wait a minute!!



「ふぅ………」

コンクリートの冷たい壁に凭れ、吐き出した紫煙の行方をぼうっと眺める。真っ白な細い煙は宙をもわもわと漂い、やがてすっと消え失せた。胸ポケットから取り出した紙箱の中を覗き、少なくなった残りを数えながら静雄はぼんやりと考えを巡らせる。

(最近、本数増えてんな…。それもアイツのせいだけど)

ここ最近、静雄がずっと苛立っている原因はある男にある。一見すれば爽やかに見える柔和な笑みを浮かべ、狡猾に人を騙し、篭絡し、陥れる情報屋、折原臨也の姿をここ1ヶ月見ていなかった。短くなった煙草を携帯灰皿に押し付けて火を消す。思わず舌打ちが零れた。この苛立つ気持ちの燻ぶりも、この火のように消えてしまえばどれほど楽だろう。


×


「―――臨也」
「え……あぁ、波江……何か言った?」
「ちょっと、貴方聞いてたの?」
「ごめんごめん、ちょっと考え事してたよ。もう一度言ってくれるかな」
「……手間をかけさせないで頂戴」

波江はこちらに視線すら寄越さないまま、卓上に書類を叩き付けた。分厚い書類の束が衝撃で歪む。思わず頬が引き攣るのを感じながら、臨也は重い書類の束を持ち上げた。踵を返そうとする波江を引き留めて、質問を投げる。

「……随分と多いみたいだけど?」
「えぇ、そうね」
「ねぇ波江……まさかこれ、全部…「今日中に終わらせてくれる?」

ぴしゃりと言い放ち、波江は肩にかけた革のバッグから携帯を取り出した。一度として臨也に視線を向けることなく、細い指先は明らかにメールを打ち込んでいる。

「私はもう帰るわ。自分の仕事は終わったから。それに、今日は誠二と食事に行く約束なの」
「あーはいはい、そりゃよかったね。お疲れ様」

携帯をぱちりと閉じ、素早く帰り支度を済ませて波江は去っていく。颯爽とタイトスカートを翻していく姿は、こうして見ると典型的な仕事の出来る女だ。しかしそんな彼女がお尋ね者で歪んだ愛を胸に秘めているなど、普通の人間は知る由もない。臨也は分厚い書類を捲りながら、必要事項に端正な文字が書きこまれた文面を眺める。臨也の唇が歪む。

「つくづく面白い女だね。退屈しなくて助かるよ」

面白い駒は矢霧波江の他にもたくさんあった。だからこの新宿という街も池袋の街も、見応えのある人間の集う東京という都市は興味深い。しかし、その中でも思い通りにいかないイレギュラーな存在が一人だけいる。もう1ヶ月は姿を見ていない男の顔を思い出し、臨也は浮かべていた笑みが僅かに引き攣るのを感じた。

「キミだけは本当に厄介だね」

チェス盤の上に並べた一つの駒を手に取り、臨也はそれを指先で弾く。硬質な音を立てて床に落ちた駒を一瞥し、重い息を吐き出した。

「思い通りに動いてくれないキミのことが、俺は心底大嫌いだよ」


×


明るい店内には軽快なBGMが流れている。静雄はレジで注文を済ませ、座ったテーブルで項垂れていた。陽気な店内には似つかわしくない姿の静雄を見て、周囲の客が距離を取っているのが視界の端に映った。だからといって姿勢を正す気にもなれず、静雄は頭をがしがしと掻きまわす。

「静雄、どうかしたのか?」
「……トムさん」

注文を終えて戻ってきた先輩に、静雄はようやく顔を上げた。心配そうに覗き込んでくる表情に申し訳ない気持ちになり、反射的に謝罪の言葉を口にする。

「すんません、大丈夫ッス」
「そっかぁ?見るからに落ち込んでるように見えるけどな」
「……気ィ使わせたなら、すんません」
「謝るなって」

静雄の持っていたタイマーが鳴り、店員がバーガーセットを持ってくる。静雄はトムのバーガーセットが来るまで待っていようと思ったが、腹減ってるだろと促されて素直に食べることにした。手を合わせていただきますと呟き、バーガーの包み紙を外す。思い切りかぶりつけば、照り焼きソースの甘い味とジューシーなパティの旨味、口の中に広がっていく。シャキシャキとしたレタスの触感も心地よく、僅かにささくれ立った心が和らいでいく気がした。

「テリヤキバーガー、美味いか?」
「うまいッス」

行儀悪く咀嚼の途中で答えると、トムは咎めるでもなく苦笑した。静雄の頭をポンと撫でると、手持ち無沙汰にタイマーを眺める。それから、ゆっくりと静雄に視線を戻した。

「……なぁ静雄、ちょっと訊きたいことがあるんだが」
「はい?何ッスか」

静雄が首を傾げた瞬間、トムのタイマーから音が鳴る。店員が持ってきたバーガーセットを受け取ると、トムは丁寧に包装紙を剥がしていく。

「あー……その、だな。……怒らないで、聞いてくれるか?」

いまいち理解できないまま静雄が頷くと、トムは表情を強張らせながら口を開いた。バーガーを持つ手が僅かに震えている。

「お前が苛立ってるの、折原臨也が原因か?」

その言葉に、静雄はバーガーの最後の一口を食べるのを躊躇した。一瞬固まったのちに口の中に放り込み、ゆっくりと咀嚼を繰り返す。トムが身体を硬くして返答を待っているのが分かった。コーラで口の中を潤し、静雄は口を開く。

「……トムさん」
「あ、あぁ?」
「ありがとうございます」
「……は?」

心は不思議と清々しかった。恐る恐る見上げてくるトムに軽く頭を下げ、静雄はゆっくりと立ち上がった。首を何度か回すと、関節がボキボキと音を立てる。

「し、静雄…?」
「すんません。俺、帰らせてもらいます」
「え?いや、でもこの後はヴァローナが……」
「あいつにもすまねぇって伝えておいてください。この埋め合わせは今度しっかりやるんで、お願いします」

静雄がそう言うと、トムは呆然としたまま何度も頷いた。トレイの上には飲みかけのコーラとポテトが残っていて、静雄は少し勿体ない気持ちになる。

「あ、残りのポテト食ってください。まだ手ぇ付けてないんで」
「おう、さんきゅ―――……じゃなくて!おい、静雄!」

トムが何かを言う前に静雄はバーガーショップを飛び出していた。人でごった返す街を走り抜けていく。

(そうだ、原因は臨也の野郎だ。分かりきっているんだからその原因を絶ってしまえばいい話だ。こんなにも単純なことに、どうして今まで気付かなかったんだ)

目指す先は、新宿の高層マンションだ。


×


ピンポーン、と鳴り響いたチャイムの音に意識が浮上する。靄がかった思考のまま目を開けると、どうやら自分はソファーに寝そべっているらしかった。書類を片付けた後、力尽きて眠っていたらしい。臨也がぼうっとしたままリビングと廊下を隔てる扉に目を遣ると、再びチャイムが鳴らされる。宅配を頼んだ覚えもなく、仕事関係の荷物が届く予定もないはずだ。不信感を覚えながらも臨也は腰にナイフを忍ばせ、ソファーから起き上がった。スリッパを履いて扉を開け、廊下を歩いて玄関の前に立つ。違和感の大きな原因は、下のロビーではなく玄関前のチャイムが鳴らされていることにもある。ゆっくりと覗き窓から外を伺うと、真っ先に飛び込んできた金の色に虚を突かれた。無表情で突っ立っているその男は、間違いなく臨也の仇敵だ。

「なんで―――」
「オイ臨也ァ!居留守使ってんじゃねーぞ…!」

静雄はチャイムを鳴らすことをやめ、目の前の扉がドンドンと叩かれる。轟音とともに揺れる扉に、臨也の背中を冷たい汗が伝っていく。近所迷惑はもちろん、このまま無視すれば扉をぶち壊されるのが明白だった。ヤクザに似た恫喝を繰り返す静雄を覗き窓から睨みつけ、臨也は深く息を吸い込む。

