月闇に棲むもの



月が、照らすもの。

常世に生きるものたちの姿。

その、さまざまな影。

...そして、もうひとつ。









闇 に 棲 む も の









「総司」

土方は筆を筆置きに戻し、背後でずっと刀の手入れをしている総司に声を掛けた。

「…何です?」

総司の応えを待ってから振り返る。

その声の主は、打ち粉を振り終えたその刀身を鞘に収めると土方に向かって微笑み掛けた。

「随分暇そうだな」

土方の言葉に、総司は小首を傾げて見せてからまた柔らかく瞳を細める。

夕闇が迫り薄暗くなった土方の部屋に燈された灯が微かに揺らいだ。

「…来い」

僅かに手を総司の方に差し出し低く告げる。

総司はその手を見つめ、腰を浮かすと土方の間近まで膝を近付けた。

その身体を土方の腕が自分の胸の方に引き寄せる。

拒わずに身を寄せてくる肩を抱き締めた。

抱き寄せた肩が、また少し細くなった気がして土方はその手に力を込める。

「土方さん…?」

土方の指先に込められた力に、総司がそっと顔を上げた。

見上げて来た闇色の瞳に土方は少し瞳を細めるとゆっくり口を開いた。

「総司、付き合え」

言って総司の肩から手を離し、土方は刀掛けに掛けた大刀を左腰に差す。

不思議そうな表情の総司を立ち上がって見下ろす。

「…嫌か」

「いいえ」

二人の視線が絡む。

「どこへでもゆきますよ」

土方は無言のまま正座する総司に向かって先程のように手を伸ばす。

綺麗な微笑みを浮かべて、その手に白い手を総司は重ねた。











「…すごいですね」

夜空を見上げながら、総司が楽しそうに言う。

人通りの少ない道を二人並んで歩く。頼りになるのは、総司が手にした提灯と、空に輝く月。

「まんまるだ…十五夜ですものね」

相変わらず空を見上げたまま歩く総司に、土方はため息を付いた。

「おい総司、そんな風に歩いていると…」

「…っわ」

土方が言っている途中に、総司は道の小石に足を引っ掛けた。

転びそうになるその身体を土方の腕がそれより早く受け止める。

総司が手にしていた提灯が道に落ち、灯が消えてしまう。途端に二人を包むのは、闇。

転びかけた身体を受け止めた腕を回しそのまま抱き締める。

「…こうなるんだよ」

苦笑交じりに土方が言うと、総司は頬に照れたような表情を浮かべ土方に微笑った。

微かに月の光に照らされる白い頬に手を掛け、二人の顔の距離を縮めると土方は総司の口唇に

自分のそれを重ねた。

「っ…土方さんっ」

いくら人通りが無いとは言え、往来の真ん中での土方のその行動に総司は耳朶までを紅く染めながら、自分を抱くその腕から逃げようとする。

「お前がそんな無防備な顔をしているのが悪い」

口の片端だけを歪めるようにして土方が笑った。

昔から変わらない、総司の好きなその表情。

「…もうっ」

土方は、身を屈めて総司が道に落としてしまった提灯を拾い上げる。

「すみません…落としてしまいました」

「構わん」

済まなそうにする総司に行くぞと促して、歩いてゆく。

頬を撫でる風は、秋の風。そんなに冷たくは無く心地良い。

土方は隣を歩く総司の頬に目をやった。いつもとそんなに白さは変わってはいない。

「…寒くは無いか」

「えぇ、心地良いです」

淡く微笑んで見せる総司に土方も瞳を細め、頷いた。

そのまま暫く歩くと、軒先に紺の小さな幟を立てた休憩処を見つけそこに二人腰掛けた。

「熱い茶を頼む」

愛想の良い主人が奥に下がるのを見て、土方はひとつため息を吐いた。

「土方さん、綺麗ですねぇ」

総司の声につられて顔を上げる。十五夜の月。

思っていたよりも間近で、明るい光に土方は瞳を細めた。

「…見事だな」

主人が湯気を立てた茶飲みを二つ盆に載せ歩み寄って来る。

笑顔で差し出されるその湯飲みを受け取り、土方は主人の持つ盆の上に懐から取り出した財布から銭を載せた。

「馳走になる」

「へぇ。ごゆっくり」

茶の二杯分には多少多い銭を受け取り主人は頭を下げるとまた先刻のように奥へと入って行った。

そんな二人のやり取りを見ながら茶を口元に運んだ総司が面白そうに笑う。

「…何が可笑しい」

「いえ。どうしてそんな気難しそうな顔をするのかと思って」

「何度言えば良い。…地顔だ」

「ふふ」

総司は土方の眉間に手を伸ばしそこを指先で数回撫でた。

「せっかく二人でお月見をしてるんですから…ね?」

「…馬鹿野郎」

言いながら苦笑する土方に向かって総司はまた可笑しそうに笑って見せる。

微かな月明かりに照らされたその頬を土方は見つめて、それから茶を一口啜った。

「江戸にいた頃は…いつも道場の皆さんでお月見をしましたっけね」

「そんなこともしたな」

「えぇ、おツネさんが奮発してお団子を作ってくれて、永倉さんや原田さんがどこからかお酒を持って来て…大宴会でしたよね」

試衛館に居た連中は基本的に賑やかなことが大好きだった。

花見だ、花火だ、月見だ、と言ってはよく皆で楽しく騒いだ。

まだ数年前のことなのに、随分と前のことに思えるのがおかしかった。

「あいつらは騒ぎ過ぎなんだよ」

「でも楽しかった」









「おい宗次郎、お前飲んでるのか」

原田が顔を赤くしながら総司の横に座りその肩を抱いた。

目が合うと原田はニッと白い歯を見せて本当に面白そうに笑って見せる。

「頂いてますよ」

「酔い方が足りねぇな。もっと飲め」

総司に杯を渡してそれに酒を注ぎ込む。

困ったような顔をして原田を見上げると、また彼は整った男らしい顔を笑顔に染めた。

「…っ」

杯を一口で開けた瞬間に身体中が熱くなる。

襲ってくる浮遊感に倒れそうになったがそれを原田の腕が支えた。

「おぉ、宗次。なかなかいけるじゃねぇかお前もよ」

「おい左之。お前の後ろで歳さんがすげぇ顔してるぜ」

総司の向かいに座って酒を呷っていた永倉が苦笑して原田に言った。

原田は、総司の隣に座っていた土方を押しのけるようにして今の場所に座ったのだ。

酔った者の勢い、である。

「歳さん、随分仏頂面だな。楽しく飲もうや」

後ろを振り返りながら言う原田の頭を鷲掴みながら土方が眉を寄せた。

土方の方に向き直り原田がそれに反撃をしようとするが土方はその手を緩めない。

原田に支えられていた総司の身体を、逆隣りに座っていた斎藤が今度はそれを支える。

「誰のせいだ、誰の」

「いててててっ痛ぇよ歳さんっ!大人気ねぇな」

「酔っ払いが吼えるんじゃねぇ」

二人のそのやり取りを、藤堂の横に座る山南が苦笑しながら諌める。いつもの光景。

近藤がいかにも可笑しいと言う様子で声を張り上げて笑うと、皆それにつられて笑い声を上げた。



何気無い時間。

今は遠い、ずっと続くと思っていたあの時。







「…楽しかった」

噛み締めるようにゆっくりと言う総司の横顔を、土方は呼吸を顰めて見つめた。

月光に照らされる白い頬に手を伸ばそうとしたのと同時に、総司の口から咳が零れる。

細い肩を揺らして乾いた咳を繰り返す総司の薄い背に手をやり、さすってやる。

「…ッすみません…むせてしまいました」

乱れた前髪を指先で直しながら総司が顔をゆっくりと上げて土方を見る。

目の前の頬の色は、少し青白い。

