sweets sweets

※シズイザ前提


どうしてこうなった?

折原臨也の脳内はその言葉だけで埋め尽くされていた。周囲を見渡せば白やピンクを基調とした可愛らしいインテリアが配置され、皿やカップの一つ一つがファンシーなデザインで統一されている。女性人気の高いスイーツビュッフェの中で、臨也は立ち尽くすほかない。

「いざにぃ!舞流ね、あれ食べたい!」

甲高い声が臨也を呼びながら手を引っ張る。遠慮を知らない子どもの強い力に引っ張られ、臨也はバランスを崩しかけて踵にぐっと力を込める。踏み止まって視線を落とすと、妹が三つ編みを揺らしながら眼鏡越しの大きな瞳で見上げていた。

「いざにぃってば!あれ、あれがいいっ!」
「舞流、お前うるさいよ」
「だってあれ、食べたいんだもんっ!」
「……まだ店員が来てないだろ。大人しくしとけ」

不貞腐れながらも舞流はようやく閉口した。臨也は盛大な溜息を吐き、周囲の視線から少しでも逃れようと俯いた。騒がしい妹とは真逆の性格をした寡黙な姉は、大人しくメニューボードの写真に見入っている。

「はぁ……」

高校3年の兄と小学4年の双子の妹の組み合わせは、若い女性客とカップルで溢れる店内では浮いてしまう。加えて新規開店したばかりで、日曜日となれば尚更だった。嫌でも耳に入ってくる女性客の囁きでは、臨也の眉目秀麗を具現化したような顔立ちや双子の愛らしさに言及しているものが多かった。重い気持ちで俯いていると、もう黙ることができなくなった方の妹が臨也の腕にしがみついてくる。

「いざにぃ、まだぁー?」
「まだだ。ほら、前の客が今呼ばれてるからあと少し我慢してろ」

ばたばたと足を揺らす舞流を宥めていると、客の案内をしていた女性店員が臨也を見て苦笑した。微笑ましいと言わんばかりの表情に居心地が悪くなるが、反射的ににこりと笑顔を返してしまう。綺麗な美少年に微笑まれ、店員は頬を赤く染めた。それを見ていた舞流はうわぁと露骨に眉を顰めた。

「いざにぃ、また愛想笑いしてるー」
「うるさい」

舞流の揶揄を受け流し、数分経過した頃にようやく席へ案内された。臨也は舞流の手をしっかり掴んだまま、メニューボードに貼り付いている九瑠璃を引き剥がす。

「九瑠璃、おいで」
「肯(うん)」

席へ案内され、店員にビュッフェのシステムを案内される。双子は話をきちんと聞いていたが、店員が去った途端に同時に席を立とうとする。臨也は慌てて手を伸ばすと2人の細い腕をがしりと掴んだ。

「待て、お前ら同時に動くな」
「なんでぇ!?私もうお腹ペコペコだよー!」
「肯…空…腹…(うん…お腹、空いた…)」
「こんだけ広いんだから同時に動いたら迷子になるだろ」
「ならないよっ!私たち、もう4年生だよ!?」
「"まだ"4年生の間違いだろ。……九瑠璃、もう少し待てるか?」
「……肯(……うん)」
「ごめんな。先に舞流を連れて行くから」

大人しく席に戻った九瑠璃の髪をそっと撫で、臨也は舞流の手を取って立ち上がる。美味しそうなスイーツの並ぶテーブルを前にして目を輝かせた舞流の手を離し、トレイを持たせて皿を乗っけてやる。舞流は自分でトングを持とうとしたが、並ぶスイーツは柔らかいケーキやゼリー類が大半だ。目当ての物以外も崩してしまうだろうと臨也が代わりにトングを持つ。

