予感 下


何を 信じて

誰を 恨んで



穢れなき 広き空よ





この痛みを 包み込んで




予 感





想うことが、ある。









「…部屋割り変え?」

訝しげに眉を寄せて、斎藤が口を開く。

土方に呼ばれ、部屋に入るなり言われた言葉。

腕を組み、難しい顔をして目の前に座る土方を見据えた。

「変えると言うよりも、お前が一人になると言う表現が正しいかも知れん」

「どう言うことです」

「分かっていて聞くな…総司との相部屋で無く、部屋をお前のみの割り当てにすると言うことだ」

「…総司が言ったのですか」

それは確信。

「…そうだ」

土方の言葉少ない答えに、斎藤は瞳を伏せた。

…想うことが、あった。

いつもと同じように振舞っては居るけれど。

不意に離れたように感じた笑顔。あの、距離。

言葉にならない、壁。嫌悪とも拒否とも違う、感覚でとしか言い表せないあの壁だ。

総司が新選組にこのまま留まることが決まったその数日後から感じていた、目に見えぬ高い壁。

これの前触れだったのだと、確信が芽生えた。

「相部屋での感染を、気にしているようだ」

「…そのようですね」

「どうする、斎藤」

「決まり切ったことを聞かれますな」

斎藤の言葉に、土方は片頬を歪めて笑った。

「お前ならばそう言うだろうと思っていたさ」

「…部屋変えの必要はありません」

「斎藤」

「貴方が、傍に置いて感染しないと思って居るのと同じです。…俺にも感染らない」

...いっそのこと。

感染するのならば、してしまえば良いのに。

まるでただの風邪のように、うつしてしまえば消える病であったなら。

「…俺は、彼をひとりにしたくないんです」

「皮肉に聞こえるが…」

先日の土方と総司とのやり取りのことを言っているのかと思っていると、土方が言葉を続ける。

「…それは俺も同じことだ」

僅かに瞳を細めた斎藤に、土方が同じように瞳を細め苦笑を浮かべる。

「実の弟以上に思って可愛がってきたんだ…好き好んで遠くにやりたいものか」

そう低く呟いた土方のその表情は、試衛館に居たあの頃から見知ったものだった。

試衛館に居たあの時間の中で、近藤や土方、永倉たちが総司のことを可愛がっていたのは斎藤もよく知っている。

「あいつは…何だかんだと言って人よりも寂しがりやだからな」

「副長」

「…分かっては居るさ」

江戸から離れたこの地で、病を抱えさせてしまった自分を責めているのか。

それに気付けなかった自分を、責めているのか。

あるいは、何故彼なのだと、答えの無い問い掛けを巡らせているのか。

先日の二人のやり取りを思い出し、斎藤は瞳を伏せた。

此処に居たいのだと望む総司の想い。

離したくないと思うけれど、それでもどうあっても生きていて欲しいのだと願う土方の想い。

矛盾していると思いながらも、斎藤の想いは土方のそれと同じものだ。

離したくはない。けれど。

それでも、生きていて欲しいと、そう思うのだ。

愚かだとは分かっていても。そう、願わずにはいられない。



気付けなかったと、言っても最早意味の無い自責の念は自分も抱えて居る。

あの違和感をただの違和感だと、あの瞬間に流さなければ。

もしかしたら、何か違っていたかも知れないのに。

気付けず、後悔だけを巡らせる自分に今出来ることは何だろう。

何をすべきだろう。そう、思って。

寂しいなどと、言わせるものか。

