I want your attention.

※来神時代


生徒たちの無邪気な歓声とバスケットボールの跳ねる音が響き渡る体育館。私立来神学園のクラスマッチスポーツ大会は、学年末考査明けで大賑わいだった。スポーツが得意な生徒はもちろん、普段やらない生徒でも担任教師からの褒美(といっても菓子やアイスだったが)目当てにやる気に満ちあふれている。そんな中、ある一人の男子生徒だけは試合に参加することなく、ましてや自クラスの応援もしていない。誰かを探すよう、体育館の2階でしきりに周囲を見渡していた。

「臨也?どうしたんだい」
「新羅……」
「やっぱり臨也。キョロキョロしてどうしたの?何か探しもの?」

臨也が振り返ると、クラスの応援席から歩いてきた新羅は手に財布を持っていた。どうやら自販機へ飲み物を買いに行く途中らしい。肩にかけたタオルで曇ってしまった眼鏡をぞんざいに拭きながら臨也を見る。

「ねぇ、シズちゃん見なかった?」
「静雄?見てないけど」
「あ、そう」
「静雄の出番はさっき終わったからね。どこかで休憩してるんじゃないかな?そういえば臨也はまだ出てないよね?もう終わったのかい?」

不思議そうに首を傾げた新羅の問いに臨也はまさかと苦笑した。大仰に肩を竦め、つまらなさそうに試合が行われているバスケットコートを横目で見る。

「俺は見る専だから出ないよ。運動は好きじゃないし」
「……静雄と殺り合えるくらいなんだから、体育なんて余裕だろうに」
「好き好んで殺り合ってるわけじゃないよ。シズちゃん相手にする必要がなければ運動なんてやってないし」
「じゃあ君が運動不足にならないのは静雄のお陰ってことになるね」

新羅の言葉に臨也は眉を顰めた。それから心底嫌そうになんでだよと呟いた。

「大体、運動不足なのは俺より新羅だろ。お前も試合出ないじゃないか」
「あはは、バレた?まぁ僕は完全に割り切ってるからね。いいんだよ」
「良くないだろ。単なる医者の不養生じゃないか」

臨也はそこまで言うと、新羅に背中を向ける。どうやらこれでは話にならないと思ったらしい。あと1時間で閉会式だよという新羅の声にひらりと手を振りながら歩き出す。




×




2階の応援席の端にある梯子は使用禁止の張り紙が貼ってあったが、臨也は周囲の目を盗んで素早く3階へと昇った。見つからないように屈みながら視線を上げると、3階の角に痛んだ金の髪が映った。床に座り込み、何かを熱心に覗き込んでいるようだった。臨也は素早く立ち上がって走り寄り、その背中に飛びつく。しかしその衝撃にもびくともしない背中は、何の返事も返すことがない。臨也は不機嫌さを隠しもしないまま静雄の肩に顎を乗せ、静雄の顔を覗き込んだ。

「……シズちゃん?」

いたく真剣な顔をしている静雄は、こうして黙り込んでいると端正な顔立ちも相俟って綺麗だ。弟の幽が中学で女子人気がすごいんだと得意げに語っていたが、静雄も大人しくしていれば引けを取らないだろうと思う。その静雄を大人しくさせてくれないのは間違いなく臨也本人なのだが。

「ちょっとシズちゃん、返事ぐらいしなよ」

臨也が静雄の手元を覗き込むと、彼が凝視していたのは一冊の雑誌だった。正方形のマスが並ぶページからするに、どうやらクロスワードパズルを解いているらしい。しかし、文字が書き込まれているのは僅か数箇所だけだ。

「あぁ?―――…なんだ、臨也か」
「なんだって何」
「ちょっと黙ってろ。集中してんだよ」
「集中って……全然マス埋まってないじゃん……」

静雄は首だけで振り返り、臨也の赤い瞳をじっと見つめると再び雑誌に視線を落としてしまった。臨也に構わず、静雄は真面目な表情でクロスワードを解いていく。粗暴な性格に見合わない綺麗なペン使いで、少しずつだがマスが埋まっていく。

