ストロベリー・キス

※来神時代


ぺっとり。まさにそんな表現が相応しいだろう。来神高校の昼休み、屋上の日陰で静雄の肩に臨也は貼り付いていた。忙しなく鳴り止まない蝉の声と強すぎる日差しに構うことなく、臨也は細い腕を静雄の逞しい腕に絡ませている。

「ねぇねぇシズちゃん」
「……んだよ」
「あーつーいー」
「……だったら離れりゃいいだろ……」

臨也が触れている部分が熱を持ち、汗のせいでべたべたして不快だった。しかし暑さのせいで怒鳴る気も怒らず、溜息と共に静雄はそう吐き出した。途端に臨也は静雄に貼り付いたまま睨み上げてくる。静雄の返答が不満だと言いたげに唇を尖らせる。

「ノリ悪い。シズちゃんほんとKY」
「あーはいはい……」

静雄は罵声を聞き流しながら開いたシャツの胸元を摘み、ぱたぱたと扇いだ。僅かに生まれた風がじっとりと汗で濡れた胸元に入り、微かな涼しさが生まれる。そのまま空を見上げると、抜けるようなシアンブルーが目に入ってくる。どこまでも澄んだ青い空を、まるで臨也のようだと思いかけて静雄は大きく首を横に振った。一瞬でもそんなことを考えてしまった自分に自己嫌悪しそうだった。

「どしたの?シズちゃん、眉間にシワ寄ってるよ」
「うっせぇ!……手前のせいだ」

端正に整ったその美貌や明るく澄んだ声が青空みたいだ―――そんなこと、口が裂けても言えない。というか一生言うつもりはない。静雄がますます眉間の皺を深めると、臨也はギョッとしたように絡ませていた腕を離した。その隙を見て臨也から少し距離を取ると、飲みかけのいちごオレのパックを持って背を向ける。

「え?なんで?」
「―――……」
「ちょっと無視しないでよ!」

黙っていちごオレを啜りはじめた静雄に臨也は思いきり抱き着く。背中から急に抱き着かれてもびくともしない様子に不満を露わにし、臨也は大仰になんでなんでと騒ぎ始める。

「うるせぇ」
「ねーシズちゃんってばー」

尚も追及してくる臨也に苛立ち、静雄は背を向けたまま手を伸ばす。小さな頭をがしりと掴むと、臨也の髪をぐしゃぐしゃと掻き乱してやった。男のくせにしっかりと手入れがされた髪は柔らかく滑らかな指通りで、頭皮に汗が滲んでいても甘いシャンプーの香りがふわりと漂った。

「っ、ちょ、っとシズちゃん!」

憤慨する臨也の声に顔だけで振り返ると、ぐしゃぐしゃに乱れた髪のまま臨也が静雄を睨み上げていた。ルビーのように赤い瞳が怒りと困惑の間で揺れている。それがまるで子猫のようで静雄は思わず笑みを零した。臨也はさらに困惑し、不安そうに静雄を抱き締める力を強める。

「し、シズちゃん…?」

夏の日差しに晒されても日焼けすることを知らない真っ白な腕。静雄の硬い胸板に抱き着いている臨也の赤い瞳がゆらゆらと揺れた。それを熱気で生まれる蜃気楼のようだと思ったのは何故だろう。

「……臨也」
「え?」

静雄は硬いコンクリートに片手をつき、それを軸に身体を捻って振り返る。目を瞬かせている臨也は反射的に静雄を抱き締めていた腕を離す。静雄は行き場を失った細い腕を掴んで、ぐっと引き寄せた。強すぎた力のせいで静雄の胸に顔から突っ込んだ臨也は、鼻を強かにぶつける。赤くなった鼻を押さえたままで顔を上げた。

「ッたぁ……シズちゃん、急になに…」
「す、すまん」

戸惑う臨也に謝るのもそこそこに、静雄の心拍数は急上昇していた。煩雑に感じていた蝉の声がやけに遠く感じられる。見上げてくる臨也の瞳に吸い込まれるように顔を寄せる。大きく目を見開いた臨也の唇にそっと口づける。柔らかな感触と、皮膚を伝う汗のしょっぱい味。暑くてぼうっとしそうになるぐらいなのに、一度触れたら止められなかった。拒否を示されないのをいいことに、静雄は臨也の肩を引き寄せて口づけを深くした。薄く開いた唇の隙間から舌を捻じ込む。微かな呼吸さえも奪い取るように臨也の舌を吸い、甘く歯を立てた。

「……ん、ぅ」

ようやく唇を離した頃にはお互い赤く茹っていて、そんな顔を見合わせて思わず笑い合ってしまう。臨也は大きく深呼吸をして、窒息するかと思ったと呟いた。

「手前が息継ぎ下手なんじゃねーの」
「はぁ?シズちゃんが息継ぎさせてくれないからでしょ。キミの肺活量と俺の肺活量を一緒にしないでくれる?」
「じゃあ肺活量鍛えるか?キスで」
「……うわぁ」
「あ?なんだよその顔」
「オッサンみたいなこと言わないでよ。萎える」
「オッ……」

歯に衣着せぬ物言いに静雄が絶句すると、臨也は大きく肩を震わせながら俯いた。爆笑されていい気分になるわけがなく、静雄は臨也の肩を揺らす。ようやく顔を上げた臨也は、笑いすぎて目尻に涙を浮かべていた。

「あははっ……シズちゃん、顔真っ赤だよ?」
「手前なぁ…!」
「オッサンみたいだなんて思ってないよ。俺そんな趣味ないから」
「別に本気にしたわけじゃねぇよ!」
「あーはいはい」

臨也は笑いながら静雄の腕に抱き着いた。汗ばんだ柔らかい肌が密着して、静雄の心拍数は更に跳ね上がる。

「い、ざや」
「ねーシズちゃん、いちごオレの味したよ」
「は?」
「シズちゃんとのキス」

にっこりと笑いながら言われ、静雄は気恥ずかしさで黙り込む。そういえば、何も考えずにいちごオレを飲んだ直後にキスしてしまった。甘い飲み物を好まない臨也は嫌だったのかと静雄が考えていると、心中を読んだように臨也は違うよと苦笑した。

「別に嫌だったとかじゃないよ。あー、でも…」
「でも……なんだ?」
「ちょっと食べたくなっちゃったかも」

要領を得ない回答に静雄が首を傾げると、臨也は静雄の腕を掴んで立ち上がる。ぐいぐいと引っ張られて仕方なく静雄が立ち上がると、臨也は中庭の自販機を指差した。飲料水を販売している通常の赤い自販機と異なり、それは白色をしている。

「アイス!食べたくなっちゃったから買ってよ」
「はぁ?」
「ね、ね、いいでしょ?」
「なんで俺が……」
「だって、シズちゃんがいちごオレ味のキスしてきたせいだよ」
「……はぁ……何味がいいんだ?」

つくづく随分と絆されたものだ、と静雄は思う。知らず知らずの内に甘やかし、こうやってわがままも簡単に受け入れてしまう。無邪気に笑う表情が愛しくて、それでも素直に見詰めるのは恥ずかしかった。視線を僅かに逸らしながら尋ねると、臨也は静雄の手を引きながら振り返る。

「ストロベリー味に決まってるでしょ?」


end.




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