誰よりもひとりになるのを恐れているはずなのに。

温もりを自分から手離そうとしている彼が、切ない。

この手に縋って良いのだと。

否、縋って欲しいのだと。



ひとりが、寂しいと言うのなら。





「ひとりになど、させない」



--------させるものか。

低く、呟いて。









あの壁を、やはり壊そうと決めた。











何度 涙を流せば

僕らは ひとつになれるだろう













「総司」

無防備に足を縁側から投げ出して、柱に軽くよしかかり座っている細い身体の名を呼んだ。

斎藤のその声に、大仰な程肩を揺らして見せてから、総司は何も無かったかのように振り仰ぎ瞳を細めた。

「どうしたんです?怖い顔になってますよ」

いつものように軽口を叩いて笑う総司の傍まで近寄って、見下ろす。

やはり思い違いでは無い。

言いようの無いこの距離感。

この笑顔。この声。

「…誰のせいだと思っている」

口を開けば、予想以上に低い声が総司に投げ掛けられた。

その声音に呼吸を詰めて、総司が軽く瞠目する。

斎藤は、総司が身を寄せる柱に立ったままよしかかり、無表情のまま総司を見つめた。

ともすれば怒りを含んでいるように見える斎藤のその表情。

余り感情を表に出さない彼ではあるが、背から放たれているその気配は、怒り以外の何物でも無い。

「それで…今までの通りに接しているつもりか?」

突然突き付けられた斎藤の言葉に、闇色の大きな瞳が揺れた。

「何を言って…」

戸惑った表情を浮かべ、言葉を綴ろうとするそれさえも邪魔して更に言葉を続ける。

「分からないとは言わせない」

口調は、まるで詰問。

拒むことを許さぬような響きが、鈍く胸に突き刺さる。

斎藤は口を一度固く結ぶと、縁側に座る総司の身体を軽々と持ち上げた。

「一さんっ…?」

「こんな場所では埒も明かない」

低く言って、二人の相部屋の障子を開け放つ。

驚くほどに軽い身体を腕に抱きながら、腕に感じるその頼りなさに斎藤は内心瞑目した。

少し乱暴な程の勢いで総司を部屋の中に連れ込んで、無理やり畳の上に座らせる。

「教えて欲しい」

真正面に座り、華奢な肩を強く握った。

「何故、お前はここに残ることを望んだ…?」

「一さん…」

「…此処に在りながら、在りたいと望みながら、何故一人になろうとする」

「…そんなことは」

首を振って応えを返す総司をまるで睨み付けるようにして見つめた。

戸惑った色を見せながら、それでも闇色の瞳は真っ直ぐに斎藤を見返してくる。

その瞳の奥の奥を見据えて、斎藤は更に低く問う。

「そんなことは無いと言うのならば、何故俺を避ける」

「避けてなどいません」

「嘘だな」

「…嘘などついていない」

「嘘だ」



「そんなこと…貴方には分からないでしょうっ…!」

苦しげに搾り出すその声が言い放った瞬間に、斎藤が纏う空気の色が一変して張り詰めた。

頬に熱いものが打たれることを覚悟して、総司は反射的に瞳を閉じる。

しかしその予想は外れ、刹那力強い腕に驚くほど優しく抱き締められた。

「…っ」

全身を包み込まれるその感触に瞠目し、伝わって来る温かさに呼吸が詰まる。



「分かるものか!分かるはずも無いだろう…俺はお前ではない。お前も俺ではない。だからこそ知りたいと思う。本当の想いを聞きたいと思う。それはいけないことか。今のお前にはそれさえも重いか」