(……つまんない)

臨也は不機嫌さを隠しもせずに唇を尖らせると、そのまま静雄の腰に手を回す。ぎゅっと抱き着くと、ようやく静雄は手を止めて振り返った。

「ねぇシズちゃん、相手してよ」
「……手前の出番はもう終わったのか?」
「俺は見る専だから出ないの。それに、もし出ててもシズちゃん見てくれなかったでしょ。こんなところでクロスワードパズルなんてやってるんだから」

唇を尖らせた臨也の髪を静雄はぐしゃりと掻き回す。乱れた髪に悲鳴を上げた臨也を見て僅かに笑みを浮かべると、静雄は雑誌をぱたんと閉じた。冷たいコンクリートの壁に背を凭れさせると、臨也が腰に回していた手を掴んでぐっと引き寄せた。急に静雄の膝に乗る形になり、臨也は驚きに声を上げる。

「ちょ……ッ、何してんの」
「拗ねてんのか?」
「別に、拗ねてるわけじゃな…」
「そうか?俺には拗ねてるように聞こえたけどな」

耳元に吹き込むように囁くと、臨也は焦れったいくらいの速度でゆっくりと静雄を見上げた。宥めるように、静雄は優しい手つきで臨也の柔らかな髪を撫でる。しかし臨也は、その手つきが幼子をあやすようで気に食わない。意趣返しとばかりに返事をせずに俯くと、再び静雄が臨也の名を呼ぶ。

「……なに」
「まーだ怒ってんのか?」

鳶色の瞳がじっと臨也の顔を覗き込む。今度は機嫌を伺っている様子がありありと感じ取れて、臨也は大きな溜息を一つ吐く。首をゆるく横に振り、呆れたような笑みを浮かべた。

「……もう怒ってないよ」

静雄の膝に座り直すと、臨也は伸ばした手で彼の頬に触れた。体育館の熱気で僅かに滲む汗をタオルで拭ってやると、大きな胸に抱き着く。静雄の大きな手がそっと頭に置かれるのを感じながら、臨也は軽く瞳を閉じる。

「ねぇ、誰に貰ったの?」
「あ?」
「クロスワードパズルの雑誌」
「あぁ……門田だよ。俺が暇つってたら、読み終わった雑誌あるからやるって」
「ふーん」

閉じられた表紙から見るに週刊のゲーム雑誌だろう。妙にコアなゲームばかり好む門田がよく買っているのを臨也は知っていた。出題内容もゲームに関するものが多く、臨也には分からない内容ばかりだ。

「ねぇシズちゃん、あと1時間で閉会式だって」
「やっとか。でも1時間って長いな」
「最後ぐらい応援席で応援したらいいのに。出番の前もここに居たでしょ」
「他のクラスの奴から絡まれそうで嫌なんだよ。面倒で」

静雄が出た試合で大きくリードしたせいで、他クラスはこのままでは負けてしまうと必死になっている。しかし、臨也が先ほど見たところ優勝は間違いなさそうだった。確かに他クラスの生徒はクラスマッチ特有のテンションの上がり方をしていて、静雄に喧嘩を売ってもおかしくなさそうだ。

「なるほどねぇ」
「ここに居ればいいだろ。このまま」
「それ、俺も居ていいって聞こえるけど?」

静雄の言葉に臨也が顔を上げる。首を傾げてみせると、静雄は一瞬言葉に詰まって視線を逸らす。頬が微妙に赤く染まっていて、臨也は思わず忍び笑う。

「……手前もクラスの応援なんてガラじゃねぇだろ」

ようやく静雄が零した言葉に臨也は噴き出した。失礼だなぁと笑いながら、怒る気にはとてもなれなかった。照れ隠しで視線を合わせようとしない静雄の胸に触れながら、臨也は背伸びをする。鳶色の瞳を覗き込んで、甘えるように微笑む。

「じゃあ、シズちゃん。あと1時間……俺にちゃんと構ってよね」


end.




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