No such thing !

※来神時代


「はい」

静雄の目の前にずい、と差し出されたのは小さな茶色の紙袋。首を傾げていると、手を出すように促される。言われるがままに両手を差し出せば、僅かな重みと共に掌に乗せられた。紙袋越しに冷たい感触が伝わる。

「……これ、何だ?」

静雄の疑問に臨也は楽しげに口角を吊り上げる。なんだと思う?そう笑いながら、臨也はテーブルに両肘をついた。通りかかったウエイターを呼び止め、珈琲のお代わりを頼んで、再び静雄に視線を戻す。

「分かんねぇよ。こんなしっかり袋に入ってちゃ…」
「んー、じゃあヒント。食べ物だよ」
「食べ物ぉ?なんだ、手前どっか旅行にでも行ったのか?」
「お土産とかじゃないよ。もちろん誕生日でもないし」

静雄は何度も首を捻りながら低い唸り声を漏らす。臨也はそれを楽しそうに眺め、やがてウエイターから珈琲のお代わりを受け取ると静かに啜る。店内を流れるジャズ・ミュージックやシックな店内の雰囲気に似合わない、明るい金の髪に視線を移した。何度も雑な脱色を繰り返してすっかり痛んでしまっている。元は明るい茶髪で、髪質も今とは違って柔らかったと新羅から以前聞いたことがある。臨也は手を伸ばして硬い髪に触れながら、その頃の静雄の髪に触れてみたかったとぼんやり思う。

「分かんねぇよ。……なに触ってんだ?」
「んー、別に?」

静雄の頭がもぞりと動き、鳶色の瞳が臨也を見下ろす。臨也は曖昧に笑って手を離すと、紙袋をすっと指差した。

「開けてみてよ」

静雄は頷いて紙袋を閉じてあったテープを剥がす。中を覗き込むと更に箱が入っていて、取り出した箱をテーブルの上に置く。蓋を開けてみると、中には2つの小瓶が並んでいた。よく見てみると中には薄黄色のものが入っているのが見える。

「これ、」
「昨日、日曜日だったでしょ?九瑠璃と舞流がさ、たまたまテレビで料理番組見て気になっちゃったみたいで……作りたいーって大騒ぎしてさ。でもまだ小学生だし、火を使うから危ないし」

ほんと参ったよと言う臨也は表情こそ呆れているが、どこか楽しそうだ。静雄は軽く瞠目しながら瓶の一つを持ち上げる。中を見てみれば、予想通りプリンらしい。

「それで、あいつらと一緒に作ったのか?」
「そ。多く作りすぎちゃってさ、余ったぶんのおすそ分け。俺は甘いの苦手だからあんまり食べられないしね。シズちゃん、甘いの好きでしょ?」

臨也はそう言って首を傾げると、再び珈琲を啜った。静雄は瓶を箱に戻して蓋を閉めると、目を伏せている臨也にそっと視線を移す。普段は九瑠璃と舞流のことを雑に扱ったり暴言を吐いたりしてばかりだが、甘えられると満更でもないらしい。ひとたび喧嘩になれば性格の悪さが露呈する癖に、今はこうして驚くほど穏やかな男だ。付き合っておいてなんだが、本当に二面性の激しい奴だと思う。

「なに?」
「……いや、余りでも十分だ。ありがとな」

柔和に微笑んだ静雄の鳶色の瞳がふっと細められ、臨也は思わず言葉に詰まった。誤魔化すように視線を真っ黒な珈琲に落として、小さく頷く。

「……うん」
「にしてもお前、ちゃんとあいつらの相手してやってるんだな」
「うちは放任家庭だからね。俺があいつらの親代わりみたいな感じだし」
「親代わり?」
「そう。まったく以て不本意だけどね」

肩を竦め、臨也はそう苦笑する。両親ともに仕事が忙しく、ほとんど不在だとは静雄も知っていた。臨也は料理も上手く、夕飯を作る回数は母よりも臨也の方が多いのだとも。部活にも所属しておらず、放課後も遊びに行くことは少ない。知り合ったばかりの頃は、そんな臨也の態度を疑問に思ったものだ。だからこそ静雄は思う。様々な不満を抱えつつ、双子の世話を焼く臨也は親代わりではないだろうと。

「……親代わりってのは、違うんじゃねぇか?」
「え?」

顔を上げた臨也が見開いた瞳は紅玉のようだ。場違いなほど美しい瞳に吸い込まれる錯覚を覚えながら、静雄は逡巡の後に口を開く。

「お前はあいつらの兄だろ」

当然のように言ってのけた静雄に臨也は数秒間黙り込んだ。何度か瞬きを繰り返して、それから俯いて笑った。擽ったそうに笑いながら、そうだねと零す。

「なぁ臨也。プリン2個あるからお前も食わねぇか?」
「あー、俺はいいよ。ここで食べるわけにもいかないしね。幽くんもプリン好きだったでしょ?」
「そうだな」
「俺は昨日あいつらに食わされたから…」
「……食わされた?九瑠璃と舞流にか?」
「うん。上手く出来たのがそんなに嬉しかったのか知らないけど、俺は甘いの苦手だからいいっていうのに無理やり食わせてきてさぁ」
「あーん、ってか?」
「そうそう。本当に止めてほし―――…あっ」

そこまで喋ってしまってから失言に気付き、臨也ははっと口を抑える。視線を上げると、見上げた先にはニヤニヤ笑いを隠そうともしない静雄がいた。じわじわと頬を赤くする臨也に顔を寄せ、意地悪く唇を吊り上げて臨也に笑いかける。

「ちゃんと"お兄ちゃん"してるじゃねぇか」


end.




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