腕の中に抱き込まれて、身動きが取れない。

呻くようなその声に、心が揺れる。

耳元を掠めた斎藤の低い声音が、奥に焼き付いて離れない。

「言ってくれ」

ただ抱き締められただけなのに、こんなにも安堵できる自分が居る。

この腕は、愛しい彼のもの。失くしたくないもの。

今あるこの温もりは、今、自分がここに在ることの証。



「…離して下さい…」

「離すものか」

揺るがない声の如く、斎藤の腕から力が抜けることは無い。

苦しいまでに強く抱き締められても、何故か込み上げるのは穏やかな懐かしさと温もり。

この腕を、今離さなければ。

離れられなくなる、その前に。

今すぐにでも、このまま縋り付きそうになる愚かな自分の手を振り払って。

離れることが、耐えられなくなるその前に。

大切だからこそ、離れなくては。

...手遅れになってしまう、その前に。

同じ場所に在りながら身体を離して。心を離して。

想う愚かさに、そっと自嘲した。



無言のままの総司の身体を、斎藤の腕が静かに畳へと押し倒した。

逃げられないように、細い両手首を上から押さえ付ける。

「一さんっ」

身を捩って抵抗しても、斎藤の身体は少しも動じない。

真正面から見つめられて、総司は口唇を噛み締めながらその視線を受ける。

決して逸らそうとはしない瞳が真っ直ぐに斎藤を見上げた。

「俺には分からないと言うのならば答えて欲しい」

静かな声が、揺れ動く心を更に揺さぶる。



「何故…俺から離れようとする」



まるで喉の奥から搾り出すようなその低い声に、総司は瞳を見開いた。

表情の少しの変化さえも見逃さぬよう、斎藤は食い入るように白い顔を見つめる。

暫しの沈黙の後、総司の口唇から吐息混じりの微かな笑い声が漏れた。





「--------貴方が優し過ぎるから」



綴る言葉は、真実の言葉。

「それに甘える自分自身に、嫌気がさしたんです。…貴方のせいじゃない」

続ける言葉は、偽りの言の葉。

その言葉に、斎藤の瞳が刃を一筋引くように細められる。

それから、一瞬の間を置いて。

「…それは本心か」

全てを見透かすかのような一重の瞳が、真上から総司を見る。

それには応えを返さず、頷き、無言のままに見つめて来る闇色の瞳を斎藤は覗き込む。

揺れた光を湛えながらも、それでも真っ直ぐに見返してくるこの瞳が、心底綺麗だと思った。



「---------ならば何故そんな表情(かお)をする」

ゆっくりと斎藤は言葉を発し、総司の手首を戒めていた片方の手を緩めて白い頬に触れる。

それと同時に、その滑らかな頬に一筋の雫が流れ落ちた。

「この涙がお前の答えだろう…?」

胸の奥に押し込めたその想いは、そこからしか出ることが出来ないように零れ、頬を濡らしてゆく。

指先でその涙を拭い、互いの額をそっと合わせた。

「嘘など要らぬと、何度も言った」

「はじめさん…」

「今、お前が本当に思っていることを俺は知りたい」

言って、斎藤は総司の頬に手を掛け顔の距離を縮める。

呼吸が肌を撫でるまで近付いた互いの口唇に、それが触れ合う前に総司が不意に顔を背けた。

「…だめです…」

溢れ来る感情を押し殺した、僅かに震える声。

背けられた顔の代わりに、白過ぎる首筋が乱れた黒髪の隙間から艶かしく瞳に焼き付く。

「…そんな言葉は知らない」

漆黒の髪を掻き上げ、斎藤は目の前に無防備に晒された白い首筋に口唇を落した。

そのまま軽く吸い上げる。

じわりと紅く残った痕に指先を滑らせれば、身体が小さく揺れる。

翳のある横顔の細い頤を捉えて、顔を真正面に向けさせた。

「…一さん…っ」

潤んだその瞳さえ、扇情的だと思う。

久しく肌を重ねていないこの身体に、我を忘れる程のめり込みたいと言う若い激情が滾る。

苦しそうに嘘を紡ぐこの口唇から、秘めた本当の想いを溢れさせたい。

嘘も真実も全て摘み取って、心も身体も分かり合いたい。

口唇が触れるその瞬間に、総司の口唇から悲鳴のような声が部屋に響く。

