近くて遠い
2016/02/14 21:38




「うぅ…」
キツいトレーニングにウィルは音をあげる。天才魔術師の家系に生まれ、素質は十分にあるのだが、身体面ではかなり劣っている。そこを指摘され、筋トレとは縁のなかった頭脳派のウィルだが、まるで軍隊のようなトレーニングをみっちりやらされているのであった。おかげでストレスで痩せた身体はスポーツマンのように引き締まって、筋肉もついてきたが、リーダーから出された課題を思い出すと、OKはまだ当分先の事になりそうだ。おまけに他のメンバーは各々のトレーニングをさっさとすませ、夕食を食べに行ってしまった。早く行かないと夕食抜きになってしまう。情けなさは募るばかりだ。
ウィルは鉄棒にかけていた脚を離し、マットの上に落ちる。
「…あと、腕立て…」
息をきらしながらうつ伏せになる。
「鉄棒腹筋は一番嫌いだ…腕立てのほうがまだマシ」
と言いつつ、1回目でダウンした。無理もない。つい最近まで戦いを避け続けた人間が、戦いをこなしながらトレーニングまでやっている。戦いに出ない日ならなんとかトレーニングを終わらせられるが、戦いのあった日は夕食はおろか、睡眠時間すら削られる。今日もそんな日のようだ。ウィルはイライラしながら、汗がしぼれそうなシャツを脱ぎ捨てた。
「くそっ!」
最後の力を振り絞り、腕立てを始める。
「俺は、普通の、生活が、したい、だけなのに!」
戦いの最前線にいるのは本当に不思議だ。しかも、本当に嫌いなトレーニングまでやっている。
「くそっ!」
自分にも腹がたってきた。
ぶつくさと文句を言い、嫌な顔をしながらも、与えられたメニューをきちんとこなすのは、天才としての意地と彼の真面目な性格故である。
自動扉があいて、淡いピンク色の髪の少女が軽い足取りで入ってきた。
「まだやってんの?」
今一番聞きたくない言葉だ。ウィルは無視して、腕立てに集中する。そもそもこいつが俺のとこに来なければ、俺は今も普通に暮らしてたはずだ!と心の中で当たる。
当の本人、オリビアはいつもの調子だ。ウィルの目の前に膝を抱えて座った。
「ご飯いらないの?」
そんなわけないだろ!と言いたかったが、疲れてそれどころじゃない。
「今日、すごく豪華だった。ケーキもついてたし。」
甘党のウィルには頭にくる話だ。邪魔するなと文句を言おうと顔をあげようとした。
「あのな…」
「あ!待って!私、スカートだった。」
間抜けな行動に顔からマットに落ちる。オリビアはスカートの中が見えないように座り直すと、いいよと言った。
ウィルは一気にやる気を削がれ、腕立てをやめて、正座のように座った。毎度のことだが、彼女には本当に調子を狂わされる。
「あのさ、」
いろいろ言いたいことはあるが、疲れて発言すらめんどくさいので一言に集約する。
「用がないなら帰ってくれない?」
「あるよー」
こっちの怒りはおかまいなしのオリビアである。
「はい!」
気づかなかったが、オリビアは後ろに隠していたものを出した。皿にのったチョコケーキである。
「は?」
「ウィルの分。ご飯は持ってこれなかったけど、ケーキだけこっそり持ってきた。チョコ好きでしょ?」
刺々しかった心がおさまっていく。相変わらず読めない人間だとは思うが、こういう気遣いができる優しい人間だから嫌いにならない。戦いとトレーニングと怒りで消耗しきったウィルはありがたくそのケーキをいただくことにした。