僅かに眉を顰めて土方は闇色の瞳を見つめ返した。そして白い頬に手を伸ばす。

「…夜風が冷えて来た--------そろそろ帰るか」

土方の言葉に、総司は柔らかく微笑むと軽く首を横に振った。そっとそのまま瞳を伏せる。

長い睫毛が、頬に影を作る。

「もう少し…こうやって土方さんと月を見ていたい」

伏せた瞳を戻して総司はまた微笑んで見せる。

土方は頬に寄せていた手を総司の肩に回して自分の方にその身体を少しだけ引き寄せた。

自然、土方の肩の辺りに頭を寄せるような格好になった総司はその身をそっと彼に委ねる。

穏やかな仕草で身を委ねて来る細い身体が心から愛しいと土方は思う。手に、力を込めた。

「…あと、少しで良いから」

独り言のように小さな声で総司が言う。

「こうしていたい」

...貴方と。

最後の言葉は飲み込んだ。

土方の、引き締まった肩に頬を摺り寄せる。瞳を閉じた。微かに伝わる温もりが愛しい。

失くしたくないと、心底思った。

「…もう少しだけ時間が欲しい」

この温もりと共に居るための、時間が欲しい。少しでも、永く。

不意に口から出た言葉は意外にも重い響きで、最後の方は少しだけ震えた。



「…二人でいたい」



土方は、総司の声に言葉を発しかけてそれを止め口を噤んだ。口唇を噛み締める。

静かに身を委ねて来る総司の身体を引き寄せて、微かに震えるその細い肩を握り締めた。





瞼の奥に焼き付いた月光が眩しい。

閉じた瞳が次第に熱くなるのはそのせいだと思いたかった。












元来た道を、ゆっくりと戻る。

店を出る前に、掛け茶屋の主人が、消えてしまった提灯に火を燈してくれた。

それを土方が持ち、そのすぐ後ろを総司が付いて歩く。

二人とも、口を開かなかった。

人通りの無い路地を、二つの影がゆっくりと歩いてゆく。

土方は、すぐ後ろにある総司の気配に神経を張りながら歩みを進め、そっとため息を付いた。

総司の先程口にした言葉が、重く胸に圧し掛かっている気がする。

あの言葉の意味は。

ついさっきの、二人の時間のこと。それと、奥に含まれた意味はこれからの時間のこと。

総司の胸の病は少しずつ、しかし着実に彼の身体を蝕んでいる。

認めたくは無いが、変えようの無い事実。

「……」

不意に、後ろを歩いていたはずの総司の足音が途絶えた。

土方は怪訝に思い、歩みを止め後ろを振り返った。

少し後ろで、道に蹲るようにしてしゃがみ込む影が瞳に飛び込んだ。

「…総司!」

総司の傍に駆け寄り、片膝を付いて総司の肩を抱く。

俯いた顔を、黒髪が隠す。髪の隙間から見える肌の色は真っ青だった。

「総司」

土方の声に、総司が顔を伏せたままに吐息だけで笑うのが分かる。

言いようの無い不安感が、背に圧し掛かってきた。

やっと顔を上げたその頬は月明かりに照らさずとも蒼白であるのが伺える。

瞳が合うと、総司は困ったような色を浮かべつつも微笑んで見せた。

「…すみません…ちょっと眩暈がして」

吐息交じりの小さな声は、少し震えていた。

土方は羽織を脱ぐと総司の肩にそれを掛けさせた。

「もう平気ですから」

「…馬鹿野郎。嘘をつけ」

ひどい顔色だという言葉は口には出さなかった。

「…この辺りに旅籠があったはずだ。そこに行くぞ」

「平気ですから…土方さん、屯所に…」

「うるせぇ、強がりを言うな」

言うと同時に土方は総司の身体を抱き上げる。

立ち上がり、道に置いたままの提灯に瞳をやるともう一度しゃがみ込み、総司にそれを持てと促した。

「土方さん…歩けますから…」

