今夜、君の声が聞きたい


泣いたら

崩れて しまいそうで


自分を必死に

守ろうとする 僕 に


やさしく

やさしく 光 が 、






、君の
聞きたい







涼しい風が、湯上りの身体に心地良い。

頬を滑るように、少し冷えた風がそよいだ。

吹く風を感じながら、縁側で立ち止まり、そのまま座り込んだのはつい先ほどのこと。

そよぐ風が、肩に下した髪をなびかせる。

風になびく髪を掻き分けて、暗闇で煌々と輝く月を見上げた。

思っていたよりもそれは少しだけ眩しくて。

そっと瞳を閉じた、その時。

ばさりと、頭に何かが降って来た。

気配を全く感じなかったなんて、迂闊だ、なんて思いながら。

振り返れば、背に立っているだろう男の名前を口にした。

「人が、せっかく風流を楽しんでたのに。…無粋だよ、一くん」

言いながら振り返れば、視界に入って来たのは予想通りの姿。

「…風邪をひくために風流を楽しんでいたとでも言うのか?」

低い声が降って来る。

乱暴に頭に掛けられた手拭を手に取って、肩に掛けた。

「風邪をひく気なんて、更々ないけど?」

「ならばもう少ししっかり髪を拭け」

言って、少し乱暴な手付きで一くんは僕の髪の毛を手拭でぐいぐいと拭う。

「…本当、君ってお節介すぎるくらい面倒見がいいよね」

言いながらも、一くんの成すがままにされて大人しくしていたら、空気が揺れた。

手拭に隠れて見えなかったけれど、きっと一くんが小さく笑ったんだ。

周りの人は、一くんのことを無表情だとか何を考えてるか分からないとか。

よく、言うけれど。

僕に言わせてみれば、一くんほど分かりやすい人はなかなか居ないって。

そう、思う。



「…何を、考えていた?」

「え?」

「背中が隙だらけだった」

深い蒼色の瞳が、まるで全て見透かそうとするように真直ぐに見つめて来る。

ねぇ、そんな瞳で見つめられたらさ。

「…君のこと」

つい、茶化したくなるのが人間ってものじゃない?

そう、思いながら言っても。

君は、表情を少しも崩さない。

「…では、どうせろくでもない物騒なことを考えていたのだろう」

髪を拭っていた手を止めて、一くんは指先で僕の髪をそっと整える。

感じる優しい感触に、その手を振り払いたくなったけれど。

それさえ出来ない僕は、この病で心も身体も弱くなってるんだと思い知った。



「今日は、月が綺麗だから」

呟くように言うと、一くんは表情を変えないまま少しだけ小首を傾げた。

人に懐いた犬みたいな動作に、少し笑う。

「こんな月明かりの下で、君と立ち会ったら楽しいだろうなと思って」

「…やはりお前の言うことはいつも物騒だ」

「いつも、なんて大袈裟じゃない?」

くすくすと笑ったら、やっと一くんは少しだけ表情を崩して怪訝そうな顔をする。



「ねぇ、一度さ、本気で立ち会ってみようよ」

努めて明るい声で言えば、僕の髪に触れていた一くんの手が止まった。

そうして、静かに。

「無理だ」

低く、否と言う。

「…そうだね」

分かってるよ、最初から。

君が、どう返して来るかなんてね。

「分かってるよ」

だって、僕は知ってる。



「君は、優しいひとだから」

無口で無表情な癖に。

君は、鬱陶しいくらいに、優しいから。

(鬱陶しい、って思うのは僕がひねくれてるから?)



「こんな身体になった僕に、本気なんて出せないんだ」



ねぇ、そうだろう?



「…違う」



……嘘つき。

深い蒼色の瞳を少しだけ揺らしてるくせに。

君が嘘を言う時の少しの変化だって、僕は知ってる。



「双方が本気で立ち会えば、…どちらかが死ぬ」



尤もらしいことを口にするけれど。

君は、本心を言ってるのかもしれないけれど。

どうしてだろうね、僕には、嘘にしか聞こえないんだ。



「それも、いいんじゃない?」



僕を殺せるのは、君くらいの強さがないと無理なんだよね。

それなら、どうせなら。

君くらいの強さの他人に殺されるより、君に殺されたい。



「心中みたいでさ」



君を殺せるのは、僕くらいの強さがないと無理なんだよね。

それなら、どうせなら。

僕くらいの強さの他人に君を殺されるより、僕が殺してしまいたい。

他の誰かに、奪われる前に、それなら僕が。



「お前と心中する気など更々ない」

「あはは、それは僕もだよ。…でも、僕は結構本気」



言えば君は、整った顔に眉を寄せて険しい顔をする。

でも僕に届いてくるのは、君の怒りじゃなく、君の悲しみそのものだ。



まるで二人の不穏な空気を感じたみたいに、あんなに煌々と輝いていた月が雲に隠れる。

薄らと一くんの頬を照らしていた光が消え失せた。

それが一層、一くんの顔を無表情に見せた。

そんな中で、ただ。

蒼色の瞳だけが、鋭く光っている。

嗚呼、綺麗だな。

晴れた日の、暮れていく空の色に似てる。

一くん、君は綺麗だよ。

どれだけ人を斬っても、血潮を浴びても、君は汚れない。

汚れていくのは、僕だけ。

----------僕だけ、汚れていくんだ。

この胸に巣食った病は、汚い僕への罰だろうか。





「武士なのに、畳の上で死ぬなんて御免だよ」



吐き捨てるように言う。

何の感情も込めないように。

そうしなきゃ。

どれだけ目を逸らそうとしても込み上げて来る、何とも表現し難い絶望感に崩れてしまいそうだから。

嗚呼、僕は。

弱くなった。





「…心配するな」



一くんの静かな声につられるように、月がまた。

煌々と、暗い空を照らす。

僕を、一くんを、そっと。

照らす光に導かれるまま、暗闇を仰いだ。



「他の誰かに殺される前に、俺が殺してやる」



低く、感情を押し殺した声が。

僕の鼓膜を震わせた。

その声の方向を見るのが、少し怖くて。

暫く、高い場所から僕を見つめ続ける月を見返した。

一くんに気付かれないようにそっと、吐息をひとつ付いて。

視線を戻した。

鋭い光を宿した蒼色の瞳が、僕を見つめていた。

真直ぐすぎるその光は、僕には眩し過ぎる。

嗚呼、君は。

不思議な男だよね。

僕が、決して言おうとしない本心を。

僕が、決して言えない望みを。

そうやって、無遠慮に暴くんだ。



「…あはは、」



何も言えず、ただ込み上げたのは乾いた笑い。



「ほんと、……一くんは律義だね」



君は、この月みたいだ。

ただ黙って、ただ其処に居て、ずっと僕を見続けている、そんな。

けれど月よりその光は鋭くて。冷たくて。

なのに、酷くあたたかい。

そんな君から見た僕は、どう映る?

哀れに見えるだろうか。

惨めに見えるだろうか。



「律義で、…優しいよ」

「…優しくなどない」

「優しい以外の何て言えばいい?君は僕を殺してくれるんでしょ?」



不器用な、真直ぐ過ぎる優しさが、今の僕には少しだけ、痛い。



「忘れないでよ、一くん。さっきの言葉」



呟くように言えば、一くんは何も言わずただ、僕の頬を撫でた。

ほら、君は気付いてない。

それが、僕が優しいって言う理由なんだよ。

けれど。

僕の望む言葉を言ってくれるくせに。

念を押せば、君ははぐらかすように優しく僕に触れるだけ。

半端な希望を持たせる方が、残酷だってこと、君は知ってる?





「出来れば、殺す前に最期くらいは甘い愛の言葉でも囁いてよ」





月光が、照らす。

僕が押し殺そうとする弱さを。

だから僕は、それを隠そうとして瞳を伏せる。





「君の声で」







--------------せめて。









「僕が、


幸せに死ねるように」



















斎沖



最期に聞く声が
君の声なら、

僕は それだけで、








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