菓子より甘い

※ハロウィン


「Trick or Treat!」
「……え?」

唐突な千景の言葉に門田は大きく目を見開いた。たまたま街でばったり会ったと思えば、門田が声を掛けるよりも早く千景は駆け寄ってきた。頭には魔女のような大きな帽子を被っていて、肩には短いマント。狩沢と遊馬崎のせいでコスプレの類を見慣れている門田はあまり驚かなかったが、千景はその反応の薄さも不満だったらしい。頬を膨らませてマントをひらひらと揺らし、下から門田の顔を覗き込む。

「え?じゃないって門田ぁー。俺が言った意味、分かるか?」
「……意味は……分かるが」
「もしかして門田、忘れてんのか?」

困り果てた千景の表情に門田は首を傾げる。千景はあからさまに呆れたようで、肩を竦めて苦笑した。

「あーもうっ、今日はハロウィンだぜ!」
「……あぁ、そうか……もうそんな時期だったな」

ようやく合点が行き、門田は納得したように頷く。ここ数週間、狩沢と遊馬崎が何かを画策していたのはこれのことだったらしい。思い返してみれば、身内だけのハロウィンパーティーがどうのと言っていたような気もする。

「その反応、マジで忘れてたのかよ」

そう呟いて千景は軽く俯く。大きすぎる魔女帽子のせいで顔が見えなくなって、反射的に門田は手を伸ばした。帽子を取ろうとしたが、千景の指がそれを遮る方が早かった。どうした?と尋ねてみても千景からの返事は戻ってこない。

「千景?」
「……忘れてたんだな」
「あ、あぁ。ここ最近は仕事も忙しくて……なぁ千景、どうした?何かあっ…」

様子のおかしい千景の腕を門田は掴もうとしたが、するりと逃れられてしまった。先ほどまでの上機嫌さはどこへやら、一瞬だけ見えた千景の瞳は冷めた色をしていた。すたすたと歩いて路地へと消えていった千景の背中に手を伸ばしたまま、門田が呆然と立ち尽くすほかない。すると、千景と入れ違いで書店での買い物を終えた狩沢、遊馬崎、渡草が姿を現した。

「あーあ門田さんったら」
「まったく、ドタチンて意外と甲斐性ないよねー」
「六条、帰っちまったな」
「……お前ら、いつから居たんだ……?」

さっきから!と見事にハモられては脱力するしかない。3人は並んでニヤニヤ笑いを隠しもしなかった。千景の消えていった路地を覗きながら、狩沢は首を傾げる。

「ねぇドタチン、ろっちー放っておいていいの?」
「それとも、彼が怒ってしまった理由が分からない…ッスか?」
「……あぁ」

狩沢と遊馬崎の問いかけに反論するのも億劫で、門田はゆっくりと頷いた。渡草は呆れたように髪を掻き上げ、ワゴン車のドアを開けながら口を開く。

「六条な、俺たちには事前に言ってたんだが……ハロウィンだからお前に悪戯でもしてやろうって来たらしいぜ」

渡草の言葉に門田は大きく目を見開く。サプライズをしたくてわざわざやって来たとは想像がつかなかったからだ。また何かの用事のついでに顔を覗かせたのだろうとばかり思っていた。

「ろっちーったら、特攻服までハロウィン用に新調したんだって!」
「特攻服の背中に"ハッピーハロウィン"を当て字で書いてたんッスよ」
「あんなに上手く漢字を当てられるのは才能だよなぁ」

そう言われて思い返してみると、背を向けた千景の背中にある文字がいつもと違ったような気がする。門田が記憶を掘り起こしていると、渡草は容赦ない力で門田の肩を叩く。門田が痛みに声を上げると、渡草は悪戯っぽい笑みを浮かべていた。

「ほら、早く行ってやれよ」

狩沢と遊馬崎も同じように悪戯な笑みを浮かべていて、門田は苦笑して小さく礼を言う。3人に見送られながら路地へと入り、道なりに走っていく。途中、細い路地があれば覗き込んでみたが、どうにも入り組んだ道には入っていなさそうだ。池袋の土地勘があるわけではないはずなので、変な道に入るようなヘマはしないだろう。門田がそう踏んで走っていると、路地を抜けた先に少し寂れた空き地を見つけた。そこから聴こえる、低いエンジンの唸りに自然と頬が緩んでしまう。小さく咳払いをして空き地を覗き込むと、横倒しになったドラム缶の上に千景が座り込んでいた。周囲には何人かの舎弟も従えている。しかし、気落ちした千景の様子に困惑して話しかけられずにいるようだった。

「……千景」

そんなにも落ち込んでいるとは正直思わなかった。よく考えて見れば、千景に会ったのは半年ぶりだった。随分と長い間会えずにいたのに、門田はそんなことにも気付かなかった。自分の不甲斐なさに大きく溜息を吐き出し、門田は大きく一歩を踏み出した。途端に千景の舎弟たちから殺気が向けられるが、相手が門田だと気付くと何人かは意外そうに目を丸くした。門田の名前を呼ぼうとする舎弟たちを手で制し、門田は俯いている千景に歩み寄る。頭上に影が落ちてきたことでようやく顔を上げた千景は、門田の顔を視認するなり悲鳴を上げてドラム缶から滑り落ちた。

「なにやってんだ、大丈夫か?」
「か、門田、なんで」
「なんでって……狩沢たちから聞いたぞ。わざわざ会いに来てくれたんだろ?」
「っ、別にそういうわけじゃ…」
「すまん。俺のせいで……無神経だったよな」

頬を真っ赤にした千景の腕を掴んで引き起こすと、門田はそのまま抱き締めた。周囲の舎弟からは野太い悲鳴が上がる。思わず脱力しかけて腕の力が緩みそうになるが、千景を逃がさないように腕の力を強めた。

「か、かど」
「京平でいい、って言ったろ」
「…………京平」

門田は遠慮がちに名前を呼んだ千景の顔を覗き込んだ。動揺に揺れ動く瞳を見つめると、逡巡ののちに千景の瞳が門田をしっかりと見上げる。

「Trick or Treatって言ったよな。返事、してなかっただろ?」
「……京平、何か持ってんのか?」
「いや?あいにく菓子の持ち合わせは何もねぇ」
「じゃ、俺が悪戯しても文句ねーだろ」
「でもな、菓子はねぇが……代わりのもんならあるぜ?」
「代わりの…?」

首を傾げた千景の顎を指で掬い、門田は顔を寄せる。舎弟たちが再び野太い悲鳴を上げるのを他所に、柔らかい唇に食らいついた。千景は完全に硬直してしまっていて、その緊張を解きほぐすように門田は何度も口づけを繰り返す。キスの合間に名前を呼ぶと、千景は大きく肩を揺らして顔を朱に染め上げた。何度目かのキスで千景は震える手でなんとか門田の腕を掴み、その胸に頭を押し付けた。真っ赤に染まった耳に何かを囁いてやろうかとも思ったが、ぐっと堪えて門田は千景が話し出すのを待った。

「…………門田」
「なんだ?」

千景は周囲の舎弟を一喝して追い払うと、わざとらしく咳払いをした。それから門田の首にぐっと手を回して引き寄せる。自分を見上げる千景の瞳が獣のように鋭く輝いていることに気が付き、門田は苦い笑みを浮かべた。

「……やっぱり、キスは菓子の代わりにならねぇか?」
「当たり前だろ」

噛み付くような千景のキスが、悪戯開始の合図だった。


end.




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