しの右に入ってる」
「あ、そうそう。ありがと」
「マッシュどれぐらいした方がいいんだ?俺はこれぐらいが好みだけど」
「んー、まぁいいんじゃないかな。いい感じだね」

ボウルを覗き込んだ臨也は満足そうに笑ってボウルを受け取った。先ほど切った野菜類とベーコンを入れると、マヨネーズを入れて和えていく。全体が均一に混ざってきたところで塩胡椒で味を整え、皿へ盛り付ける。レストランさながらに綺麗に盛り付けられたポテトサラダを見て、静雄は思わず声を上げる。最後にもう一度胡椒を振れば完成だ。臨也は満足そうに微笑み、静雄がカットしたライスピザを見てその表情を一瞬で曇らせた。

「……ちょっとシズちゃん、カット下手にも程があるでしょ」
「腹が減って上手く切れなかったんだよ」
「いや、どんな言い訳?全部大きさバラバラじゃん」

見事にバラバラな大きさで切り分けられたライスピザを臨也は哀しげに見つめ、お盆にポテトサラダとグラスに注いだ麦茶を乗せる。臨也がそれを持ち上げようとしたところで静雄が制止し、左手にライスピザの大皿を持ち右手にお盆を持つ。軽々と持ってリビングへ運ぶ静雄の背中を臨也は複雑な気持ちで見送った。

「シズちゃんさぁ、そういうとこあるよね」
「あ?何がだよ」
「喧嘩人形なんて言われてるんだから、もっと大雑把でデリカシーなくて適当だと思うじゃん。そういうギャップ見せてくるのマジで無理だからやめてほしい」
「……よく分かんねぇけど、喧嘩売られてんのか?俺は」
「違うってば!」
「じゃあなんなんだよ、意味分かんねぇぞ」

首を傾げる静雄に臨也は頬を膨らませながら受け取った皿をテーブルに並べていく。静雄はコンビニのビニール袋から焼き鳥缶やスルメ、チューハイを取り出した。チューハイのラベルを覗き込んだ臨也が露骨に顔を顰めたのを見て、静雄は苦笑する。今日買ってきたのは格安で度数が高めの所謂ストロング缶だ。おそらく臨也の好みではないのだろう。

「あー…確か貰い物のワインがあったはずだぜ」
「え、ほんと?」
「そこの戸棚に入ってる」

静雄の言葉に目の色を変えた臨也はすぐさま戸棚を開け、ワインボトルを取り出す。しばらくラベルを眺めていた臨也だったが、安物ではないことに満足―――とまでは行かないが納得したのだろう。手慣れた手つきで瓶を開けると、キッチンから2個のワイングラスを持ってきた。

「俺はいいぞ。ワイン得意じゃねぇから」
「え、やだ。乾杯はワインでするのが決まりだろ」

どこの家での決まりだよ、と言い返そうかと悩んだが静雄はやめた。駄々を捏ねられて面倒になるのがオチだろう。はいはいとグラスを受け取ると、臨也が深紅の液体をゆっくりと注いでいく。穏やかな波がグラスの中に生まれ、静雄は思わずグラスを何度か揺らした。ワインの味は得意ではないが、色は綺麗だなと思う。ふと臨也を見れば、その赤い瞳がワインを眺めている様子に合点が行った。

「……ワインの色、綺麗だと思ってたけど似てるんだな」
「は?何に?」
「いや、手前の目の色と」
「…………え?」

虚を突かれた様子で尚も聞き返してくる臨也に焦れ、静雄がもう一度繰り返そうとすると目の前に臨也の手が突き出された。大きく開かれた手のひらに遮られて静雄は口を閉じるが、指の間から見える臨也の顔は真っ赤になっていた。まだ一滴も酒を飲んでいないのに。

「いざ「馬鹿じゃないの!?なに…なに言って……」

わなわなと臨也の手が震えるのを静雄はなんとも言えない気持ちで眺める。臨也は何度かぱくぱくと口を開いては言葉を飲み込むことを繰り返していた。

「そんなに変なこと言ったか?」
「……シズちゃんの無自覚発言のせいで俺は心臓が何個あっても足りないよ」 

臨也は大きく深呼吸をすると、じっとりと静雄を睨みつける。何を言い返しても逆効果だろうと判断した静雄がワイングラスを差し出すと、臨也は僅かに表情を緩めて同じようにグラスを差し出す。グラス同士がぶつかる軽快な音が狭い室内に響き渡った。


end.




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