「感染(うつ)りますっ」

苦しそうな表情を浮かべ、何度も首を横に振る総司の白い頬を指先で撫でた。

まだ心なしかいつもより熱い頬。

何度かその頬をそっと撫でて、指を頤に掛ける。

それでもまだ抵抗してみせる総司の細い顎を捉え、親指の腹で閉ざされた口唇を開いた。

「…感染らない」

耳元に口唇を寄せ、静かに、低く囁く。

その声にも瞳を潤ませて首を振り続ける総司の耳朶を甘噛みしながら、もう一度。

同じ言葉を紡いだ。

「感染らない--------」

ゆっくりと瞬きをした総司の瞳からまた一雫、零れ落ちて頬を伝う。

流れ落ちるその前に、口唇を寄せて掬い上げた。

「…感染せるのならば…感染してしまえば良いさ」

言い終わるのと同じくして、震える口唇に己のそれをそっと重ねた。

何度か啄ばむように口唇を吸い、噛み締める歯列に舌を這わせる。

角度を変えて執拗なまでに深い感触を求めると、息苦しさに総司の口唇が僅かに開いた。

それを逃さず歯列を割り、逃げる舌を絡め取った。

「…っう…」

きつく舌を吸い上げられて、背中の芯が疼く。

流されそうになる理性を留めようと、総司の細い指が斎藤の着物を握り締めた。

やっと解放された口唇から、深く吐息を絡めた後の余韻を残した甘い一息が零れる。

「…ッ一さん…」

「言うな」

言葉を遮り、肩口に手を差し込んで上半身を少しだけ浮かさせると、腕の下の身体を抱き締めた。

「お前が俺から離れようとする理由がそれだけなら…もう何も言うな」

胸の辺りを握り締めた総司の指が、縋るその指先に力を込めたのが伝わって来る。



口を噤んでいた総司が、ゆっくりとそれを解放する。

「もう…私は貴方の傍に居られない…居るべきではない」

「何故そう思う」

問い掛けに、多少躊躇ったようにまた口を一度噤んで、それから。

「--------貴方のこの腕に包まれることが当たり前のことになってしまってから…貴方から疎く思われてしまうことが…恐ろしくて仕方ない」

「そんなことは有り得ない」

斎藤のその言葉も否定し、静かに首を振るその表情には、笑みさえ浮かんで。

「いつか離れなくてはいけないのなら…手遅れになってしまう前に」

「…もう遅い」

離れることなど。

今更、出来ようはずもない。

「それとも、お前には、もうこの腕は不要か」

この腕を離すことなど、出来ようものか。

--------否。離すものか。

「俺から、生きる理由(わけ)を--------お前が奪うのか」

感情を押し殺した低い声は、頑なに扉を閉ざしていた重い心を揺れ動かす。

「お前と…その傍に在って生きるのだと決めた」

その言葉に、揺れた瞳が、潤んで引き歪む。

「この腕はお前のためだけにあると言うのに--------そんな手前勝手なことは言わせない…許すものか」

己の今の言葉こそ手前勝手な言葉だとは可笑しいくらいに感じている。けれど。

この想いこそは同じだと言う確信。



不意に総司の手が斎藤の頬に伸びて、健康的な色をした肌に触れた。

震える指先が、その頬を幾度か撫でる。

「--------良いんですか…?」

まるで、この声は呟き。

静かに問うてくる声の、奥に込められた感情全てを受け取ろうと耳を澄ます。



「…一さん、貴方の傍に…居ても…良いんですか…」



最後は、込み上げて来る嗚咽にかき消された。

零れ落ちた吐息も想いも全て掬い上げるように、斎藤はもう一度口唇を重ねる。

軽く触れるだけの、その柔らかい感触が心地良い。

「…当たり前のことを聞くな」

低くて穏やかな声が一言ずつを噛み締め、ゆっくりと告げる。





「この腕は、いつだってお前だけのものだ」







分かっていた。

離れるなど、今更出来ようことも無いと。

どんな風になっても、この腕の中に居たいと願ってやまなかった。

言って欲しいと願いながら、拒まれることが怖くて真実を言えずに離れようとした弱い自分を引き止めるこの言葉。この腕。

