声
お前に届かないなら。
貴方に届かないなら。
声 「…ねぇ土方さん」
総司は、自分のすぐ傍で畳に横になっている彼を見ながら呼び掛けた。
当の土方はと言うと、いつものように肘で頭を支えた思い切りくつろいだ格好で。
「土方さん」
今日この部屋で何回この名前を口にしただろうと思いながらもう一度。
名を呼んで、顔を覗き込んでも土方は瞳を閉じたまま返事もしない。
「…もうっ」
頬を膨らませて総司は少し怒ったような声音を混ぜて土方を睨み付けた。
それに気付いたのか土方は軽く瞳を開けて総司を見て苦笑する。
一瞬二人の視線が合って。そして土方はまた瞳を閉じた。
「ねぇ、土方さんってば」
溜め息混じりに総司が呼ぶ。
「さっきから呼んでるのに…返事くらいしてくれたっていいのに」
少し、間を置いてから。
土方がやっと口を開いた。
「…あぁ?…してるだろうがよ」
その言葉に総司は軽く口唇を尖らせる。
「してません」
「…聞こえねぇ訳じゃねぇだろうが」
相変わらず畳に寝転がったままの土方の着物に、総司の指がそっと触れた。
「そうですけど…ちゃんと口で返事して欲しいんです」
拗ねたような声でそう言う総司を、土方はまた瞳をゆっくりと開けて見つめる。
「…そうか」
軽く、笑って。
「そうですよ。」
妙に真顔で言う総司に、土方はもう一度苦笑した。
漆黒の大きな瞳でじっと見つめてくる総司の視線を受け止め、土方は総司に向かって人差し指を動かしてこっちに来いと言う仕草をして見せる。
首を傾げながらも座ったままの格好で膝をずらしながら土方に近付いて来る総司の腕を突然引っ張った。
「何…っ…」
土方の不意の行動に、驚いた表情を浮かべて総司の無防備だった身体がその腕の中に抱き寄せられる。
「…土方さんっ」
一瞬、逃げようと抵抗する身体を両腕で抑え込んでしまえば、その身体はすぐに大人しくなって。
土方は総司の頭に顔を埋めるようにして、目の前の黒髪に口付けた。
「聞こえてるならいいじゃねぇかよ」
さっきの話。
腕の中から総司は瞳を上げて土方を見つめる。
「良くないです」
ただでさえも幼く見えるその顔で、総司は可愛らしく頬を膨らませた。
土方はその顔を見て、溜め息混じりについ笑ってしまう。
少し、総司を抱き締める腕に力を込めた。
「土方さん、苦しいです」
全然そんなふうな素振りは見せないで、総司が微笑みながら言う。
「…聞こえねぇな」
言って、土方は切れ長の瞳を柔らかく細めた。
土方のその言葉と表情に、総司はまた綺麗に微笑って見せる。
「貴方が部屋に来いって言ったのに」
呟くように総司が言い、ゆっくりと瞳を閉じた。
無言のままの土方に、クスリと笑って。
「土方さん…」
「…久々の休みなんだ、たまには俺だってこうやってゆっくりしてぇだろ」
低く言った土方の言葉が何だか嬉しくて、総司は土方の胸に頬を寄せた。
「…土方さん」
土方の鼓動と、息遣いにまで耳を澄ます。
何一つ、聞き逃さないように。
「土方さん」
特別意味も無く、ただその名を呼んで。
「土方さん」
何度も。
その総司の頬を土方の大きな手が包んだかと思うと、そのままそっと口付けられた。
「煩ぇ口だな…他に知ってる言葉はねぇのか」
土方の頬に浮かぶ苦笑を見て、総司が一緒に微笑う。
「土方さん--------」
「……」
「ずっとこうして…」
傍に居させてください。
ただそれだけしか願ってないから。
「土方さん」
離れたくない。
「大好きです」
土方の背中に、腕を回す。
大きな、背中。
離したくない。
「土方さん、大好きなんです」
何度も繰り返して言う総司の口唇を、土方のそれが塞いだ。
ゆっくりと、それでも深く吐息を絡める。
「…っ…」
見つめ合って。
「…土方さん…大好き」
少し上気した頬が、表情に艶を増させる。
濡れた響きで囁くように。
見上げて来る、闇の色をした瞳は綺麗。
「大好きです」
その言葉に、土方は微笑んだ。
そして。
総司の耳元に口唇を近付けて、熱い吐息と共に土方が囁く。
「--------俺の方が」
お前に。
貴方に。
届かない声などいらない。
その言葉は
お前にだけ。
貴方にだけ。
届けば、いい。
愛して、いるよ。
----------たとえ、口にしなくとも。
終
土沖