糖分が身体に染み渡る。質素なケーキだが、本当においしい。大袈裟だが、今まで食べた中で一番美味しい。
「頑張るね」
「ん?うん」
ウィルは無心でケーキを頬張る。
「偉いね」
そんなことを言われたのは初めてで、驚きと不可解さでオリビアを見る。でも、オリビアはいつものように無邪気な目をしている。ウィルはやっと誉められたことに気づいた。気づいたら、なんだか恥ずかしく、むず痒くなってきて、ケーキに集中する。気恥ずかしさでふと思ったことを口にした。
「なんでケーキなの?お祝い?」
今度はオリビアが目を丸くした。
「あれ?ウィル、今日何の日か知らない?」
珍しく素直にウィルは首をかしげた。疲れていて、頭が回っていないようだ。
「今日はバレンタインだよ」
ウィルはあぁとうなずいた。そういやメンバーがそんなことをしゃべっていた。もらったことがあるか?と聞かれ、ないと即答すると憐れまれたが、ウィルは首を傾げるばかりだった。チョコなんて買えばいくらでもあるではないか、何故そんなにもらうことに執着するのか。そこがわからないから、憐れみをかけられることもよくわからない。
「ウィル、バレンタインわかってないでしょ」
オリビアに笑われて、やっとバカにされていると気づく。
「わからない」
怒る元気もわいてきて、開き直って正直に答えた。
「やっぱり!じゃあ、みんなが騒ぐ理由もわからないね。」
「…うん…何なの、バレンタインって」
「感謝する人や好きな人にチョコをあげるの」
ウィルはわかったようなわからないような気でふーんと答えた。そういや、毎年この時期はニュースで騒いでるなと思い出す。ずっと自分を守るため1人だったから、そんなことには無縁だった。ニュースや街の様子を遠くで眺めるくらいの関係しかなかったが、今年は去年までとは違う。その喧騒の中にいるのだ。
(…1人、じゃないんだな)
なんとなくそう思った。なんとなくメンバーの不可解なノリも許せてしまった。その流れでメンバーの会話を思い出す。オリビアは人気があるようで、だけど彼女の性格上誰にでも優しく親しげにするからとみんなため息をついていた。ウィルはオリビアをじっと見る。確かにかわいい顔はしているが、これまでのこともありウィルにとっては厄介な存在でもある。ウィルはふとオリビアがお菓子作りを得意としていたことを思いだした。
「オリビアは誰かにあげたの?」
「うん、みんなにあげた」
メンバーのため息の理由がわかった気がした。やっぱりオリビアは読めないのだ。
「ウィルも欲しい?」
「くれるなら腹減ってるから欲しいけど」
「えぇ〜?そんな理由?」
ウィルはケーキを食べ終わり、側にあったタオルで汗をふく。
「自分であげるって言ったくせに」
「お腹すいてるからチョコ欲しいなんて、つくるのけっこう大変なんだよ?」
「…じゃあ、つくらなきゃいいじゃん」
オリビアは頬を膨らませる。
「そうだけど、そんなこと言う?ほーんっと無神経!」
ウィルは痛いところをつかれたという顔をする。オリビアの言うとおりなのだ。1人でいたがために、人との関係がうまく築けない。言わなくていいことまで言って、何度トラブルを起こしたことか。そしてその度に助けてくれたのはこのオリビアである。ウィルはがくっと肩を落とした。
「…ごめん」
オリビアは恨めしそうにウィルをじっと見る。その目にウィルはいつも勝てない。
「悪かったと思ってます。」
「で?欲しい?」
「だから腹減ってるから…」
オリビアが眉をひそめた。
「それとこれとは違うだろ」
腹が減っている以外に欲しい理由なんてないと言いかけて、ぐっと飲み込む。
「…欲しい、です」
オリビアは満足げに屈託なく笑った。
「いいでしょう!」
紙袋を渡され、一連の流れが終わったとため息をつく。本当にオリビアにはかなわない。
紙袋を開けてチョコを口にほおる。
「うまい」
思わず正直に感想を言った。オリビアは得意気だ。
「でしょー!」
自分の失態に赤くなって、ウィルは無心でチョコを頬ばった。
「ウィルのはみんなより多めだから、お返ししてもらわなきゃね」
「は?!」
声が裏返る。
「バレンタインって見返り求めるの?」
「うーん、まあお返しは礼儀って感じかな。ホワイトデーまで待つのもなぁ」
「ホワイトデー??」
「というわけで、今週の休みに買い物付き合って?」
「なっ…」
オリビアは立ち上がり、手を振りながら軽やかに部屋をあとにした。残されたウィルははめられた、とため息を吐く。今週の荷物持ちを想像しもう1つため息を吐くが、紙袋にチョコだけではなくサンドイッチが入っていると気づいてまた1つため息を吐く。
背に腹はかえられない。
サンドイッチで空腹を満たすと、トレーニングを再開した。


翌日、どこで見ていたのかメンバーにいろいろと詰問されるはめになった。





*****
長々とすいませんでした。

なんかいちゃいちゃしてるけど、そうでもないです。ウィルは疎いし、オリビアは読めません←

オリビアをきっかけにウィルはいろんな人とコミュニケーションをとることができるようになってます。オリビアが自然と輪に入れてる感じですが、ウィルはそこまで気づいてません。

好意にはすごく遠いところにいる。
じゃあ、なんで書いた。











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