present for you

※来神時代 ※静雄誕


「シズちゃんの誕生日まで、あと2日……?」

ふと目に留まった教室のカレンダーを呆然と見つめて臨也は呟く。少し前からの懸念事項だった恋人の誕生日は、いつの間にか数日後に迫っていた。信じられないと呟きながら、臨也はクラスメイトの視線を受けながら教卓の周りをぐるぐると歩き回る。女子たちの折原くんどうしたのかなという囁き声に、自分が不審がられていることも今の臨也には考える余裕がなかった。

「ほんとにあと2日?嘘でしょ?え…?」

これが新羅や門田の誕生日であれば臨也もここまで悩むことはなかっただろう。こんなにも悩んでいる大きな理由は、他でもなく恋人の誕生日を迎えるのが初めてだからだ。静雄の誕生日、イコール恋人の誕生日。そして、恋人の誕生日を迎えるのが初めてという以上に臨也に頭を悩ませているのは

「シズちゃんが喜ぶプレゼントって……なんだろう……」

ということだった。


×


自宅に帰った臨也は制服を脱ぐ気力もなくベッドに倒れ込んだ。不明瞭な呟きを零しながら顔を突っ伏し、息苦しさに顔を上げて横になる。放課後、クラスメイトの誘いを断って帰路についた臨也はショッピングモールを散策した。多くの店が立ち並ぶショッピングモールであればきっと何かしっくり来るプレゼントが見つかるだろうと思ったのだ。しかし、アクセサリーショップを覗いてもセレクトショップを覗いても静雄に似合いそうなものがピンと来なかった。

「……プリンしか浮かばないんだけど……」

臨也が静雄が喜ぶものをプリン以外に知らないというのが一番の課題だった。16年間生きてきて、これほどまで深刻な悩みがあっただろうか。否、無い。静雄なら高級プリンどころか普通のプリンでも喜びそうだ。売店やコンビニのプリンが大好きなことも知っていた。必死にプリン以外で静雄が喜びそうな物を考えてはみるが、脳裏に浮かんでくるのはスイーツ類ばかりである。それも全て、静雄が甘い物に目がないからだ。しかし、流石に男子高校生の恋人に対するプレゼントがプリンというのはどうなんだ。臨也も思春期の男として、それなりにきちんとした物を贈りたいという気持ちがある。

「……どうしよう」

枕に顔を押し付け、くぐもった声で臨也は唸った。この悩みはかなり難儀だ。そう考えながら。


×


結局、プレゼントが決まらないままに翌日になってしまった。つまり、今日は静雄の誕生日前日だ。低い声でプリンへの呪詛を呟きながら歩いていれば、周囲の生徒は恐々と臨也を避けていく。臨也はそれに構うことなく、マフラーを鼻まで引き上げて学校への道を急いだ。気温はまだ低く、吹き付ける風は刺すように冷たい。寒さに身震いしていると、前方に見覚えのある背中を見つけて臨也はにやりと笑った。気付かれないよう足音を立てずに近寄ると、広い背中に勢いよく飛びつく。

「ドタチン!おはよー!」
「うおっ…!?」

臨也に抱き着かれたまま首だけで振り返り、ドタチンと呼ばれた男子生徒は大きく息を吐き出した。にっこりと微笑む臨也の顔を見て気が抜けたらしい。

「……おはよう。お前か、臨也」
「ドタチンドタチン!」
「なんだなんだ、どうしたんだよ。というか、あまりそのあだ名を連呼するな」
「え?ドタチンってあだ名、可愛いじゃん」
「可愛くはないだろ」
「そう?」
「というか臨也、重いからまず離れてくれ。あと目立つ」

自分から離れようとしない臨也をべりっと引き剥がすと、門田は肩を竦めた。朝から絡まれるのには慣れっこだったが、臨也が勝手に命名してきたあだ名には未だ慣れない。最近では新羅も便乗して呼ぶことがあって困り果てていた。

「どうしたんだよ」
「ねぇドタチン、ちょっと相談があるんだけど」
「相談?お前が俺に?」
「……うん」

臨也の乱れた髪を撫でつけてやりながら、門田は首を傾げた。隣を歩く臨也は、僅かに唇を尖らせている。悩んでいるというよりも、悩み自体が不服だと言いたげな表情だ。臨也がこんな顔をしている時は、相手にしないと後々大ごとになるのを門田はよく知っていた。