「シズちゃん」

叫び声がぴたりと止まり、臨也の声に静雄は目を丸くして手を止めた。覗き窓から臨也が見ていることに気付いたのだろう。静雄はニヤリと凶悪な笑みを浮かべた。

「やっぱり居るじゃねーか」

ゆっくりとチェーンを外し、鍵を回した。ガチャンと開錠した瞬間、臨也は一歩後退る。案の定、開いた扉の隙間から静雄の腕がぬっと伸びてきて臨也はナイフを構えた。手が届く範囲にいない臨也がナイフを構えていることに気付くと、静雄は不満そうに鼻を鳴らす。

「逃げんじゃねーよ」
「いきなり舌打ちだなんて随分なご挨拶だね、シズちゃん」
「手前が逃げるからだろうが」

相変わらず噛み合わない会話に舌打ちしたいのは臨也の方だった。ギラギラを瞳を輝かせる静雄はさながら肉食獣のようだ。もう一歩後退り、臨也は唇を歪めて笑う。

「……喧嘩の勧誘はお断りしていますので」
「喧嘩ァ?残念だが、そうじゃねぇ」

どう考えても喧嘩を吹っ掛けに来ているように見えない。何かを企んでいるのだろうと考え、臨也は構えたナイフを握り直しながら嘲笑を浮かべた。

「喧嘩じゃない?そんな妄言、信じられると思う?マンションを全壊させにでも来たのかい?俺を殺すのが目的なら一般人を巻き込むのは実に良くないと思うよ。でも、それぐらい大ごとになれば今度こそキミは懲役刑になるかな?刑務所で臭い飯を食わされるシズちゃんに面会へ行く……なんて、ちょっと愉快かもしれないね」
「違うって言ってんだろ」
「でもさぁ、そんなことしたらキミの周囲の人間が悲しんじゃうよ?ほら、田中さんとか幽くんとか……親御さんとか?」
「だから、違うって…」
「あっ!でもシズちゃんは化け物だから―――化け物のキミを心配するような人間なんているわけないよね。当たり前か、だってシズちゃんは…」
「ッ、そうじゃねぇって言ってんだろうが!!」

臨也に簡単に煽られた静雄は、左手で抑えていた扉を思い切り握り潰した。金属がひしゃげ、ドアノブと鍵部分がバラリと崩れ落ちていく。

「…………はい、不法侵入に咥えて器物損害」
「あ゛ぁ!?知るかよクソノミ蟲が!」
「相変わらず横暴だねぇ。人の家壊すのやめてくれないかなぁ。喧嘩しに来たんじゃない?言った傍から破壊してるし、やっぱり嘘じゃないか」
「手前が俺を煽るからだろうがッ!!」

そう叫ぶと、静雄は扉から手を離す。また怒りに任せて暴れ回るのかと臨也は身構えるが、静雄はばつが悪そうに俯いて急に黙り込む。突然の変わりように臨也は警戒を解かないまま、内心冷や汗が止まらなかった。

(本当に何をしに来たんだ?喧嘩売りに来たんじゃない?そんなわけない、意味が分からない。喧嘩以外で来るって、何をしに?まともに会話が続いたことがないのに、喧嘩以外の理由があるわけがないだろう)

静雄は革靴を玄関で脱ぎ捨て、廊下へ上がり込んでいる。来客用スリッパを履くという発想がないのか、靴下のままだ。臨也は後退りながらナイフを握る力を強める。静雄は大きく深呼吸をすると、じっと臨也に視線を向けた。

「……臨也」

真剣な視線に晒され、臨也の心拍数があり得ないぐらい跳ね上がる。急に真面目な表情と声で話しかけられただけなのに、動揺している自分が信じられなかった。

「なぁ、この1ヶ月池袋に来なかった理由はなんだ?」

呟くように零された言葉に、臨也は耳を疑う。震えそうになる声ではぁ?と言い返すと、静雄はがしがしと頭を掻いてあーとかうーとか不明瞭な唸り声を吐き出す。

「おかしいだろ。今までこんなことはなかった。1週間、長くても2週間経つ前に手前は俺の前に姿を現してた」
「……何?俺が良からぬ企みをしてるんじゃないかって怪しんでるの?」