「やだ、自分でやりたい!」
「お前が取ろうとしたケーキが他の子に崩されてたらどう思う?嫌だろ?食べたくなくなるだろ?」

臨也に諭され、舞流は唇を尖らせながらしぶしぶ頷く。どれが食べたいのか逐一確認をしながら、臨也はスイーツを取って皿に並べていく。崩すことなく綺麗に取っていったお陰で、舞流の更には綺麗にスイーツが並んでいた。全て回り終わる頃には自分でトングを持てなかったことなど、どうでもよくなったらしい。舞流はご機嫌でドリンクバーでジュースを注いでいた。トレイを持たされていた臨也は軽く息を吐き、次は九瑠璃を連れていけないのだと重い気持ちになる。

「いざにぃ!」
「ジュース注げたか?」
「うん!あっ、ねぇねぇいざにぃ!」
「なんだよ……」
「クル姉は?」
「……は?席にいるだろ」
「居ないみたいだよ?」

一瞬で血の気が引いた、気がした。臨也がトレイを持ったまま席を振り返ると、九瑠璃がいたはずの席には誰の姿もない。

「……九瑠璃……?」
「あっいざにぃ、店員さんが新しいゼリー持ってきたよ!あれも美味しそう!」
「言ってる場合か!九瑠璃、どこいった!?」

臨也は席に戻ってトレイとジュースの入ったグラスを置き、絶対に動くんじゃないときつく言い含めて舞流を座らせる。

「新しいゼリーは!?」
「あとで取ってくるからお願いだから座ってろ。先に食べてていいから」

その一言に舞流は目を輝かせ、光の速さでフォークを手に取った。臨也が行儀の悪さを指摘するよりも早く、いただきますも言わずに食べはじめる。ガンガンとした頭の痛さを感じながら、臨也は店内をぐるりと見回した。目の届く範囲に九瑠璃の姿はない。闇雲に探すよりもいいだろうと店員を引き留め、妹の姿がないことを伝える。高級ビュッフェなだけあり、すぐに探す手伝いを申し出てくれて少し安堵する。短く礼を伝えると、舞流が席に座っていることを確認して臨也は店の奥へ歩きはじめた。こんなことになったのも全て、母のせいだというのに。


×


日曜日、臨也にとっては何の予定もなく平和な休日のはずだった。しかし、早朝から妹2人に腹部に飛び乗られるという斬新かつ迷惑極まりない起こされ方を実行された。低血圧ゆえにぼんやりとした頭のまま、両手を引かれて階下に連れて行かれれば、出勤間際の母から分厚い財布を手渡された。綺麗に口紅を塗った唇を引き上げて美しく微笑むと、彼女は一言告げた。

『私の代わりにこの子達の買い物に付き合ってあげて』

ようやく頭が回転を始め、その言葉の意味を理解した頃には手遅れだった。母を引き留めようとした臨也の言葉は、目の前で閉まった扉の音と無邪気に喜ぶ双子の歓声に掻き消された。

「いざにぃ早くー!」
「兄…早…行…(臨也兄さん、早く行こうよ…)」

急かす双子に追い立てられ、臨也は急いで朝食と着替えを済ませた。半ば引き摺られるように近郊のショッピングセンターへ連れて行かれ、購入した大量の服や雑貨を持たされた。ショッピングで疲弊した頃、お腹が空いたと舞流が騒ぎ出した。ファミレスにでも行くかとぼんやり考えていた臨也の考えは甘かった。

「ここがいい!」
「は…?なんだよ、この店」
「スイーツビュッフェだよ!」
「……スイーツ、ビュッフェ……?」

そうして連れ込まれた先が、新規開店したばかりのスイーツビュッフェだった。どうやら双子は随分と前から行きたくて事前にリサーチしていたらしい。舞流のキラキラとした瞳を見た瞬間、臨也は咄嗟に逃げようとした。しかし、大荷物を持ったままの腕にがっしりと九瑠璃が抱き着いてくる。逃げようとした方向に仁王立ちし、満面の笑みを浮かべる舞流に臨也は苦笑いを返すほかなかった。


×


そして現在に至る。
店員の協力もあり、九瑠璃は5分程度で無事に見つかった。流れ落ちるチョコレートフォンデュを一心不乱に見つめていたらしい。臨也が九瑠璃の手を取って席に戻ると、舞流は口の周りをクリームで汚したまま顔を上げた。

「クル姉!どこ行ってたの?」
「チョコフォンデュが面白かったんだと。……舞流、席を離れるなよ。九瑠璃の分を取ってくるから」
「はぁーい」

呑気な返事をする舞流を残し、臨也は九瑠璃を連れてスイーツの並ぶテーブルへ向かう。トレイを持たせて皿を乗っけると、九瑠璃は黙ってスイーツを指差しはじめた。自分でトングを持ちたがらないことに一息吐き、臨也は九瑠璃が希望するケーキを取っては皿に並べていく。全て回り終わるが、舞流に比べると食べる量が少ない。

「これだけでいいのか?」
「肯(うん)」
「そうか。まぁ時間はまだあるからな。足りなかったらまた追加に来よう」
「……肯(……うん)」

俯いた九瑠璃はどことなく元気がない。先ほど迷子になったことを怒られたからというわけではなさそうだ。そういえば、最近になって九瑠璃の発育が良くなってきた。臨也と同じように細い舞流に対し、九瑠璃は肉付きが良いのだ。二の腕や太ももが太くなってきたことを気にしているのかもしれなかった。デリケートな話題だけに踏み込みにくいが、注意すると寡黙な九瑠璃は更に追い込まれてしまうかもしれない。触れないことが一番だろうと判断し、臨也は九瑠璃のトレイを持ってやる。

「ほら、ドリンクバーだ。飲み物注いでいいぞ」

九瑠璃は頷いて温かい紅茶をカップに注ぐ。好きだったはずの炭酸飲料に目もくれないところを見るに、臨也の予想は当たっていそうだった。九瑠璃を連れて席に戻ると、舞流は相変わらず口の周りを汚したままケーキを貪っている。

「舞流……お前なぁ……」
「にゃに?」
「……じっとしてろ!」
「にょああああ!!」

暴れようとする舞流を抑えつけ、臨也は口の周りをお手拭きで綺麗に拭ってやった。皮膚が擦れたせいで口の周りが真っ赤になり、舞流は怒り心頭だ。九瑠璃はといえば、一人で大人しく席に着いていただきますと両手を合わせている。

「いざにぃの乱暴者っ!」
「何とでも言え。お前の行儀は悪すぎる」

噛み付いてくる舞流をあしらいながら、臨也はようやく席についた。深い溜息を吐き出し、椅子に大きく凭れ掛かる。幸いなことに選んだ席は周囲から見えにくい場所なので、これぐらいは許されるだろう。甘い匂いをずっと嗅いでいるせいか、積もった疲労のせいなのか食欲は湧かない。2人が食べ終わるまで休んでいようと臨也は瞳を閉じるが、その安寧はすぐさま阻まれてしまった。

「ねぇいざにぃいざにぃ!」
「……なんだよ……兄ちゃん疲れてんだよ」
「なんで?」
「疑…?(どうして…?)」
「なんで…?見て分かんねーのか」
「分かんない!」
「も、もしかして……いざにぃどっか悪いの?頭?頭が悪いの?」
「だいじょ―――…おい、今なんつった?舞流」
「兄…丈…?(臨也兄さん…大丈夫…?)」
「お前もかよ、九瑠璃」

凭れ掛かっていた上体を起こし、臨也は苦笑しながら双子の顔を覗き込む。

「ほら、兄ちゃんはいいから食えって」
「いざにぃ、お腹空いてないの?」
「腹…空…?(お腹空かないの…?)」
「空腹よりも疲労の方が勝ってる」
「でも、お金もったいないよ」
「そりゃそうだけど……散々買い物しまくったお前らが言えたことか」
「うん」
「肯(うん)」
「ドヤ顔で肯定するな」

臨也は呆れながら九瑠璃の皿の上に載ったケーキを眺める。綺麗にデコレーションされたケーキが九瑠璃のフォークによって切り崩され、中のクリームやジュレが露わになっていく。それを見ていると、臨也の頭の中にある人物の姿が思い浮かんでしまう。甘いものが好きな金髪に鳶色の瞳をした憎むべき仇敵。どうかしている、と思考を振り払うように臨也が頭を振っていると、舞流がニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。