「分かった、聞くよ。……なぁ臨也、その前に一ついいか?」
「なに?」
「取り敢えず、俺から離れてくれ」
「んえ?」

門田は話の間に自分の腕を掴んでいた臨也をやんわりと引き離す。こんなところを新羅や静雄に見られれば自分の命はないだろう。無自覚なのか意図的なのか分からない臨也を見下ろして、門田は今朝2度目になる溜息を吐き出す。周囲の好奇の視線が刺さって仕方がなかった。


×


「で、相談って何だ?」

教室に着き、臨也の前の席に座った門田はそう切り出してきた。席の主である生徒はチャイムが鳴るギリギリにしか来ない生徒だ。まだ15分ほどの猶予がある。

「あのねドタチン、明日シズちゃんの誕生日なんだけど」
「明日…?そうだったのか」
「あれ、もしかしてドタチン知らなかった?」
「あぁ……男同士でお互いの誕生日なんか意識しねぇからな。それで、そのプレゼントで悩んでるとかか?」
「そ、話が早くて助かるよ」

臨也が頷くと、門田は僅かに表情を和らげた。どうしたの?と首を傾げる臨也の頭をポンと軽く叩く。

「いや、朝は切羽詰まった顔してたからな。理由が分かって安心した」
「え、そうだった?」
「あぁ。……それで、静雄の誕生日プレゼントだよな」
「うん、全然決まらなくて。ドタチン、何か分かったりする?」
「臨也は何も浮かばなかったのか?」
「プリンぐらいしか」
「……あぁ……」
「でも、俺もそんなに静雄との付き合いは長くないからな。正直、あまり……」
「おはよう!」

頭を悩ませた門田が唸り声を上げていると、一人の生徒が教室に飛び込んできた。門田と臨也を見るなり、鞄を持ったまま歩み寄ってくる。

「なになに?朝から顔突き合わせてどうしたの?」
「臨也、俺より岸谷に訊いた方がいいんじゃないか?静雄との付き合いは岸谷が一番長いだろう」
「なになに?静雄がどうしたって?あ、もしかして恋バナ?」
「お前は女子か」

呆れる門田に対し、臨也はあまり気乗りしない様子だった。新羅は生き生きしながら身を乗り出すが、臨也は嫌そうに顔を顰める。

「臨也」
「だって、新羅に言うのなんか嫌だし……」
「お前も女子か。というか、そんなこと言ってる場合じゃないんじゃないか?もう明日なんだろ」
「明日…?―――あぁ、なるほど。明日は静雄の誕生日だもんね」
「な、なんで」
「なんで分かるのかって?そんな深刻な顔してちゃ、すぐに分かるよ」

虚を突かれて目を丸くする臨也に、新羅は意地の悪い笑みを浮かべた。それで?と首を傾げながら肩にかけていた鞄を揺らす。

「で、臨也が悩んでるのは静雄へのプレゼントかな?」
「……うん」
「情けないことに、俺も臨也もプリンぐらいしか思いつかなくてな」
「プリンねぇー。確かに静雄の大好物ではあるけど、ちょっと違うんじゃない?」
「やっぱり……」
「岸谷、静雄とは小学校からの付き合いだろ?何か分かるなら、教えてやってほしいんだが…」

門田が両手を合わせると、新羅はうーんと顎に手を当てて考え込んだ。1分ほど考え込んで、急にあっと声を上げて臨也を見る。思わず臨也が身を乗り出すと、新羅は臨也の手をがっしり掴んで分かったよと叫んだ。臨也は期待に目を輝かせるが、門田は妙に嫌な予感を感じて後退る。新羅がこんな風にはしゃいだ時に事態が良い方向へ向かった試しがないのをよく知っていたからだ。

「簡単だよ、臨也!」
「え?」
「静雄が一番喜ぶプレゼントは、君だ」
「―――……は?」

たっぷりと沈黙を味わった後、臨也は呆然と新羅を見つめた。呆れかえる門田の横で、新羅は臨也の手を取ってぶんぶんと振り回す。何かのスイッチが入ってしまったらしく、名案じゃないかと大騒ぎだ。

「だからね、臨也!静雄が一番喜ぶプレゼントは君自身なんだよ!」
「はぁ!?新羅、お前なに言って……」
「………岸谷、お前なぁ……」

完全に面白がってるだろうと門田が口を開きかけるが、それを制して新羅は臨也の手を握り締めた。興奮で汗ばんだ新羅に詰め寄られ、臨也は必死に手を振り払おうとする。それがなんだか哀れになってきたことに加え、周囲の生徒がいよいよ怯え始めたので、門田は新羅を臨也から引き離して溜息を吐く。まだ朝だというのに、今日でもう何度目の溜息なのか数えたくもなかった。

「い、意味が、分からないんだけど」
「……俺も同意見だ」
「どうしてだい!?至極簡単なことじゃないか!」
「岸谷に訊こうと言った俺が馬鹿だった。すまんな、臨也」
「ううん、ドタチンは悪くないよ。新羅が馬鹿なだけだ」
「ちょっとー!僕のこと無視しないでよ」

臨也がうるさいと怒鳴りつけようとした瞬間、教室の扉がガラリと開け放たれた。目立つ金の髪に鳶色の瞳、長身の男子生徒は教室を見渡して真っ先に臨也たちの集まる机に気が付いた。

「静雄!おはよう!」
「……はよ。なんだよ、朝から集まって」
「ちょうどよかった!ねぇ静雄、あのさ…「ちょっと新羅!!」

ニコニコと静雄に話しかけた新羅の首を掴み、臨也は教室の隅へと引き摺って行く。呆気に取られている静雄に門田は曖昧に微笑む。

「おい門田、あいつら喧嘩か?」
「まぁ、そんなところだな…。静雄、もうチャイム鳴るぞ」
「お、おう」

臨也はといえば新羅の両肩を掴んで揺さぶり、教室の隅で詰め寄りはじめた。もちろん小声で静雄に聞こえないように配慮しながら。ガクガクと激しく揺らされながらも新羅は呑気な笑みを崩さない。

「新羅!どういうつもり!?」
「何をそんなに怒ってるんだい?本人に訊くのが一番手っ取り早いじゃないか」
「本人に訊けないから探りを入れてるんだろ!?」
「まどろっこしいなぁー」
「新羅には俺の乙女心なんて一生分からないよ」
「乙女?あはは、臨也が?」
「なに半笑いしてんの?殺していい?」
「あはは、殺さないで」

懐からナイフを取り出しかけた臨也を笑いながら制止し、新羅は急に声を潜めた。新羅が尚も笑っていることに腹の虫が収まらないままだったが、臨也もしぶしぶ顔を寄せる。

「ごめんって。僕だって真剣に考えたんだよ?仮にセルティから誕生日プレゼントを貰うなら何がいいかなって」
「セルティって……」
「僕の好きな人だよ!今まで一度もプレゼントなんて貰ったことないけど―――それで真剣に考え抜いた結果、彼女自身が欲しいという結論に至って…」
「もういい、新羅に訊いたのが間違いだったよ」
「ちょっと臨也!私は真剣に言ってるんだよ!?」
「真剣だから余計にタチが悪いんだろ」

チャイムが鳴り、喚く新羅を無視して臨也は自分の席に戻った。椅子に座る瞬間、静雄と一瞬だけ視線が合って思わず俯いてしまう。バタバタしていたせいで挨拶もろくに出来なかった上、変なところを見られてしまった。臨也は慌てて席に座る新羅を横目に見ながら、重い気持ちで担任教師が来るのを待つしかなかった。


×


午前の授業が終わり、昼休みに入っても臨也は自分の机を動く気になれなかった。1限から4限まで、ずっと頭の中を渦巻いていたのは静雄へのプレゼントのことだった。いい考えが浮かぼうとすると新羅の言葉が横入りしてきて、結局なにも思い浮かばないままだ。新羅が一緒に昼食を食べようと声を掛けてきたが、食欲も湧かないので丁重に断った。門田と静雄が心配そうに見ているのは分かっていたが、ぐっと堪えて机に突っ伏す。

