お手をどうぞ

※執事デリック×王子日々也


「坊っちゃん」

窓の外を眺める憂いを帯びた表情に、デリックは惹かれるまま声を掛けていた。整った端正な顔立ちの彼が、どこか寂しげに映ってしまったからだ。デリックの声に振り返った彼―――日々也は、軽い一瞥だけを残して視線を再び窓の外へ戻した。

「……なんだ、お前か」
「なんだ、ってあんまりじゃないっすか?」
「うるさい」
「ひっでーなぁ」

目を眇めたまま素っ気ない返答だけを返す日々也にデリックは苦笑した。呆れたように肩を竦め、日々也の立つ窓の近くへと歩み寄る。視線を逸らさない日々也の横顔を覗き込んで、軽く首を傾げた。

「どーしたんっすか、らしくない顔して」
「……らしくない?」
「んー、妙にしおらしい?っつーか……あんたにゃ似合わねー顔?」
「……お前……」
「ありゃ、つい本音が出ちまった」
「ッ、口を慎め、馬鹿が!」
「坊っちゃんには言われたくないっすねぇ」
「何か言ったか?」
「……いーえ」

使用人とは思えない不躾な言動の数々に日々也の口元が怒りで引き攣る。真っ白なシルクの手袋に包まれた小さな拳も強く握り締められ、小刻みに震えていた。加えてギッと強い眼光で睨み上げられるが、圧倒的な身長差のせいで日々也がデリックを見上げる形になってしまう。堪えきれなかったデリックが笑みを零すと、日々也は憤慨で頬を紅潮させた。

「笑うな!」
「いやー、だって、坊っちゃんがあんまり可愛いことするもんだから」
「可愛っ……、馬鹿にしてるのか!?」
「違いますよ。まったく、坊ちゃんは変なとこでヒクツですね」

デリックが苦笑を浮かべ、日々也の艶やかな黒髪を梳いた。悔しげに見上げてくる紅玉に似た瞳を見つめ返し、デリックは穏やかな声で言葉を紡ぐ。

「俺はただ純粋に、あんたのことが可愛いって言ってんですよ」
「……お前の言葉は軽率で、信じられない」
「俺、そんなに信用ねぇ?」

唇を尖らせ、視線を逸らしてしまった日々也にデリックは軽く肩を竦める。

「そうじゃなく……その、妙に軽薄というか、誠意が感じられないというか」
「えー?そうっすか?」
「……それが無自覚なら逆に称賛に価するぞ」

じっとりとした日々也の視線を受け、デリックは嫌だなぁと笑みを浮かべる。胡散臭いほど爽やかな笑みに日々也は一歩後退った。

「俺は坊ちゃんに軽々しく美辞麗句を言ったことはありませんよ。全部本心ですから。大体、俺がお世辞なんて言えるように見えますか?」
「確かに、そんな器用な真似を出来るようには見えないが……」
「でしょう?」
「胸を張るな。別に褒めたわけじゃない」
「……あれ?坊ちゃん、カオ真っ赤ですけど」

デリックに指摘され、日々也は慌てて手で顔を覆い隠す。白い手袋の隙間から覗く、赤い果実のように熟れた頬を見てデリックは意地の悪い笑みを浮かべた。

「み、見るなっ!」
「なーに怒ってんですか。バレバレっすよ」
「うるさい!不敬だぞ!」
「またそんなつれないこと言っちゃっって。照れてるんっすか?……あ!」

デリックが上げた声につられて、日々也は訝しげにその視線の先を追った。窓の外に目を向ければ、純白の羽に似た雪が空から降り注いでいた。

「雪―――」

ふわりふわりと降り注ぎ、少しずつ積もっていくそれに日々也はすっかり目を奪われていた。知らず知らずのうちに頬は緩み、窓の外の景色に釘付けになる。そんな日比谷の横顔を眺めていたデリックは、主人の穏やかな表情に笑みを浮かべた。

「……ヒビヤ」
「え、―――う、わっ……!」

すっかり雪に夢中になっていた日々也の腕を引き、デリックは歩き出す。日々也が戸惑いながら広い背中を見上げると、目だけで振り返ったデリックは悪戯っぽいウインクを投げかけた。

「外、行こうぜ」
「な、なんで……」
「だってヒビヤ、雪好きだろ」
「っ、…!」

デリックの言葉に日々也は目を大きく見開く。驚きを隠せずに瞬きを繰り返していると、デリックは呆けたままの日々也の額を指先で軽く弾いた。

「なーに鳩が豆鉄砲食らったような顔してるんっすか」
「だ、だって、それ覚えて」
「当たり前でしょう?」

デリックは柔和に微笑み、立ち止まって日々也の手を取った。シルクの手袋に包まれた日々也の手の甲をそっと撫でると、恭しく口づけを落とす。

「俺があんたとの思い出を忘れるわけがねぇ」
「デ、リック……」
「それにあんた今、外出たいって顔してたからな」

デリックは立ち上がり、日々也に厚手のカーディガンを羽織らせた。それから、小さく頷いた日々也へ手を差し出す。

「さぁお手をどうぞ。坊っちゃん」

微かに頬を染めながら日々也は手を伸ばした。その華奢な手を取り、デリックはゆるやかに微笑む。窓の外では、淡雪が静かに降り続いていた。


end.




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