うつくしいゆびさき

※美容師パロ ※常連客×美容師(年下×年上)


「平和島くんの手って、綺麗だよね」

唐突にそう言われ、静雄はゆっくりと目を瞬かせた。染料やシャンプーの香りで満たされた清潔な店内には、洋楽の軽快なリズムが響いている。平日の正午近くという時間に加え、完全予約制ということもあり静雄以外の客の姿はない。財布を開きかけていた手を止めたまま、静雄は声の主を見つめた。

「……急になんすか、折原さん」
「だから綺麗だって言ったの」

まるで猫のようにゆったりと赫い瞳を細め、臨也は微笑む。人好きのする笑顔は、人気ナンバーワン美容師というだけはある。最近も美容雑誌でインタビューされたらしく、静雄はその雑誌を書店で立ち読みしたばかりだった。そんな笑顔の中にどこか艶かしさを感じ、静雄の喉が鳴りそうになる。

「俺そんな……手入れとか、何もしてないっすけど」

困惑を滲ませながら静雄が返事をすると、臨也はくすくすと笑って口元に手を当てる。日に焼けていないすらりとした細い指は華奢だ。静雄は財布を開きかけていた自分の手を見下ろし、節くれ立った大きいだけの手のどこが綺麗なのかと首を捻った。臨也の手の方がよほど綺麗だ―――そう言ってやりたかったが、羞恥心が邪魔をして口を開くことは叶わない。静雄が黙り込んでいると、臨也はカウンターから出てこちらに歩み寄ってきた。静雄と臨也の身長差では、完全に臨也が静雄を見上げる形になる。頭一つ分は小さい臨也からじっと見上げられ、静雄は若干たじろいだ。

「ううん、手入れしてるしてないじゃなくて。綺麗だと思う」
「そ、そう、か?」
「敬語」
「……そう、っすかね?」
「うん」

静雄が口調を改めたこと、自分が言ったことを認めたこと、どちらが満足だったのかは解らない。しかし臨也は嬉しそうに微笑んだ。それにしても、自分が臨也に手を見せるようなことなんてあっただろうか。静雄は臨也を見下ろしながら思案を巡らせる。世間話として手相占いの話をされたことはあったが、臨也自身が占いに詳しいというわけではなさそうだった。シズちゃん、ああいう占いとか好きなんじゃない?そう尋ねられて、占いとかオカルトは信じていないと返した記憶がある。臨也は鏡越しに視線を合わせながら少し残念そうに笑った。興味あるなら一緒に行こうって誘おうかと思ったのに―――そう呟きながら。あれが冗談なのか本気だったのかは今でも分からない。

「……指が綺麗とか、自分じゃよく分かんないっすけ」

ど、と続けようとした静雄はそこで口を閉ざすことになる。

「ほら、綺麗な手」
「っ…、折原さ―――」

ひんやりとした感触の訪れに視線を下げると、臨也の指先が手の甲を撫でていたからだ。すっかり暖かい春の陽気になっているというのにその手はぞくりとするほど冷たい。皮膚の感触は陶磁のように滑らかで、日に焼けて少しささくれのある静雄の手とは大違いだ。薄い笑みを浮かべながら、臨也は静雄の反応を愉しんでいるようだった。

「なあに?どうしたの、シズちゃん」
「その名前で呼ぶなって……」
「あ、また。敬語抜けてる」
「……その呼び方、やめてくんないっすか……」
「やーだ。可愛くていいじゃん」

そういう問題じゃないと言い返したかったが、静雄が口で臨也に勝てた試しはない。店に通う内に勝手につけられたニックネームは拍子抜けするほど可愛らしく、当の静雄は嫌がっているのだが臨也はやめる気配がない。臨也はニコニコと笑いながら、静雄の心中などお構い無しに手を触ってくる。触るだけでは飽き足らずに指を絡められ、静雄の心臓が大きく脈を打つ。焦った静雄は一歩後退るが、臨也は不思議そうに首を傾げただけでやめようとしない。これはセクハラなんじゃないか?そう思いながらも静雄は臨也の手を振り払うことができない。白魚のような、という形容がまさにぴったりであろう臨也の指が静雄の骨ばった指に絡みつく。まるで愛撫するように、弄ぶように、嬲るように―――臨也の指は静雄が少しでも力を込めれば容易に折れてしまいそうだった。それほどに繊細で綺麗な指をしている。