それなら今までの不可解な言動にも多少は説明がつく。急に臨也が現れなくなったことに不信感を抱き、真実を暴きに来た。探偵気取りの陳腐な正義感だ。しかし静雄は首を横に振り、そうじゃねぇと再び否定を重ねた。

「怪しんでるわけじゃねぇよ。俺はただ、どうして来なくなったのかその理由が知りてぇだけで……」
「なんで?」
「なんで、って」
「俺が池袋に来なくなったのがどんな理由であれ、キミは俺が来ないことで名前通り生温い平和に浸って生活できるんでしょ?じゃあ放っておけばいいじゃないか。理由を知りたいなんて、俺を怪しんでる以外の動機にならない」

曖昧過ぎる返事に次第に苛立ちが募り、臨也はナイフを構えたまま一歩を踏み出した。もう一歩踏み出せば、この鋭利な刃はいとも簡単に静雄へ届くだろう。

「……怪しんでもねぇよ。でも、直接会って原因を絶てばいいと思って」
「原因を絶つ…?やっぱり俺を殺す気じゃないか」
「違う!そうじゃねぇよ!あー……もう、どう言えばいいんだ…」

静雄が額に手を当てた瞬間、臨也は一歩踏み込んでナイフを突き刺した。頑丈すぎる静雄の皮膚にナイフが刺さることはなく、素早く横に滑らせればバーテン服が破れ、表面の薄い皮膚だけに浅い傷が生まれる。

「ッ、……!」
「意味のないお喋りをぐだぐだするつもりはないよ」

臨也は冷たく言い放ち、紅玉のような瞳を眇める。どういう風の吹き回しかは知らないが、理解不能な思考回路に巻き込まないでほしい。うっすらと鮮血が浮き上がる腹を手で覆い、静雄はぐっと唇を噛む。自分から仕掛ければ間違いなく乗ってくることを臨也は今までの経験で知っていた。

(さぁシズちゃん、何を仕掛けてくる?拳か、足か、それとも靴箱の上にある花瓶か―――?)

臨也が左手を腰に回し、もう一本のナイフの感触を確かめた瞬間だった。静雄が一気に距離を詰め、ナイフを持つ臨也の右手首を掴む。一瞬の気の緩みにつけ入られ、思わず舌打ちが漏れた。臨也はその手を振り払おうと身を捩ったが、関節が軋む感覚に動きを止める。

「っう……」

痛みに顔を歪めると静雄の手の力は一瞬緩んだ。しかし臨也が右手を引きかけると再びしっかり捕らえられ、結局逃げることは叶わなかった。そのまま身体を壁に押し付けられ、臨也は否応なく静雄を見上げる形になる。鳶色の瞳にじっと見下ろされ、至極居心地が悪かった。

「ドアを壊したのは、悪かった。きちんと弁償するから」
「……は?」
「ただ、本当に今日は喧嘩吹っ掛けに来たわけじゃねーんだよ。……話がしたくて」

話がしたい?臨也は虚を突かれて思わず口をぽかんと開いた。見上げられた静雄は僅かに頬を染め、再びがしがしと頭を掻いて視線を逸らす。

「手前が来なかった1ヶ月間、俺はずっとイライラしてたんだよ。理由は分かんねぇ。俺をおちょくったり煽ったりするお前がいなくなりゃスッキリすると思ってたのに、その逆だ。……お前が居ないと、お前が居る時の数倍イライラモヤモヤする。どうすりゃいいのか分かんなくて、お前に会えば解決するかって思ったんだ」

何度も視線を泳がせながら、そう言った静雄は臨也の手首を掴む力を緩めた。項垂れるように臨也の肩に額を押し付け、静雄は熱い息を吐き出した。

「……でも、こうして会ってもスッキリしねぇ。余計になんか混乱しちまって、自分の感情がよく分かんねぇんだ」

静雄は僅かに顔を上げ、臨也の顔を覗き込む。未だに呆然としている臨也は、静雄と視線が合うと頬をぶわりと真っ赤に染め上げた。

「っな、なに、言って……意味わかんな……」
「俺だって分かんねーよ」
「し、シズちゃんが分かんないのに俺が分かるわけないじゃん!」

混乱気味に喚き散らし、臨也はじたばたと抵抗を繰り返す。静雄はしばらく黙り込んでいたが、何を思ったのか急に臨也の腰を強く引き寄せた。バランスを崩した臨也は呆気なく静雄の胸に倒れ込み、背中に回された腕にぎゅっと抱き締められる。

「な、ななな、何して」
「手前がバタバタ暴れるからだろ」

臨也は思わず手からナイフを取り落とした。フローリングの隙間に鋭いナイフの切っ先が突き刺さる。硬直した臨也の身体をじっと抱き締めながら、静雄は臨也の黒髪を太い指先でそっと梳いた。滑らかな髪の感触を感じ、視線を落とした先の細く白い首を見て零れる吐息は熱い。ようやく大人しくなった臨也の顔をそっと伺うと、赤い瞳は動揺に揺らいでいた。初めて見る仇敵の表情に、静雄の心臓は大きく高鳴る。

「臨也」

囁くように名前を呼んだ。導かれるように見上げてくる臨也のあどけない表情に吸い込まれるように静雄は屈み込み、薄紅色の薄い唇に口づける。柔らかな感触に触れた瞬間、鼓動がどんどん大きくなるのを感じた。触れるだけの口づけに臨也は呆然としたままで、静雄はもう一度唇を重ねる。確かめるように何度も触れるたび、びりびりとした電撃で身体が痺れる錯覚に陥った。

「……臨也?」

静雄が唇を離して顔を上げると、臨也は静雄の手を思いきり振り払った。またナイフが飛んでくるかと静雄は一瞬身構えるが、両手で口元を覆った臨也はその場にずるずると崩れ落ちてしまう。小さな声でなんで、どうして、と呟きながら頬も耳も真っ赤に染まっていた。

「……だって、俺、一度もそんな……言ったこと、」
「おい、臨也」
「なんで、……どうして、シズちゃんが」
「臨也!」

静雄の声に臨也はびくりと肩を震わせた。しゃがみこんだ静雄が視線を合わせようとすると、臨也は顔を覆って視線を逸らそうとする。静雄は顔を隠そうとする臨也の手にそっと触れてみる。

「……臨也、なぁ顔見せろって」
「や、やだ」
「なんでだよ。顔真っ赤なのバレバレだぞ。……嫌だったのか?」
「っ、い、嫌に決まってんじゃん!シズちゃんと、キスするなんて…」

目を伏せて臨也は何度も首を横に振るが、どう見ても嫌がっているようには見えなかった。静雄が腕を掴んで軽く引くと、防御壁は簡単に瓦解した。手を下ろした臨也は、どこか期待するような色を瞳に浮かべて静雄を見上げる。

「へぇ、嫌なんだな」

揶揄するように囁いて額や頬に何度も口づけた。擽ったそうに肩を竦める臨也は緊張も露わで、静雄は安心させるように臨也の手に指を絡める。

「し、シズちゃ」
「なぁ俺、分かったかもしれねぇ」
「何が……」
「モヤモヤイライラの原因だよ」

え?と見上げてくる赤い瞳にはナイフを振り回していた時の凶悪さはなく、純粋に静雄が口にする次の言葉をただ待っている。静雄は顔を上げ、臨也の顔をじっと見下ろした。もう逃げることはないだろうと分かっていながら、静雄の手は自然と臨也の手を掴む。

「俺、お前のことが好きだ」

口にしてしまえば一瞬で、そして陳腐な言葉のように思えた。大きく見開かれる臨也の瞳から目を逸らさないまま、静雄は更に言葉を重ねる。自分に言い聞かせるようにも、臨也に言い聞かせるようにも。

「多分、高校の時から好きだった」
「ずっと手前に振り回されながら、目が離せなくて」
「素直になれなかっただけで、多分初めて出会った時からそうだった」

静雄は感情を咀嚼するようにゆっくりと言葉を連ねる。臨也は、あまりの衝撃に空っぽになってしまった頭で必死に静雄の言葉を受け止めていた。射抜くような鳶色の瞳に浮かんだ熱は、間違いなく情欲の色を孕んでいる。

「……今更だけど好きなんだ、臨也」

伽藍洞の頭の中に、静雄の囁く言葉だけが反響した。


end.




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