「ねぇいざにぃ。静雄さんって、甘いもの好きだったよね」
「はぁ!?」
「いざにぃ、静雄さんのこと考えてたでしょ?カオ真っ赤だよー?」
「隠…無…(隠しても無駄…)」

九瑠璃までも便乗し、臨也は双子からニヤニヤと詰め寄られる羽目になる。慌てて熱くなった頬に手を当て、視線を窓の外へと逸らす。

「べ、別にシズちゃんのことなんか考えてない」
「うっそだー!」
「嘘…(嘘だ…)」
「あのな、あいつは俺の因縁の相手なんだよ。いくらあの暴力魔神が甘いものが好きだからって、スイーツ見ただけで連想するわけ……」
「連想してたんだねー」
「肯(だね)」
「違うって言ってんだろ!」

臨也が躍起になって否定すればするほど、双子は楽しそうにするばかりだ。がっくりと肩を落として臨也が俯くと、その眼前にずいっとケーキが差し出される。

「はいっ!いざにぃ」
「……舞流」
「なぁに?」
「何してんだ、お前?」
「え?いざにぃ見て分かんないの?これはね、ケーキだよ!」
「馬鹿にしてるのか?これがケーキだってことは分かる。俺が訊きたいのは、どうしてお前が食いさしのケーキを俺に差し出してるかってことで―――む、ぐっ」
「いざにぃ、甘いもの好きじゃないって言うけどさ、ここのケーキ本当に美味しいよ?静雄さんと一緒に2人で来ればいいと思うよ!ね、クル姉!」
「肯(うん)」

唐突にケーキを口に突っ込まれ、臨也は吐き出すことも反論も出来ずにケーキを咀嚼する。思ったよりも甘くない滑らかなクリームと甘酸っぱい苺らしきジュレ、きめ細かいスポンジの優しい味が口腔内に広がっていく。飲み物が無いこともあり、咀嚼し終わっても口の中が渇いてしまって仕方ない。

「―――……」
「ねっ!美味しいでしょー!」
「美…味…?(美味しい…?)」

しかし、期待に輝く双子の視線を受ければ反論することも忘れてしまった。きらきらと輝く無邪気な表情を目の前にしてしまえば怒る気もすっかり失せ、臨也は力なく笑みを浮かべる。

「……あぁ、美味いよ」

喉が渇いて声は掠れていたが、ようやく微笑んだ臨也を見て双子は花が咲くように破顔した。

「美味しいって、クル姉!」
「肯(うん)」
「まだまだ食べたいよね、いざにぃ!」
「え?いや、舞流、もういいって……おい、お前らどこ行く気だ!」
「追加でケーキ取ってくる!」
「まだ残ってるだろ!俺の分はいいから勝手に席を立つな!」

臨也の必死な声も虚しく、舞流は食べかけのケーキを放置したまま席を立つ。走りはしなかったがケーキ目がけて一直線だ。そんな妹を追うように九瑠璃も立ち上がり、双子は楽しげに遠ざかっていく。

「……あいつら……」

席を立ち上がり、空へ手を伸ばした臨也には周囲の視線が突き刺さる。

「あらあらお兄ちゃん大変ね」
「あのお兄ちゃんとっても綺麗なお顔してるわー」
「妹さんたちそっくりね。双子かしら?」
「お兄ちゃんのためにケーキを取りに行くなんて可愛らしいわね」

臨也はその場に膝をつきたい気持ちで双子の背中を目で追いかける。好奇の視線を振り払うために椅子に座り、肘をついた。重い溜息を吐き出しながら、しかし表情は自然と緩んでしまう。臨也は赤い瞳を細め、小さな声で呟いた。

「人の話は最後まで聞けっての……」

ぶっきらぼうな言葉とは裏腹に、その声はひどく優しかった。


end.




ホーム / 目次 / ページトップ



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -