白い世界





この 先 も ずっと



こうして 、





白い世界





さく、さく、さく。

さく、さく、さく。



薄らと積もった雪の上を歩くたび、耳に届くのは静かな闇を裂く、ふたつの足音。

少しもずれない歩調が、嬉しいと思う。



人間の煩悩の数だけ撞くと言う、除夜の鐘は、もう終わってしまった。

(そんな除夜の鐘を聞きながら肌を重ねてた僕らは、どれだけ煩悩だらけだって話だけど)



最後の除夜の鐘が、ごぉんと響くのを聞いて。



君と出会って、毎年僕が言う言葉。



「生まれて来てくれて、ありがとう」



あまり神仏などは信じない僕だけれど。

この日だけは、いつも僕らを見守り傍に居るのだと言われている神仏に感謝する。



一くんを、この世に送り出してくれてありがとう。

一くんと、僕をこの世で出会わせてくれてありがとう。



「傍に居てくれて、ありがとう」



おめでとう、じゃない。

ありがとう、なんだ。



言えば君は、綺麗な蒼色の瞳を穏やかに細めて笑って僕の頬に触れて、そっと口付けをくれる。



愛してる、って。

合わせた口唇から、溢れるように流れ込んで来る感触が僕は好き。





「総司」



歩きながら、遠いところにいっていた僕を呼び戻す、一くんの低い声。



「…え、あ、…何?」

しばらく黙り込んでいたんだろう、そんな僕を一くんは訝し気に見つめていた。

「何を考えていた?」

「あ、いや…幸せだな、って思って」

一くんは、すぅ、と僅かに瞳を細める。

僕の言葉を信じてない時に、僕を確かめるように見る時の一くんの癖。

「ちょっと考え事してたけど、…でも本当だよ」

「…考え事?」



嗚呼。

墓穴を掘った。

こうなると、一くんは僕が全部をしっかり話さないと納得してくれない。



「さっきまで抱き合って、今度はこうして初詣に行って、…一くんの、今年最初を僕が独占してるな、って思ったら幸せだな、って」



ぴったりと肌を合わせたまま、行く年を送って、来る年を迎えて。

そして今もこうして、肩を並べて歩けていることが。

幸せで、仕方ないんだって。



「そう思ってたら、僕って本当に一くんのことが好きなんだな、って、幸せに思ってた」



言った言葉が何だか照れくさくて、へへ、と笑うと一くんもそっと口の端を上げて笑った。

そして立ち止まる。

差し伸ばされる手を、視線の端に見た。

さらり、一くんの手が僕の髪に触れて、それから頬に触れた。



「…珍しく、素直だな」

「失礼だね、一くん。僕はいつも素直じゃない」

「本当にそう思っているのか?」

「うん」



頷いたら、一くんは少しだけ眉を下げて、ため息をついた。

「…重症だ」

「え、なに、一くん。それって失礼じゃない?」

「…いや」

「ん?」



「そんなお前を、愛しいと思う俺が、だ」



ちょっと。待って。



「今、何かすっごい殺し文句が聞こえたんだけど、空耳?」

「殺し文句?…そんなつもりはなかったが」

「あぁ、もう」



目の前の身体に抱き付いた。

腕を首元に回すと、一くんの掌が僕の背に触れる。

嗚呼。

君は、何てあったかいんだろう。



「無自覚ってのが一番性質(たち)が悪いんだよ、分かってる?」



声に、一くんが笑った。

「思ったことを言って、何が悪い」

「…一歩間違ったら君は、とんでもなく人生損してるよ」

思ったことを口にする、って。

それって、結構怖いことじゃない?

