I wish you a happy new year.

※年賀文


「あははっ、ほらほら、シズちゃん見てよこれっ!」
「あー?」
「ほら、これ!浜田人形!も、ひどっ……あはっ、はははははっ!」

笑みを堪えきれていない臨也の声に蜜柑の皮を剥く手を休め、静雄はテレビ画面に目を向ける。毎年恒例のスペシャル番組で、芸人たちが引き出しの中に入った品々に翻弄されては笑い、お仕置きをされていた。パターン化しているはずなのに面白くて、年末は結局紅白よりもこちらを見てしまうのが常だ。

『浜田、松本、OUTー!』
「あはは、まだOUTだよ!今回、ちょっと厳しすぎるよねぇ」
「そうか?」
「そうだよ、去年は緩かったし」

臨也の無邪気で毒気の無い笑顔を微笑ましく感じながら、静雄はつられて笑みを零す。

『松本、OUTー!』
「もう駄目だなこりゃ」
「うん、駄目だ。もうこっちまで笑っちゃって、あーお腹痛い……」
「そっちかよ」
「うん、そっち…―――あっ!」
「なっ……どうしたんだ」

笑って頷きかけた臨也が急に血相を変えて叫び、静雄は思わず肩を揺らす。驚いて声をかけると、臨也は途端にくしゃりと表情を歪めた。

「わ、忘れてた」
「何を」
「蕎麦、茹でてたの!」


臨也は勢いよく叫んで立ち上がると、スリッパをつっかけてキッチンへと走る。ぱたぱたと鳴り響く足音がかわいいと呑気なことを静雄が考えていると、程なくしてリビングへ戻ってきた臨也はすっかり肩を落としていた。その落ち込みっぷりに静雄は流石に心配になる。

「臨也?」
「……ごめん、麺伸びまくってた……」
「いや、俺は構わねぇけど」
「伸び伸びだった……びろんびろんのでろんでろんで、あんなの蕎麦じゃない……」
「多少伸びてても俺は余裕で食えるぞ」
「へにゃへにゃだよ……もう麺の形を保ってない……」
「そんな落ち込むなよ。大丈夫だから、な?」
「……ほんとに?」

静雄の必死な励ましに臨也はうっすら涙を浮かべながら顔を上げた。ちょっと赤くなっている目元すら可愛らしく映って、静雄は臨也の頭をぽんと撫でる。

「本当だって」
「……でも……」
「その……俺にとっては、お前が作ってくれた料理は何でも美味いんだよ」
「! シズちゃん……」

ふにゃりと笑った臨也を抱き寄せ、静雄は宥めるように細い背中を何度か撫でた。あの落ち込みっぷりからするに、静雄が普段食べたこともないような高い蕎麦を買っていてくれたのかもしれない。臨也のように舌が肥えているわけでもない静雄は特売品で構わないのだが、以前尋ねたら静雄に良いものを食べてほしいのだと言っていた。シズちゃんは普段こんなの食べたことないでしょ?と多少上から言われてカチンとは来たが、臨也なりの愛情表現だと理解している。

「新しく茹で直すのも面倒だろ?そのままでいいから、食おうぜ」
「うん……一応、急いで水で締めたからざる蕎麦でもいい?」
「あぁ。俺も手伝う」

臨也の手を引いて立ち上がり、静雄は笑った。臨也がつられて破顔するのを見て、臨也には悪いけれど伸びた蕎麦に感謝しようなどと惚気たことを考えながら。


×


「うお、マジですげー伸びてるな」
「……ごめん」
「あーいや、大丈夫だって。あんま気にすんなよ。大して味に支障ねぇだろ」
「…………」
「ほら、テレビ見なくていいのか?CM終わったぞ」
「あ、見る!」

2人で炬燵に入り、テレビを見ながら少し伸びた蕎麦を啜る。臨也はまだ不満そうではあったが、水で締めたのが功を奏したらしい。温かい麺つゆに葱や山葵などの薬味を入れ、臨也が用意していたかき揚げや山芋のすりおろしと一緒に食べれば格別の美味しさだった。やはり良い麺を買ってあるのだろう、蕎麦の香ばしい香りが鼻に抜けて静雄は表情を緩めた。まだ麺は残っているようだし、雑煮に飽きた頃に雑煮の出汁で食べればいいだろう。
 
「ちゃんと美味いよ」

画面を見たままではあったが、臨也の頬がさっと朱に染まる。蕎麦を頬張ったまま頷く横顔を眺め、静雄は悟られないように忍び笑った。


×


「ごちそーさん」
「お粗末さまでした。……あ、シズちゃん」
「ん?」
「もうあと5分だよ」

臨也の言葉に時計を見れば時刻は23時55分を指し示し、次の年まであと僅かになっていた。

「もう今年も終わりだね」
「あぁ、そうだな」
「なーんか、早かったのか遅かったのかよく分かんないや」
「ま、毎年そんな感じだけどな」
「でも俺は……結構早く感じたかな」
「そうか?」
「うん。だって、今年は毎日楽しかったし」

臨也は柔らかくはにかみながら笑い、静雄の肩に頭をこつりと寄せる。邪気のない表情を浮かべていれば、眉目秀麗と評されるだけあって愛らしい。そんな表情さえも、知っているのは静雄の他に舞流や九瑠璃くらいしかいないだろう。小さな独占欲が満たされる感覚に自然と口角が緩んでしまう。

「シズちゃんと毎日…とは言わないけど週に1回ぐらいは会えたし。休日は一緒に過ごせたし、たまに喧嘩もしたけど、楽しかったよ」
「そうだな」
「ねぇ、来年……来年も、同じように過ごせるかな……」
「……なんで疑問形なんだ?」
「だって―――…」

僅かに曇った表情を見ていられず、静雄は衝動に任せて口づける。柔らかな唇に触れて、啄むように何度も触れた。行き場を無くして戸惑う臨也の右手を捕らえ、自らの手を強く絡ませる。最初は動揺していた様子の臨也も、繰り返される口づけに安堵したようだった。紅玉の瞳がゆっくりと細められ、やがて閉じられる。

「来年も、その先もずっと一緒だろ」
「……うん」
「手前みてぇなじゃじゃ馬は、俺以外の手に負えねぇしな」
「なにそれ、惚気?」
「うるせぇ」
「ていうか、それを言うならそっちもでしょ。シズちゃんみたいな規格外、俺以外に受け止めらんないよ」

いつもの軽薄さを取り戻した臨也に呆れながら、静雄は滑らかな黒髪をそっと撫でた。見上げてくる瞳に逆らえないまま、静雄は再び口づけを落とす。視界の端に捉えた時計の針は、新しい年を刻んでいた。

end.




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