離れたくはないのだと、叫び出しそうになるこの身体を抑えて、それでも欲したのはただ一つ。

包み込む腕を撫で、大きな背に手を回す。

柔らかく引き寄せられて、今度は抵抗せず頬をその胸に寄せた。

着物越しに感じる肌の温もりに、ゆっくりと瞳を閉じる。

そっと身を寄せて来る身体の肩口に顔を埋め、両腕で余すところ無く抱き締めた。

「…何度も言わない--------一度きりだ」

耳元に口唇を寄せ、熱い吐息混じりに囁いた。

「何故愛しいと想うかなんてどうでも良い…俺はお前だから愛しいと想う--------それだけのこと」

どうなっても、この存在はこの現世にたった一つ。

愛しいと想うのも、守りたいと想うのも一つだけだ。

無論、欲しいと想うのも。



「…すまないな」

突然そんな言葉を口にする斎藤に、腕の下で総司が首を傾げる。

その様子に、斎藤は精悍な表情を僅かに崩し、瞳を細めた。

「先に謝っておくことにする」

すぐに笑みは消え、触れれば切れてしまうかのような鋭い眼光が総司を射る。

抱き締める腕に力を込め、白い首筋に顔を埋めた。







「優しくは…抱けそうにも無い--------」















襟を割って、華奢な肩を着物から肌蹴させる。

外気に晒され僅かに震えた肩に間を置かず斎藤の腕が絡み、その身体を抱き締めた。

背に回していた手を腰に滑らせ、帯に指を掛ける。

布擦れの音を立てて帯の結び目を緩め、その戒めを取る。

緩んだ裾から手を滑らせて隠された脚を露わにすると、掌で柔らかい大腿を撫で付けた。

「…っ」

いきなり敏感な場所に触れられて、総司が呼吸を詰める。

大腿に触れていた手を膝の裏に移動させ、閉じた両膝頭を開こうとすると僅かにその脚が抵抗する。

少し手に力を込めて膝を割り、斎藤は開かれたその脚の間に己の身体を置いた。

「…総司」

呼び掛けて、顔を寄せ合う。

何度肌を重ねても、恥じらい、僅かに目元を上気させるその表情が艶かしい。

乱れた髪を何度か指先で梳きながら、更に顔を近付けて口唇を合わせる。

舌をそっと吸い上げて深く吐息を絡めれば、強張りの抜けた総司の腕が斎藤に縋る。

指を髪に滑らせて元結を取り払うと、結われていた艶やかな黒髪が畳に散った。

口唇を首筋から少しずつ下へと這わせ、浮き出た鎖骨を指先で触れる。

その手をずらし、薄い胸を弄ると密やかな甘い吐息が総司の口から零れ落ちる。

胸を淡く彩る小さな突起に口唇を寄せ、そのまま口に含み舌先で弄ぶ。

「…あ…ッ」

肩を揺らし、背を走る疼きに身を捩る細い身体から、か細い嬌声が零れた。

「一…さん…っ」

最初からの性急な愛撫に未だ慣れない彼の人が、揺れた声で己を抱く腕の主の名を呼ぶ。

戸惑いを含んだその声は、じわりと襲ってくる快楽の波に乗ることを恐れているかのようでもある。

それでも身体を弄る手は止めず、斎藤はこの白い肌を紅く染めてゆく。

左手を胸から腰に滑らせて、僅かに昂ぶりを見せる総司自身に下帯の上から柔らかく触れた。

「--------ッ」

呼吸を詰めて身体を急に強張らせる様子も気に留めず、彼自身を包む薄布を払い取る。

そのまま、ゆっくりと指を絡めた。

零れそうになる吐息を堪え、手の甲で口元を隠す表情さえも扇情的に映る。

この身体の全てにそそられる。

理性など吹き飛ばして抱いてしまいたいと言うような残酷な思いが湧き上がる。

掌で包み込んで扱き上げれば、耐え切れない熱い呼吸が漏れる。

斎藤の指に翻弄され、かたく瞳を閉じて声を潜めるその表情を見つめた。

「嫌…っ…」

途切れない愛撫を加えられて、流されそうになるのを留めようと、切れ切れに拒絶の言葉を発する総司に斎藤は薄く笑った。

「…お前の身体は嫌がっていないな」

わざと意地の悪い言葉を耳元で囁けば、頬を染めて首を横に振って見せる。

そんな様子さえ、いじらしく愛しい。

両腕を顔の上で交差させて表情を隠す総司の腕を右手で柔らかく退け、軽く口唇を合わせた。

熱で潤んだ闇色の瞳が揺れる。

斎藤はその瞳に淡く微笑んで見せ、目尻に口付けた。

「俺としては、その方が嬉しい」

その言葉に、総司が僅かに瞳を細めて微笑う。

視線を絡めて、互いにどちらからともなく顔を寄せ口唇を求めた。

角度を変え何度も交わされる深い口付けに、呼吸が上がりながらも総司はその甘さに酔う。

総司の指が斎藤の着物に伸び、いつもよりも少し乱れたその襟を割る。

そのまま白い手が滑り込み、斎藤の剣客らしく鍛え上げられた上半身を露わにした。

袴の結い目を解き、帯を緩めると斎藤の手が脱がされた着物と帯を二人の脇へと投げ捨てる。

普段着物を乱して着ることも無く、いつも襟を正して袴を着けている斎藤は、こうして着衣を纏わぬと普段以上に身体が大きく見える。着やせして見えるたちのようだ。

何も肌に付けず、互いの肌に触れ合えば湧き出すのは更なる欲望の波。



斎藤は、総司自身を包み込み濡れていた指先を、この細い身体の最奥部への入り口へ導いた。

ゆっくりと濡れた指を埋め込むと、内部の壁は侵入して来た異物を押し出そうと蠢く。

「ッ…ん」

呼吸を詰める身体の、敏感な部分に愛撫を加え、強張りを解いてゆく。

もう触れていない場所は無いほどに肌を撫で上げられて、熱を帯びた白い身体が切なそうに身を捩る。

「…総司…」

低く呼んで内部を弄っていた指を抜き、滾る自分自身を埋め込む。

細い腰を両脇から掴み引き寄せて、脚を無残なまでに開かせる。

仰け反る背ごと下半身を抱え込んで、そのまま一気に貫いた。

「--------っあ!」

しなやかな薄い背を大きく揺らし、激痛から逃げようとする腰を容赦なく押さえ込む。

「や…あっ…」

苦しそうに浅く速い呼吸を繰り返す総司の髪を梳き、この彼の痛みの波が去るのを待つ。

閉じられた長い睫毛には涙が滲んでいる。

じわりときつく締め付けて来るその感覚に、斎藤はひとつ大きく吐息を付いた。

口元を覆う手を退け、細い手を柔らかく握り締める。

骨と血管とが綺麗に浮いた白い手の甲に口唇を寄せて、その手に指を絡めた。

肌と肌を合わせ、薄く開かれた紅い口唇に吸い寄せられるようにそれをそっと塞ぐ。

暫しその感触を堪能した斎藤の口唇が首筋を這い、天を向く細い喉元に淡く痕を残した。

吸い付くような白皙の肌を、舌と口唇とで辿りながら腰を揺らせば、甘い吐息が夕闇に消える。



「…あっ…あ…っ」

律動を刻めば、抱え上げられて己の自由を失った細腰が大きく揺れる。

突き上げるたびに押さえた口元から零れる、止められない濡れた声に煽られて理性が飛びそうになる。

絡み付いて来る内部の壁が熱い。

「…総司」

声に反応してか、絡め合った指先に力が込められる。

口元を押さえる手と、握り合う手とを斎藤は自分の背に回させた。

縋る両腕が、綺麗に筋肉の付いた背にしがみ付く。

その身体を抱き寄せて、結び合った腰を激しいまでに突き上げる。

深く重なり合ったその部分が濡れ、卑猥な音を立てた。

直に触れ合う肌の熱さに脳髄までがしびれそうな感覚に囚われる。

もっと、欲しい。

口唇を噛み締めて、漏れる吐息を忍ぶ身体の奥を抉るように荒々しく貫いた。

「っ--------…!」

音にならない悲鳴が空を切る。

しがみ付く背に爪を立てられて、僅かに眉を寄せた。

その鋭い痛みさえも、今は湧き上がる欲望に火を点けるだけ。

「一さ…っ」

その言葉しか知らぬように何度も己の名を呼ぶ総司の口に斎藤は優しく自分のそれを重ねた。

揺らしていた腰の速度を緩め、今度はゆっくりと腕の中の身体を追い詰める。

律動に合わせて揺れる細い腰を抱え直し、最奥部を刺激した。

跳ね上がる薄い胸に口唇を落として、身体を交わした印を白い肌に散りばめる。

腕の下の身体が強張って来たのを感じながら、擦り上げる腰の動きを早めてゆく。

「--------総司」

互いの肌の境界が分からなくなるまで抱き合って、埋め合った熱を追う。

伝わる想いも、感じる吐息も、熱を帯びた身体が攫ってゆく。