「……臨也、大丈夫かな」
「お前がからかいすぎたんだろう。岸谷」
「だ、だってさぁ……僕だって何も嘘を言ったわけじゃないし」
「それでも面白がってたのは事実だろ」
「まあねー」
「……なぁ、お前ら朝なに話してたんだよ」

新羅と門田の会話に割って入り、静雄はそう尋ねた。新羅は大袈裟に言い淀み、門田は困ったように視線を泳がせた。その煮え切らない態度に思わず苛立ちそうになるが、静雄は手にしていた焼きそばパンを少し潰しただけに留め、大きく息を吐き出す。

「言えないなら、別にいいけどよ」

意識して声を抑え、潰してしまった焼きそばパンを咀嚼する。どうにも味気なく感じられ、牛乳で流し込むように平らげると静雄は自分の席へ戻った。肘をついてグラウンドを眺める静雄を横目にしながら、新羅と門田は声を潜めて話し合う。

「岸谷、静雄めちゃくちゃ怒ってるぞ」
「えぇ……なんで……」
「なんでって、当たり前だ。あいつら付き合ってるんだから、臨也に何があってあんなに落ち込んでるのか気になるに決まってるだろ」
「で、でもさ、別に僕のせいってわけじゃ…」
「一因はお前にもあるぞ。……まぁ、俺もきちんと意見出してやれなかったからお前のことは言えないが……」

門田は頭を掻きながら臨也の小さな背中を眺め、重い息を吐き出す。食べ終わった弁当箱を閉じると、水筒のお茶を飲んで新羅の肩を掴んだ。

「今日の放課後、空いてるよな」
「え、今日は早く帰ってセルティと…」
「空いてるよな」

肩を掴む門田の力が増し、一度断ろうとしたことで言葉の圧も増した。有無を言わせない語気の強さに新羅は項垂れ、観念したとばかりに頷いた。

「……分かったよ。プレゼント探しに付き合うんだね」
「あんな調子の臨也、お前も見てられないだろ」
「ま、調子狂っちゃうよね」

新羅は苦笑しながら席を立つと、嫌がる臨也の肩を抱いて食堂に連れていく。食欲ないんだってばと騒ぐ臨也を適当な言葉で言い包められるのは新羅だけだろう。中学からの付き合いは伊達じゃないな。そう思いながら門田は読みかけの文庫本を開く。静雄は相変わらず、ぼーっとグラウンドを眺めるばかりだった。


×


「別にいいって言ったのに」

放課後、一人で帰ろうとした臨也を捕まえたのは新羅だった。がっちりと腕を絡められ、困り顔で門田を見上げる。その表情がまるで小動物のようで思わず門田は苦笑した。文句を言い続ける臨也を宥めるように頭を撫でながら、門田は教室内を見回した。静雄の姿はすでに無く、どうやら既に下校したらしかった。事情が事情なだけにきちんとした説明が出来なかったのは心残りだが、明日になれば全てが分かる。不服そうな静雄の表情を思い出し、門田はそっと心の中で詫びる。すまん静雄、明日まで我慢してくれ。

「ほら臨也、行くぞ」
「でも、ドタチンも分かんないって言ってたじゃん」
「僕も分からないよー」
「ほら!新羅も役に立たないじゃん!」

露骨に怒り出した臨也を宥めながら、門田は細い腕を引っ張った。

「でも一人で行くよりはいいだろ」
「そうそう。三人寄れば文殊の知恵って言うじゃないか!」
「……ドタチンはともかく、新羅が居ると不安が増すんだけど」
「ひっどいなぁー」
「まぁまぁ、そう言ってやるなよ臨也。岸谷も反省してるんだから」

臨也はしぶしぶ頷くと、最近出来たばかりのショッピングモールの名前を上げた。昨日一人で行ったのは家から近い距離にあるショッピングモールで、そこでは何も目ぼしいものが見つからなかったらしい。最近出来たばかりのそこは来神高校からも駅2つ離れた距離で、臨也も行ったことがなかった。

「まぁ、そこでも見つかるか分かんないけど…」
「行く前から気を落とすことはないだろ」
「そうだよ臨也、僕たちもちゃんと手伝うからさ!」
「……期待は、してないからね」

素っ気なく臨也は呟いたが、その耳が朱く染まっていることに気付く。新羅と門田は顔を見合わせながら苦笑すると、一人歩き出した臨也の背中を追いかけて歩き出した。


×


ショッピングモールに到着すると、平日の夕方だというのにファッションエリアも大賑わいしていた。多くは臨也たちと変わらない年頃の学生ばかりで、隣に併設されている映画館の影響が大きいらしかった。キャラメルポップコーンの甘い香りを纏って映画館から出てくるカップルを横目に、新羅は興味深そうに目を丸くした。

「すごい人の量だね。こんなに賑わってるなんて」
「そういや映画館の設備がすごくいいって聞いたな。最新機器が導入されたらしくて音が良いんだと」
「へぇ。そういえば近くにマンモス校があったよね。同じ制服ばかり見かけるし、そこの生徒が多いのかなぁ」
「フロアマップを見てきたが、新しいショップが多いみたいだぞ」

良いものが見つかるといいな。そう言って門田が頭をポンと叩くと、臨也は珍しく素直にうんと頷いた。映画館からの流入が多く、学生で賑わう1階は避けて臨也たちは上のフロアを目指した。1階にはプチプライスのアクセサリーやファッションを扱う店が多いが、上のフロアには高級志向の店が多い。予算には余裕があるらしく、臨也は値段に頓着した様子はなかった。同じ学生としてその金銭感覚はどうなんだと思いながらも、口出しをする義理も無いので門田は黙って口を噤んだ。

「うーん……」

ジュエリーショップに足を踏み入れた臨也は、誕生石をメインにしたコーナーで立ち止まった。1月の誕生石はガーネットらしく、赤い宝石が嵌め込まれたネックレスや指輪を熱心に見詰めている。

「気になるのか?」
「ちょっとベタだけどね……でもシズちゃん、あんまりアクセサリーをつけるイメージなくて」
「うーん、確かに私服でもあんまりつけてないよね」
「でしょ?指輪なんて壊すか無くしそうだし、まぁネックレスなら有りなのかもしれないけど」
「確かになぁ。でもシンプルなデザインなら良いんじゃないか?あいつ自身が派手なところあるからな」
「あ、これとかいいんじゃない?」

新羅が指し示したのは複雑なデザインをしたシルバーネックレスだった。中央部分に一つだけ小さな石が嵌め込まれている。それをぼんやり眺める臨也の瞳も燃えるような赤色だ。それに気付いた門田が形容し難い気持ちを持て余していると、ぱっと振り向いた臨也が曖昧な笑みを浮かべた。

「ドタチン、ガーネットの宝石言葉って知ってる?」
「宝石言葉…なんてあるのか?」
「そ。ガーネットはね……真実、情熱、友愛…あと、繁栄とか実りなんだよ」

そう呟いて臨也は浮かべた笑みをゆがめた。苦しみ走った表情の中に浮かんだ煩雑な感情を感じ取って、門田は言葉に詰まる。隣で臨也を見つめていた新羅も神妙な顔で黙り込んでいた。

「ピッタリだと思わない?特に"真実"と"情熱"なんてさ」

返答に窮した門田にそう言うと、臨也は一人で店員に声をかけに行った。どうやら気になるので保留にしたい旨を伝えているらしい。いつもと変わらない、人好きのする表情で店員と会話する横顔を見ながら門田は重い息を吐き出す。こうして傍にいればいるほど折原臨也が分からなくなるような気がする。新羅は呆れたような笑みを浮かべながら、ゆっくりと唇を開いた。

「そんな顔しなくてもいいよ、門田くん」
「お前は慣れっこって感じだな」
「まぁね。君もあんまり本気にすると臨也に呑まれちゃうよ」
「……その忠告、有り難く受け取っておくぜ」

静かな声で告げた新羅に頷き返すと、店員との会話を終えた臨也が戻ってきた。先ほどまでの異様な雰囲気は消え失せ、次の店に行こうよと笑う表情は至って明るい。門田は鷹揚に頷きながら、肩にかけた鞄の持ち手を強く握り直した。