「己の人生の中で、損をしていると思ったことは一度もない」

一くんの手が、僕の背を行き来する。

そして、抱き込まれた。



「お前に、会えた」



だから、ちょっと待ってよ。

何か、今日の一くん、変。

絶対、変。



「ああ、また殺し文句」

「…どこがだ」

「そういうところ、全部」



一くんの肩口にぐいぐいと額を擦り寄せたら、一くんがまた笑った。

何でそんな余裕なの、って思いながら。



「…でもそんな一くんも、全部すき」

「…総司」

「一くんだから、すき」



たとえどうして、とか聞かれたって分からない。

分からないけど、一くんが好き。

一くんだから、好き。

それ以外の言葉は、知らない。



「だから変わらずこれからも、僕の傍に居て。離れないで」



愛の言葉を言うのが苦手な君だけど。

こうやって僕に、僕を愛してるって、何度も何度も伝えて。


そうして、笑っていて。

僕と、並んで歩いて。

たまには、抱き締めて。そうして口付けて。

抱き締める腕で、触れ合わせる口唇で、僕に愛してるって言って。

それだけで僕はきっと、君の傍で笑って居られるから。

そんなことを思いながら、一くんに回す腕に力を込めた。





「何も、変わらない」



宥めるように、紡がれる声。

静かで、低くて。

僕の大好きな、一くんの声。



「これから先も、だ」



そっと静かに、誓うように君は言って。

僕を抱き締める腕に、力を込める。

思ったことを言うのだと言う君はいつも、僕の欲しい言葉をくれるんだ。



「……そうだろう?」



顔を上げて見つめたら、深い蒼色がそっと微笑った。

その様があまりに綺麗で、言葉を紡ぐことさえ忘れてただ、見つめた。

いいや、違うな。

言葉が、嬉しくて。嬉し過ぎて。

僕は、言葉が出なかった。



「…どうして、そんな顔をする」



僕は、どんな顔をしていたんだろう?

一くんの指先が僕の頬を撫でる。



「俺は、お前を泣かせたくて言ったんじゃない」

「…分かってる」

「総司」

「分かってるから、……嬉しくて」

「…総司」



互いに腕は背に回したまま、呼吸が頬を掠めるほど近い距離で見つめ合た。

僕を見つめて来る蒼が穏やか過ぎて、優し過ぎて、綺麗過ぎて、僕は瞳を伏せる。

瞳を逸らした僕の頬を、一くんの掌が包む。

触れた温もりに瞳を戻すと、さっきよりももっと近い距離に一くんの顔が合って。

閉じることなく、そっと伏せられた蒼に見惚れているうちに、口唇を重ねられた。

僕も瞳を伏せたまま、目の前の蒼を見つめながら、背に回した腕に力を込めて、もっと、と強請った。

一くんが、喉の奥で笑った。



僅かに離れた口唇が、僕の上下の口唇を交互に食んで、ゆっくりともう一度。

薄く開かせた口唇で誘うと、強請るまま、願うまま、舌先を絡め取られた。

「…っん、」

呼吸を奪われるくらい、深く、深く。

何度も重ねられて、僕はやっと瞳を閉じた。

閉じる前に垣間見えた蒼は、とても綺麗で。

何故だか、瞼の奥がじんと熱くなった。

まるでそれに気付くように、一くんの腕が一層強く、僕を擁く。



幸せだと、想った。



幸せ過ぎても、泣けてくる、って。

僕に、教えてくれたのは、君。



ねぇ、一くん。

だいすきだよ。





「…ずっと、傍に居る」



まだ熱を持ったままの一くんの口唇が、僕の耳朶に触れながら言う。

その声を覚えていたくて、きつく瞳を閉じた。





君と生きたい。

君と居たい。



君と、こうして。



ずっと、笑っていたい。



それだけでいい。

ただ、それだけで。





これからもずっと、って、祈れるのに。願えるのに。

明日も明後日も、とか。来年も、とか。

近い未来を祈れないのは、どうしてだろう?



僕らを遠い空から見守って、時には傍に居てくれるって言う神様、仏様。

本当に居るのなら、僕の願いを叶えてよ。

どうか、叶えられないなんて言わないで。



剣を握って命の瀬戸際に自ら立ちながら、人を斬る僕ら。

斬られて血吹雪を上げて地面に倒れ落ちるモノを見て、僕は思う。

--------明日は、我が身。

いつ、何があるか、なんて。

明日が在るかも、分からない。

誰も、知らない。

嗚呼、…そうか。

だから僕は、明日も、って。

祈れないんだ。





擁き合っていた腕を解いて下ろすと、ふと触れた、いつもより冷たい指先。

あ、と思った時にはすでに掌に包み込まれて、指先を絡めるように握られていた。

冷たいはずなのに、温かいって思う。

一くんの優しい体温が、愛しい。

すき、が溢れる。



願い、を、込めて、そっと握り返す。

そして、僕は。



離れたくない。

離したくない。

願いながら、その手に絡める指先に力を込めた。





もしもいつか、僕が真っ黒な世界に囚われて、道に迷うことがあったら。

目隠しをしながら見つけた道が、どうか君まで続きますように。



もしもいつか、僕が真っ白な世界に囚われて、道を見つけることさえ出来なかったら。

差し伸ばした手が、どうか君まで届きますように。

たとえ、届かなくても、どうか、君が手を差し伸べてくれますように。





僕は、願った。





ただひたすらに、それだけを願った。
















斎沖



僕の前に続く道を、
これからも君と、
歩いてゆけますように。








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