「あ--------…ッ」

大きく背を仰け反らせ身体を硬くする総司の口唇から、吐息混じりの嬌声が上がる。

果てて一気に脱力したその内部で、斎藤も自身を解放する。

「…っ」

額からの汗が頤から流れ落ちそうになるのを拭い、深く息を吐いた。

重ね合わせていた腰をゆっくりと引き、ぐったりとした身体を抱き締める。

閉じられた睫毛から流れた涙を口唇で掬うと、潤んだ闇色の瞳が見上げて来た。

微かに瞳を細めて微笑んだ白い頬に向かって斎藤も穏やかな表情を返し、横たわる身体を軽く抱き持ち上げて互いの身体の上下を逆にする。

下になった斎藤の肩口に頬を合わせるように総司が身を寄せた。

上に感じる身体の重さは、頼り無いと思えるほどに軽い。

まだ多少乱れた呼吸を繰り返しながらも、安らいだ表情で瞳を閉じる総司の髪に指を滑らせた。

艶やかな黒髪を撫でるように髪を梳くと、瞳を閉じたままの総司が口唇を開く。

「ごめんなさい、一さん…」

掠れた小さな声で口にされた言葉に斎藤は眉を顰めた。

「…何故謝る?」

静かな問い掛けに、総司は一度瞳を伏せて、それからまた囁くように言葉を紡ぐ。

「…やっぱり…私は貴方と居たい」

呟きが、胸を擽る。

「…総司」

「分かって、いたのに」

欲することは、此処でこの腕と生きること。

この場所に在り続けること。

甘え切った自分が、偽りを口にした。

それさえも許し、受け止めてくれた今己の身体を包んでくれる腕が心底いとおしい。

黙り込んだ斎藤の様子に、総司は表情を硬くして真正面の顔を見つめる。

鋭い眼光を宿した一重の瞳が、瞬きさえもせずにその視線をじっと受け止める。



「…お前が本当の想いを口にしてくれた…それだけで俺はもう良い」

耳に届いた低い声と共に、斎藤の大きな掌が総司の頬をそっと撫でた。

指先が頬に触れた刹那、見つめていた大きな瞳の中の光が揺れる。

泣くかと思ったその瞳はその予想に反して細められ、淡く微笑って見せる。









「--------失くさなくて、良かった…」

静かな囁きが、斎藤の耳を掠める。

頬に当てた手に細い手が重なり、柔らかく体温を分け合った。









何が正しいかなんて、もうどうでも良い。

何が正しいのかなんて、そんなものは知らない。

明日なども知らぬこの命でも、今があれば、それで良い。

この温もりがあれば、まだ生きられる。

今感じる、この腕の中で。

この温もりがあるから、まだ生きたいと想う。

今包む、この身体のために。



傍に居る。

永遠なんて、信じては居ないけれど。

それでも。

叶うならば、最期の瞬間まで。







ひとりで生き抜こうと思っていた。

信じるものなど無いと思っていた。

いつ死んでも構わないと思っていた。



ひとりが良いと思っていた。

ひとりで良いと思っていた。



貴方に、逢うまでは。




「…ひとりは、寂しいからな」






貴方が、変えた。






この腕で、守れるものがあるなら。

この腕で、守りたいものがあるから。

失くしたくない。ただ、それだけ。

淡い予感は、固い決意に変わる。





いつだって、二人が良い。

腕の中の細い身体が、ひとり不安と孤独に震えることのどうか無いように。

白い頬を、ひとり濡らすことのどうか無いように。









「傍に、居る」







揺らぎ無い声に、闇に浮かんだ白い頬が、綺麗な微笑を浮かべた。

熱を分け合うように寄り添い合う身体から伝わる熱が、刻まれる生命の鼓動を柔らかく包み込む。

まだ奥に熱の残る身体を抱き締めて、笑みを残すその口唇を塞いだ。

吐息を深く絡めながら、斎藤はゆっくりと瞳を閉じる。

奥に未だ熱の残る身体が、深い口付けに甘い吐息を零す。



あとの全ては、闇に消えた。




















斎沖








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