×


それから2時間近くショッピングモールを見て回り、新羅が疲れたと音を上げたので3人はクレープショップで休憩をしていた。時刻は18時半を回っていて、外は既に暗くなっている。チョコバナナのクレープを幸せそうに咀嚼している新羅を眺めながら、門田も自分の抹茶あずきクレープを食べる。苦めの抹茶アイスに甘いあずきが丁度よく、疲れた体に染み渡る気がした。臨也はといえばいちごと生クリームのクレープを食べながら何やら携帯を弄っている。何をしているのかと尋ねれば、ニヤリと笑いながら情報収集とだけ告げられた。どうやらネットを駆使して情報を集めているようだった。

「臨也、時間は大丈夫なのか」
「あぁ……今週は両親が帰ってきてるからね。俺が夕飯作る必要ないの」
「そうか。岸谷は…」
「うち門限とかないからね。特に問題ないよ。強いて言えば僕は早く帰ってセルティに会いたいけど、今日ばかりは仕方ないからね。まだ付き合うよ」
「そうか」

クレープを食べ終わった臨也は携帯を閉じると、顎に手を当てて考え込みはじめた。どうやらいくつかに絞れたようだが、決まらずに悩んでいるらしい。まだ食べるのに時間がかかりそうな新羅を横目に、門田もクレープを食べ終わって臨也に顔を寄せた。

「まだ悩んでいるのか?」
「ドタチン……うん、そうなんだよね。最初に見たあのガーネットのネックレスがずっと気になってて、でも少し前に見たウエストポーチあったでしょ?」
「あぁ、あのスポーツブランドの店頭限定色か?」

門田は10分ほど前に訪れたスポーツショップを思い出す。店頭の一番目立つ場所に置いてあったウエストポーチは黒を基調にしたシンプルなデザインだった。明るい水色のラインや青色のロゴが入っていて、裏地には爽やかなアクアブルーで幾何学模様が施されていた。

「そう。あれ最後の1個だったし気になってて。もう再入荷しないんだって」
「実用性で言えばネックレスよりもウエストポーチだろうな」
「やっぱり?」
「静雄が今使っている私服のバッグは結構古いし、俺は良いんじゃないかと思うが……ま、あくまで俺の意見だからな。もう少し悩んでもいいと思うぞ」

門田がそう言うと、臨也はうんと頷いたきり再び黙り込んでしまった。ようやくクレープを食べ終わった新羅は二人の会話を聞いていたらしく、そうかなぁと首を捻っている。

「僕はネックレスの方がいいんじゃないかなって思うけど」
「なんでそう思うの?新羅」
「誕生石のガーネット、臨也の瞳の色みたいじゃないか」

新羅の言葉に思わず門田は顔を上げた。自分も思っていたことだったが、まさか新羅がそれを口にするとは思わなかったのだ。臨也の方を伺うと、大きく目を見開いて固まっていた。それからじわじわと頬を赤く染めると、俯いてしまう。

「それに臨也の性格からして、ずっと身につけててほしいとか思うんじゃないかな。ウエストポーチだと学校には持ち込めないし、それこそ遊びに行くとかデートじゃないと見れないでしょ?勝手に暴走して不安になったりするんだから、静雄がずっと身につけてくれるネックレスの方が―――」
「岸谷」
「え?」
「もうやめてやれ。臨也を見てみろ」

門田の言葉に促された新羅が視線を移動させると、臨也は真っ赤な顔を隠すようにテーブルに突っ伏してしまった。昼休みにも見た光景に、門田は額を抑えながら新羅を睨む。こうなると臨也はなかなか動かない。

「あれ?僕、変なこと言ったかな」
「……本人が無自覚なことを容赦なく、な」
「え?」
「ほら臨也、顔上げろって」
「……やだ!やだやだ!もうプレゼントなんて買わない!シズちゃんなんて知らないもん!」
「駄々捏ねんなよ。俺たちは静雄に内緒にするから、な?早く買って帰ろう」
「嫌だ」
「……岸谷、お前も手伝えよ」
「えぇー…」

露骨に嫌そうな顔をする新羅の腕を引っ張りながら、門田は大きな溜息を吐き出す。朝から数えて果たして何度目の溜息になるのか、考えることも億劫だった。


end.




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