「いざ「敬語、でしょ?」

形の良い唇が弧を描いて笑みを形作る。同時に臨也は瞳を細めて静雄を見上げた。色気のある流眄に息が詰まり、静雄は気圧されながらも静かに頷く。

「……折原さん、」
「それでよろしい。シズちゃん、ほんと敬語苦手だよねぇ……で、なに?」
「……折原さんの、手の方が……」
「え?」

静雄の言葉が聞き取れなかったのか、臨也はこてんと首を傾げる。丸く見開かれた瞳は静雄だけを真っ直ぐに見つめている。静雄はその視線を受けて緊張しながら、ゆっくりと薄い唇を開く。

「折原さんの手の方が、綺麗っすよ」

臨也の瞳を見つめ返すことはどうにも難しく、静雄は目を伏せたまま呟くように口にした。ちらりと反応を疑うと、臨也は珍しく無表情で固まっていた。年上相手に失礼に値したかもしれない。そう思いながらも、静雄は手が動いてしまうのを止められなかった。絡められていた指を外し、臨也の手首をそっと握った。

「俺は、あんたの方が好きです」
「―――、っ…!」

臨也の頬に一瞬で朱が差す。白い肌を真っ赤に染め上げ、臨也は静雄をキッと睨み上げた。緋色の虹彩は僅かに潤んで、悔しげな色を浮かべている。

「なに、言ってんの…!」
「俺は本当のことしか言ってませんけど」

悔しげな臨也に気を良くした静雄は細い手首を握ったまま微かに笑みを浮かべる。臨也は顔の紅潮が治まらないのか、ばつが悪そうに視線を逸らす。耳朶さえも朱く染まっていることに気が付き、静雄の胸の中を充足感が満たしていく。いつも余裕綽々で自分を弄ぶ男がその余裕を崩されている―――上がってしまった口角が戻らず、静雄は屈み込んで身を寄せる。びくりと身を引いた臨也は大きく目を見開いて視線を上げる。ばちりと視線が合わさった瞬間、全身に電流が流れた気がした。どくどくと脈打つ心臓の鼓動を感じながら静雄は笑みを零す。

「顔、真っ赤っすね。……臨也さん」

声にならない声を喉の奥から絞り出し、臨也は静雄の胸を強く押し返す。掴まれていた手を振り返り、乱暴な足取りでカウンター内に戻るとレジスターを荒々しい指遣いで操作する。綺麗だと言われたことに対抗しているような所作に静雄は笑いを抑えきれない。会計を促され、お釣りが出ないように紙幣と硬貨を臨也の手に落とした。一瞬指先が触れ合っただけで臨也は肩を揺らし、動揺しているのが目に見えて分かる。静雄の手にレシートを落とすと、臨也はぎこちなく視線を泳がせた。静雄が首を傾げて顔を覗き込もうとすると、頬をぐいっと押し返されてしまう。

「痛いっすよ」
「うっさい!痛くなんかないでしょ」
「臨也さん、怒ってるんっすか?」
「怒ってな……なに勝手に名前で呼んでるの?」
「臨也さんだって俺にあだ名つけてるんだし、自由に呼んでもいいじゃないっすか。ほら、ちゃんと敬語使ってますよ」
「―――ッ、この……生意気…!」

真っ赤な顔のままでは説得力は皆無だ。静雄は臨也に背を向けると、扉を押し開いて店外に出た。扉が閉まる直前、一瞬振り返れば臨也は手の平で顔を覆って俯いている。赤くなった顔に細い指先の白さのコントラスト映えて美しい。―――あぁ、やっぱり俺なんかよりあんたの方がよっぽど綺麗だ。


end.




ホーム / 目次 / ページトップ



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -