十数えて


口 を 噤んで



何 も 言わず に 

過ごした



僕 に とって
 
恋 でも 、



君 には 

なんでも ない から







十数えて









散歩に出ようって、思ったのは。

何気ない、本当に何気ないきっかけだった。







数日間続いた熱がやっと下がって床払いをしたら、やたら屯所が静かだった。

向かったのは、道場。

其処には、隊士たちが群がるように集まっていて。

その、中心には。

汗を浮かべて、たった今、稽古を終えたばかりの様子の新八さんと、一くんが立っていた。

新八さんがいつもみたいに白い歯を見せて豪快に笑ったかと思うと、一くんの肩に腕を回してまた笑った。

…そして。

一くんも、小さく笑った。

周りは特にそのことに反応してないように見えた。

一くんが笑ったことに気付かなかったのか。

それとも。

一くんが笑ったことは、わざわざ反応するまでのことじゃないってことなのか。



不意に自嘲みたいな笑みが零れて来たから、何だかその場に居たくなくて、踵を返そうとした、その時。



「おっ、総司ぃーー。もう、いいのか?」



手をぶんぶんと振りながら、平助が僕に声を掛けた。

気付かれる前に居なくなろうと思ったのにな。

なんて、思いながら。

「最初からそんなにひどくなかったのに、誰かさんが口煩くてね」

へら、と。

いつも作り慣れた笑みを浮かべて、平助に手を振り返して今度こそ踵を返す。

「あれ、もう行っちゃうのか?おい、総司ー」

喚く平助の声を聞きながら。

背に、焼き付くような視線を感じた。

振り返らなくても分かる、嗚呼、これは。







そして話は冒頭に戻る。



「快晴、だ」



数日ぶりに出た外は、思った以上に晴れていて暑かった。

両腕を空に伸ばしてから、太陽を仰ごうと顔を上げると、少しくらりとした。



「…だから寝込むのは嫌なんだ」

そっと、一人言。

続けて身体を横にすると、身体が勝手に自分は病人だと勘違いする。

身体が、重くなる。

…身体が重くなる、と思って。

さっきの光景を思い出した。







…とんだ、思い上がりだったみたいだ。



最初に近付いたのは、純粋な興味だったと思う。

僕と、互角に勝負を出来る男。

強い。

そして、どうにも無愛想で無口で無表情で、掴めない。

だから近付いた。

そして、無表情な顔をあからさまに顰められながらも、近くに行って話し掛けた。

それは何度も何度も。

まるで手負いの獣みたいに、近付くなと無言に告げるんだ。

そのうち、警戒するような気配は薄れていって、邪険にされることも少なくなって。

(ただ、邪険に扱うのも面倒になったのか、ただ慣れたのか、それは僕には分からないけれど)

僕が言葉を発すればそれに短く答えてくれるようになって。

たまに、君から僕に話し掛けてくれるようになって。



そうして、君は僕の前で笑うようになった。



けれど、皆の前では相変わらずの無愛想、無口、無表情だったから。

--------だから僕は。









思案し続けていた僕の前に、三つの影。

立ちはだかるように目の前に立たれて、視線を上げた。

決して背の低くない僕よりも背が高く、体格の良い男、三人。



嗚呼。

こう、苛付いてる時に限って。

嫌なことは、続くものだ。





「…沖田総司だな?」



言われる前に、左手は鯉口を切っていた。





刀が、鋭く空を凪いで、そのまま男の身体へ。

抜き様、刀を振り上げてがら空きだった男の胸を斬り上げる。

「このっ…」

続いて斬りかかって来た男の身体をひらりと避けて、背中を袈裟切り。

たった、一呼吸。

血振るいと同時に、二体が道に崩れ落ちた。



「噂通りの腕だな」

低い声に、笑う。

「それは、どうも」

返して、本能的に思う。

こいつはまだ少し出来る、と。



風がゆらりと揺れたかと思うと、懐に飛び込むように斬りかかってくる刀。

それを鍔元で受けて、押し返す。

続け様に繰り出される刀を受け、身を躱し、がらりと空いた胴に斬り込もうとして頭を上げた、刹那。

くらり。

頭が揺れるような感覚が襲って来て、動作を止める。



「…、隙あり、…っ」

倒れそうになるのを堪えて足を踏み込ませ、胴を薙いだ。

「な、にっ」

確かに仕留めたと、笑みで歪んでいた男の顔が歪む。



「…隙?」



どう、と鈍い音を立てて目の前の身体が血吹雪を上げながら崩れ落ちた。



「そんなもの、何処にあるの?」



血振るいして納刀して、身を翻し踏み込む前に見えた黒い影に向かい直す。

その影は、驚くほど近く、僕の傍に在った。





「…何で、君が此処にいる訳?」



一番、今、逢いたくなかった男。



「一くん」

「顔色が良くない癖に、外に出て行くのを見たからだ」

「…やめてよ」



嗚呼、何で、そうやって。



「一人でふらりと外に出た僕を守ろうとでも言う訳?」

「…そう言う訳ではない」

「じゃあ、どう言う訳?」



そんな顔をして、僕の心を掻き回すんだ。

他の人が見ればただの無表情だろうけれど。

僕には分かる。

君は今、全身で僕を心配してる。



「君に守られなきゃいけないくらい弱ってなんかない」

「…分かっている」



分かってるなら、何で。



「守られることなんて僕は望んでいないよ」

「それも分かっているが、…総司、自覚していないだろう。酷い顔色だ」



そうやって、僕をまた思い上がらせるようなことを、何で、君は。

差し出された手は、僕の腕を強く掴んだ。



何で、そうやって無遠慮に僕に触れるんだ。



そうだ、あの日もそうだった。

僕が初めて人を斬った日も。

君の熱い掌が、僕に触れて。

僕を、抱いた。

そうだ、分かってる。



あれは、愛なんかじゃない。





胸の辺りが重くなる。



「一くん」



お願いだから。



「僕が、十数える間に此処から立ち去ってよ」



掴まれた手を、振り払う。



「総司」



そんな瞳で僕を見ないで欲しいんだ。

だって、そうじゃなきゃ。



「…君が居なくならないなら、僕が居なくなるよ」



----------もしかして、なんて。

思いそうになる、自分が居る。





「そうじゃなきゃ、今は君を斬っちゃいそうだから」





この、焼け付くような苛付きのまま。



ただの、八つ当たりだって気付いていたけれど。

吐き捨てるように言って、一くんの声を聞く前に歩き出す。

嗚呼、また、だ。

道場をあとにした時と同じ。

焼き付くような、視線。







ねぇ、一くん。

君は、知らない。


「知りたいって、…ただ、それだけだったんだけどね」



無表情だと思っていた君が、本当は、非常に多彩な表情に富んだ男だって。

一匹狼みたいに、近寄ろうとするものに噛み付くような気配を漂わせている癖に、本当は、とても優しい男だって。



そして、そんな君を、もっと知りたいと思っている僕が居る。



「それだけ、だったはずなのにね」



----------なのに。



「ただ、君と肩を並べて歩きたい、って」



なのに想いは、勝手に歪んでいく。



「そう、思ってただけなのにね」





触れたいと、触れてほしいと。

想いは、酷く歪んでいくばかりだ。





ねぇ、一くん。

君は、もし僕があの場で十数えても、立ち去らないだろう。

たとえ刀を抜いても。

たとえ刀を振りかざしても。

君は、あの蒼色の綺麗な瞳で、僕を見つめるんだろう。





「一くん」





揺らがない、あの瞳で。

揺らぐ、僕を。

君の、一番になりたいって、想う僕を。

真直ぐに、見つめるんだろう。



僕の本当の想いを知ったら、君のあの蒼は揺らぐだろうか?



強く掴まれた腕が、瞼の奥が、焼けるように熱い。







「…ごめんね」





















斎沖



辛いだけの恋なんて、

決してしないと

思っていたのに。








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