降ろしてくれと懇願する総司を抱いたまま、土方は道を早足で歩き始めた。

腕の中で軽く咳をし始めた総司を見て、余り振動を与えないよう少し歩く速度を緩める。

「…っ…」

口元を掌で覆いながら繰り返して咳をする総司を土方は見つめ、抱く腕に力を込める。

暫く続いた咳がようやく治まり、総司は深く吐息をついた。

そっと口元を覆っていた手を外し、それを軽く握る。

徐々に力を込めて、固く握り締めた。僅かにぬる付いた感触が残る。

手を握り締める間際に一瞬見えたその紅が、可笑しいくらいに鮮やかに映った。









「すまないが急病人だ。部屋を借りたい」

旅籠の戸を開けると、近寄ってきた番頭に言葉少なく告げる。

土方の言葉にも慌てた様子を見せず、番頭は提灯を総司の手から受け取ると二階の奥が

開いていると言ってその部屋に案内した。

襖を開けると、番頭の後ろから続いて階段を上って来ていた仲居たちが押入れから素早く部屋に布団を敷く。

「壬生の新選組の屯所まで使いを出して欲しいのだが」

新選組、と口にしたのと同時に番頭の顔が一瞬強張ったのが分かったがそれは気にしない。

言付けを聞くと番頭は階段を下りてゆく。それを見送って、土方は部屋に入った。

用意された布団の上に総司を座らせると土方は口を開く。

「…まだ顔色が悪いな」

「平気なのに」

まだその言葉を言う総司に土方は苦笑して、青白いままの頬に触れた。

総司はその土方の行動に微笑み、それから瞳を伏せる。

「…ごめんなさい、土方さん」

辛うじて聞き取れる程の小さな声で、総司が口を開く。

「何がだ」

「せっかく…月を見に来たのに」

土方は総司の目尻に口唇を寄せると徐に立ち上がり部屋の窓を開けた。射し込んでくる、月光。

「ここからも月は見える」

月を一度振り仰いでから土方は総司に振り返り、淡く笑った。

総司はゆっくりと立ち上がると、土方の傍まで歩み寄り月を見上げる。

「綺麗ですね…」

窓の傍に土方は腰を下ろして総司の腕を引き、腕の中に身体を抱き込んだ。

胸に頬を寄せる総司の安らかな表情に土方は穏やかに瞳を細める。

額、頬と口付けて、紅いふっくらとした総司の口唇に自分のそれを重ねようとすると総司が軽く顔を背けた。

「…土方さん」

顔を背け、俯いたまま総司が言う。

「こんな満月の夜には、魔物が出るんですよ」

「何?」

「普段、懸命に月光から身を潜めて闇に溶けようとしている魔物がね、出てくるんです」

ふふ、と総司の口から乾いた笑いが零れる。

土方は、怪訝な表情で総司を見た。

「今…貴方の腕の中にも鬼が…いるでしょう?」

呼吸を詰める。

「満月の夜は…その鬼の心の奥底さえも照らしてしまう」

総司は土方の手を取って、自分の胸に触れさせた。

「ここに居る鬼が…泣くんですよ」

「…総…」

「…聞こえませんか?」

揺れた闇色の瞳が、土方を捉える。逸らすことも出来ない光を宿すその瞳に、土方は息を飲んだ。

「寂しいと、恐ろしいと、声を殺して泣くんです」

「総司」

「…っ…」

両腕で、細い身体を荒々しいほどに掻き擁く。腕の熱さに、総司は呼吸を止めた。

「また…血を吐きました」

静か過ぎる声で、総司が告げるのは残酷な言葉。土方は瞠目した。

「可笑しいけれど…自分の血を見ると、まだ生きているんだと実感するんです」

「…総司」

「生きていると思って…それから言いようもなく泣きたくなってしまう」

「総司…」

「まだこの血が流れている限り、貴方の傍でこうして動いていられる…でも、もしもこの身体が走れなくなってしまう日が来たら?それでも私は、貴方の傍に居られるのか…思って」

「やめろ」

「こんなに人を斬っている私が、自分の血が鮮やかだと思って…それを見て思うのは…」

「…もうよせ」

無理矢理に、その紅い口唇を奪う。前戯も無く、深く貪った。

奥に逃げようとする舌を絡め取り口腔を犯す。

きつく抱き締めて、何度も求めた。

「言わなくて良い」

震える細い肩に顔を埋めて、土方が呟く。

「共に生きるのだと言ったろうが」

総司の指が土方の胸に縋る。土方は、抱き締める腕に力を込めた。

「お前が足りないというのなら…その血だって俺の血でうめてやる」

「…」

「俺が居る」

微かに、腕の中の総司が頷いた。

「お前の傍に居る」

言葉の一つ一つを噛み締めて土方が低く繰り返す。

きっとかたく噛み締めていたのだろうその口唇から、小さな嗚咽が零れ出した。

「まだ…っ…貴方の傍に居たい…」

「まだなんて言うな」

「離れたく…無いっ…」

「離れるものか」

震えて、嗚咽が混じり途切れる声で紡がれる響きは切ない。

初めて真正面からぶつけられる、総司の奥にしまい込まれていた狂おしいまでの激情に、土方の心が震えた。

「離れるなんて許さない」

濡れた闇色の大きな瞳から、瞬きと共にまた一粒雫が零れる。

土方はそれを舌先で掬い総司の顔を仰向かせると、そのまま口唇を重ねた。

ゆっくりと深くなる口付けに、総司の腕が土方の首元に柔らかく絡まる。

「…っふ…」

総司の口から吐息が零れるのと同時に、土方の指が総司の襟を割る。

手を差し込んで肩から肌蹴させた。

「満月の夜は…鬼の心の奥底を照らすんだろう…?」

耳朶に口唇を触れさせ、声を低く潜めて土方が言う。総司の肩が微かに震えた。

「ならば総司、今の俺の心が見えるか」

総司は土方の薄い口唇に指を滑らせて何回か撫でると、まだ涙の乾かない瞳を細めて微笑う。

「貴方も私の心が見えているなら…きっと思っていることは同じでしょう…?」

口唇をなぞる総司の指先を軽く口唇で啄ばんでから土方はその手を取り、白い手の甲に口付けた。

そして端正な顔の片頬を歪めるように笑って見せる。

「ふん…よく言うぜ」

土方の指先が総司の黒髪に滑り、結い上げた一房を解き下ろした。

「たまにはお前から言ってみな」

濡れたように艶やかな黒髪を手に取り土方はそれに口付けて、総司を見つめる。

頬を僅かに紅く染めて総司は俯くと、小さな声で呟いた。

「…貴方のことだけ…考えさせて欲しい」

着物を肌蹴させ俯いてそれだけ言う姿は余りにも扇情的で、土方は総司の身体を強く抱き締めた。



「上出来過ぎる殺し文句だな」





総司の黒髪が、床の上に散った。













「--------」

土方は自分の隣で眠る総司を一目見つめて、そっとため息を付いた。

乱れた前髪をそっと掻き上げてやる。

布団を肩の上まで掛けなおそうと持ち上げた時に見えた上下する薄い胸に瞳を留めた。

この胸が、あの鮮やかな血を吐き出すまで胸に宿る病に気付けなかった自分の愚かさが恨めしい。

初めて見た、鮮やか過ぎる紅。見たことも無い鮮血はまだ脳裏に焼き付いている。

日一日と痩せてゆくこの身体こそが、病の進行の早さを物語る。

瞳を逸らせない現実。

もう、それを医学では進行を遅らせることは可能でも止めることは不可能なのだ。

たとえ何処か静かな場所で、静養してもなおそれは不変であると。

総司は、それを知っている。知っている上で、それでも土方の傍に居ることを望んだ。

少しの可能性にでも賭けたいと思い、静養を勧めた土方や近藤たちの声にも頑として首を縦に振ることなく、この場に居続けることを望んだ。

悲壮なまでの瞳の色に、総司の望みを叶えることとしたけれど、果たしてあの時の自分の決断は正しかったのかと思うこともあった。





「何が正しくて、何が間違ってるかなんて分からねぇ。ただ、ここに総司が居たいと願ってる。…それだけで、もう良いと思わねぇか……。--------だからあんたももうそんなに思いつめるな」





総司が労咳だと分かり、それでも隊に残りたいと総司が懇願したその後に、永倉が土方に呟いた言葉。

試衛館時代から共に生活し、剣に励んできた皆の偽りの無い思いだ。

その声の響きと、不覚にも目頭が熱くなったことさえ覚えている。



「…分かってるんだよ」



総司が望んだことだ。ここに居たいと。

そうだ。自分だって、離したくは無いとそう思っていた。

後悔も、無い。

それでも。

どうあっても生きていて欲しいとも願う己の心が、何故遠く離して静養させるという手段を選ばなかったのかとせめぎ立てる。





「…分かってるさ」





言葉も交わさない、こんな時間さえ愛しい。





一体このまま、この刻が。

あと、どれだけ続くだろうか。





もう少しだけ、時間が欲しい





総司の声に重なるのは他でも無い、己の声。





月の光は、何でも照らし出すと言う。

奥の奥に隠した願いも弱さも汚さも、全て。

柔らかな光が照らすのは、心の奥に秘めた闇。






「…畜生…」



離れたくない。





押し殺した泣き声を遠く聞いた気がして、土方は総司の背に腕を回してその身体を引き寄せた。



















土沖








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